義兄に愛人契約を強要する悪役オメガですが、主人公が現れたら潔く身を引きます!

月歌(ツキウタ)

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『運命の番』を映す水鏡5

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◆◆◆◆◆


「父上が後妻を迎え、アルフレート兄上を次期当主に選んだ時・・父上の愛情を二人に奪われたと感じて、寂しくて辛くてたまらなかった」

「ルチア・・」

「僕の居場所を奪った兄上を、僕は当然のように恨みました。だけど、一番の犠牲者は兄上でした。僕はアルフレート兄上に、今までの行為を謝ります。許して貰えるか分からないけれど・・謝ります」

「・・そうか。だが、私は彼を犠牲者だとは思っていないよ?アルフレートは私の息子になることで、利益を得たわけだからね。庭師の子が貴族になるなど、あり得ない夢物語だろ?アルフレートが貴族の地位に溺れず、領地の為に尽くしてくれることを祈るよ。少なくとも、父親の仇である私を殺す為に、高位貴族の地位を手放すような事だけはして欲しくないな。まあ、殺される前に殺すけどね」

「父上、怖いことを仰らないで!」

「そうだな。さて、そろそろ邸に着く前に、ルチアには伝えておかないとね。私は、アルフレートに次期当主の役目として、『運命の番』を映し出す水鏡を得るために、アンリ = プラデスを誘惑して正妻に迎えるよう命じる」

「っ!」

「他の三人の参加者も、父親から同様の命令を受けている頃だろう。まあ、アンリは変わり者らしいから、ゲーム参加者の四人が彼女を正妻にすべく動くかどうかは、未知数だがね」

「・・それは、僕にアルフレート兄上から身を引くようにとの、命令でしょうか?」

「すまないね、ルチア」

「・・父上は、僕と兄上が肉体関係にある事を知りながら、容認していた時期がありましたよね?父上はほんとうにアルフレート兄上を危険視して、僕から引き離そうとしているのですか?もしもそうなら、僕たちが関係を持つ前に、父上には行動を起こして欲しがった。なのに、今頃になって、アルフレート兄上と別れるように父上は僕を促している。それは、父親としての親心ですか?それとも、アルフレートという『駒』が必要だからですか?父上の行動には、矛盾と欺瞞が存在します」

僕は疑問に思っていた事を、はっきりと口にした。父上は苦い表情を浮かべて、しばらく沈黙した。やがて、父上は静かに言葉を紡いだ。

「矛盾と欺瞞。随分と辛辣な言葉だね、ルチア。だが、お前の指摘は正しい。私は失策を犯した。それは、ルチアが自殺を図るまで、二人が肉体関係にある事を知らずにいたことだ。次期当主の座を奪われたルチアが、アルフレートに対して悪感情を抱くことは予想していた。だが、アルフレートの弱味を握る為にヒートを起こし、自分を襲わせるとは考えてもいなかった。正直、私はルチアの行動に頭を抱えたよ」

「うっ。今はすごく反省しています」

「アルファの特性を考えると、この件に関してアルフレートは責められない」

「確かにその通りです」

「だが・・アルフレートはルチアと初めて関係を持った時に、私に全てを打ち明けるべきだった。しかし、アルフレートは全てを黙殺した。ルチアを拒絶することで、全てを終わらせようとした。その結果、ルチアは憔悴して自死に追いやられた」

「自殺未遂を図ったのは、僕の精神が弱かったからです、父上」

「・・ルチアの心の機微も分からず、死に追いやったアルフレートを、私は心底憎んでいる。ルチアを死なせたアルフレートを、私は一生許しはしない」

父上の青紫色バイオレットの瞳が、一瞬怒りと悲しみに揺れた。それを隠すように、静かに瞳が閉じられた。

「父上、僕は・・生きています」
「ルチアは死んだ」
「僕はルチアです。僕は・・」

ルチアの魂が死んだ事を、父上は本能的に感じ取っていたということなのか?

ルチアは自殺を図り死んだ。そのルチアの体に僕の魂が宿った。ルチアの記憶はある。だけど、ルチアの感情は、記憶を彩る飾り程度に残るのみだ。それは、僕がルチアとは別人だという証だろう。

父上は全て喪ったのだ。

もうこの世に、愛した妻アルカディーも愛した息子ルチアもいない。

「・・死から甦ったルチアは、私の知る息子ではなくなっていた。ルチアは・・」

不意に父上が目を見開き、口に手をやった。父上の青紫色バイオレットの瞳が揺めき滲む。

「父上・・」

僕の小さな呟きに、父上は身を震わせた。だが、僕の肩を抱き寄せると、父上は一気に息を吐き出した。そして、言葉を紡ぐ。

「すまない、ルチア。私はひどく疲れているらしい。先の言葉は忘れてくれ。ルチアはどう在ろうともルチアだ。妄言を口にした自分が恥ずかしい。どうか、父を嫌わないで欲しい。アルカディーを喪い、私の家族はもうルチアだけになった。ルチアまで喪ってしまったら、私は生きる価値を見いだせなくなる」

僕は少し笑いながら、父上の言葉に応じた。僕は偽者だけど、ルチアには違いないから。ルチアを演じ続ける。

「引きこもりの父上は、時々妄言を口にするから息子の僕は困ります。でも、ルチアは父上が好きですよ。この気持ちは、本当の本当だから疑ったら怒りますよ、父上!」

「疑ったりしないよ、私のルチア」

父上の青紫色バイオレットの瞳が優しく僕を見つめた。僕はしばらくその瞳を見つめた後、別の話題を口にした。

「父上と陛下の関係を考えると・・父上がゲームに積極的に参加する事を、少し奇妙に感じます。やはり、『運命の番』を映し出す水鏡は、領地に利益をもたらすとお考えですか?」

「領地に利益をもたらすかは、私にも分からない。だが、私自身が『運命の番』を映し出す水鏡を、何としても手に入れたいと思っている」

「それは少し意外な答えです」

「ルチアはリアリストだからね。だが、父は夢想家でね。水鏡を覗き込み・・そこにアルカディーの姿が写ったなら、私は彼女が幸せな人生を送れたと確信が持てる。そうすれば、もうアルカディーの死に縛られずに、私は生きていける気がするんだよ。欲深い父を許してくれ、ルチア」

「許します。僕も欲深い人間ですから」
「そうか」

ルチアは死んだ。そして、その体を僕は奪った。僕ほど欲深い人間はいないだろう。

それからは、邸に着くまで黙って過ごした。父上は少し疲れた様子で、遠くを見つめていた。


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