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『ラジソール』で死ぬ男

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私には秘密がある。
肌が触れ合った瞬間に、稀に相手の未来が視えるのだ。

その事に気がついたのは子供時代。

ある日、母に触れて未来が視えた。素早く過ぎ去る日々の中、母は徐々に病に侵され亡くなる未来。

その未来を受けとめられず半狂乱になった私は、両親により精神病院に入院させられた。その事は私に未来が視える能力を話してはならないことだと教訓を与えた。

秘密を抱えたまま大人になった私は、上流階級の患者を診る医者となった。常に手袋を嵌めて、素肌に触れぬように治療している。

だが、親交を深めた患者の前で、私は気が緩み直接素肌に触れてしまった。

患者の名前は、エベン・バイヤーズ。

鋼鉄の王である父親の才を受け継ぎ、彼は優秀な実業家となった。またアスリートとしても活躍する彼は覇気ある男だった。

充実した人生を送る彼だが、悩みを抱えていた。それは、寝台から落ちた際に負った腕の怪我だ。腕の痛みが長引く彼は私の評判を聞き尋ねてくれた。

快活な彼にすぐに魅せられた私は迂闊にも手袋なしに彼に触れてしまう。そして、エベン・バイヤーズの人生と死を視てしまった。

それは余りに残酷な未来だった。

彼は特許薬である『ラジソール』を飲んで命を落とす。『ラジソール』は『ラジウム』を蒸留水で希釈したものだ。

体に良いと、今はそう認識されている。だが、未来を視た私には分かる。これは、体に深刻なダメージを与える猛毒だ。

『ラジソール』を処方されたエベン・バイヤーズは、やがて取り憑かれたように薬瓶を飲み干す様になる。

その数は二年間で1400本。

ラジウムに侵され全身の骨が崩れて顎下を喪った彼は、『ラジソール』の危険を訴えるために招かれた講演会の壇上に立ち、己の身に起こった悲劇を広く世に広めた。

そう、エベン・バイヤーズは『ラジソール』の危険性を世に訴える英雄である。人々の『ラジウム』への安全信仰を打ち壊す一本の杭となるのだ。

51歳で亡くなり鉛の棺に納められるまで、彼は活動し続けなくてはならない。

病を抱えながら彼は生きて死ぬ。
そして、彼を病にするのは私の仕事だ。

◇◇◇

「腕の痛みを和らげる特効薬があります。特許薬の『ラジソール』です」

「ラジソール?」
「とても効きます‥‥飲んでみますか?」
「特許薬なら効きそうだな」
「‥‥‥ええ、とても」
「ならば、それを処方してくれ」

「‥‥‥っ、はい」
「君に診てもらって良かった。」

「それは‥‥効果が現れてから仰って下さい、エベン・バイヤーズさん」


公共の利益の為に善良な男を死に追いやる。それは赦されることなのだろうか?



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