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1-6 伊集院ナツ
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◆◆◆◆◆
参道はけっこうな急坂で、少し息を切らせながら登っていくと…派手な看板が目立つ店構えのお店に辿り着いた。
「ここが占いの館【紫の雫】か」
「入るぞ、春馬」
「本当に入るの?」
「チケットは無駄にしたくないからな。それに、春馬との相性を知りたい。お前は知りたくないのか?」
蓮太郎に真剣な顔で問われて、僕は返事に困る。友人としては相性は悪くないと思うけど…。
「う~む」
「悩むことか?」
「相性悪いって言われたらどうするんだよ。そこは気にしないの、蓮」
「相性が悪い筈がない」
「言い切った!」
「言い切った。さあ、行くぞ」
「わっ!」
蓮太郎に手を引かれて占いの館に入ると、受付の女性が出迎えてくれた。蓮太郎はチケットを手渡すと『伊集院ナツ』を指名する。女性は蓮太郎の姿にメロメロになりながら、そば屋の甥っ子のブースに案内してくれた。
「ご指名です、伊集院さん」
暖簾で区切られたブースに女性が声をかけると、ガタガタと何かを倒す音がした。そして、慌てた様子で男性が暖簾を上げて飛び出してくる。
「指名って本当!?」
ウェーブの黒髪が目元を隠しているが、それでも綺麗な顔をしていることがわかる。やはり、アルファだ。
「お客様をご案内しました。私はここで失礼しますね」
女性がそう言って蓮太郎にだけニコニコ顔を向けて、名残惜しそうな眼差しで彼を見た後背を向け歩いて行った。なんとなく心がモヤモヤしながら彼女の背中を見送ると、突然悲鳴が上がりぎょっとする。
声を上げたのは占い師だった。
「い、生霊は無理です!!私の得意分野は相性占いで、生霊祓いや怨霊退治は致しておりません!怖いから無理です!ひぃ、睨まないで!」
占い師の伊集院は何故か僕の隣を見ながら叫んでいる。長い前髪で視線は見えないけど、明らかに僕の後隣を視界に収めている。
そこには誰もいないんだけど…。
「と、とにかく無理です。怖いです。アルファの生霊なんて私には祓えません。頑張ってお付き合いください。さようなら!」
伊集院が暖簾をくぐって自身のブースに籠もってしまう。僕が困って蓮太郎を見ると、彼も僕の後隣を見つめていた。いや、睨みつけている。
「蓮、どうしたの…怖いんだけど」
「春馬、入るぞ」
「え、でも」
蓮太郎は返事をせずに暖簾を押し上げブース内に入る。僕は戸惑いながら蓮太郎の後に続いた。
「ひっ、無理です!」
僕達が中に入ると伊集院はテーブルの向こうで身を小さくする。だか、その動きを静止するように蓮太郎が言葉を発した。
「俺達は金を払って貴方の時間を買った。今更契約を不履行にされては困る。占ってほしい」
「私は契約してません!」
「占いの館のチケットを購入して、相性占いの伊集院ナツを指名した。契約はすでに成立している。もしも不服ならば店にクレームをつけないと駄目になるな」
チケット買ってないんだけど!?
貰い物のチケットなのに、なんでこんなに堂々としてるの、蓮太郎!
「それは…困ります」
伊集院はシュンとすると、客の席に座るように促してくれた。テーブルの上には水晶球があり、僕はそれに目をやりながら椅子に座る。隣に座った蓮太郎はアルファ性を発揮しながら言葉を発した。
「俺の名は赤木蓮太郎で、彼の名は早川春馬だ。では、彼に憑いている生霊について説明してもらえるか、伊集院さん?」
「え~と、その…」
伊集院が顔を上げて僕を見る。前髪が長くて表情が伺えないなと思っていると、突然男が前髪を上げた。現れた瞳に魅入られて口が半開きになってしまう。
イケメンだ…。
「声が漏れてるぞ、春馬…」
「え、漏れてた?」
「『イケメンだ』と呟きながらよだれを流していた。はしたないヤツだ」
「よだれは大げさ!」
僕は慌てた唇に手をやるが、もちろんよだれなんて出てない。僕は蓮太郎に向けた視線を伊集院に向けた。
「え、伊集院さん!?」
「ううっ、う…無理だ」
伊集院は水晶玉を抱きしめたままテーブルに突っ伏してしまう。僕が慌てて彼に触れようと手を伸ばす。でも、その手を蓮太郎に掴まれてしまった。
「蓮!」
「様子がおかしい」
「様子がおかしいのは見ればわかるよ。とにかく介抱しないと」
突然、くくくっと伊集院が笑い出した。僕がギョッとするなか、伊集院が顔を上げて口を開いた。
『ようやく、春馬と話せる』
「え?」
『あ~、前髪が長すぎて春馬の顔がよく見えない。鬱陶しい。ハサミはあるかな?』
伊集院はテーブルの引き出しを漁ると、ハサミを取り出した。不意に隣に座る蓮太郎が僕を抱き寄せる。
「蓮!」
『あ~、そういう事はやめて欲しいな。春馬は僕のものなのに勝手に触れないで欲しい。蓮太郎は慣れ慣れすぎるよね…他人のくせに』
伊集院はそう言いながら、前髪をハサミでザクザクと切り始めた。鏡を見ることもなく豪快に切っていく。
いや、切りすぎだろ。
短い!短いよ!
「待って、切りすぎ!」
『そう?』
「今ならカッコいいで終われるけど、それ以上切ったら…ヤバい」
僕の言葉に伊集院はふわりと笑って応じる。そして、ハサミを引き出しに片付けた。
「お前は誰だ?」
蓮太郎の冷たい声が部屋に響く。その言葉に視線を動かした伊集院は少し目を細めて口を開いた。
『分かってるくせに聞くんだ?』
「超常現象には縁がなくてね」
『僕も驚いてる…まさか、こうやって春馬に話しかける機会が巡ってくるなんて』
伊集院は優しい眼差しで僕を見つめると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
『ずっと、伝えたいことがあったんだ……春馬』
名を呼ばれて僕は思わず喉に触れていた。
◆◆◆◆◆◆
30歳を迎えたオメガ性の僕(早川春馬)には、誰にも言えない悩みがあった。
悩み解消を願掛けして、デンボ神社で御百度参りをするつもりだったのだけど‥。何故か、雇い主兼友人の赤木蓮太郎に行動を見抜かれて、一緒に行く羽目になってしまった。
参道はけっこうな急坂で、少し息を切らせながら登っていくと…派手な看板が目立つ店構えのお店に辿り着いた。
「ここが占いの館【紫の雫】か」
「入るぞ、春馬」
「本当に入るの?」
「チケットは無駄にしたくないからな。それに、春馬との相性を知りたい。お前は知りたくないのか?」
蓮太郎に真剣な顔で問われて、僕は返事に困る。友人としては相性は悪くないと思うけど…。
「う~む」
「悩むことか?」
「相性悪いって言われたらどうするんだよ。そこは気にしないの、蓮」
「相性が悪い筈がない」
「言い切った!」
「言い切った。さあ、行くぞ」
「わっ!」
蓮太郎に手を引かれて占いの館に入ると、受付の女性が出迎えてくれた。蓮太郎はチケットを手渡すと『伊集院ナツ』を指名する。女性は蓮太郎の姿にメロメロになりながら、そば屋の甥っ子のブースに案内してくれた。
「ご指名です、伊集院さん」
暖簾で区切られたブースに女性が声をかけると、ガタガタと何かを倒す音がした。そして、慌てた様子で男性が暖簾を上げて飛び出してくる。
「指名って本当!?」
ウェーブの黒髪が目元を隠しているが、それでも綺麗な顔をしていることがわかる。やはり、アルファだ。
「お客様をご案内しました。私はここで失礼しますね」
女性がそう言って蓮太郎にだけニコニコ顔を向けて、名残惜しそうな眼差しで彼を見た後背を向け歩いて行った。なんとなく心がモヤモヤしながら彼女の背中を見送ると、突然悲鳴が上がりぎょっとする。
声を上げたのは占い師だった。
「い、生霊は無理です!!私の得意分野は相性占いで、生霊祓いや怨霊退治は致しておりません!怖いから無理です!ひぃ、睨まないで!」
占い師の伊集院は何故か僕の隣を見ながら叫んでいる。長い前髪で視線は見えないけど、明らかに僕の後隣を視界に収めている。
そこには誰もいないんだけど…。
「と、とにかく無理です。怖いです。アルファの生霊なんて私には祓えません。頑張ってお付き合いください。さようなら!」
伊集院が暖簾をくぐって自身のブースに籠もってしまう。僕が困って蓮太郎を見ると、彼も僕の後隣を見つめていた。いや、睨みつけている。
「蓮、どうしたの…怖いんだけど」
「春馬、入るぞ」
「え、でも」
蓮太郎は返事をせずに暖簾を押し上げブース内に入る。僕は戸惑いながら蓮太郎の後に続いた。
「ひっ、無理です!」
僕達が中に入ると伊集院はテーブルの向こうで身を小さくする。だか、その動きを静止するように蓮太郎が言葉を発した。
「俺達は金を払って貴方の時間を買った。今更契約を不履行にされては困る。占ってほしい」
「私は契約してません!」
「占いの館のチケットを購入して、相性占いの伊集院ナツを指名した。契約はすでに成立している。もしも不服ならば店にクレームをつけないと駄目になるな」
チケット買ってないんだけど!?
貰い物のチケットなのに、なんでこんなに堂々としてるの、蓮太郎!
「それは…困ります」
伊集院はシュンとすると、客の席に座るように促してくれた。テーブルの上には水晶球があり、僕はそれに目をやりながら椅子に座る。隣に座った蓮太郎はアルファ性を発揮しながら言葉を発した。
「俺の名は赤木蓮太郎で、彼の名は早川春馬だ。では、彼に憑いている生霊について説明してもらえるか、伊集院さん?」
「え~と、その…」
伊集院が顔を上げて僕を見る。前髪が長くて表情が伺えないなと思っていると、突然男が前髪を上げた。現れた瞳に魅入られて口が半開きになってしまう。
イケメンだ…。
「声が漏れてるぞ、春馬…」
「え、漏れてた?」
「『イケメンだ』と呟きながらよだれを流していた。はしたないヤツだ」
「よだれは大げさ!」
僕は慌てた唇に手をやるが、もちろんよだれなんて出てない。僕は蓮太郎に向けた視線を伊集院に向けた。
「え、伊集院さん!?」
「ううっ、う…無理だ」
伊集院は水晶玉を抱きしめたままテーブルに突っ伏してしまう。僕が慌てて彼に触れようと手を伸ばす。でも、その手を蓮太郎に掴まれてしまった。
「蓮!」
「様子がおかしい」
「様子がおかしいのは見ればわかるよ。とにかく介抱しないと」
突然、くくくっと伊集院が笑い出した。僕がギョッとするなか、伊集院が顔を上げて口を開いた。
『ようやく、春馬と話せる』
「え?」
『あ~、前髪が長すぎて春馬の顔がよく見えない。鬱陶しい。ハサミはあるかな?』
伊集院はテーブルの引き出しを漁ると、ハサミを取り出した。不意に隣に座る蓮太郎が僕を抱き寄せる。
「蓮!」
『あ~、そういう事はやめて欲しいな。春馬は僕のものなのに勝手に触れないで欲しい。蓮太郎は慣れ慣れすぎるよね…他人のくせに』
伊集院はそう言いながら、前髪をハサミでザクザクと切り始めた。鏡を見ることもなく豪快に切っていく。
いや、切りすぎだろ。
短い!短いよ!
「待って、切りすぎ!」
『そう?』
「今ならカッコいいで終われるけど、それ以上切ったら…ヤバい」
僕の言葉に伊集院はふわりと笑って応じる。そして、ハサミを引き出しに片付けた。
「お前は誰だ?」
蓮太郎の冷たい声が部屋に響く。その言葉に視線を動かした伊集院は少し目を細めて口を開いた。
『分かってるくせに聞くんだ?』
「超常現象には縁がなくてね」
『僕も驚いてる…まさか、こうやって春馬に話しかける機会が巡ってくるなんて』
伊集院は優しい眼差しで僕を見つめると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
『ずっと、伝えたいことがあったんだ……春馬』
名を呼ばれて僕は思わず喉に触れていた。
◆◆◆◆◆◆
30歳を迎えたオメガ性の僕(早川春馬)には、誰にも言えない悩みがあった。
悩み解消を願掛けして、デンボ神社で御百度参りをするつもりだったのだけど‥。何故か、雇い主兼友人の赤木蓮太郎に行動を見抜かれて、一緒に行く羽目になってしまった。
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