姫で神官な私

Cham

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第1章

4.エレノア

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皇宮神官 エレノア・ルーベンス

これは私の仮の名だ。




本当の名は、

エレノア=マリア=リーゼロッテ=フォン=シンクレア


このシンクレア帝国の第一皇女だ。



はじめは神官として父に仕えるにあたって、別の名前を名乗ることを考えていた。
「エレノア」という名は、この国ではそこそこ一般的な女性の名前だが、父にとってこの名は癇に障るはずだ。

ミドルネームのマリアとかリーゼロッテとか、祖母の名のカタリナだとか、どう名乗るかで色々と悩んだが、結局、名字だけ初代神官長様のものをお借りして、エレノアをそのまま名乗ることにした。…叔父には激しく反対されたけれど。


名前を聞くたびに娘の存在を意識してほしいという、多少の意思表示だ。


それに、精霊召喚時には本名を使わざるを得ないという神官としての事情だってあるし、なんだかんだ名前を呼ばれた時に咄嗟に反応もできる。



(…今日もなんとか無事に終えたわ。ド緊張したけど)


初めて神官として父の部屋に訪れ、名前を名乗った時に、一瞬だけ父の顔が強張ったことを覚えている。




一体、いつになったら普通の親子関係に戻れるのだろうか。……いや、戻れるものなのだろうか。

自分のせいで母の命を失ってしまった。父の愛する人を奪ってしまった。

分かっている。決して、許されことではない。

ずっと責任を感じているし、自分が憎らしくて仕方がない。

きっと一生、あの日の記憶からは逃れられないのだろう。



だけど、厚かましくも、期待してしまうのだ。

たった一人の肉親だから。



「エレノア」という名に、反応してくれたから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




治療とはいえ、月に一度父に会えることは嬉しい。

だけど、帰りはいつも悶々としてしまう。




皇帝の住まう宮を出て、緑に囲まれた回廊を進む。

ここは普段からあまり人が立ち入らない。何度もこっそり城を徘徊していたから知っている。


人目がなくなったことを確認し、顔を隠す暑苦しい官服も取っ払う。



「ふーーーーーーーーーーーーーぅ、終わったーーーーぁ」



一人きりであることを良いことに、思いっきり腰や腕を回して、緊張で凝り固まった体を開放する。






そして、開放感を求めるあまり、うっかりやってしまった。





スポッ




手元が軽くなる。



「…あ。」







…神具を手放してしまった。







重さも有るため、放物線を描きながら、勢いよく飛んでいく。



(結構飛ぶものね)


とおかしな感想を抱きながら

瞬時にひしゃげた神具や、凹んだ床、鬼の形相の叔父を想像する。




重い鉄の球体が大理石の床にのめり込む、激突音を覚悟し、目をつぶる。









だが、代わりに聞こえたのは「ゴンッ」という鈍い音と、





「う…」



うめき声。




………



………


…ひやりと、背筋が凍る。



恐る恐る目を開けると、尻もちをついて衝撃に顔を歪める青年と、、、


青年の胸元にクリーンヒットしたばかりの神具。




瞬時に、



(……終わった)


そう思った。

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