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ラジェス帝国編
46話 トーマさんの立場 前編
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胸元の奴隷紋から目を離せずにいる僕に、トーマさんはすっと目を細めた。
「私の一族である兎族は、獣人の国アステル王国においてヒエラルキーの最下層でした。肉食獣系の獣人に搾取され続ける、そんな一族だったんです」
そう言うと、自分の胸元の紋に視線を落とし、それをひと撫でした。
「この紋が刻まれた日、私は婚約者と共に街へ出かけ、婚姻式で交わす指輪を探すはずでした。あの日はとても人が多く、私は人波に流され、大通りに押し出されてしまいました。そこにネヴィ家の馬車がやって来たんです。貴人の通行を妨げた罰として、私は捕らえられ身柄をネヴィ家へと引き渡されました」
淡々と話すトーマさんは、顔を上げて窓の方に目を向けた。
そのなんの表情も浮かばないトーマさんの顔から目が離せない。
「後で考えてみると、全ては仕組まれていたのでしょう。『誰』かがネヴィ家の馬車を止め、罰として奴隷紋を刻む。ただそれが運悪く私だった、とい訳です」
「何故……ですか? そんな……獅子の一族ではない者に、ネヴィ家の奴隷紋を刻むなんて、そんなの許されません……」
僕は震える声をなんとか振り絞って言った。
奴隷紋は、犯罪者を出してしまった一族が、その者を責任持って監視する、という意味で刻む。
トーマさんの一族の紋ならまだしも、何故、ネヴィ家の紋が刻まれるというのだ。
そんな僕に視線を向けると、トーマさんはポツリと言った。
「ああ……フェアル様はご存知ないのか……。私が帝国に送り出されていた時は、まだ贄として奴隷を留学生に付ける風習があったんです」
「留学生に奴隷を?」
初めて聞く情報に、トーマさんから視線を外し、僕は床を見つめて考えた。そして、直感的に気付く。
創世神が奴属の呪を掛けていた事と、トーマさんの奴隷紋は関係があるんだ!
僕は慌ててトーマさんに視線を戻した。
「何故留学生に奴隷を付けるんですか? 贄って一体……」
「ーーフェアル」
レグラス様が僕を抱く腕に力を籠めた。
「アステル王国がずっと求め続け、だが探す方法がないものがある」
「え……?」
レグラス様の突然の言葉に、僕はぱちりと瞬いた。振り仰いで見ると、真摯な光を灯すアイスブルーの瞳とかち合う。
「アステル王国は獣神を祀る。その獣神の使徒が、極稀にこの現し世に降臨する事があるという。類稀なる力を持つというその使徒は、強い力を持つ王家か四大公爵に降臨する言われ、その者は……」
ふと言葉を切ると、レグラス様は僕の髪をそっと撫でた。
「その一族の中にあって、ハズレの姿形をしているらしい」
「……は、ハズレ……」
その一族の中に、生まれる可能性があるハズレ者である『最弱者』……つまり僕だ。ガラガントさんも、コモドドラゴンの一族の中で蛇の獣人というハズレ者だった。
「魔力測定するために必要な魔珠は、創世神の神殿が独占していて、アステル王国が手に入れる術がない。だから、アステル王国は留学生として、ハズレ者と呼ばれる者を帝国に送るんだ。魔力測定を受けさせるためにね」
「あ……」
僕は小さく声を上げた。
そうだったのか……。
帝国からは皇族が留学生としてやってくるのに、何故アステル王国はハズレ者を留学させるのか不思議だったんだ。
帝国での獣人の扱いは最低最悪と聞いていたから、そのせいかと思っていたけれど、ハズレ者の受け皿にされて帝国は腹を立てないのかな……とも思っていた。
考え込む僕に、トーマさんがレグラス様の説明を引き継いで続けた、
「もし留学生の中に使徒がいれば、創世神が手放すはずがない。あの宗教は人族が唯一として謳っていますから。なのに余所の宗教の、しかも人族以外に神の使いが現れては外聞が悪い。だから魔力測定の時を狙って、留学生全員に奴属の呪をかけていたんです」
「相変わらず胸糞悪い奴らですね……」
今まで黙って話を聞いていたダレン様が、苛立たしげに呟く。
トーマさんはちらりとダレン様を見た後、そっと瞑目した。
「胸糞悪さの程度は創世神も、アステル王国も、ラジェス帝国も大して変わりがないのでは?」
その言葉に、レグラス様とダレン様は目を合わせる。
トーマさんは目を開けて、二人を睨むように見た。
「創世神の神官は、アステル王国からの留学生を奴属させ、教典を守ろうとした。アステル王国は、創世神の企みに気付いて、留学生が使徒だった場合を考え、奴属の呪を二人分引き受けさせるために『贄』を同伴させ、留学生を守ろうとした。ラジェス帝国は、留学生を取り込んで、その魔力の多さを有効利用して帝国を守ろうとした」
ふと口を噤み、その瞳を揺らした。
「誰も……私たちを守ってはくれない……」
そのポツンとした呟きに、僕は胸が苦しくなった。
そっと自分の胸を押さえていると、レグラス様が宥めるように僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「奴隷紋の事を何故言わなかった? 言いさえすれば、何らかの手段を考える事もできたはずだ」
「確かに、言えば私は守られたのでしょうね。でもネヴィ家に身柄を抑えられたままの、私の婚約者はどうなります? 長く私の帰りを待ってくれていた彼を、誰も守れはしない」
そう言うと、トーマさんは僕をじっと見つめた。
「私の一族である兎族は、獣人の国アステル王国においてヒエラルキーの最下層でした。肉食獣系の獣人に搾取され続ける、そんな一族だったんです」
そう言うと、自分の胸元の紋に視線を落とし、それをひと撫でした。
「この紋が刻まれた日、私は婚約者と共に街へ出かけ、婚姻式で交わす指輪を探すはずでした。あの日はとても人が多く、私は人波に流され、大通りに押し出されてしまいました。そこにネヴィ家の馬車がやって来たんです。貴人の通行を妨げた罰として、私は捕らえられ身柄をネヴィ家へと引き渡されました」
淡々と話すトーマさんは、顔を上げて窓の方に目を向けた。
そのなんの表情も浮かばないトーマさんの顔から目が離せない。
「後で考えてみると、全ては仕組まれていたのでしょう。『誰』かがネヴィ家の馬車を止め、罰として奴隷紋を刻む。ただそれが運悪く私だった、とい訳です」
「何故……ですか? そんな……獅子の一族ではない者に、ネヴィ家の奴隷紋を刻むなんて、そんなの許されません……」
僕は震える声をなんとか振り絞って言った。
奴隷紋は、犯罪者を出してしまった一族が、その者を責任持って監視する、という意味で刻む。
トーマさんの一族の紋ならまだしも、何故、ネヴィ家の紋が刻まれるというのだ。
そんな僕に視線を向けると、トーマさんはポツリと言った。
「ああ……フェアル様はご存知ないのか……。私が帝国に送り出されていた時は、まだ贄として奴隷を留学生に付ける風習があったんです」
「留学生に奴隷を?」
初めて聞く情報に、トーマさんから視線を外し、僕は床を見つめて考えた。そして、直感的に気付く。
創世神が奴属の呪を掛けていた事と、トーマさんの奴隷紋は関係があるんだ!
僕は慌ててトーマさんに視線を戻した。
「何故留学生に奴隷を付けるんですか? 贄って一体……」
「ーーフェアル」
レグラス様が僕を抱く腕に力を籠めた。
「アステル王国がずっと求め続け、だが探す方法がないものがある」
「え……?」
レグラス様の突然の言葉に、僕はぱちりと瞬いた。振り仰いで見ると、真摯な光を灯すアイスブルーの瞳とかち合う。
「アステル王国は獣神を祀る。その獣神の使徒が、極稀にこの現し世に降臨する事があるという。類稀なる力を持つというその使徒は、強い力を持つ王家か四大公爵に降臨する言われ、その者は……」
ふと言葉を切ると、レグラス様は僕の髪をそっと撫でた。
「その一族の中にあって、ハズレの姿形をしているらしい」
「……は、ハズレ……」
その一族の中に、生まれる可能性があるハズレ者である『最弱者』……つまり僕だ。ガラガントさんも、コモドドラゴンの一族の中で蛇の獣人というハズレ者だった。
「魔力測定するために必要な魔珠は、創世神の神殿が独占していて、アステル王国が手に入れる術がない。だから、アステル王国は留学生として、ハズレ者と呼ばれる者を帝国に送るんだ。魔力測定を受けさせるためにね」
「あ……」
僕は小さく声を上げた。
そうだったのか……。
帝国からは皇族が留学生としてやってくるのに、何故アステル王国はハズレ者を留学させるのか不思議だったんだ。
帝国での獣人の扱いは最低最悪と聞いていたから、そのせいかと思っていたけれど、ハズレ者の受け皿にされて帝国は腹を立てないのかな……とも思っていた。
考え込む僕に、トーマさんがレグラス様の説明を引き継いで続けた、
「もし留学生の中に使徒がいれば、創世神が手放すはずがない。あの宗教は人族が唯一として謳っていますから。なのに余所の宗教の、しかも人族以外に神の使いが現れては外聞が悪い。だから魔力測定の時を狙って、留学生全員に奴属の呪をかけていたんです」
「相変わらず胸糞悪い奴らですね……」
今まで黙って話を聞いていたダレン様が、苛立たしげに呟く。
トーマさんはちらりとダレン様を見た後、そっと瞑目した。
「胸糞悪さの程度は創世神も、アステル王国も、ラジェス帝国も大して変わりがないのでは?」
その言葉に、レグラス様とダレン様は目を合わせる。
トーマさんは目を開けて、二人を睨むように見た。
「創世神の神官は、アステル王国からの留学生を奴属させ、教典を守ろうとした。アステル王国は、創世神の企みに気付いて、留学生が使徒だった場合を考え、奴属の呪を二人分引き受けさせるために『贄』を同伴させ、留学生を守ろうとした。ラジェス帝国は、留学生を取り込んで、その魔力の多さを有効利用して帝国を守ろうとした」
ふと口を噤み、その瞳を揺らした。
「誰も……私たちを守ってはくれない……」
そのポツンとした呟きに、僕は胸が苦しくなった。
そっと自分の胸を押さえていると、レグラス様が宥めるように僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「奴隷紋の事を何故言わなかった? 言いさえすれば、何らかの手段を考える事もできたはずだ」
「確かに、言えば私は守られたのでしょうね。でもネヴィ家に身柄を抑えられたままの、私の婚約者はどうなります? 長く私の帰りを待ってくれていた彼を、誰も守れはしない」
そう言うと、トーマさんは僕をじっと見つめた。
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