とある小さな恋の話し

kaoyon

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気持ちに合う言葉を

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俺を抱きしめていた腕が、緩んだ。
陽人が顔を覗き込んで、

「キス…したい、今…」

ねだるように、優しい声でそう言った。

「いいよ…俺は。いつでも、どこでも…」
「じゃあ…」

小さい声で、つぶやいて、顔が近づいて、少し、唇が触れた。
 
「好き…とか言わないの?」
俺が聞いたら、意外にも、陽人は小さく笑って、困った顔をした。

「好き…じゃないんだよな…」
「え?」

俺が一瞬、怪訝な顔をしたら、また陽人が笑った。

「合う…言葉が…ないから。
好きよりずっとずっと濃くて、愛してるよりはすぐ側にあって…苦しいけど嬉しくて、切ないけど優しくて…」

「陽人、詩人なの?」

「なんだよ、それ。とにかく、律しか…。律じゃないと…ダメなんだ…」
「…うん…」

「また、キスしたい…」
「いいよ。ずっと、しよ…」

ゆっくりの顔が近づく。

またうちの犬の声がする。
うるさいなぁ…。
今、大事なところなんだけど…。

陽人の動きが止まった。

「…うるさいって思ってる?」
「…うん…」
「靴、脱いでさ、…律の部屋、行こ…」
「あ…ここ…、玄関だった…」

靴を脱いで、掴まれた腕をそのまま、陽人が引っ張ってくれて、陽人が先に、俺が後から、部屋に入る。
俺がドアを右足で閉めた。

「律…ッ…」

腕を引き寄せられて、急にキスされた。
陽一言の片手が、俺の背中を撫でる。
優しく、何度も何度も。

その手が、今度は髪を、撫でた。
何度も何度も。

その間、唇は音を立てて、付いたり離れたりを繰り返した。
合間に息を、一度、漏らした。

空いた口を、陽人の口が塞いで、舌先が舌先に触れた。

目が、合った。

笑った…。

陽人が、俺を見て微笑んだ。

瞬間、好きだと…言われた…気がした。
愛してると…
苦しいと、嬉しいと、切ないと、優しいと…
全部、全部、全部
言われた気がした。

だから、俺も、陽人の髪を、頬を優しく撫でた。

特別だ。
他には誰もいない。
こんな特別さは。

どんな言葉も、追いつかない。

目の前のあたたかい、あたたかい、陽人。

舌が絡まる。
絡まって、濡らして、なぞって、触る。
陽人の荒い息が、何度も聴こえる。

キスって、いいな…
キス、するの、大好き…

口が、離れた。

「さっき、律、おかしな顔したな」
おでこを付けて、小さい声で陽人が言った。

「好きじゃないって、言うからだろ…」

「ごめん…好きより、何倍も、好きだ、律…」

「俺の方が、好きだよ」

「いや、俺の方が、好きだ」

「…バカじゃないの?…ほんと…バカだよ…」

「…もう一度、さっきの、したい」

「いいよ。して…」

おでこが離れて、また、唇が触れた。
荒い息と一緒に。

手にしていた青色のピックが、
床に落ちた。




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