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「先生、好きです」「え?」

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「先生、好きです」
「え?」

教師の立花は生徒の赤坂に相談があると呼び出された。呼び出し先は校舎裏の人気のない場所。その事を不審に思いながらも、生徒の相談事を無下にできず立花は赤坂と会った。

その生徒の第一声が『先生、好きです』だった。立花は無意識に『え?』と聞き返す。

「俺が卒業したら‥付き合ってもらえますか、立花先生?」

「赤坂‥」

立花は生徒の思いがけない発言に二の句が継げなかった。

◇◇◇◇

なにこれ?どうなってるのこれ?男子生徒に告白されたんだが。え、俺は男ですけど。教師なんですけど。ラグビー部の主将だよな、コイツ。めっちゃデカくて怖いんですけど。

「待ってくれないか、赤坂。その、私は君を惑わず様な態度を取った記憶はないのだが‥それについては同意してくれるかな?」

まずは俺の教師としての立場を守らねば。こんな時の為にペン型録音装置を用意しているのだ。よし、録音開始!

「どうした、赤坂?黙っていてはわからないぞ?」

女子生徒に対抗する為に録音装置を持ち歩いていたが、何故か女子から告白は一度もない。それなのに、男子生徒に使うことになるとは‥。

「立花先生は‥その‥」
「‥‥うん?」
「立花先生は全てがセクシーです!」
「っ!?」

いや、何いってんのコイツ?俺の全てがセクシーってどういうことだよ。くそ、ギラギラした視線を向けないでくれ。は、恥ずかしいじゃないか!!

「男にセクシーはおかしいよな?少し落ち着こうか、赤坂」
「おかしくありません!立花先生の白い肌を想像するだけでイケます!」

イケるってなに?抜けるってこと?やめてくれ。俺はノンケなんだ。そんな目で見られたらキモい。いや、今の言葉は教師としてアウトだ。そういえば赤坂はホモ‥同性愛者なのだろうか?

「その‥‥赤坂は男が好きなのか?」

「違います。女は等しく好きです。でも、男で好きなのは先生だけです。つまり、本物ということです!」

「‥‥‥‥」

本物って何が?本物の恋ってことか。大体、女は等しく好きとは何事だ!まさか、コイツ‥非童貞なのか?俺はまだ童貞なのに。クソが!!

「くっ!」
「立花先生?」
「‥何でもない」

とにかく、傷つけないように断らなくては。しかし、どう断る?男は趣味じゃないとか?いや、これは差別につながる。第一、女でも教師と生徒の段階で付き合うのは無理だ。俺は波乱万丈の人生など送りたくない!!

「悪いが、生徒と教師では付き合えない。君の気持ちには応じられない」

「卒業してからなら、生徒と教師ではなくなりますよね?俺は高三だし、もうすぐ卒業です。そうすれば‥先生を抱けますよね?」

あかん!こいつは駄目な奴だ。相手の気持ちを思いやれない時点で、恋人としてはアウト過ぎる。大体、先生に向かって抱きたいとは何だ、クソが!あれか?俺が童貞と思って舐めてんのか?俺だってお前ぐらい抱けるわ!

「‥‥‥‥‥っ」

抱かない、抱かない!ふー、危ない。思考が変になってきた。もう、あれだ。きっぱり振ろう。面倒くさくなってきた。

「悪いが君とは付き合えない。この話はこれで終わりだ、赤坂」
「立花先生!」
「っ、なっ、ちょっと待て!」

校舎裏。
男子生徒に抱き込まれた。

ヒィィ、なにこれ?どういう状況?やばい、こんなところを人に見られたら!ぐおお、締めつけがすごい。さすがはラグビー部主将!

「立花先生、逃げないで。俺は本気なんです。本気で好きで」

ズギュー~ん。いや、ズキューンじゃねえ。可愛くないから。うお、股を擦り付けるな!しかもゴリゴリしてる。盛るな!怖いだろ、盛るんじゃねえ。

「赤坂、はなせ!」
「はなしません!」

「おふざけでは済ませられなくなる。早くはなせ、赤坂!」

「ふざけてない!俺は先生が好きだ」

ヤバい。ぐりぐりされて‥俺のアレが勃ちそうだ!風俗行けてなかったのが敗因。うおおー、気づかれたくない。

「はーい、そこまで!」

バチン!!

「いてっ!」
「っ!」

不意に赤坂が俺からはなれる。彼の背後には山崎先生がいた。体育教師で苦手なタイプの山崎。うおっ、最悪なのに見られた。

「思春期だからって見境なく人に抱きつくな、赤坂。それから、不祥事を起こせばラグビーでの大学推薦は取り消されるぞ?そうはなりたくないだろ?」

「俺を脅すつもりですか、先生?」
「お前が立花先生を脅してたんだろーが。いい加減にしろ、赤坂」

うぉ、山崎先生が獰猛な声出した。お、ちょっと赤坂の奴ビビったな。よし、そのまま引いてくれ。

「分かりました。でも、卒業したら俺の自由にしていいですよね、山崎先生?卒業すれば、俺と先生は対等な関係ですよね?」

赤坂負けてないー。いや、もう負けてくれ。大学の推薦も掛かってるのに、一時の気の迷いで人生を棒に振るな。ほら、早くひけ。

「卒業できたら立場は同等だな。だが、今は違う。今日は試験前で部活はないはずだろ?さっさと帰宅して勉強しな。学生の本分を忘れるな、赤坂‥‥」

赤坂が不意に頭を下げた。だが、その目はギラギラしていた。

「分かりました‥帰宅します」
「そうしろ」
「立花先生!」
「っ!」
「俺は本気ですから!!」

赤坂は俺にも一礼して立ち去った。

その場に崩れそになる俺を、山崎先生が支える。俺の顔を覗きながら、山崎は意地悪な表情で笑う。

「災難だったな、立花先生?」
「‥‥助かりました、山崎先生」
「赤坂の奴、本気っぽいですね」
「一時の気の迷いですよ。思春期ですし」

山崎が俺の肩を抱いたまま歩き出す。何で肩を抱く。もうふらついてないのだが。


「いや~、あれは本気でしょう。」
「そんなはずは‥‥」
「卒業までに彼氏を作った方がいいですよ、立花先生?」
「そこは彼氏じゃなく彼女でしょ」

「どうでしょうね。自分の彼氏が赤坂に狙いを定められてたら、通常の女なら逃げると思いますよ?」

俺は反論しようとしてやめた。女性と付き合ったことはないが、俺が女なら厄介事には巻き込まれないようにする。波乱万丈の人生なんて、いらん!

「どうすればいいですかね‥」
「俺と付き合いますか?」
「は?」
「どうです?」

山崎がニヤつきながら俺の顔を覗き込む。整った顔立ちの山崎の言葉に、すこしどきりとした。その気持ちを振り払うために、山崎の腕を剥がして先を歩く。

「冗談はやめて下さい」
「そうですね。でも、立花先生」
「はい?」
「本当に困った時には相談して下さい。」

俺は思わず山崎の顔を見つめる。真剣な眼差しに思わず視線をそらす。

「その時は‥‥相談します」
「そうして下さい」

すこし距離を置きながら職員室に向かう。何故だか、背中が熱い。頬が赤らむ。こんな気持ちは初めてだ。



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