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sideウィリテ

8話

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『ばか?ばかなの、イリアス?』

しっとりと艷やかな声が、罵り声を上げている。僕は眠りの波に揺蕩たゆたいながら、ぼんやりとその声を聞いていた。

僕の眠りが浅くなったということは、守り樹がそうする必要があると感じたからだろう。

そんな事を考えながら、何となく耳を澄ます。

『お前の父親も大概執着強くて、ばかみたいに全ての手順すっ飛ばすヤツだったけど!でも、言葉を尽くして表現してくれただけ、まだマシだね!』

『………………』

『自分の番に接触した小悪党から気配を辿ってこの街まで来たのは良いよ?けど、その後!』

『………でも、』

『でも、じゃない!!子供か、お前!?』

『……………』

何か、可哀想になるくらいイリアスが叱られてる。

『見付けた後が問題なんだよ!何で番に、手段を選ばないなんて言うんだよ!?直前に残虐シーン見てたら、そりゃ怖いに決まってる!』

『でもウィリテが逃げようとするから……』

『逃げるんなら、逃げるなりの理由があるの!』

『でも、言う必要はないって……』

『あーっ!もう!!』

まるで地団駄を踏んでいるかのような、苛立たしげな声が響いた。

『当たり前だろ!出会ったばかりの知らないヤツに言えるわけないだろ!』

言葉が胸に刺さったのか、グサリ!という効果音が聞こえてきそうな気配がする。

『あのね、番を前に必死になるのは分かるよ?でもさ、少しは相手の事を考えてあげなよ』

声のトーンを下げて、諭すように言う。イリアスは少し考えているみたいで、何の言葉も発しなかった。

『お前と出会う前に、彼が歩んだ道はきっと平坦なものじゃなかったんだと思うんだ』

ゆっくり考えながら、彼は話す。

『そんな人生を一人で耐えていたのなら、自分の事を話すのにも勇気がいるんだよ』

『…………勇気…』

『あとは自分で考えるんだね、イリアス』

カサカサと音がする。そして別の声が聞こえてきた。

『ーーーー迎えに来ましたよ、私の愛しい人』

深みのある凄く素敵な声。何となくイリアスの声に似てる気がする。

『あ、ありがとう!』

さっきまでプリプリ怒っていた彼が嬉しそうな声をあげた。

『………父上、何故ここに?』

イリアスの困惑に満ちた声に対して、新しく現れた人が素っ気なく答える。

『私の番を迎えに来たに決まってる。いくら息子と言えど、自分の番が他の男に一生懸命になるのは面白くない』

『酷い執着心だよね?』

『獏というものは、大体こんな生き物なんですよ。さぁ、帰りましょう』

『うん!あ、イリアス。ウィリテをちゃんと掴まえるまで戻ってきたらダメだからね』

『掴まえても、戻ってこなくて良いと思うんですよね、私は』

『え、何でそんな酷い事言うのさ』

『私は貴方と二人きりがいい……』

『も……、も~………』

そんな事を言い合いながら、二人の気配がすっと消え去った。
この頃になると、僕の目はすっかり醒めてしまっていて、ただただ困惑を抱えて外の会話に耳を澄ませるだけ。

多分、話の内容的に彼らはイリアスの両親、かな?
イリアスは自分の事を『独占欲が強い』って言ってたけど、あの様子だと『獏』は皆そう・・なのかもね。

父親らしき人の執着心の強さと、何だかんだで絆されているような母親らしき人の様子が可笑しくて、僕はくすりと笑いを洩らした。
それに反応するかのように、守り樹の枝が揺れる。

『今、ウィリテが笑った感じがする……』

ふと、イリアスの声が聞こえて、僕はぱちくりと瞬いた。お互いに姿は見えないはずなのに、良く分かったね……。
すると、それも察したかのようにイリアスが笑う気配がした。

『ウィリテ……。私の可愛い君。少し話をしようか……』

トスン、と座り込む音がする。

ーーーーイリアス……。

『私は獏の獣人として生まれた事を誇りに思ってる』

静かに語りだすイリアスに、僕もじっと耳を傾けた。

『権力者が嫌いと言われても、私が獏である以上宰相の役を務めなくてはならないと決まっている。これは覆せない事だし、この国を守るために必要な力を持つ者として、やらなければならない責務と考えている』

ーーーーそうだね。この国は獅子の獣人である国王と、聖獣である獏の獣人の宰相がしっかりと手綱を取っているからこそ安定した良い国を築いていると、僕も知っている。

『でも「力づくで言うことを聞かせるやから」と言う点に関しては、本当にそうだった』

ーーーー………。

『君の言葉を聞こうともせず、ただ手に入れることに必死で……。何とも情けないばかりだ』

ーーーー獣人だもの。番を求めるのは本能だからね。

仕方ないよ、と呟く。でも僕はもう何にも人生を左右されたくないんだ。
一人でひっそりと生きていきたいだけ。
番を求めるイリアスには申し訳ないけど、僕の事は諦めて欲しい。

『こんな愚かな私だけど、それでも君を諦めたくないんだ』

ーーーーえ……?

『君が愛おしくて堪らない。手に入れたくて堪らない。君を傷付ける者たちから守らせて欲しい………。ただそう強く思ってる』

ーーーーイリアス……。

『………でも、どれ程言葉を尽くしても、直に信用なんてできないね……』

ーーーー………。

『今日は帰るよ。また来る』

名残惜しそうな気配のあと、スッとイリアスの存在がその場から消える。それを守り樹の中で感じながら、僕は何でか凄く寂しい気持ちになってしまった。

ーーーー我儘な僕。一人が良いとイリアスを拒絶したのに、いざ一人になると寂しいなんて………。

後悔にも似たその感情を否定するようにゆるりと首を振った僕は、それ以上深く考えなくて済むように再び訪れた眠気に身を委ねるのだった。
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