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第1章
6.たんぽぽ
しおりを挟むなんとなく知りたくて、聞き出していた。
あんなハプニングの後なら、淡々と謝罪を受入れ別れるのが普通だ。
まして、相手は見たところ神官だ。名前を聞き出す必要もない。
――…ただなんとなく、懐かしさがあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この国の貴族の子息は、6歳になれば親元を離れ、皇都近郊にあるボーディングスクールに通う。
そこでは、国家を支えるエリートを輩出するべく、18歳の卒業まで政治・歴史・戦術・貿易等、様々な高等教育が行われる。
公爵家の彼もその例に漏れず、勉学に勤しんでいた。
宰相を務める父の名にも恥じないよう、半ば義務感で学年首位を維持し続けながら、それなりに充実した学院生活を送っていた。
彼が第3学年に上がったそんなある日、母が倒れたという報せを受ける。
学院の許可を得て急いで帰宅をするも、最期に立ち会うことは叶わなかった。
持病の発作が悪化したらしかった。
帰宅した時、既に父の姿があったが、彼も政務で最期には間に合わなかったようだ。
母は、家族の誰にも看取られず、あっけなく一人で旅立ってしまった。
それからすぐに、母の葬儀が執り行われた。
公爵家の葬儀ということもあり、皮肉にも盛大なものとなった。
皇家の血筋でもあった母の葬儀に、皇族も参列くださったようだ。
父の隣で、どこか他人事のように見ていた。
気づけば母の墓石の前に立っていた。
一通り、葬儀は終わったらしい。
こんなにも簡単に終わるものなのか。
最愛の母を失ったというのに、涙は出なかった。心が冷え切った人間なのかもしれない。
学院から家へ馬車を飛ばしていたときのような、焦燥にかられるような感情が、今はない。
本当に、あっけない。
墓石の前で佇み、そんな事を考えていた。
ふわり
視界に突然、数本のたんぽぽが現れる。
否、顔面に突きつけられたと言ったほうが、近いだろうか。
(……?)
怪訝に思い、たんぽぽを持つ手の主を見る。
小さな、
笑顔溢れる女の子だった。
『お花あげるよ』
『…え?』
道端に咲いていたものを摘んできたのだろう。たんぽぽを手渡された。
『ここでお休みになっている人が、寂しくないようにお花を飾ってあげるんだよ』
『お兄ちゃん、お花持ってないみたいだったから、分けてあげるよ』
墓石には既に、参列者から手向けられた鮮やかな花々があった。
でも確かに、その中に自ら母に捧げた花は一輪もない。
ただ決まりごとのように、花を飾る。死者にとって、意味があることなのだろうか。そんな冷めたことすら考えていた。
『……』
黙り込む姿に焦ったのか、
『あ!少なかった?…じゃあもう少し取ってきてあげるね、ちょっと待っ…』
『ありがとう』
彼女の手ごとたんぽぽを握る。
泣いていた。
泣けるじゃないか。
ちゃんと悲しいじゃないか。
花さえも、贈ってあげられないところだった。
明るい女性だった。
自分を産み、愛して、毎日のように抱きしめてくれた。
そんな母に褒めてもらおうと、色々なことを頑張った。
父に認められたいなんてことは二の次だ。
学院へ旅立つ日も、寂しそうに、それでも息子の成長を嬉しそうにもしていた。
手紙だって、毎月のようにくれていた。「元気か」「きちんと食べているか」「眠れているか」そんな内容ばかり
そんな、些細で平凡で幸せだった記憶が、突如として溢れ出た。
『…は』
崩れ落ちた
『母上っ…』
『…お兄ちゃん』
少女もつられて涙を流し始める。
しばらくして、二人の様子をみていた女性が近づいてきた。
『公子様…』
その声の女性に少女が駆け寄り、抱きつく。
彼女の母親のようだ。
『公子様のお母様へ、お祈りを捧げさせていただいてもよろしいですか』
泣きはらした顔を見せるわけにもいかず、黙ってうなずく。
しばらくして、突然抱き寄せされた。
少女と一緒に、彼女の母親に抱きしめられていた。
懐かしかった。
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