嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

文字の大きさ
上 下
65 / 239
第三章

3-39 王太子殿下の死を望む

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆


「ディートリッヒ家にも、交渉上手がいたとは意外ですね。王家への忠誠を謳う者ばかりかと思っておりました。フリートヘルムは、ディートリッヒ家の次期当主でしたね?」

ヘクトールは、ルドルフの言葉にかすかに眉を寄せた。その表情には、わずかな不快感が混じっていたが、相手の言葉を遮ることはしなかった。

「ディートリッヒ家の次期当主は強かだった。フリートヘルムは、子を失ったばかりの陛下に取り入り、二つの事を願い出た」

ルドルフが興味深そうに身を乗り出す。

「何を願い出たのですか?」

「一つ目、『陛下のお子と妃候補の死因が自然死だと判明するまでは、王太子殿下の周辺をディートリッヒ家が監視する事』」

「成る程、それは利にかなっていますね。二つ目は、何を願い出たのですか?」

「二つ目、『殿下の部下達は庶民が多く、彼等が不正を行っていたと疑う上位貴族は多い。王家への信頼回復の為に、庶民出自の殿下の側近や部下は排除し、王太子殿下の重要な業務に関しては、ディートリッヒ家の管理下に置く事』」

ルドルフは静かな笑みを浮かべて言葉を漏らす。

「ほう……ディートリッヒ家が、これ程あからさまに利権を取りにいくのは珍しいですね?」

ヘクトールは肩をすくめて苦笑した。

「明らかに欲張り過ぎだと思うがな。だが、陛下は正常な判断が出来ない状態だった。陛下は、大罪を防いだフリートヘルム=ディートリッヒに対して、褒美として全ての申し出を許可した」

「ディートリッヒ家は実に優秀な次期当主を得ましたね、ヘクトール様?」

「嫌味を挟むな、ルドルフ」

「嫌味ではありません。確かに欲を張り、他の貴族からの嫉妬を受けかねない要求をしました。ですが、豊かでない領地の運営を維持する為には、王城での地位確保は欠かせません」

「確かにそうだな。シュナーベル家の領地が豊かなお陰で、俺は王城の片隅でひっそり働くだけで気楽なものだ。だが、貧弱な領地を持つディートリッヒ家の次期当主には、少々強引で欲張りなフリートヘルムが相応しいだろう。」

ヘクトールは一息置いた後言葉を続ける。

「風貌良く、頼もしい次期当主だが……孕み子には一切手を出さず、王太子殿下の尻ばかりを追いかけている、馬鹿でもある」

ルドルフが意地悪な笑みを浮かべ応じる。

「それは、笑えますね」

「それが、笑えなくなった」

ルドルフの笑顔が僅かに曇る。

「どうしてですか、ヘクトール様?」

「マテウスの予言により、手柄を得たフリートヘルムは、マテウスに恩を返したいと考える、実直な人物でもあった」

「ディートリッヒ家の人間らしい」

「だが、その手段がおかしい。マテウスが兄である私と婚約したのは、孕み子であるマテウスに貰い手がないからだと……失礼極まりない勘違いをした。」

「それは…失礼ですね」

「お前もそう思うだろ? その上奴は、自分がマテウスを妻に迎え、貰い手のない孕み子を救済すべきだと言い出した。」

ルドルフは眉をしかめたが、すぐに表情を整える。

「ディートリッヒ家の当主は、当然反対の立場でしょうね?」

「ディートリッヒ家の当主は、次期当主が孕み子に興味を持った事を素直に喜んだ。だが、その相手はシュナーベル家直系の孕み子だ。次期当主の正妻に迎える事は出来ない」

「そうでしょうね」

「だが、孕み子に全く興味のなかったフリートヘルムが、マテウスを切っ掛けに……孕み子の良さに目覚める可能性は否定できない。そうあって欲しいと願うディートリッヒ家は、静観するつもりらしい」

「言葉もありません」

ヘクトールは溜息をつく。

「全くだ。マテウスに貰い手がないなどと勘違いした挙げ句に、救済の為に妻にしようとするなど……殺すべきだと思うだろ、ルドルフ?」

「私は処刑人を引退しました。他の処刑人を当たって下さい」

「冗談だ。俺が厄介者のヴォルフラムと契約した理由も、ディートリッヒ家の内部情報を手に入れるためだ。現状では、ヴォルフラムがいなければ、殿下の執務室の状態すら把握できない。だからこそ、奴を利用するしかないんだ。」

ルドルフはしばらく沈黙した後に口を開く。

「王太子殿下は、今の現状をどう思われているのでしょう?マテウス様に辛く当たるのは、現状への不満の現れでしょうか?」

「マテウスに暴力を振るう下衆な王太子殿下の事など考えたくもない。シュナーベル家の血脈を受け継ぎながら情けない。奴に出来る事といえば、ディートリッヒ家に詰まらない腹いせをする事だけだ。側近と称して愛人を集め、日中から派手に男遊びをする」

ヘクトールは一息置いて、低い声で続けた。

「後宮では、ディートリッヒ家の妃候補を侮辱して『永遠の妃候補』などと発言をして噂を広めている。そして、ディートリッヒ家の者が作成した業務書類に、サインや印を押さず破り捨てる。まるで、子供だ」

「ですが、ディートリッヒ家の者は、王家の者を殺しはしないでしょう。殿下はディートリッヒ家の鳥籠の中で、いずれ国王になられる」

「国王になった暁には、王太子殿下はカールの遺志を継ぎ、近親婚や血族婚を禁じるそうだ。差別が蔓延したこの国では……シュナーベル家は滅びるだろうな」

「ヘクトール様!」

「王太子殿下は王太子殿下として……死んでもらう必要がある。シュナーベル家の為に。そして、王太子殿下を手に掛ける者は、シュナーベル家以外の人間である必要がある」

ルドルフが冷静に応じる。

「ヴォルフラムは殿下と親しい。彼に殿下を殺害させるのは無理でしょう?」



◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。