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第1章
8.名乗らず
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「宜しければ、お名前をお伺いしても?」
……名を問われた。
問われてしまった……
やはり、「追って沙汰を下す」とかそういう流れになるのだろうか。
顔も知られてしまった。
このことが叔父の耳に入ろうものなら、きっと即刻皇帝付きの神官を辞めさせられてしまう。
決して、素性がバレるようなことがあってはならないのだ。
ただでさえ、神官となり皇帝に仕えることを良しとしなかったのだ。
皇帝の怒りを買いかねない、リスキーなことは極力排除したがるだろう。
(こんなことで…)
頭を下げたまま、裾の長い官服を握る。
「…神官殿?」
返事が返ってこないことを怪訝に思ってか、青年がまた一歩近寄ってくるのが分かった。
どう対処するべきか。
(偽名使う?腹をくくって名乗るべき?単なる神官の名前なんだし、正直に名乗ったところで、あまり問題にならないかも?……それか)
トンズラ?
このお育ちの良さそうな青年からなら、全力疾走すれば逃げ切れる気もする。
たとえ追いかけてこられたって、城の構造を知るこっちの方が有利だ。
顔は見られているが、金輪際、城内で顔の布を取りさえしなければ、きっとなんとかなるはずだ。
やはり、
トンズラ?
そんな強行的な考えを巡らせ、一歩後ろに足を引いたときだった。
2つの影が両脇に降ってきた。
…!
「ジュード!レグノー!」
なんともタイミングが良い。
彼らは、生前に母が召喚した精霊たちだ。
母が亡くなってからもずっと側にいて、何かと世話を焼いてくれる兄たちのような存在だ。
――人の形を取った、姿形のない自然の『存在』だが。
何か用があって、飛んできたのだろう。
常人ではあり得ない登場の仕方に、さぞ青年は驚いているだろうなと、視線を向けようとした。
だが、
瞬時に、
本能で反応した。
「エレ…(むぐっ)」
コンマ数秒。
名を呼ばれる気配を察知し、隣に立つジュードの口を手で塞ぐ。
(ひいいいい今はダメよ、ジュード!)
それはそれは不満げな顔だ。
精霊たちには、「空気を読む」という人間業は通用しない。
この2人のように、人間と会話のできる高位な精霊については話は別だが、それでもエレノアのこの行動は理解に苦しんだようだ。
「(小声)今は名前を呼ばないでちょうだい。…ちょっとした事情があるのよ」
「…はぁ?」
「(小声)いいから!説明は後でするから!」
凄んで、頼み込む。
「(小声)ふたりとも、お願い!」
「……(コクリ)」
「……(コクリ)」
二人が黙って頷いてくれたことを確認し、改めて青年の方を見た。
じーっと見られていた。
それはそうだろう。
突然(一見したら普通の)男2人が上から降ってきたと思いきや、そのうちの一人の口を神官が突然塞いだのだ。
異様な光景だっただろう。
こうなったら、質問される前に畳み掛けるしかない。
発言の機会は与えてはならない。
「た…大変申し訳ございません。急用ができてしまいまして」
「…は「どうやら迎えが来たようです」」
「あ…「先程の件は、本当に申し訳ございませんでした」」
「…いえ「他にも痛むところはございませんか」」
「…いえ、大じ…「そうですかそうですか。ご寛大なご配慮、感謝致します。他にも痛むところがありましたら、ぜひ皇宮医務院へお越しくださいね!」」
「…」
「以後このようなことがないよう、気をつけますので…」
「…」
「それでは、失礼いたします!…オホホホ」
「…」
言い終わるやいなや、一礼し、2人を連れて足早にその場を後にする。
追いかけてくる様子はない。
青年の反応なんて一切無視の、超絶無礼(自覚有り)な話術でなんとか切り抜けた。
皇宮神官の評判を下げてしまったかもしれないが、もう二度と会うことも無いだろう。
そこらへんは、なんとかなるはずだ。
「助かったわ…」
暫く歩いたところで、漸く息をついた。
「…おい、一体なんだったんだ」
喋っても良いと判断したのであろう。不機嫌な顔を残したままのジュードが問いかけてくる。
「…いやぁ、ちょっとやらかしちゃって。……ついうっかり神具をふっ飛ばして、彼にぶつけちゃったりしちゃったりなんかしたり…」
「「はぁ?」」
2つの呆れ顔。
あらやだ、精霊に呆れ顔をさせるなんて。
「そのせいで名前を聞き出されそうになってたのよ。そしたら、ちょうど良く二人が来てくれたんだけど、ジュードに名前を呼ばれそうになったから…つい」
えへへと頬をかく。
「あ…叔父様には絶対言わないでね」
そう懇願すると、二人に盛大な溜息をつかれた。
「あのね、その叔父様からの呼び出しだよ」
レグノーが腰に手を当てながら言う。
透けるような真っ白な肌に、艶のある銀の長髪と同じ色の瞳。中性的な超美形だ。
彼の困り顔は迫力がある。
「スヴェンのやつ、手が離せないからって俺たちをこき使いやがって」
片やジュードは、言動のワイルドさからは想像し難いが、歴とした清らかなる水の精霊。
深い森の湖のように、光の加減で色合いの変わる青の髪と、水面のような瞳。こちらもレグノ-とは異なるタイプの神秘的な美の化身だ。
二人とも、もともとは姿形の無い存在なのだから、わざわざそんなに美形にしなくても良いじゃないかと思う。
間に挟まれる自分の立場がない。
「で、叔父さまからの呼び出しって?」
(父さまのところから戻るのが遅くなったから、気になってるのかしら?)
眉間にシワを寄せて、レグノ-が言った。
「どうやら精霊絡みの事件が起きたみたいだよ。」
……名を問われた。
問われてしまった……
やはり、「追って沙汰を下す」とかそういう流れになるのだろうか。
顔も知られてしまった。
このことが叔父の耳に入ろうものなら、きっと即刻皇帝付きの神官を辞めさせられてしまう。
決して、素性がバレるようなことがあってはならないのだ。
ただでさえ、神官となり皇帝に仕えることを良しとしなかったのだ。
皇帝の怒りを買いかねない、リスキーなことは極力排除したがるだろう。
(こんなことで…)
頭を下げたまま、裾の長い官服を握る。
「…神官殿?」
返事が返ってこないことを怪訝に思ってか、青年がまた一歩近寄ってくるのが分かった。
どう対処するべきか。
(偽名使う?腹をくくって名乗るべき?単なる神官の名前なんだし、正直に名乗ったところで、あまり問題にならないかも?……それか)
トンズラ?
このお育ちの良さそうな青年からなら、全力疾走すれば逃げ切れる気もする。
たとえ追いかけてこられたって、城の構造を知るこっちの方が有利だ。
顔は見られているが、金輪際、城内で顔の布を取りさえしなければ、きっとなんとかなるはずだ。
やはり、
トンズラ?
そんな強行的な考えを巡らせ、一歩後ろに足を引いたときだった。
2つの影が両脇に降ってきた。
…!
「ジュード!レグノー!」
なんともタイミングが良い。
彼らは、生前に母が召喚した精霊たちだ。
母が亡くなってからもずっと側にいて、何かと世話を焼いてくれる兄たちのような存在だ。
――人の形を取った、姿形のない自然の『存在』だが。
何か用があって、飛んできたのだろう。
常人ではあり得ない登場の仕方に、さぞ青年は驚いているだろうなと、視線を向けようとした。
だが、
瞬時に、
本能で反応した。
「エレ…(むぐっ)」
コンマ数秒。
名を呼ばれる気配を察知し、隣に立つジュードの口を手で塞ぐ。
(ひいいいい今はダメよ、ジュード!)
それはそれは不満げな顔だ。
精霊たちには、「空気を読む」という人間業は通用しない。
この2人のように、人間と会話のできる高位な精霊については話は別だが、それでもエレノアのこの行動は理解に苦しんだようだ。
「(小声)今は名前を呼ばないでちょうだい。…ちょっとした事情があるのよ」
「…はぁ?」
「(小声)いいから!説明は後でするから!」
凄んで、頼み込む。
「(小声)ふたりとも、お願い!」
「……(コクリ)」
「……(コクリ)」
二人が黙って頷いてくれたことを確認し、改めて青年の方を見た。
じーっと見られていた。
それはそうだろう。
突然(一見したら普通の)男2人が上から降ってきたと思いきや、そのうちの一人の口を神官が突然塞いだのだ。
異様な光景だっただろう。
こうなったら、質問される前に畳み掛けるしかない。
発言の機会は与えてはならない。
「た…大変申し訳ございません。急用ができてしまいまして」
「…は「どうやら迎えが来たようです」」
「あ…「先程の件は、本当に申し訳ございませんでした」」
「…いえ「他にも痛むところはございませんか」」
「…いえ、大じ…「そうですかそうですか。ご寛大なご配慮、感謝致します。他にも痛むところがありましたら、ぜひ皇宮医務院へお越しくださいね!」」
「…」
「以後このようなことがないよう、気をつけますので…」
「…」
「それでは、失礼いたします!…オホホホ」
「…」
言い終わるやいなや、一礼し、2人を連れて足早にその場を後にする。
追いかけてくる様子はない。
青年の反応なんて一切無視の、超絶無礼(自覚有り)な話術でなんとか切り抜けた。
皇宮神官の評判を下げてしまったかもしれないが、もう二度と会うことも無いだろう。
そこらへんは、なんとかなるはずだ。
「助かったわ…」
暫く歩いたところで、漸く息をついた。
「…おい、一体なんだったんだ」
喋っても良いと判断したのであろう。不機嫌な顔を残したままのジュードが問いかけてくる。
「…いやぁ、ちょっとやらかしちゃって。……ついうっかり神具をふっ飛ばして、彼にぶつけちゃったりしちゃったりなんかしたり…」
「「はぁ?」」
2つの呆れ顔。
あらやだ、精霊に呆れ顔をさせるなんて。
「そのせいで名前を聞き出されそうになってたのよ。そしたら、ちょうど良く二人が来てくれたんだけど、ジュードに名前を呼ばれそうになったから…つい」
えへへと頬をかく。
「あ…叔父様には絶対言わないでね」
そう懇願すると、二人に盛大な溜息をつかれた。
「あのね、その叔父様からの呼び出しだよ」
レグノーが腰に手を当てながら言う。
透けるような真っ白な肌に、艶のある銀の長髪と同じ色の瞳。中性的な超美形だ。
彼の困り顔は迫力がある。
「スヴェンのやつ、手が離せないからって俺たちをこき使いやがって」
片やジュードは、言動のワイルドさからは想像し難いが、歴とした清らかなる水の精霊。
深い森の湖のように、光の加減で色合いの変わる青の髪と、水面のような瞳。こちらもレグノ-とは異なるタイプの神秘的な美の化身だ。
二人とも、もともとは姿形の無い存在なのだから、わざわざそんなに美形にしなくても良いじゃないかと思う。
間に挟まれる自分の立場がない。
「で、叔父さまからの呼び出しって?」
(父さまのところから戻るのが遅くなったから、気になってるのかしら?)
眉間にシワを寄せて、レグノ-が言った。
「どうやら精霊絡みの事件が起きたみたいだよ。」
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