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第三章
3-37 ルドルフの胸中
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◆◆◆◆◆◆
ルドルフが放つ苛立ちに気付きながらも、ヘクトールはマテウスから視線を移さない。ルドルフは苦い表情を浮かべ口を開いた。
「その哀れなヴォルフラムの恋心を、ヘクトール様は利用された訳ですか?他人を操ることが得意な貴方なら、彼を操ることなど他愛もないこと事でしょうね?」
ルドルフの挑発的な言葉に、ヘクトールが反応を示し視線を向ける。
「何が言いたい、ルドルフ?」
ヘクトールの問いは静かだったが、その声には確かな圧力が込められていた。室内の雰囲気がじわじわと張りつめる中、ルドルフはヘクトールの視線を正面から受け止め言葉を重ねる。
「ヘクトール様は、シュナーベル家の一族を短期間で掌握された。その手腕を考えれば、人を操ることなど貴方にとって容易い事だろうと言っているのです。」
室内の空気が一気に悪化し、二人の間に沈黙が流れた。
「俺にいちいち噛みつくのはやめろ。」
ヘクトールの低く冷たい声がその静寂を破る。
「お前をシュナーベル家の領地から追いやった俺のことが、まだ憎いのか……ルドルフ?」
「私は自分の意思で、シュナーベル家の一族と距離を置きました。」
ルドルフの声には力が込められていた。
「ヘクトール様に命じられて、故郷を後にした訳ではありません。」
ヘクトールはその目に嘲笑めいた色が浮かべると、ルドルフを睨みつける。
「相変わらず頑固だな、ルドルフ。」
彼は皮肉を込めて続けた。
「お前は何もできずにシュナーベル家の領地を逃げ出した…それが現実だろ、ルドルフ?」
「私は、シュナーベル家の領地から逃げ出した訳ではない!」
ルドルフの声が鋭く響く。彼の語気の強さが、室内の緊張感をさらに高めた。
ヘクトールは再び視線をマテウスに戻し、冷ややかな声で続ける。
「お前の存在は、邪魔でしかなかった。『カールを父上と共に別邸に軟禁する事』――それを一族の長たちに認めさせるために、俺は随分と労力を払った。」
彼は少し間を置き、口調をさらに冷たくする。
「だが、ルドルフはその決定に従わず、真っ向から反対した。その結果、一族間に不協和音を生じさせた。」
「あの決定は、あまりにも酷だった…カール様を犠牲にした貴方を、私は今でも軽蔑しています。」
ルドルフの声は小さいが、はっきりとした拒絶を含んでいた。
「だが、お前は結局のところ、何も変えられはしなかった。」
ヘクトールは淡々と告げる。
「ルドルフは領地を去り、王都に逃げ出した。お前がいなくなって清々したよ……ルドルフ。」
「ヘクトール様に好まれていない事は私も承知しています。だが、貴方は私をマテウス様の主治医として雇い入れた。正直なところ、ヘクトール様にあっさりと申し出を受け入れられて……不気味に感じております。」
ヘクトールは一瞬だけ顔をしかめたが、反論することなく口を開いた。
「ルドルフならマテウスのことを、誰よりも大切に扱うと思ったからだ。まあ、そう思ったのはごく最近の事だがな。」
ヘクトールはマテウスの髪にそっと触れると、目を細めて言葉を紡ぐ。
「お前はマテウスを大切に扱い適切な治療を行った。マテウスも、お前に懐いている。マテウスが穏やかでいられるなら、ルドルフのことが気に入らなくとも雇うしかないだろ?」
ヘクトールの言葉に滲む優しさに、ルドルフは驚き口を噤んだ。ヘクトールは構わず話を続ける。
「だが、ルドルフをマテウスの主治医にするかは…相当に迷った。」
「ヘクトール様でも迷うことがあるのですね…意外です。」
ルドルフの言葉にヘクトールは軽く肩をすくめた。そして、マテウスの髪を優しく撫でながら言葉を発する。
「お前の父親から聞いた……ルドルフの初恋相手は、グンナー様だったらしいな?カールを父上の慰み者にする事に、最後まで反対した理由は、道義的理由からではなく……カールがグンナー様の子供だったからだろ?」
ルドルフに視線を移したヘクトールは鋭い口調で言葉を続ける。
「カールがグンナー様と容姿が似ていた事も、少なからず関係していたはずだ。だから、俺はお前をマテウスの主治医にするべきかを迷った。」
「迷う理由が分かりませんが?」
「『マテウスの為にカールが犠牲になった』――ルドルフがそう思い込んでいる可能性を、考慮に入れる必要があった。それに、マテウスは容姿は似てはいないが、グンナーの子には違いない。初恋相手の子の主治医となったルドルフが、患者に対して性的感情を抱いても困るからな。」
「患者に対して、その様な下衆な感情は抱きません。」
ルドルフは即座に否定した。
「もし、一度でもその様な事があったなら、私はとっくに医者を辞めています。私には医者としての矜持があります。」
「……矜持ねぇ。」
ヘクトールは冷笑を浮かべ静かに呟いた。ルドルフは怒りを抑え込みながら言葉を続ける。
「ヘクトール様は、誰も信じておられない。貴方は昔と変わらず……孤独な生き方をされているようだ。その貴方が、ヴォルフラム=ディートリッヒを信用するとは奇妙ですね。」
「信用はしていない。だが、ヴォルフラムとは利害が一致している。あいつの目的は、マテウスを護る事だけだ。孕み子としてのマテウスを得られないヴォルフラムは、騎士としてマテウスに己の命を捧げる気だ。」
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ルドルフが放つ苛立ちに気付きながらも、ヘクトールはマテウスから視線を移さない。ルドルフは苦い表情を浮かべ口を開いた。
「その哀れなヴォルフラムの恋心を、ヘクトール様は利用された訳ですか?他人を操ることが得意な貴方なら、彼を操ることなど他愛もないこと事でしょうね?」
ルドルフの挑発的な言葉に、ヘクトールが反応を示し視線を向ける。
「何が言いたい、ルドルフ?」
ヘクトールの問いは静かだったが、その声には確かな圧力が込められていた。室内の雰囲気がじわじわと張りつめる中、ルドルフはヘクトールの視線を正面から受け止め言葉を重ねる。
「ヘクトール様は、シュナーベル家の一族を短期間で掌握された。その手腕を考えれば、人を操ることなど貴方にとって容易い事だろうと言っているのです。」
室内の空気が一気に悪化し、二人の間に沈黙が流れた。
「俺にいちいち噛みつくのはやめろ。」
ヘクトールの低く冷たい声がその静寂を破る。
「お前をシュナーベル家の領地から追いやった俺のことが、まだ憎いのか……ルドルフ?」
「私は自分の意思で、シュナーベル家の一族と距離を置きました。」
ルドルフの声には力が込められていた。
「ヘクトール様に命じられて、故郷を後にした訳ではありません。」
ヘクトールはその目に嘲笑めいた色が浮かべると、ルドルフを睨みつける。
「相変わらず頑固だな、ルドルフ。」
彼は皮肉を込めて続けた。
「お前は何もできずにシュナーベル家の領地を逃げ出した…それが現実だろ、ルドルフ?」
「私は、シュナーベル家の領地から逃げ出した訳ではない!」
ルドルフの声が鋭く響く。彼の語気の強さが、室内の緊張感をさらに高めた。
ヘクトールは再び視線をマテウスに戻し、冷ややかな声で続ける。
「お前の存在は、邪魔でしかなかった。『カールを父上と共に別邸に軟禁する事』――それを一族の長たちに認めさせるために、俺は随分と労力を払った。」
彼は少し間を置き、口調をさらに冷たくする。
「だが、ルドルフはその決定に従わず、真っ向から反対した。その結果、一族間に不協和音を生じさせた。」
「あの決定は、あまりにも酷だった…カール様を犠牲にした貴方を、私は今でも軽蔑しています。」
ルドルフの声は小さいが、はっきりとした拒絶を含んでいた。
「だが、お前は結局のところ、何も変えられはしなかった。」
ヘクトールは淡々と告げる。
「ルドルフは領地を去り、王都に逃げ出した。お前がいなくなって清々したよ……ルドルフ。」
「ヘクトール様に好まれていない事は私も承知しています。だが、貴方は私をマテウス様の主治医として雇い入れた。正直なところ、ヘクトール様にあっさりと申し出を受け入れられて……不気味に感じております。」
ヘクトールは一瞬だけ顔をしかめたが、反論することなく口を開いた。
「ルドルフならマテウスのことを、誰よりも大切に扱うと思ったからだ。まあ、そう思ったのはごく最近の事だがな。」
ヘクトールはマテウスの髪にそっと触れると、目を細めて言葉を紡ぐ。
「お前はマテウスを大切に扱い適切な治療を行った。マテウスも、お前に懐いている。マテウスが穏やかでいられるなら、ルドルフのことが気に入らなくとも雇うしかないだろ?」
ヘクトールの言葉に滲む優しさに、ルドルフは驚き口を噤んだ。ヘクトールは構わず話を続ける。
「だが、ルドルフをマテウスの主治医にするかは…相当に迷った。」
「ヘクトール様でも迷うことがあるのですね…意外です。」
ルドルフの言葉にヘクトールは軽く肩をすくめた。そして、マテウスの髪を優しく撫でながら言葉を発する。
「お前の父親から聞いた……ルドルフの初恋相手は、グンナー様だったらしいな?カールを父上の慰み者にする事に、最後まで反対した理由は、道義的理由からではなく……カールがグンナー様の子供だったからだろ?」
ルドルフに視線を移したヘクトールは鋭い口調で言葉を続ける。
「カールがグンナー様と容姿が似ていた事も、少なからず関係していたはずだ。だから、俺はお前をマテウスの主治医にするべきかを迷った。」
「迷う理由が分かりませんが?」
「『マテウスの為にカールが犠牲になった』――ルドルフがそう思い込んでいる可能性を、考慮に入れる必要があった。それに、マテウスは容姿は似てはいないが、グンナーの子には違いない。初恋相手の子の主治医となったルドルフが、患者に対して性的感情を抱いても困るからな。」
「患者に対して、その様な下衆な感情は抱きません。」
ルドルフは即座に否定した。
「もし、一度でもその様な事があったなら、私はとっくに医者を辞めています。私には医者としての矜持があります。」
「……矜持ねぇ。」
ヘクトールは冷笑を浮かべ静かに呟いた。ルドルフは怒りを抑え込みながら言葉を続ける。
「ヘクトール様は、誰も信じておられない。貴方は昔と変わらず……孤独な生き方をされているようだ。その貴方が、ヴォルフラム=ディートリッヒを信用するとは奇妙ですね。」
「信用はしていない。だが、ヴォルフラムとは利害が一致している。あいつの目的は、マテウスを護る事だけだ。孕み子としてのマテウスを得られないヴォルフラムは、騎士としてマテウスに己の命を捧げる気だ。」
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