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盗作
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◆◆◆◆◆
記憶は戻らない。
記憶は戻らないが分かる。
「想像でしかないが、俺は君の書く小説を読めば殺人鬼の心が分かると思ったんだろうな。『暗い根っこ』を見つけたくて、君に小説を書くように勧めた。俺に君を思いやる気持ちはなかったと思う。」
「‥‥先生、それでも私は感謝しています。小説を書くことで確かに『生きている実感』を感じました。人生が楽しいと初めて思えた瞬間です」
「そうか‥‥。」
「書き上げた小説を先生に送ったら、面白い作品だと褒めてくれました。宝島社のミステリー大賞の公募があるので、共に切磋琢磨して応募しようと約束したのです。」
山崎の言葉に俺は唇を噛む。過去の自分の行動が許せないのに、その時の俺の気持ちが分かる。
「切磋琢磨とは‥‥俺は嘘吐きだな。その時の俺は君の小説の中に『暗い根っこ』があると信じて必死に読んだだろう。同級生を殺した君の文章になら、『暗い根っこ』が見つかると信じて‥‥。」
俺の言葉に山﨑が表情を輝かせる。
「私の小説の中に『暗い根っこ』は見つかりましたか?先生の望みは叶いましたか?」
山崎の言葉は弾んでおり、思わず俺は含み笑いを漏らし応じた。
「まるで子供の様な反応だな。残念と云うべきか、なんというべきか‥‥君の作品に『暗い根っこ』はなかった。全く見当たらない。」
俺の言葉に山﨑の表情が凍る。本当に子供の様な反応を示す。過去に人を殺した男は、俺の知る殺人鬼とはまるで違う。
「‥‥そうでしたか」
「だが、良い作品だった。探偵が昭和の混沌とした世の中で人助けをする‥‥ハードボイルドなのにハートフルな作品。まさか、人を殺した男がこんな作品を書くなんて思うはずもない。」
俺を言葉を切って目を瞑った。そして、一気に言葉を走らせる。
「君の作品に驚き魅せられて‥‥俺は君から小説を奪った。この作品ならミステリー大賞で大賞や準優勝が取れるかもしれない。もし、賞が取れたら書籍化は確定だ。俺の作品ではないのに‥‥それでも良いから書籍化したかった。」
俺はいつの間にか泣いていた。
事故後、3冊の書籍が俺を支えてくれていた。小説は書けなくなっても、自分の実績は消えない。そう思っていたのに違っていた。
「俺は人殺しを憎みながら、同じことをしたんだな。君が書いた作品を奪って、君の心を殺してしまった。」
不意に山崎に抱きしめられていた。俺が驚いて目を見開くと山﨑が優しく笑っている。
「先生、違いますよ」
「え?」
「ミステリー大賞に応募する時に、私は先生の名前で小説を出してくださいと頼んだのです。だから、先生は盗作なんてしていません。」
「どうしてそんな事を頼む?」
山崎は少し表情を翳らせながら口を開く。
「前科者が小説に応募した事がばれたら、格好の週刊誌ネタです。でも、自分の実力を知りたくて、先生に無理にお願いして名前を借りたのです。まさか‥‥大賞を貰うことになるなんて思いもしなかったですが。」
「俺は盗作をしていない?」
力が抜けて山崎により掛かる形になってしまう。そんな俺の背を撫でながら、男が耳元で囁いた。
「先生は受賞を辞退しようとしたけれど、私はそれを許さなかった。これはチャンスだと思ったのです。先生と繋がるためなら貴方を脅すことも平気でした。」
「俺を脅したのか?」
「私と先生は共犯関係だと」
「共犯」
「他人の作品を自分名義で応募して、大賞を取ってしまった。これが世に知れたら、先生の作家生命は終わりです。そうでしょ、大塚先生」
「俺に元々作家生命などなかった。でも、俺が盗作をしたのでないなら‥‥それが真実でなくても信じたい。信じてしまいたい。」
「信じて下さい、先生」
山崎が真実を言っているのかは分からない。でも、嘘でもいい。俺は自分の心を守りたい。浅ましいほどに、傷つき壊れるのが怖い。
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記憶は戻らない。
記憶は戻らないが分かる。
「想像でしかないが、俺は君の書く小説を読めば殺人鬼の心が分かると思ったんだろうな。『暗い根っこ』を見つけたくて、君に小説を書くように勧めた。俺に君を思いやる気持ちはなかったと思う。」
「‥‥先生、それでも私は感謝しています。小説を書くことで確かに『生きている実感』を感じました。人生が楽しいと初めて思えた瞬間です」
「そうか‥‥。」
「書き上げた小説を先生に送ったら、面白い作品だと褒めてくれました。宝島社のミステリー大賞の公募があるので、共に切磋琢磨して応募しようと約束したのです。」
山崎の言葉に俺は唇を噛む。過去の自分の行動が許せないのに、その時の俺の気持ちが分かる。
「切磋琢磨とは‥‥俺は嘘吐きだな。その時の俺は君の小説の中に『暗い根っこ』があると信じて必死に読んだだろう。同級生を殺した君の文章になら、『暗い根っこ』が見つかると信じて‥‥。」
俺の言葉に山﨑が表情を輝かせる。
「私の小説の中に『暗い根っこ』は見つかりましたか?先生の望みは叶いましたか?」
山崎の言葉は弾んでおり、思わず俺は含み笑いを漏らし応じた。
「まるで子供の様な反応だな。残念と云うべきか、なんというべきか‥‥君の作品に『暗い根っこ』はなかった。全く見当たらない。」
俺の言葉に山﨑の表情が凍る。本当に子供の様な反応を示す。過去に人を殺した男は、俺の知る殺人鬼とはまるで違う。
「‥‥そうでしたか」
「だが、良い作品だった。探偵が昭和の混沌とした世の中で人助けをする‥‥ハードボイルドなのにハートフルな作品。まさか、人を殺した男がこんな作品を書くなんて思うはずもない。」
俺を言葉を切って目を瞑った。そして、一気に言葉を走らせる。
「君の作品に驚き魅せられて‥‥俺は君から小説を奪った。この作品ならミステリー大賞で大賞や準優勝が取れるかもしれない。もし、賞が取れたら書籍化は確定だ。俺の作品ではないのに‥‥それでも良いから書籍化したかった。」
俺はいつの間にか泣いていた。
事故後、3冊の書籍が俺を支えてくれていた。小説は書けなくなっても、自分の実績は消えない。そう思っていたのに違っていた。
「俺は人殺しを憎みながら、同じことをしたんだな。君が書いた作品を奪って、君の心を殺してしまった。」
不意に山崎に抱きしめられていた。俺が驚いて目を見開くと山﨑が優しく笑っている。
「先生、違いますよ」
「え?」
「ミステリー大賞に応募する時に、私は先生の名前で小説を出してくださいと頼んだのです。だから、先生は盗作なんてしていません。」
「どうしてそんな事を頼む?」
山崎は少し表情を翳らせながら口を開く。
「前科者が小説に応募した事がばれたら、格好の週刊誌ネタです。でも、自分の実力を知りたくて、先生に無理にお願いして名前を借りたのです。まさか‥‥大賞を貰うことになるなんて思いもしなかったですが。」
「俺は盗作をしていない?」
力が抜けて山崎により掛かる形になってしまう。そんな俺の背を撫でながら、男が耳元で囁いた。
「先生は受賞を辞退しようとしたけれど、私はそれを許さなかった。これはチャンスだと思ったのです。先生と繋がるためなら貴方を脅すことも平気でした。」
「俺を脅したのか?」
「私と先生は共犯関係だと」
「共犯」
「他人の作品を自分名義で応募して、大賞を取ってしまった。これが世に知れたら、先生の作家生命は終わりです。そうでしょ、大塚先生」
「俺に元々作家生命などなかった。でも、俺が盗作をしたのでないなら‥‥それが真実でなくても信じたい。信じてしまいたい。」
「信じて下さい、先生」
山崎が真実を言っているのかは分からない。でも、嘘でもいい。俺は自分の心を守りたい。浅ましいほどに、傷つき壊れるのが怖い。
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