初恋ノオト。

綾瀬麻結

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1巻

1-2

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 だから、それほど気にすることではないのかもしれない。でも、一瞬でも政木だと勘違いしてしまった男性の名前が、政木と同じ名前で同い年。そんな偶然が重なると、何かあるのではと勘ぐってしまう。
 これってもしかして、運命の出会い? ……とか。
 そう思った途端、美羽の胸の奥にほんわかとしたものが広がった。春の陽だまりにいるような柔らかな温もりが、徐々に美羽の緊張をほぐしていく。

「……わたしは藤田美羽、二十四歳です」

 美羽はベランダの手すりに手を置き、微笑みながら智章を仰ぎ見る。彼は何故か、無表情のまま美羽をじっと見ていた。その瞳の奥に苦悶くもんのようなものが見え隠れしたが、すぐにうっすらと笑う。

「へえ~、まだ若いのに男をあさりに来たのか」
「違います! 仕事終わりに友達から夕食に誘われて、内緒で連れて来られたのがここだったの。そこで初めて合コンみたいなパーティだって知らされて……。ほら見て。わたしは他の女性のように、ドレスアップしてないでしょ?」

 美羽は中庭にいる華やかな女性たちを指し、自分のローウエストの位置で切り替えが入った、起毛感たっぷりのカジュアルなワンピースに触れる。

「確かに。他の女たちと違って美羽にがっついている感はない、かな」

 いきなり名前を呼び捨てにされて、美羽の背筋に甘いうずきが走る。
 ロマンティックにささやかれたわけではないのに、どうしてこんな反応が起きるのだろうか。
 落ち着け、落ち着け……と自分に言い聞かせ、美羽は中庭を見下ろしながらビールを飲む智章の横顔をそっと盗み見た。彼は色めくカップルを楽しそうに見物しているが、それでいてどこかあざ笑うように口元をゆがめている。
 どうしてだろう。昔、恋愛で嫌な思いでもしたのだろうか。

「あの、蓮沼さんは」
「智章」

 そう呼べよ――と言わんばかりに、智章は強い目力で美羽に無言の圧力をかけてくる。

「えっと、じゃ……智章、さん?」
「チッ。それで手を打つか。で、何?」

 上目遣いで自分をうかがう美羽に、智章は舌打ちしてしぶしぶ承知する。
 そんな尊大な態度を取る彼に美羽は苦笑するが、不快には思わなかった。美羽をきつける何かが彼にはあり、もっと彼のことを知りたいと望んでしまう。
 どうしてこんなに強く惹かれるのだろう。
 黙り込んだ美羽に気付いたのか、彼は続きをうながすように片眉を上げる。美羽は我に返り、あわてて彼を見つめていたことを隠すように目を伏せた。

「えっと、智章さんはどうしてここにひとりでいたの? 他の女性と……その、性格が合わなかった?」
「俺? 俺はツレに引っ張られて来ただけさ。そいつ、俺の引っ越し作業を手伝うためにこっちへ出てきてくれたんだけど、本当はこの有名なパーティに参加したかっただけらしい」

 こっち? 転勤か何かで東京に引っ越してきたのだろうか。
 小首を傾げる美羽の隣で、智章は顔をゆがめる。

「でも俺は別に女を必要としてないから、ここで観察してたんだ。男は綺麗な花に群がるって言うけど、女も上手く男の金の匂いを嗅ぎ分けてるなと思いながらね」

 そこで言葉を切り、智章は美羽に視線を送る。

「美羽は、そういう部類に入らないみたいだな。それも当然か。俺と一緒で、騙されてここへ来たみたいだし」
「あ、ありが……とう」

 美羽は照れ隠しに微笑む。さらにそれを誤魔化ごまかそうとして、ひとりでぺちゃくちゃと話し出した。
 今日一緒に来た同僚は、モデルのように背が高くて美人なのに彼氏を作らないとか、見た目も中身も正反対な美羽にとても優しくしてくれるとか、それはもういろいろなことを。
 智章は美羽のマシンガントークを嫌がるどころか、穏やかな表情を浮かべている。それをいいことにかれてもいない話をし続けていると、彼がそっと美羽の腕に触れてきた。
 予期しなかった接触に、美羽のからだがビクッと跳ねる。

「緊張したらずっとしゃべり続けるのもくせだろ。おっちょこちょいと一緒で」
「えっと、あの……」

 まだ会って間もないのに、美羽の性格は智章にすっかりバレていた。そのことが恥ずかしくて目を泳がせるものの、これ以上とぼけるのは無理だと観念し、おずおずと目を上げる。

「昔からこうなの。わたしの成長は、学生時代で止まっているみたい」
「付き合ってた男のせいか?」

 政木先輩の? ――そう口から出そうになった言葉を呑み込み、美羽はさりげなく中庭のカップルへ目を向けた。先ほどから何度か勘違いして政木の名前をつぶやき、智章の前で醜態しゅうたいさらしている。これ以上恥の上塗りをしたくない。
 そう思って黙ったものの、このまま彼の問いに無言を貫くのは良くないだろう。

「……そうかも」

 美羽は静かにそう告げた。だが答えるまで少し間が開いてしまったからか、それとも美羽の返事なんて期待していなかったからか、智章は何も言わない。
 しばらくその静寂に身を置いていたが、気まずくなってきておもむろに彼へ目を向けた。すると、智章は何か思い悩むようにうつむいている。その姿から哀愁あいしゅうみたいなものがにじみ出ていると感じるのは何故だろう。
 何も言えずに横顔を見ていると、視線に気付いた彼が肩をすくめた。

「俺の人生も、もしかしたら高校三年の秋から止まってるのかもな。付き合っていたカノジョに捨てられたあの日から……」

 智章の突然の告白に、美羽は息を呑んだ。
 こんなに格好よくて女性には不自由していなさそうに見える人が、学生時代とはいえ振られたなんて信じられない。
 でも、彼が嘘を吐いているようには見えなかった。
 智章の寂しそうな背中を見ているだけで、彼を慰めたい衝動に駆られる。美羽はとっさに手を伸ばし、手すりに乗せている彼の手にそっと触れた。
 手のひらから伝わる温もり、自分の華奢きゃしゃな手と違う骨ばった大きな手。改めてそれを感じ取った瞬間、美羽は男性を拒み続けていた自分の心に、温かな光が燦々さんさんと降り注いでくるのを感じた。その光がどんどん膨れ上がるにつれて、胸の高鳴りも大きくなっていく。
 智章のことをもっと知りたい。このままさよならしたくない。
 心の底から湧き上がる正直な気持ちに、美羽は胸を震わせた。
 政木に振られてから止まっていた心の時計。自分で止めたはずの恋の針が、自然に動き始める。チクタク、チクタクと頭の中で響くそれは心悸しんきの音と重なり、どんどん胸の奥で大きくなってきた。
 鬱積うっせきした思いを隠さない智章の瞳が、楽しげに細められるのを見たい。そして、その瞳を美羽だけに向けてほしい。
 あふれてくる想いに突き動かされて、ゆっくり面を上げる。智章は自分の手に重ねられた美羽の手を怪訝けげんな顔で見つめ、そしてその目を美羽に向けた。
 ああ、落ちる……、恋に落ちる! 
 彼と視線が絡まった瞬間、美羽のからだしんに燃えるような熱が生まれる。だが、美羽の思いとは裏腹に、彼は皮肉っぽくフンと鼻を鳴らした。

「俺を慰めてるつもり?」

 彼は美羽の手を振り払いはしなかったものの、冷たくあしらおうとしているのがわかる。いつもの美羽なら恐れをなして手を引っ込めていたが、勇気を出して彼の瞳をのぞき込みながら伝える。

「わたしで、その……役に立てるなら」

 途端、智章は目をつり上げた。

「そういう言い方はやめろ! もし男が、性的な意味だと勘違いしたらどうするんだ? 簡単に股を開くって自分から言っているようなもんじゃないか!」

 息巻く智章の顔つきに、美羽は内心震え上がったが、それでも彼から目をらさない。
 ほんの数十分前までは恋することを恐れていた美羽が、ここで智章と出会い、一瞬で彼に想いを寄せるようになったのも何かの運命。
 これからどうなるかわからないが、この出会いは美羽にとってきっと人生の分岐点になる。だからこそ、このチャンスを逃したくなかった。
 わたし、勇気を出して動いてみたい。彼と愛し合いたい! ――強い想いを目に込める美羽に対し、智章は苛立いらだったように顔をゆがめる。
 美羽がどういう意味で〝役に立ちたい〟と言ったのか、智章は測りかねているのだろう。
 心の内を探るようなけんのある目つきに、ドキドキしながらもじっと耐える。それから十数秒経った時、彼の目の下の筋肉がピクピクと動いた。
 その瞬間、美羽は断られるだろうと思った。
〝俺は、女に不自由してないんで〟と口にする智章の台詞せりふさえ聞こえてくる。それがあまりにも現実味を帯びていて、美羽は胸を鷲掴みにされたような痛みを感じるほどだった。智章を見ていられなくなり、美羽は彼の手に重ねていた自分の手をゆっくり離した。
 すると智章はズボンのポケットから携帯を取り出すと、どこかへ電話をかけた。

「タクシーを一台。場所は白金台の――」

 美羽がハッとして面を上げると智章の視線とぶつかった。電話をかけている最中も、通話が終わってからも彼は美羽を食い入るように見つめている。
 強い目力に射抜かれて動けずにいると、彼はいきなり手を伸ばして美羽の手を掴んだ。

「そういう意味、なんだろ?」

 何故確認するような言い方を? もしかして、本当に一夜を共にしたいと望んでいるのか、もう一度考える時間をくれているのだろうか。〝据え膳食わぬは男の恥〟の言葉通り、そのまま美羽を連れ出すこともできるのに。
 こうやって相手を気遣ってくれる智章の人柄に触れたことで、また彼への想いが強くなる。
 この先に何があっても絶対に後悔なんかしない! ――美羽はそう誓い、智章を見つめ返した。

「……うん」

 はっきりと口にした美羽に智章はゆっくり頷き、手をつないだまま歩き出した。ベランダを出て二階の広間を通り、階段を下りて中庭を突っ切る。

「美羽!」

 突然名を呼ばれて、美羽は声の聞こえた方へ目をやった。グランドピアノが置かれた部屋にいる朱里と目が合う。彼女は、美羽が男性に興味を抱いたり、親密そうに手を取ったりすることはないと知っている。だから、見知らぬ男性と手をつなぐ美羽の姿に驚いているのだろう。
 美羽は安心してもらうために、〝大丈夫だから〟と声を出さず口を動かして気持ちを伝える。
 一瞬、朱里はこちらへ駆け寄ろうとするが、すぐに動きを止め、笑みを浮かべて手を振った。恋愛に前向きになっている美羽の邪魔をしてはいけないと考えたのだろう。
 美羽は彼女に軽く頷くと前を向き、クロークへ続くドアを通った。ドアがふたりの後ろで閉じると、煌々こうこうと照らされた明かりやクラシック音楽の音はたちまち消える。
 夢のような華やかなパーティから現実へ戻った瞬間だ。
 だが、美羽の気持ちは変わらない。クロークでコートとバッグを受け取ると、智章から差し出された手の上に自らの手を乗せ、肩を並べて一緒に外へ出る。
 そこにはすでに、タクシーが停車していた。




   三


 白と黒のモノトーンで統一された、シンプルなビジネスホテルの一室。
 部屋に入るなり、智章は手慣れた様子で腕時計を外しベッドサイドに置くと、ネクタイの結び目に指を入れて緩めた。
 そんな彼を見ているだけで、美羽の心臓は壊れるのではないかと思うほど、ばっくんばっくんと鼓動を打つ。

「先にシャワー浴びる? それとも一緒に入るか?」
「さ、さ、先に、あ、浴びてきます!」

 緊張のあまり、美羽はどもってしまった。その自分の声にビックリして、バッグを足元に落としてしまう。その音に驚いた智章は、怪訝けげん面持おももちで背後にいる美羽を振り返った。
 智章の目が何かを探るように細められた途端、美羽の口から心臓が飛び出すのではないかと思うほど神経が張り詰めた。緊張を隠そうとすればするほど、顔が強張こわばる。
 美羽は彼に何かかれる前に、バスルームへ逃げ込んだ。

「ど、どうしよう……!」

 美羽は抑えきれない不安を口にする。
 これは美羽自ら望んだことだと理解しているが、こういう場の独特な雰囲気に慣れておらず平静を装えない。
 未経験ということも影響しているだろうが、それを差し引いても美羽の態度はひどすぎる。扱いにくい女というレッテルを張られる前に、早くシャワーを浴びよう。
 美羽は服を全て脱ぎ捨て、バスタブに入ってシャワーの栓をひねった。温かい湯の飛沫しぶきが、冷えたからだと張り詰めていた筋肉をほぐしてくれる。
 少し落ち着いたところで、美羽はボディソープを手にして泡立て、躯の隅々まで丁寧に洗い始めた。
 毎日同じことをしているのに、今日は肌が過敏に反応している。肌を伝う飛沫と泡のように、智章の指もそこをたどるかもしれない。そう思っただけで、美羽の躯は未知の経験への不安と期待に震えた。
 シャワーを終え、タオルで躯を拭きながら、鏡に映る自分の姿を眺めた。高校生になってから膨らんだDカップの乳房、贅肉のないウエストライン、そして黒い三角形のしげみ。
 自分の全てを他人に見せることに、恥ずかしさが込み上げてくる。
 美羽はバスタオルを躯に巻きつけると、服を手にしてバスルームのドアを開けた。室内の様子をうかがうと、智章はシャツとズボン姿のままベッドに座り、何故か膝に肘をついて疲れたようにうな垂れていた。

「とも、あき……さん?」

 美羽の声に我に返った智章は、すぐに立ち上がる。

「……俺も、汗流してくる」

 そう言って、智章はシャツのボタンを素早い手つきで外す。すると、彼の見事な胸筋と割れた腹筋が美羽の目に飛び込んできた。想像以上の男性的な肉体美にドキッとして視線をらすものの、彼の鎖骨さこつから斜めに入った薄い傷痕きずあとまぶたの裏に焼き付いて離れない。
 昔、大きな事故にでもったのだろうか。たずねてみたいが、そこまで深く踏み込んでいいのかわからない。まだ親密とはいえない関係なので、今は口に出さない方がいいだろう。
 そんなことを考えている美羽の横を、智章はサッと通り過ぎる。
 バスルームのドアを閉める音、続いてシャワーの音が聞こえてきたところで美羽は肩からゆっくり力を抜いた。
 美羽はホッと息をついてから手に持った服を綺麗にたたみ、椅子の上に置く。バッグも傍らに並べたところまでは良かったが、時間が経てば経つほど緊張は高まり、じっとしていられなくなってきた。
 ベッドの周囲をうろうろと歩き回っては立ち止まり、また歩き出す。そんな奇怪な行動を数回繰り返した時、美羽は足をぴたっと止めた。何故ならタオルを巻いた智章がそこに立ち、キツネにつままれたような面持おももちで美羽を見ていたからだ。

「と、智章さん!」
「お前、いったい何やってるんだ?」
「えっと、その、初対面の男の人とホテルへ来るなんて初めてで……それで緊張して」

 美羽が言うと、智章は口元をゆがませて鼻で笑う。

「ああ、付き合ってもいない男とホテルに入るのは初めてって?」
「ち、違っ……きゃ!」

 いきなり智章に掴まれ、ベッドへ押し倒された。突然のことに固まってしまった美羽に、彼は吐息が混じり合うぐらい顔を寄せる。
 間近で見る智章のあやしくきらめく黒い瞳や、柔らかそうな唇から目が離せない。

「他の男とのセックスなんか思い出せないぐらい、俺が夢中にさせてやるよ」

 そのつやめいた声は、美羽の肌を粟立たせるだけでなく、秘めた感情までもたかぶらせる。何も言えないでいると、彼はゆっくり唇を重ねてきた。

「……っん!」

 唇が触れた瞬間、心臓が高く飛び跳ね、同時に甘い声が鼻から抜ける。恥ずかしくなって彼の胸を押し返そうとするが、手首を強く掴まれ、体重をかけられているので身動きできない。
 智章の濡れた舌が遊ぶように唇に触れたと思ったら、ぷっくりした下唇に歯を立てられた。

「唇を開けて」

 なだめるようにささやく智章の声音は、どんなに固い決意を持った女性の心をも簡単に溶かしてしまいそうなほど、危険な魅力を備えていた。美羽もその威力にあらがえず、強く引き結んでいた唇から次第に力が抜けていく。智章は舌で美羽の口をゆっくり開かせ、彼女の内気なそれに絡ませる。

「……っふぁ」

 政木とした時とは全く違う、むさぼられるようなキスに、頭のしんがじんとしびれる。舌を突き込まれては口腔を舐められ、吸い上げられては舌を絡められ、何がなんだかわからなくなり気が遠くなりそうだった。
 からだに巻きつけていたバスタオルは、キスの合間にいつしかはぎ取られていた。智章の手が直接美羽の肌を撫でる。あらわになった肩や鎖骨さこつをたどり、乳房を下から包み込んでは乳首を指の腹でこする。

「あ……っ、はぁ……ん」
「胸、でかいな。俺の手からこぼれるほどだ。しかも柔らかい」

 智章は美羽の唇の上で囁き、乳房の形が変わるくらい強く揉みしだいた。さらに美羽の双脚の間に躯を割り込ませ、膝でそこを開かせながら内腿を撫でる。
 愛撫あいぶはそれで終わらず、耳朶じだ、首筋、鎖骨へとキスの雨を降らしては、美羽の知らない快感のツボを押し、未知の境地へ追い立てていく。

「やぁ……っんぁ、……とも、あき……っさん!」
「こんなにも敏感なんだな」

 そう言うなり智章の手は下へ滑り、腰のラインから大腿を撫でる。そして誰にも触れさせたことのない秘所に彼の指が触れたその時だった。

「い、いや! ダメッ!」

 美羽は息を呑み、無意識に手を振り回して智章の手を払いのけようとした。だが彼にしかかられているせいで、簡単に動けない。

「何が嫌なんだよ。美羽のここ、蜜があふれてるっていうのに」
「あ、あの……」

 覚悟していた。彼になら抱かれてもいいと思っていたのは事実。でも、ここにきて告白もせず抱かれることに戸惑いを感じていた。
 彼を好きになったと言わないまま続けたら、自分は軽い女だと思われるのでは? 
 そういう女性だと誤解されたくない一心で、美羽は激しく頭を振る。

「ああ、最初に〝夢中にさせてやる〟と言っておきながら、今まで抱かれた男たちと変わらないテクでつまらないって言いたいわけ?」
「ち、違っ!」

 智章は美羽からからだを離すと、ベッドサイドに手を伸ばす。美羽の目に入ったそれは、彼がつけていたネクタイだった。

「知ってるか? 視覚を奪われるとあらゆる神経が研ぎ澄まされていくんだ。不安でたまらないのに、触れられると……もうそれだけにしか集中できなくなる」

 美羽に説明する彼の声は穏やかだ。でも、ネクタイを持ち美羽を見下ろす智章の瞳は笑っていなかった。カップルたちを鼻で笑い、ベランダから見下ろしていたあの瞳と似ている。

「と、智章さん、あの!」

 なんとか想いを伝えようと試みるが、その前にネクタイで目を覆われてしまった。二重にされたのか、わずかな光さえ感じられない。
 何も見えない恐怖にそれを外そうとするが、智章に手首を掴まれ制された。

「怖がらなくていい。俺は決して……美羽を傷つけないから」

 わたしはそんなことを心配しているんじゃない。ただあなたに勘違いされたくないだけ――そう言おうとして口を開けるが、彼の唇でふさがれる。
 目が見えないせいで、智章の貪欲な口づけをよりエロティックに感じてしまい、先ほどよりもさらに欲望をあおられる。美羽の口腔に突き込まれた舌が、生々しくうごめく。これから起こることを連想させるような動きだけで、頭の奥がじんとしびれて何も考えられなくなってきた。
 智章の言うとおりだった。他のことを考えようとしても、肌を撫でる彼の感触、躯にかかる彼の重み、そして美羽をじわじわと侵す快感だけに意識が集中してしまう。
 美羽は彼に触れられるたびにみだらに躯をひねり、悩ましげな喘ぎ声を上げる。

「っぁん……はぁ……っ」

 智章は音を立てながら美羽の肌にキスを落としていく。そして熱い舌でそれらの場所を舐め上げ、また違う場所を攻めては美羽を駆り立てる。そのキスが乳房へと移動するにつれて、彼の髪にさえ肌を愛撫あいぶされているように感じて、ぞくぞくと震えた。

「あっ……ダ、メ……っん!」

 美羽の懇願こんがんを無視し、智章はこれを探していたと言わんばかりに、乳首を口に含み、たくみに舌で振動を送る。さらに、先ほど触れた秘所に手を伸ばし、愛液で濡れた蜜口に指を挿入してきた。
 初めて入ってきた異物に美羽の躯は一瞬強張こわばるが、ゆっくりと抽送を繰り返されると下肢から力が抜けていく。そのうち、乳房をむさぼる彼の舌遣いとじわじわと襲いかかる膣奥ちつおくうずきだけに意識が向いてきた。
 もう何がなんだかわからない。

「やあぁぁ、っんぁ、……っく」
「すごい濡れて、どんどん蜜があふれてくる。美羽は、こんなにもいやらしい姿を俺以外の男に見せていたんだな」

 彼はいきなり抽送のリズムを速くした。ぐちゅぐちゅと淫靡いんびな音を立てて膣壁ちつへきこすってくる。

「いいっ……んっく、あ!」

 その強い刺激に、美羽のからだはビクンビクンと震えた。躯のしんに走る甘美な電流は美羽から正気を奪い、代わりに強い性感を残す。

「躯をくねらせ、甲高く喘ぐだけで俺の欲望を揺さぶるなんて。……クソッ!」

 それはいきなりだった。気付けば美羽の双脚は大きく押し開かれ、指とは違うものが蜜口にあてがわれたと思った時には、大きくて硬い異物が膣壁を押し広げて侵入していた。

「や、やめて!」

 美羽は手で彼を押しのけようとするが、智章は一気に腰を強く突き出した。

「いやああぁぁぁ!!」

 想像を絶する破瓜はかの痛みに、美羽は躯を硬直させて悲鳴を上げた。堪えようにも涙があとからあとからあふれ、彼にしがみつく手はぶるぶると震える。

「ま、まさか……お前」

 智章の手がこめかみに触れたと思った瞬間、美羽のまぶたの裏にまぶしい光が射す。目隠しされていたネクタイを取ってくれたようだ。ゆっくり目を開けると、信じられないと言いたげに目をく智章の眼差まなざしとぶつかった。

「バージンだったのか? それならどうして……先に言わなかったんだよ!」

 智章はあわてて美羽から身を離そうとするが、彼自身に膣壁をこすられて痛みに顔をゆがめる姿を見て、すぐに動きを止める。

「クソッ、……俺はなんてことを」
「ご、ごめん……なさい」

 お願いだから嫌わないで、わたしを許して――想いを訴えるように智章を見るが、彼は何も言おうとしない。
 このまま背を向けて部屋から出ていこうとでも考えているのだろうか。それとも、バージンの女とは関わり合いになりたくなかったと怒っているのだろうか。 
 結局のところ、智章に抱かれる前に想いをきちんと伝えなかったツケが、今自分に降りかかっている。それは理解していても、美羽はまずどう行動すればいいのかわからなかった。
 きちんと想いを告げるのが先? それともバージンだと最初に言わなかったことを謝る? わからない……、わからない!
 感情のたかぶりを抑えられなかった美羽の目から、涙が零れた。すると、彼は驚愕きょうがくしたように目を見開いた。

「悪かった……」

 明らかに戸惑った表情を浮かべる智章は、美羽に顔を寄せ目尻にキスを落とす。からだが近づいたせいで結合が深くなり、じんじんとする痛みがまたも走る。だが、美羽をいつくしむような彼の仕草に胸が熱くなって何も言えなかった。
 しばらくそのままでいると、膣の痛みが徐々に薄れ、異物に膣を押し広げられている違和感だけになる。

「そろそろ動いても、大丈夫か?」
「うん……」
「抜くぞ」


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