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父上の過去4
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◆◆◆◆◆◆
「父上。僕を連れ出したのが兄上でも、無理やりではありません。ぼくは確かにあの時、屋敷から出たかったのです。母の思い出が詰まった屋敷にいたくなかったから・・」
「ルチアの気持ちは良く分かるよ。アルカディーが亡くなった後の屋敷は、色彩を失ったからね。それでも、私は未だに屋敷を離れられずにいる。すまない、ルチア・・話が逸れたね」
「いえ・・」
「アルフレートとルチアは初対面にも関わらず、ずいぶん打ち解けている様子だった。アルフレートにも緊張感は見られず、仲の良い兄弟の散歩の様に見えた」
「憶えていないのが残念です。でも、兄上には悪意はなかったようで、安心しました」
「いや、アルフレートには悪意があった筈だよ。彼が向かった先には、幌馬車を用意した父親が待っていた。親が悪事を働こうとしている事に、薄々とは気がついていたはずだ。だが、アルフレートは父親に逆らうことなく、約束した場所にルチアを連れ出した」
「子供が父親に逆らうのは難しいです。もしかすると、暴力を振るわれていたのかも」
「いや、庭師にとって、アルフレートは大事な商品だ。肉体的暴力はなかったと思う。だが、恫喝により、精神的に支配されていた可能性はある。子供の頃のアルフレートは、落ち着きがなく常に不安感に苛まれている様子だった」
「今の兄上からは考えられません」
「大人になったアルフレートも、たいして変わりはしたいよ。彼は己の行動に自信がなく、判断を先送りにする。優柔不断で、ことなかれ主義とも言えるね。アルフレートは次期当主の器ではない」
「父上!」
「そう怒るな、ルチア。引きこもりの父親だが、人生経験はルチアより上だ。ルチアはアルフレートの行動に、違和感を感じた事はないかい?腹違いの兄弟かも知れないと疑いながらも、アルフレートはルチアと性的関係を持ち続けた。その時点ですでにおかしいが、学生寮の一件でアルフレートはルチアに腹違いの兄弟である可能性を伝える機会を得た。本来なら、ここでルチアに別れを切り出すべきところだ」
「確かに・・そうですが」
「だが、アルフレートはルチアに別れを切り出さなかった。それどころか、私にルチアを正妻に欲しいと願い出た。しかも、その事をルチア自身には伝えていなかった。アルフレートの行動は、どこかがチグハグで・・不気味だとは思わないかい?」
「何て事を言うのですか!ご自身の息子を不気味だと評するなど、父上はひどいです」
「・・アルフレートの性格の歪みが、私に不安を与えるのだから仕方がない。まあ、彼の性格の歪みを生じさせたのは私なのだから、悪し様にアルフレートを批判はできないかな」
「一体何があったのですか?」
「単純な事だよ、ルチア。幌馬車にルチアを乗せた庭師は、アルフレートを残し幌馬車を走らせようとした。だが、幌馬車の周辺は兵により取り囲まれていた。庭師は驚いた顔をして、私を見つけると言い訳をしながら駆け寄ってきた。私は駆け寄る庭師を無言で斬り殺していた。言い訳をそれ以上聞きたくなくてね。アルフレートの目の前で、庭師を剣で斬っていた」
「っ、父上!」
「私が怖いかい、ルチア?」
「いえ。ですが、アルフレート兄上はどうなったのですか?彼は保護したのですよね?」
「いや、保護したのはお前だけだ。私は我慢したんだよ、ルチア。本来なら、アルフレートも父親と共に葬りたかった。非は庭師にあり、アルフレートも荷担した。殺害したとしても、後悔はなかっただろう。だが、アルフレートの瞳に僅かに青紫色の色を見たとき、殺害を思い止まった。まあ、ガーディナー家に不利な話をする様なら、彼を口封じするつもりだったがね」
「アルフレート兄上は、その場に置き去りにされたのですか?」
「彼は途方に暮れただろうね・・父親の死体を前にして。父親を殺した相手に復讐を誓ったかもしれない。或いは、今後の生活の事で頭がいっぱいだったかもしれない。私に寄生して得た金ではあったが、庭師はその金で家族を養っていたわけだからね」
僕は父上の顔を見て口を開いた。
「父上は話のなかで、一度も庭師の名前を口にしていません。名を避けるほど、彼が今でも憎いのですか?」
僕の質問に父上は静かに答えた。
「私にとって、最初から最後まで奴は庭師でしかなかった。名はあったのだろう。だが、興味がなかった。まあ、庭師も名前くらいは口にしただろうから、私が忘れてしまったのだろう」
父上の返事に背中がぞくりとした。
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「父上。僕を連れ出したのが兄上でも、無理やりではありません。ぼくは確かにあの時、屋敷から出たかったのです。母の思い出が詰まった屋敷にいたくなかったから・・」
「ルチアの気持ちは良く分かるよ。アルカディーが亡くなった後の屋敷は、色彩を失ったからね。それでも、私は未だに屋敷を離れられずにいる。すまない、ルチア・・話が逸れたね」
「いえ・・」
「アルフレートとルチアは初対面にも関わらず、ずいぶん打ち解けている様子だった。アルフレートにも緊張感は見られず、仲の良い兄弟の散歩の様に見えた」
「憶えていないのが残念です。でも、兄上には悪意はなかったようで、安心しました」
「いや、アルフレートには悪意があった筈だよ。彼が向かった先には、幌馬車を用意した父親が待っていた。親が悪事を働こうとしている事に、薄々とは気がついていたはずだ。だが、アルフレートは父親に逆らうことなく、約束した場所にルチアを連れ出した」
「子供が父親に逆らうのは難しいです。もしかすると、暴力を振るわれていたのかも」
「いや、庭師にとって、アルフレートは大事な商品だ。肉体的暴力はなかったと思う。だが、恫喝により、精神的に支配されていた可能性はある。子供の頃のアルフレートは、落ち着きがなく常に不安感に苛まれている様子だった」
「今の兄上からは考えられません」
「大人になったアルフレートも、たいして変わりはしたいよ。彼は己の行動に自信がなく、判断を先送りにする。優柔不断で、ことなかれ主義とも言えるね。アルフレートは次期当主の器ではない」
「父上!」
「そう怒るな、ルチア。引きこもりの父親だが、人生経験はルチアより上だ。ルチアはアルフレートの行動に、違和感を感じた事はないかい?腹違いの兄弟かも知れないと疑いながらも、アルフレートはルチアと性的関係を持ち続けた。その時点ですでにおかしいが、学生寮の一件でアルフレートはルチアに腹違いの兄弟である可能性を伝える機会を得た。本来なら、ここでルチアに別れを切り出すべきところだ」
「確かに・・そうですが」
「だが、アルフレートはルチアに別れを切り出さなかった。それどころか、私にルチアを正妻に欲しいと願い出た。しかも、その事をルチア自身には伝えていなかった。アルフレートの行動は、どこかがチグハグで・・不気味だとは思わないかい?」
「何て事を言うのですか!ご自身の息子を不気味だと評するなど、父上はひどいです」
「・・アルフレートの性格の歪みが、私に不安を与えるのだから仕方がない。まあ、彼の性格の歪みを生じさせたのは私なのだから、悪し様にアルフレートを批判はできないかな」
「一体何があったのですか?」
「単純な事だよ、ルチア。幌馬車にルチアを乗せた庭師は、アルフレートを残し幌馬車を走らせようとした。だが、幌馬車の周辺は兵により取り囲まれていた。庭師は驚いた顔をして、私を見つけると言い訳をしながら駆け寄ってきた。私は駆け寄る庭師を無言で斬り殺していた。言い訳をそれ以上聞きたくなくてね。アルフレートの目の前で、庭師を剣で斬っていた」
「っ、父上!」
「私が怖いかい、ルチア?」
「いえ。ですが、アルフレート兄上はどうなったのですか?彼は保護したのですよね?」
「いや、保護したのはお前だけだ。私は我慢したんだよ、ルチア。本来なら、アルフレートも父親と共に葬りたかった。非は庭師にあり、アルフレートも荷担した。殺害したとしても、後悔はなかっただろう。だが、アルフレートの瞳に僅かに青紫色の色を見たとき、殺害を思い止まった。まあ、ガーディナー家に不利な話をする様なら、彼を口封じするつもりだったがね」
「アルフレート兄上は、その場に置き去りにされたのですか?」
「彼は途方に暮れただろうね・・父親の死体を前にして。父親を殺した相手に復讐を誓ったかもしれない。或いは、今後の生活の事で頭がいっぱいだったかもしれない。私に寄生して得た金ではあったが、庭師はその金で家族を養っていたわけだからね」
僕は父上の顔を見て口を開いた。
「父上は話のなかで、一度も庭師の名前を口にしていません。名を避けるほど、彼が今でも憎いのですか?」
僕の質問に父上は静かに答えた。
「私にとって、最初から最後まで奴は庭師でしかなかった。名はあったのだろう。だが、興味がなかった。まあ、庭師も名前くらいは口にしただろうから、私が忘れてしまったのだろう」
父上の返事に背中がぞくりとした。
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