堕天使は空を見上げる

月歌(ツキウタ)

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第十話

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◆◆◆◆

蒼がゆっくりと話し出す。

「俺ね、知っていたんだ。大樹が中学時代から、弟の空の事が好きだったこと。空の葬式でひどく泣いていた大樹の姿は、今も目に焼きついているよ」

「蒼・・俺は、お前が」

池田が何かを話そうとしたが、その言葉を制したのは蒼だった。

「ごめん、俺に最後まで話させて。空が死んじゃったあと、大樹は俺のことをいつも気遣ってくれてたね。同じ大学に入った時、大樹が中学時代から俺のこと好きだったと告ってくれて。それは、嘘だって思ったけど・・でも嬉しかったんだよ。抱きしめてくれるその腕の中には、確かに俺が存在したんだから。でもね、それでも、俺は大樹の中で一番じゃなかった。俺は欲張りだから、やっぱり一番がいい。一番になりたかった」

「何を言っているんだ、蒼!俺はお前のことを、一番に愛している。空のことは、言葉は悪いが『過去の恋』でしかない。今は、お前だけを見ている。それがわからないのか?」

池田の言葉に蒼は頭を振った。その目には涙が滲んでいた。不意に、その雫が瞳からこぼれ落ちる。蒼の姿に柏木の胸は締め付けられる想いがしたが、黙って二人のやり取りを見守ることにした。

蒼は涙を掌でそっとぬぐうと、静かに話し出した。

「こんな話は、大樹にはしたくなかった。でも、俺は辛かったんだ。大樹は俺とセックスしたあと、俺を抱きしめたまま眠る癖があっただろ?その時、お前は眠りながら、いつもつぶやいていた。『空』って。俺を抱きしめながら『空』って囁くんだ」

「そんな・・」

池田は愕然とした表情を浮かべていた。柏木は他人の情事に触れる気恥かしさに、その場から去りたい気分だった。だが、足は動かず、二人を見守ることしかできなかった。

「大樹の無意識下では、俺は一番じゃなかった。大樹の腕の中の存在は『蒼』じゃなく『空』だったんだ。その事実が、俺には耐えられなかった。辛かったんだ。だから、別れを切り出した。理由を告げずに去ったのは、俺の意地かな?振られたなんて想うのも、想われるのも惨めだろ?それも、死んじゃってこの世にいない弟の空に負けたからなんて・・大樹にも、話したくなかったんだ」

蒼は一気にそこまで話しつくすと、今度は疲れた様子で黙り込んでしまった。池田は茫然としたまま、蒼を見つめていた。そして、躊躇しつつも口を開いた。

「本当に俺はお前の事を『空』って呼んでいたのか?」

蒼はそっと悲しげな笑顔を池田に向けると、ゆっくりと頷き彼の質問に応じた。池田は苦しげな表情を浮かべ、言葉に詰まりながらも蒼に話しかける。

「それが事実なら・・いや、お前がそんな嘘をつくはずないよな。きっと真実なんだろう。だったら、俺は最低な奴だ。でも!それでも、俺はお前の事が、蒼の事が好きだ。お前の心を傷つけておいてこんなことを望むのは反則かもしれないけど、やり直せないかな、俺たち?」

「・・・」
「蒼、俺は」
「ごめん、大樹。やっぱり、元の関係には戻れないよ」

池田は真っ直ぐに蒼を見つめたまま、彼の返事を聞いていた。やがて、様々な感情を振り切るように池田は姿勢を正すと、蒼に向かって話しかけた。

「・・そうか。じゃあ、もう俺はお前を追い回す事はやめる。でも、蒼への気持ちまで失くすわけじゃない。お前が許してくれるまで、俺は待っているから。それくらいは、許してくれ」

蒼は黙って池田を見つめていたが、やがて切なげに微笑み頷いた。池田もぎこちなく微笑み返す。蒼と池田の間で何らかの決着がみられたと感じた柏木は、池田に話しかけていた。

「池田。これから俺達は空の墓参りに行くんだが、お前も一緒にどうだ?」

「・・いや、今日はやめておくよ。今は気持ちが乱れて、とても墓参りする気分にならない。そのうち、気持ちの整理がついたらお参りするよ。今日は、二人で墓参りに行ってくれ」

「そうか、分かった」

正直、池田が断ってくれたのは柏木にはありがたかった。気まずい雰囲気で墓参りをするのは気が進まない。もっとも、蒼と二人で行っても、同様に気まずい思いをするだろう予感は柏木にもあったが。

「じゃあ、俺行くわ。蒼、元気でな」

「大樹、ありがとう。大樹と過ごした時間は、俺にとってはすごく大切な宝物だから」

蒼の言葉に池田は苦笑いを浮かべる。

「俺を煽ってくれるな、蒼。お前をめぐって柏木と殴り合いをおっぱじめそうになる」

「だから、俺と蒼はそういう関係じゃないんだってば。なあ、蒼?」

「うん、直人は異性愛者だしね。あ、でも・・仕事のBL小説に影響されて、趣向が変わるかもしれないね?」

「BL小説?」

「あ、いや!何でもないから気にするな。じゃあな、池田!」

慌てた様子の柏木をよそに、池田は蒼と柏木に背を向けて歩き出す。その姿は、切なくはあったが凛としていた。

「大樹、さようなら」
「ああ、さよならだ・・蒼」

池田は振り返ることなくそう言った。駅に向かうアーケード街の辺りで、蒼と柏木は彼の姿を見失った。柏木は蒼に向かって、ぼそりと呟いていた。

「池田ってけっこういい奴だな」

その言葉に蒼はにっこりとほほ笑む。

「彼に惚れた?」

「冗談!それに、俺は異性愛者だってさっきお前自身が言ってただろ?」

「そうだったね。今のところはね。じゃあ、そろそろ空のお墓に行こうか」

そういうと、蒼は悪戯っぽく微笑み柏木の腕を掴み歩き出した。蒼に掴まれた腕が、熱を帯びたような気が柏木にはしたが、深くは考えないようにした。二人は空のお墓を目指して、歩き出した。


◆◆◆◆
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