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第三章
3-39 王太子殿下の死を望む
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◆◆◆◆◆◆
「ディートリッヒ家にも、交渉上手がいたとは意外ですね。王家への忠誠を謳う者ばかりかと思っておりました。フリートヘルムは、ディートリッヒ家の次期当主でしたね?」
ヘクトールは、ルドルフの言葉にかすかに眉を寄せた。その表情には、わずかな不快感が混じっていたが、相手の言葉を遮ることはしなかった。
「ディートリッヒ家の次期当主は強かだった。フリートヘルムは、子を失ったばかりの陛下に取り入り、二つの事を願い出た」
ルドルフが興味深そうに身を乗り出す。
「何を願い出たのですか?」
「一つ目、『陛下のお子と妃候補の死因が自然死だと判明するまでは、王太子殿下の周辺をディートリッヒ家が監視する事』」
「成る程、それは利にかなっていますね。二つ目は、何を願い出たのですか?」
「二つ目、『殿下の部下達は庶民が多く、彼等が不正を行っていたと疑う上位貴族は多い。王家への信頼回復の為に、庶民出自の殿下の側近や部下は排除し、王太子殿下の重要な業務に関しては、ディートリッヒ家の管理下に置く事』」
ルドルフは静かな笑みを浮かべて言葉を漏らす。
「ほう……ディートリッヒ家が、これ程あからさまに利権を取りにいくのは珍しいですね?」
ヘクトールは肩をすくめて苦笑した。
「明らかに欲張り過ぎだと思うがな。だが、陛下は正常な判断が出来ない状態だった。陛下は、大罪を防いだフリートヘルム=ディートリッヒに対して、褒美として全ての申し出を許可した」
「ディートリッヒ家は実に優秀な次期当主を得ましたね、ヘクトール様?」
「嫌味を挟むな、ルドルフ」
「嫌味ではありません。確かに欲を張り、他の貴族からの嫉妬を受けかねない要求をしました。ですが、豊かでない領地の運営を維持する為には、王城での地位確保は欠かせません」
「確かにそうだな。シュナーベル家の領地が豊かなお陰で、俺は王城の片隅でひっそり働くだけで気楽なものだ。だが、貧弱な領地を持つディートリッヒ家の次期当主には、少々強引で欲張りなフリートヘルムが相応しいだろう。」
ヘクトールは一息置いた後言葉を続ける。
「風貌良く、頼もしい次期当主だが……孕み子には一切手を出さず、王太子殿下の尻ばかりを追いかけている、馬鹿でもある」
ルドルフが意地悪な笑みを浮かべ応じる。
「それは、笑えますね」
「それが、笑えなくなった」
ルドルフの笑顔が僅かに曇る。
「どうしてですか、ヘクトール様?」
「マテウスの予言により、手柄を得たフリートヘルムは、マテウスに恩を返したいと考える、実直な人物でもあった」
「ディートリッヒ家の人間らしい」
「だが、その手段がおかしい。マテウスが兄である私と婚約したのは、孕み子であるマテウスに貰い手がないからだと……失礼極まりない勘違いをした。」
「それは…失礼ですね」
「お前もそう思うだろ? その上奴は、自分がマテウスを妻に迎え、貰い手のない孕み子を救済すべきだと言い出した。」
ルドルフは眉をしかめたが、すぐに表情を整える。
「ディートリッヒ家の当主は、当然反対の立場でしょうね?」
「ディートリッヒ家の当主は、次期当主が孕み子に興味を持った事を素直に喜んだ。だが、その相手はシュナーベル家直系の孕み子だ。次期当主の正妻に迎える事は出来ない」
「そうでしょうね」
「だが、孕み子に全く興味のなかったフリートヘルムが、マテウスを切っ掛けに……孕み子の良さに目覚める可能性は否定できない。そうあって欲しいと願うディートリッヒ家は、静観するつもりらしい」
「言葉もありません」
ヘクトールは溜息をつく。
「全くだ。マテウスに貰い手がないなどと勘違いした挙げ句に、救済の為に妻にしようとするなど……殺すべきだと思うだろ、ルドルフ?」
「私は処刑人を引退しました。他の処刑人を当たって下さい」
「冗談だ。俺が厄介者のヴォルフラムと契約した理由も、ディートリッヒ家の内部情報を手に入れるためだ。現状では、ヴォルフラムがいなければ、殿下の執務室の状態すら把握できない。だからこそ、奴を利用するしかないんだ。」
ルドルフはしばらく沈黙した後に口を開く。
「王太子殿下は、今の現状をどう思われているのでしょう?マテウス様に辛く当たるのは、現状への不満の現れでしょうか?」
「マテウスに暴力を振るう下衆な王太子殿下の事など考えたくもない。シュナーベル家の血脈を受け継ぎながら情けない。奴に出来る事といえば、ディートリッヒ家に詰まらない腹いせをする事だけだ。側近と称して愛人を集め、日中から派手に男遊びをする」
ヘクトールは一息置いて、低い声で続けた。
「後宮では、ディートリッヒ家の妃候補を侮辱して『永遠の妃候補』などと発言をして噂を広めている。そして、ディートリッヒ家の者が作成した業務書類に、サインや印を押さず破り捨てる。まるで、子供だ」
「ですが、ディートリッヒ家の者は、王家の者を殺しはしないでしょう。殿下はディートリッヒ家の鳥籠の中で、いずれ国王になられる」
「国王になった暁には、王太子殿下はカールの遺志を継ぎ、近親婚や血族婚を禁じるそうだ。差別が蔓延したこの国では……シュナーベル家は滅びるだろうな」
「ヘクトール様!」
「王太子殿下は王太子殿下として……死んでもらう必要がある。シュナーベル家の為に。そして、王太子殿下を手に掛ける者は、シュナーベル家以外の人間である必要がある」
ルドルフが冷静に応じる。
「ヴォルフラムは殿下と親しい。彼に殿下を殺害させるのは無理でしょう?」
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「ディートリッヒ家にも、交渉上手がいたとは意外ですね。王家への忠誠を謳う者ばかりかと思っておりました。フリートヘルムは、ディートリッヒ家の次期当主でしたね?」
ヘクトールは、ルドルフの言葉にかすかに眉を寄せた。その表情には、わずかな不快感が混じっていたが、相手の言葉を遮ることはしなかった。
「ディートリッヒ家の次期当主は強かだった。フリートヘルムは、子を失ったばかりの陛下に取り入り、二つの事を願い出た」
ルドルフが興味深そうに身を乗り出す。
「何を願い出たのですか?」
「一つ目、『陛下のお子と妃候補の死因が自然死だと判明するまでは、王太子殿下の周辺をディートリッヒ家が監視する事』」
「成る程、それは利にかなっていますね。二つ目は、何を願い出たのですか?」
「二つ目、『殿下の部下達は庶民が多く、彼等が不正を行っていたと疑う上位貴族は多い。王家への信頼回復の為に、庶民出自の殿下の側近や部下は排除し、王太子殿下の重要な業務に関しては、ディートリッヒ家の管理下に置く事』」
ルドルフは静かな笑みを浮かべて言葉を漏らす。
「ほう……ディートリッヒ家が、これ程あからさまに利権を取りにいくのは珍しいですね?」
ヘクトールは肩をすくめて苦笑した。
「明らかに欲張り過ぎだと思うがな。だが、陛下は正常な判断が出来ない状態だった。陛下は、大罪を防いだフリートヘルム=ディートリッヒに対して、褒美として全ての申し出を許可した」
「ディートリッヒ家は実に優秀な次期当主を得ましたね、ヘクトール様?」
「嫌味を挟むな、ルドルフ」
「嫌味ではありません。確かに欲を張り、他の貴族からの嫉妬を受けかねない要求をしました。ですが、豊かでない領地の運営を維持する為には、王城での地位確保は欠かせません」
「確かにそうだな。シュナーベル家の領地が豊かなお陰で、俺は王城の片隅でひっそり働くだけで気楽なものだ。だが、貧弱な領地を持つディートリッヒ家の次期当主には、少々強引で欲張りなフリートヘルムが相応しいだろう。」
ヘクトールは一息置いた後言葉を続ける。
「風貌良く、頼もしい次期当主だが……孕み子には一切手を出さず、王太子殿下の尻ばかりを追いかけている、馬鹿でもある」
ルドルフが意地悪な笑みを浮かべ応じる。
「それは、笑えますね」
「それが、笑えなくなった」
ルドルフの笑顔が僅かに曇る。
「どうしてですか、ヘクトール様?」
「マテウスの予言により、手柄を得たフリートヘルムは、マテウスに恩を返したいと考える、実直な人物でもあった」
「ディートリッヒ家の人間らしい」
「だが、その手段がおかしい。マテウスが兄である私と婚約したのは、孕み子であるマテウスに貰い手がないからだと……失礼極まりない勘違いをした。」
「それは…失礼ですね」
「お前もそう思うだろ? その上奴は、自分がマテウスを妻に迎え、貰い手のない孕み子を救済すべきだと言い出した。」
ルドルフは眉をしかめたが、すぐに表情を整える。
「ディートリッヒ家の当主は、当然反対の立場でしょうね?」
「ディートリッヒ家の当主は、次期当主が孕み子に興味を持った事を素直に喜んだ。だが、その相手はシュナーベル家直系の孕み子だ。次期当主の正妻に迎える事は出来ない」
「そうでしょうね」
「だが、孕み子に全く興味のなかったフリートヘルムが、マテウスを切っ掛けに……孕み子の良さに目覚める可能性は否定できない。そうあって欲しいと願うディートリッヒ家は、静観するつもりらしい」
「言葉もありません」
ヘクトールは溜息をつく。
「全くだ。マテウスに貰い手がないなどと勘違いした挙げ句に、救済の為に妻にしようとするなど……殺すべきだと思うだろ、ルドルフ?」
「私は処刑人を引退しました。他の処刑人を当たって下さい」
「冗談だ。俺が厄介者のヴォルフラムと契約した理由も、ディートリッヒ家の内部情報を手に入れるためだ。現状では、ヴォルフラムがいなければ、殿下の執務室の状態すら把握できない。だからこそ、奴を利用するしかないんだ。」
ルドルフはしばらく沈黙した後に口を開く。
「王太子殿下は、今の現状をどう思われているのでしょう?マテウス様に辛く当たるのは、現状への不満の現れでしょうか?」
「マテウスに暴力を振るう下衆な王太子殿下の事など考えたくもない。シュナーベル家の血脈を受け継ぎながら情けない。奴に出来る事といえば、ディートリッヒ家に詰まらない腹いせをする事だけだ。側近と称して愛人を集め、日中から派手に男遊びをする」
ヘクトールは一息置いて、低い声で続けた。
「後宮では、ディートリッヒ家の妃候補を侮辱して『永遠の妃候補』などと発言をして噂を広めている。そして、ディートリッヒ家の者が作成した業務書類に、サインや印を押さず破り捨てる。まるで、子供だ」
「ですが、ディートリッヒ家の者は、王家の者を殺しはしないでしょう。殿下はディートリッヒ家の鳥籠の中で、いずれ国王になられる」
「国王になった暁には、王太子殿下はカールの遺志を継ぎ、近親婚や血族婚を禁じるそうだ。差別が蔓延したこの国では……シュナーベル家は滅びるだろうな」
「ヘクトール様!」
「王太子殿下は王太子殿下として……死んでもらう必要がある。シュナーベル家の為に。そして、王太子殿下を手に掛ける者は、シュナーベル家以外の人間である必要がある」
ルドルフが冷静に応じる。
「ヴォルフラムは殿下と親しい。彼に殿下を殺害させるのは無理でしょう?」
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