誘拐/監禁

月歌(ツキウタ)

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羨ましいニート生活だな

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◆◆◆◆◆

山崎は俺を真っ直ぐに見つめたまま言葉を紡ぐ。その声はどこか嬉々として弾んでいた。

「私は自分が『ゴーストライター』だと思った事は一度もありません。むしろ、先生に出逢うまでの私自身が『ゴースト』の様な存在でした」

「『ゴースト』の様な存在?」

山崎は俺の問いかけにニコリと微笑むと、俺に近づき右腕を掴んだ。俺がぎくりと震えると、まるで子をあやすように柔らかい声で話し掛ける。

「大塚先生、立ったままで話すのは辛いでしょ?ソファーに座ってゆっくりと話しましょう。私と先生の出逢いを‥‥」

確かに立ったままの会話が辛くて、杖を握る手が痺れてきていた。でも、その弱みを相手に見透かされたことが悔しくて、素直に応じられない。

「先生、ソファーに」
「おい!」

男に強引に右腕を男に引っ張られて、俺は体のバランスを崩した。男は俺の肩を抱き込むと、否定を許さぬ口調でもう一度話し掛ける。

「先生、ソファーに」
「‥‥わかった」

俺は男に促されてソファーに向かい歩き出した。その様子を山崎は満足して共に歩き出す。

「‥‥‥‥。」

どれほど抗っても体力的には敵わない。ならば、精神だけでも対等でいたい。男の話が俺の望む内容でなくても、それで男にひれ伏すつもりはない。

精神的にひれ伏せば、俺は誘拐犯の飼い犬になってしまう。それだけは避けなければ‥‥。

「先生、座ってください。」
「ああ、分かってる」

男の手を借りながら、俺はソファーに再び座った。目の前のテーブルには誘拐犯が書いた小説の原稿があり、それから視線を逸らすと男と目があった。

山崎はなんの躊躇いもなく俺の隣に座ると、指先で原稿用紙を撫でた。

「私と先生は小説の世界で深く繋がっています。私が先生と始めて出逢ったのも小説の世界でした。」

「どういう意味だ?」

「先生は会社勤めをしながら、Web小説サイトで小説を投稿していたでしょ?私はそこにいました‥‥読者としてですが。」

「そういう意味か。確かに小説サイトで投稿していた時期があったな。あまり覚えていないが‥‥」

俺の言葉に山﨑が悲しげな表情を浮かべて口を開く。

「交通事故の影響で過去の記憶が曖昧になっているようですね。特に、私に関することはまるで覚えていない。そんなに‥‥私の事が邪魔ですか?先生まで私を『ゴースト』の様な扱いをするのですね。」

「‥‥‥わざと忘れている訳じゃない」
「そう願いたいです」

俺は会話を一度途切れさせる為に、ソファーに座り直した。山崎との間に不自然でない程度の距離を取ると、こちらから質問をぶつける。

「君は自分の事を『ゴーストの様な存在』と表現していたが、それはどういう意味だ?」

俺の質問に誘拐犯は躊躇うことなく淡々と答える。

「そのままの意味ですよ。私は小学生で殺人を犯して以来、ずっと『ゴースト』状態です。触法少年として精神医療施設に入所。そこを出所した後も精神病院に入院して、社会に出てきたのは18歳の時です。その後は父親の保護下でこの別荘で生きています‥‥‥社会との関わりをできるだけ断つことを条件に。」

「それは‥‥羨ましいニート生活だな。」

俺は皮肉を呟いた事を後悔する事になる。男の瞳が暗闇を含み暗く揺らいたからだ。


◆◆◆◆◆





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