2 / 29
sideウィリテ
2話
しおりを挟む
ゆっくりと意識が浮上し、重い瞼を持ち上げる。まだ夜は明けきっていなくて、辺りにぼんやりとした薄暗さを残していた。
僅かに首を傾けて窓の外を見れば、薄っすらと有明の月が見えている。僕は大きくため息をついて、ゆっくりを身体を起こした。
今日はべネスの葉を取りに行く日。まだ冬の気配が残る時期の、早朝の朝露をたっぷり含んだ葉が良いから、そろそろ身支度をしなきゃ。
「ウィリテ!ウィー!起きてる?」
のそのそとベッドから這い下りて小さな引き出しからシャツを引っ張り出していると、玄関から大きな声が聞こえてきた。
「ネオ?ちょっと待ってて!」
そうだ、今日はネオと一緒に薬草採取に行く約束をしてたんだった。慌ててシャツを着替えて外套を羽織ると、僕は採取に必要な物を詰めたバッグを掴んで玄関に向かった。ふと気になって、チラリとベッドを振り返る。
大丈夫、あれは夢だ。結局僕は助かって、こうしてここに居るじゃないか。
フルフルと頭を振って悪夢の残滓を振り払うと、今度こそネオの元へと足を進めた。
「あれウィリテ、ちょっと顔色悪くないか?」
ネオが指を伸ばして、僕の前髪を掬って顔を覗き込む。さすが薬師なだけあって、人の体調の変化には敏感だ。
「ちょっと夢見が悪くって。でも大丈夫。さぁ行こう!」
「………無理すんなよ?」
しんなりと眉を顰めても、敢てそれ以上は追及しないネオに感謝しながら僕は頷いた。そして朝早い街中を並んで歩き始めたのだった。
僕が住むこの場所はライティグス王国。獅子の獣人を国王に掲げる獣族の国だ。とは言っても、僕みたいな人族も普通に暮らしてるけど。
この国は、国王陛下が武力で、宰相閣下が知力でガッチリと基盤を整えていて、とても安定した治世を築いている。
そんな平和な国に、まだ20歳になる前くらいの時に僕は流れ着いた。
僕も含む『森の民』は人族なんだけど、緑の精霊にとても好まれる性質を持つ一族だった。その中でも特に精霊に愛される者達がいて、彼らは『緑の手』と呼ばれていた。
『緑の手』は穀物や森林、薬草、花々など、それぞれを育てる事に特化していて、緑の手の持ち主が一人国に居れば豊穣が約束されると言われるほど。
でも、そんな特別な一族だったからこそ、力を欲した奴等に襲われて、結局皆殺しになってしまったんだ。
僕はその一族の、ただ一人の生き残り。そして多分、最後の『緑の手』の持ち主だ。僕は薬草に特化した緑の手の主だった。でもそれは秘密の事。
この街に来て以来、いつも親切にしてくれている山羊獣人のネオにすら教えていない。もし何処からか情報が漏れたら、また襲われてしまうもの。
今の僕は、薬師であるネオの助手として生きている。これからも秘密を抱えて、一人ひっそりと穏やかに生きてくのが一番の望みなのだ。
「やっぱ少し街中がソワついてんなぁ……」
ふとネオが呟く。言われて辺りを見渡すと、まだ早朝にも関わらずパタパタと人が行き交い、中には騎士様の姿もあちらこちらに見えている。
「ホントだ。何で?」
「王都からお偉いさんが来てるって」
「へぇ……」
王都にほど近いこの街は高位貴族の領地だし、お偉いさんが来ることもあるんだろうけど……。しかし。
「何でこんなに街中が浮足立ってんの?」
「今、来てるお偉いさんが、この国の宰相閣下だからじゃない?」
「は?」
僕はびっくりして、隣を歩くネオを見上げた。
宰相閣下と言えば、最高峰の貴族じゃないか。確か神獣『獏』の獣人だとか。
「何でまた、そんな国の重鎮が……」
「どうやら番を探してるらしいよ」
「……あー」
その言葉に、全てが集約される。番とは、獣人にとって憧れてやまない唯一の相手だと言うしね。
「そっか。番様、ちゃんと見つかるといいね」
「だな」
僕は人族だから獣人の番になんて関わることはない。だから件のお貴族様が、番を無事に見付けて、早く王都に帰れればいいね、とのんきに話ながらベネスの葉が群生している森の一角向けて足を進めるのだった。
僅かに首を傾けて窓の外を見れば、薄っすらと有明の月が見えている。僕は大きくため息をついて、ゆっくりを身体を起こした。
今日はべネスの葉を取りに行く日。まだ冬の気配が残る時期の、早朝の朝露をたっぷり含んだ葉が良いから、そろそろ身支度をしなきゃ。
「ウィリテ!ウィー!起きてる?」
のそのそとベッドから這い下りて小さな引き出しからシャツを引っ張り出していると、玄関から大きな声が聞こえてきた。
「ネオ?ちょっと待ってて!」
そうだ、今日はネオと一緒に薬草採取に行く約束をしてたんだった。慌ててシャツを着替えて外套を羽織ると、僕は採取に必要な物を詰めたバッグを掴んで玄関に向かった。ふと気になって、チラリとベッドを振り返る。
大丈夫、あれは夢だ。結局僕は助かって、こうしてここに居るじゃないか。
フルフルと頭を振って悪夢の残滓を振り払うと、今度こそネオの元へと足を進めた。
「あれウィリテ、ちょっと顔色悪くないか?」
ネオが指を伸ばして、僕の前髪を掬って顔を覗き込む。さすが薬師なだけあって、人の体調の変化には敏感だ。
「ちょっと夢見が悪くって。でも大丈夫。さぁ行こう!」
「………無理すんなよ?」
しんなりと眉を顰めても、敢てそれ以上は追及しないネオに感謝しながら僕は頷いた。そして朝早い街中を並んで歩き始めたのだった。
僕が住むこの場所はライティグス王国。獅子の獣人を国王に掲げる獣族の国だ。とは言っても、僕みたいな人族も普通に暮らしてるけど。
この国は、国王陛下が武力で、宰相閣下が知力でガッチリと基盤を整えていて、とても安定した治世を築いている。
そんな平和な国に、まだ20歳になる前くらいの時に僕は流れ着いた。
僕も含む『森の民』は人族なんだけど、緑の精霊にとても好まれる性質を持つ一族だった。その中でも特に精霊に愛される者達がいて、彼らは『緑の手』と呼ばれていた。
『緑の手』は穀物や森林、薬草、花々など、それぞれを育てる事に特化していて、緑の手の持ち主が一人国に居れば豊穣が約束されると言われるほど。
でも、そんな特別な一族だったからこそ、力を欲した奴等に襲われて、結局皆殺しになってしまったんだ。
僕はその一族の、ただ一人の生き残り。そして多分、最後の『緑の手』の持ち主だ。僕は薬草に特化した緑の手の主だった。でもそれは秘密の事。
この街に来て以来、いつも親切にしてくれている山羊獣人のネオにすら教えていない。もし何処からか情報が漏れたら、また襲われてしまうもの。
今の僕は、薬師であるネオの助手として生きている。これからも秘密を抱えて、一人ひっそりと穏やかに生きてくのが一番の望みなのだ。
「やっぱ少し街中がソワついてんなぁ……」
ふとネオが呟く。言われて辺りを見渡すと、まだ早朝にも関わらずパタパタと人が行き交い、中には騎士様の姿もあちらこちらに見えている。
「ホントだ。何で?」
「王都からお偉いさんが来てるって」
「へぇ……」
王都にほど近いこの街は高位貴族の領地だし、お偉いさんが来ることもあるんだろうけど……。しかし。
「何でこんなに街中が浮足立ってんの?」
「今、来てるお偉いさんが、この国の宰相閣下だからじゃない?」
「は?」
僕はびっくりして、隣を歩くネオを見上げた。
宰相閣下と言えば、最高峰の貴族じゃないか。確か神獣『獏』の獣人だとか。
「何でまた、そんな国の重鎮が……」
「どうやら番を探してるらしいよ」
「……あー」
その言葉に、全てが集約される。番とは、獣人にとって憧れてやまない唯一の相手だと言うしね。
「そっか。番様、ちゃんと見つかるといいね」
「だな」
僕は人族だから獣人の番になんて関わることはない。だから件のお貴族様が、番を無事に見付けて、早く王都に帰れればいいね、とのんきに話ながらベネスの葉が群生している森の一角向けて足を進めるのだった。
49
お気に入りに追加
1,460
あなたにおすすめの小説
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。
櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。
でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!?
そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。
その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない!
なので、全力で可愛がる事にします!
すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──?
【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】
オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う
hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。
それはビッチングによるものだった。
幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。
国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。
※不定期更新になります。
俺のかつての護衛騎士が未だに過保護すぎる
餡子
BL
【BL】護衛騎士×元王子もどきの平民
妾妃の連れ子として王家に迎え入れられたけど、成人したら平民として暮らしていくはずだった。というのに、成人後もなぜかかつての護衛騎士が過保護に接してくるんだけど!?
……期待させないでほしい。そっちには、俺と同じ気持ちなんてないくせに。
※性描写有りR18
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる