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第1章
11.違和感
しおりを挟むふと、違和感を感じた。
――城内が騒がしい。
「…」
カーテンも扉も締め切っているため、外の様子は伺いしれないが、無意識に執務机から視線を上げる。
特別神力が高いわけではないため、「気配」というものを読み取っているわけではないのだが、昔から、周囲の機微を感じ取ることは得意だ。
職業病ならぬ、「皇帝病」なのかもしれない。
「…どうかなさいましたか?兄上」
そばで書類を纏めていた弟・グラジミールが、怪訝そうにしている。
皇弟である彼も、しばしば執務を手伝いに城へやって来る。
先程まで、この場で宰相や大臣たちも騒がしくしていたが、今は自分と弟しかいない。
そのため、顔を上げる些細な動作や音が気になったのだろう。
「…いや、少し外の様子が気になってな」
と、扉を見つめる。
「外、ですか?」
彼もつられて扉を見るが、特に何も感じなかったのだろう。
不思議そうな顔を浮かべて、立ち上がる。
「私は、兄上ほどこうしたことに敏感ではないですからね。今日は特に行事は予定していないはずですが、念の為、私が様子を伺ってきましょう」
そう、彼が扉に手をかけた時だった。
「失礼いたします、陛下…それに殿下も」
神官長のスヴェンが訪れてきた。
普段からあまり表情を変えない彼が、珍しく焦りの色を浮かべている。
「…どうかしたのか?診察は今朝方、ルーベンス神官が終えたばかりだが。」
「いえ、別件です」
と、扉が完全に閉じるのを確認した後に、城内で起きている事象を知らされた。
「…現在、神官たちに城内の調査に当たらせておりますが、念の為、陛下の身の回りの結界と警備を強化させていただいております。」
「…そうか」
それにしても、おかしな事態だ。
つい今朝までは、なんの異変もなかったと言うのに。
まるで、流行り病だなと思った。
「…狙いは俺か?」
ハッとした顔で弟がこちらを見るが、スヴェンは驚く様子も見せずただ淡々と答える。
端っから、そうした可能性も視野に入れているのだろう。
「…いえ、まだなんとも。…何しろ、被害者が意識を失っているだけで、それ以外は何も起こっていない。」
これから何か起きるのかもしれませんが、とも続ける。
「いずれにしても、こちらで事態の収集を図りますので、それまではどうか、くれぐれもこの宮殿を出られませぬよう」
念を押された。
「それと、来訪者も出来るだけお断りください。…行方知れずの精霊が、いつどこで紛れ込むやも知れませんので」
そう要件だけ述べると、ちらりと室内を一瞥し、足早に去っていった。
「それでは」
「…本当に、大丈夫なのでしょうか」
グラジミールはスヴェンの去っていった扉を見つめていた。
肩をすくめた。
こうしたことは、皇帝の自分であってもどうしようもない。
皇族としてそれなりの神力は持つものの、スヴェンのそれには劣る。
「大丈夫か」どうかは分からないが、スヴェンに任せておけば問題はないだろう。
何を考えているか分からないが、この国で、彼ほど確実で信頼できる神官はいないのだ。
それに、昔から抜かり無い男なのだ。
きっと自分の窺い知れないところで、色々と手を回しているはずだ。
神官長である彼が、実権を握る事を懸念する者もいる。
神力があり、神術に長け、過去には実の妹が皇妃の座にも就いた。彼に付き従い、政を動かさんと目論む連中も少なからず存在する。
だが、昔から彼は「人間」には興味を抱いていない。妹に心配されるほどに。
彼女を失ってから、己の命に執着したことはない。
国のために命を捧げる、幼い頃からそう教え込まれてもきた。
いつ、どこで、誰に、この命が奪われようとも構わないとさえ思っている。
ただ、周りがそれを許してくれない。
自分が消えることで、この国が揺るぎかねないことも分かってはいる。
「…ひとまず、スヴェンに任せよう」
視線を扉から書類に戻す。
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