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sideウィリテ
12話
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ーーーーまだ権力を持つ人は怖いけど。イリアスが側からいなくなる方が、よっぽど怖い。
ーーーー『それは我にではなく、彼に言っておあげ』
さわさわと、緩やかな風が背中を押す。
僕は恐る恐る硝子の様な壁に手を伸ばした。ひんやりとした感触を指先に感じた、その次の瞬間。ふっと壁が消えて僕は前方につんのめってしまった。
「………わっ!?」
「!!?」
突然姿を現した僕を、びっくりした顔で見たイリアスは、反射的に腕を伸ばして抱き留めてくれた。
「………ウィリテ……?」
掠れた声が聞こえる。
「本当に、君?」
その震えるイリアスの声に、僕は勇気を振り絞って顔をあげた。
「うん………」
「覚醒めて……くれたの?」
「うん………」
「何故……?」
信じられない、とゆるゆる首を振るイリアスを、僕はじっと見つめた。バクバクと心臓は激しく鳴っているけど、でも怖いからじゃない。
「イリアス様の………」
「イリアス、と。そう呼んで……」
呼び掛けた僕の声に重ねるようにイリアスが告げる。
「……イリアスの誓いが聞こえたから……」
彼の手にある枝をそっと指で辿る。
『眠りの樹』の雌株の枝を捧げた誓いには、嘘偽りは許されず真実の言葉を返さなければならない。
「僕は、貴方が語る話を聞くのが、とても好きだった」
語る僕をイリアスは驚いた顔のままの凝視している。
「僕の事……森の民の事、知っているんでしょう?」
確認のために問うと、彼は少し瞳を揺らして頷いた。
「僕はやっぱり権力を振りかざす奴らが怖い。またあの光景を見る事が、自分の血に連なる者が惨殺されるのが、怖い」
僕を抱き留めたままのイリアスは、ぎゅっと腕に力を籠めてくる。まるで『大丈夫だ』と言わんばかりに……。
「でもイリアスが来なくなった事が、凄く寂しくて……」
僕の身体を支える腕にそっと手を重ねた。
「離れていった事が悲しくて……。僕は……」
イリアスは誓いを立てるときに『我が儘』と表現した。でも本当に我が儘なのは僕だ。
それが分かっているから、次の言葉が紡げない。
「ウィリテ。………聞いてもいい?」
そっとイリアスが口を開いた。見上げてみると、イリアスは疲れ果て酷い顔色なのにも関わらず、とても嬉しそうな笑みを浮かべ歓喜の炎を瞳に灯していた。
「もしかして、私のことが……すき?」
「…………………うん……」
「私の事を、愛して……くれる?」
「っ………。ぅん………」
崖の上に吹く風に消えてしまいそうなくらい小さな声答える。でもイリアスにはちゃんと聞こえてた。
ぎゅっと、僕をその胸に閉じ込めるように強く抱き締めて、震える声で耳元で囁いた。
「あぁ………。ウィリテ。目醒めてくれてありがとう。私の元に来てくれて……本当に……」
言葉を詰まらせるイリアス。ポツリと雫が落ちてくる。
「獏なのに……。眠りにつく君に何もできない自分がとても歯痒かった……」
多分、イリアスが初めて感じた無力感。力はあれど、何もできない自分への絶望。
本当ならそんな思いをしなくてもいいはずの、強い人。
僕はすりっと、彼の胸元に身を寄せた。
「獏なんて関係ない。貴族なのも宰相閣下なのも関係ない。僕だけを待ち望んでくれたイリアスだから、僕は目醒めたんだ」
初めてイリアスと出会ったのは、ベネスの葉を摘むのに最適な寒さが残る季節。
でも今は、すっかり色鮮やかな景色となった森。そこにいるたくさんの木々や花たちが身を震わせて祝いの音をかき鳴らす。
「遅くなったけど…。おはよう、大好きな僕のイリアス」
目覚めは、麗らかな春と共に。
ーーーーこの森が愛する者に、心からの祝福を。
ーーーー『それは我にではなく、彼に言っておあげ』
さわさわと、緩やかな風が背中を押す。
僕は恐る恐る硝子の様な壁に手を伸ばした。ひんやりとした感触を指先に感じた、その次の瞬間。ふっと壁が消えて僕は前方につんのめってしまった。
「………わっ!?」
「!!?」
突然姿を現した僕を、びっくりした顔で見たイリアスは、反射的に腕を伸ばして抱き留めてくれた。
「………ウィリテ……?」
掠れた声が聞こえる。
「本当に、君?」
その震えるイリアスの声に、僕は勇気を振り絞って顔をあげた。
「うん………」
「覚醒めて……くれたの?」
「うん………」
「何故……?」
信じられない、とゆるゆる首を振るイリアスを、僕はじっと見つめた。バクバクと心臓は激しく鳴っているけど、でも怖いからじゃない。
「イリアス様の………」
「イリアス、と。そう呼んで……」
呼び掛けた僕の声に重ねるようにイリアスが告げる。
「……イリアスの誓いが聞こえたから……」
彼の手にある枝をそっと指で辿る。
『眠りの樹』の雌株の枝を捧げた誓いには、嘘偽りは許されず真実の言葉を返さなければならない。
「僕は、貴方が語る話を聞くのが、とても好きだった」
語る僕をイリアスは驚いた顔のままの凝視している。
「僕の事……森の民の事、知っているんでしょう?」
確認のために問うと、彼は少し瞳を揺らして頷いた。
「僕はやっぱり権力を振りかざす奴らが怖い。またあの光景を見る事が、自分の血に連なる者が惨殺されるのが、怖い」
僕を抱き留めたままのイリアスは、ぎゅっと腕に力を籠めてくる。まるで『大丈夫だ』と言わんばかりに……。
「でもイリアスが来なくなった事が、凄く寂しくて……」
僕の身体を支える腕にそっと手を重ねた。
「離れていった事が悲しくて……。僕は……」
イリアスは誓いを立てるときに『我が儘』と表現した。でも本当に我が儘なのは僕だ。
それが分かっているから、次の言葉が紡げない。
「ウィリテ。………聞いてもいい?」
そっとイリアスが口を開いた。見上げてみると、イリアスは疲れ果て酷い顔色なのにも関わらず、とても嬉しそうな笑みを浮かべ歓喜の炎を瞳に灯していた。
「もしかして、私のことが……すき?」
「…………………うん……」
「私の事を、愛して……くれる?」
「っ………。ぅん………」
崖の上に吹く風に消えてしまいそうなくらい小さな声答える。でもイリアスにはちゃんと聞こえてた。
ぎゅっと、僕をその胸に閉じ込めるように強く抱き締めて、震える声で耳元で囁いた。
「あぁ………。ウィリテ。目醒めてくれてありがとう。私の元に来てくれて……本当に……」
言葉を詰まらせるイリアス。ポツリと雫が落ちてくる。
「獏なのに……。眠りにつく君に何もできない自分がとても歯痒かった……」
多分、イリアスが初めて感じた無力感。力はあれど、何もできない自分への絶望。
本当ならそんな思いをしなくてもいいはずの、強い人。
僕はすりっと、彼の胸元に身を寄せた。
「獏なんて関係ない。貴族なのも宰相閣下なのも関係ない。僕だけを待ち望んでくれたイリアスだから、僕は目醒めたんだ」
初めてイリアスと出会ったのは、ベネスの葉を摘むのに最適な寒さが残る季節。
でも今は、すっかり色鮮やかな景色となった森。そこにいるたくさんの木々や花たちが身を震わせて祝いの音をかき鳴らす。
「遅くなったけど…。おはよう、大好きな僕のイリアス」
目覚めは、麗らかな春と共に。
ーーーーこの森が愛する者に、心からの祝福を。
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