誘拐/監禁

月歌(ツキウタ)

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窓ガラス

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◆◆◆◆◆

スマホを操作していた山﨑が少し不機嫌そうに呟く。

「警察に通報していませんね」
「‥‥していないな」
「何故ですか?」

「何故って‥‥通報する余裕がなかったからとしか言えんな」

俺がそう答えると男はこちらを見て静かに言葉を漏らす。

「残念です」
「は?」
「大塚先生はミステリー作家です」
「‥‥‥だからなんだ?」

「先生の作品内の主人公達は窮地に陥っても必ず知恵を働かせ危機を脱します。なのに、先生は警察に通報すらしていない。」

俺は山﨑を見つめながら首を傾げた。こいつは俺に通報してほしかったのか?自分が窮地に陥ることを普通は望まないだろ。ならば‥‥。

「お前‥‥マゾなのか?」
「違います!」

山崎は即座に否定した。心外だとばかりに眉を顰める。確かに人の首を絞める奴がマゾのはずがないか。寧ろ‥‥サドだな。嫌過ぎる。

俺が黙っていると山崎は更に言い募る。

「先生を誘拐した時にスマホを取り上げることもできた。でもそうしなかったのは、ミステリー作家として私に罠を仕掛けてくれる事を期待したからです。なのに、何も無しですか?失望しました、先生」 

こいつは現実と小説の世界を混同しているのか?あるいはそう見せかけているだけ?とにかく不気味だ。こいつとは会話もしたくない。

「‥‥‥‥‥。」
「黙りは卑怯ですよ、先生」

「誘拐犯に卑怯などと言われたくないな。悪いが俺は小説の主人公とは違う。彼らとは程遠い存在だ。事故に遭ってからは更に遠のいた。今は心身ともに絶不調。こんな状態でなければ、君に誘拐される事もなかっただろうよ。」

「全てを事故の責任にするおつもりですか?執筆が出来ない事も事故のせいだと言い訳なさるつもりですか、大塚先生?」

山崎の言葉が気に障った。唐突に理性が効かなくなり、俺はソファーの前のテーブルに身を乗り出した。そして、ガラスの灰皿を掴んで窓に向かって投げ捨てた。

ガラスは派手な音をたてて砕けて、窓ガラスに穴を開けた。俺はその様子に満足して山崎に視線を向ける。

「今の灰皿の重さは100キロを超えていたな。銃刀法違反で捕まるぞ、山崎。だから、証拠隠滅してやった。ありがたく思え。それと、早く窓ガラスの修理屋を呼んでくれ。俺は修理屋に助けてもらう事にした」

呆気に取られて窓ガラスを見ていた山﨑が、俺に視線を移し笑みを浮かべて話しかける。

「銃刀法違反に問われるのは、灰皿を路上で持ち歩いている場合です」

「そうだったな。」

俺も笑って応じる。正直なところヒヤヒヤしていた。誘拐犯は俺が小説の主人公の様に勇敢に戦うことを望んでいる。

だが、俺に出来ることは灰皿を投げて窓を割る事くらい。理想像と違うと男に縊られるか、少しは理想に近づいたが厄介だからと縊られるか。

底辺ミステリー作家の最期は、サイコホラーになりそうだ。


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