4 / 60
4話:護衛騎士の後悔(sideユオ)
しおりを挟む
「あのバカ息子めが……」
広い謁見の間の玉座で、陛下は頭痛を堪えるように額を押さえて呟いた。
明日から貴族学院は長期休暇に入る。俺はナットライム殿下をお迎えするために学院に向かったんだ。
その際に目にした婚約破棄などという惨状を思い出して、俺も思わず呻きたくなった。
「前からレイルの事を気に入ってはいないと気付いておったが、婚約破棄だと?あいつは王族の義務を何と心得ているのだ」
顎に指を当て、くっきりとした皺を眉間に刻み、確実に陛下の機嫌は下降の一途を辿っている。陛下の機嫌を損ねたナットライム殿下は自室での謹慎を命じられ、不貞腐れた顔でこの場を去っていた。
「して、レイルは今何処に?」
「宿にご案内し、お待ちいただいています」
「危険ではないのか?」
何が?もしくは誰が?……など、聞かずとも分かっている。レイルの存在理由も、彼に課せられた役割も、全て……。
ナットライム殿下の護衛騎士に選ばれた時に、その全てを知らされた。そして右の手の甲に沈黙の魔法陣を刻まれ、守秘義務を負ったのだ。
「彼の部屋に隠蔽の魔法陣を刻んできました。目くらましにはなるかと」
「元聖騎士であるお前が刻んだのであれば安心ではあるな。しかし……」
一度言葉を切り、陛下は夕日が差し込む窓に目を向ける。
「王宮は嫌だと言ったのだな?レイルが望まない事は無理強いできぬ。どうにかならぬものか……」
陛下の苦悩も理解できる。レイルの意志は妨げてはならぬ、と決められているのだ。
彼が王宮を拒否するのならば、引き摺って連れてくる、なんてことはできはしない。
しかし五歳の頃から見守ってきた彼は、とても素直で心優しい子だ。それに、その育った境遇ゆえに、恐ろしく人の機微に聡い。
詳しい事情を明かせなくても、説得次第では王宮に連れてくる事はできるかもしれない。
ーー『半年に一度、10ゴールド受け取っていました』
学生寮から正門に続く道で聞いた彼の言葉が耳に蘇る。
ーー半年に10ゴールド?
平民だって、ひと月の生活費は最低2ゴールド必要だというのに。平民の生活水準以下の金額しか貰えず、でも今まで彼が何かを言うことはなかった。
自分に割り当てられた予算の少なさが異常だと気付いているだろうに、訴えることができなかった彼を哀れに思う。
そして殿下からの「学院にいる間は近付くな」との命令に従い、レイルの置かれている状況を把握できなかった自分の無能さ加減にも反吐が出そうだ。
彼の優しさに付け込むような事はしたくないが、彼が本来受け取るべきだった物を渡すためにも、今一度王宮に来て欲しい。
「陛下。彼を王宮へ連れてくる役割を私が担っても宜しいでしょうか?」
「お前が?だが……。いや、この王宮内でもお前には少し心を開いているようだったな。であれば、お前が適任かも知れぬ。ユオ、お前に命じる。レイルを丁重に王宮へ案内するように」
「謹んで拝命致します」
恭しく頭を垂れると、陛下の許可を受け早々に謁見の間を退室した。そのまま王宮を出てレイルを案内した宿に向かう。
隠蔽の魔法陣を刻んだとはいえ、魔術師が維持する王宮や学院に張られた強固な結界と比べると余りにも心もとない。
早く彼を安全な場所に移したくて、急くように宿の入り口を潜り、彼がいるはずの部屋の扉をノックもそこそこに開けた。
そして。
その場で確認できたのは、床に飛び散るグラスの破片と床を赤く染めるほどの大量の血痕、そして目的の人物の不在……だった。
広い謁見の間の玉座で、陛下は頭痛を堪えるように額を押さえて呟いた。
明日から貴族学院は長期休暇に入る。俺はナットライム殿下をお迎えするために学院に向かったんだ。
その際に目にした婚約破棄などという惨状を思い出して、俺も思わず呻きたくなった。
「前からレイルの事を気に入ってはいないと気付いておったが、婚約破棄だと?あいつは王族の義務を何と心得ているのだ」
顎に指を当て、くっきりとした皺を眉間に刻み、確実に陛下の機嫌は下降の一途を辿っている。陛下の機嫌を損ねたナットライム殿下は自室での謹慎を命じられ、不貞腐れた顔でこの場を去っていた。
「して、レイルは今何処に?」
「宿にご案内し、お待ちいただいています」
「危険ではないのか?」
何が?もしくは誰が?……など、聞かずとも分かっている。レイルの存在理由も、彼に課せられた役割も、全て……。
ナットライム殿下の護衛騎士に選ばれた時に、その全てを知らされた。そして右の手の甲に沈黙の魔法陣を刻まれ、守秘義務を負ったのだ。
「彼の部屋に隠蔽の魔法陣を刻んできました。目くらましにはなるかと」
「元聖騎士であるお前が刻んだのであれば安心ではあるな。しかし……」
一度言葉を切り、陛下は夕日が差し込む窓に目を向ける。
「王宮は嫌だと言ったのだな?レイルが望まない事は無理強いできぬ。どうにかならぬものか……」
陛下の苦悩も理解できる。レイルの意志は妨げてはならぬ、と決められているのだ。
彼が王宮を拒否するのならば、引き摺って連れてくる、なんてことはできはしない。
しかし五歳の頃から見守ってきた彼は、とても素直で心優しい子だ。それに、その育った境遇ゆえに、恐ろしく人の機微に聡い。
詳しい事情を明かせなくても、説得次第では王宮に連れてくる事はできるかもしれない。
ーー『半年に一度、10ゴールド受け取っていました』
学生寮から正門に続く道で聞いた彼の言葉が耳に蘇る。
ーー半年に10ゴールド?
平民だって、ひと月の生活費は最低2ゴールド必要だというのに。平民の生活水準以下の金額しか貰えず、でも今まで彼が何かを言うことはなかった。
自分に割り当てられた予算の少なさが異常だと気付いているだろうに、訴えることができなかった彼を哀れに思う。
そして殿下からの「学院にいる間は近付くな」との命令に従い、レイルの置かれている状況を把握できなかった自分の無能さ加減にも反吐が出そうだ。
彼の優しさに付け込むような事はしたくないが、彼が本来受け取るべきだった物を渡すためにも、今一度王宮に来て欲しい。
「陛下。彼を王宮へ連れてくる役割を私が担っても宜しいでしょうか?」
「お前が?だが……。いや、この王宮内でもお前には少し心を開いているようだったな。であれば、お前が適任かも知れぬ。ユオ、お前に命じる。レイルを丁重に王宮へ案内するように」
「謹んで拝命致します」
恭しく頭を垂れると、陛下の許可を受け早々に謁見の間を退室した。そのまま王宮を出てレイルを案内した宿に向かう。
隠蔽の魔法陣を刻んだとはいえ、魔術師が維持する王宮や学院に張られた強固な結界と比べると余りにも心もとない。
早く彼を安全な場所に移したくて、急くように宿の入り口を潜り、彼がいるはずの部屋の扉をノックもそこそこに開けた。
そして。
その場で確認できたのは、床に飛び散るグラスの破片と床を赤く染めるほどの大量の血痕、そして目的の人物の不在……だった。
80
お気に入りに追加
1,031
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる