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第三章
3-38 ヴォルフラムを利用して
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◆◆◆◆◆
「ヴォルフラムは、マテウス様のことを心から愛しておいでなのですね」
「ヴォルフラムは、父親の王弟殿下と同じ程度には狂っている。マテウスの害となるものは、計画もなく殺そうとする。尻拭いをする俺の身にもなってもらいたい」
ルドルフは眉を少し上げ、穏やかな調子で言葉を返した。
「ヘクトール様が、あの穏やかに見えるヴォルフラムに手を焼かされているとは意外です」
「――あいつが穏やかなものか! 見た目で皆が騙される。ヴォルフラムは厄介者でしかない。今すぐにでも殺したい。だが、どれほど自然死に見えるように工作しても、ヴォルフラムが死ねば……マテウスは俺を疑うはずだ。そして、マテウスは苦しみ泣き続ける。それが辛い。だから今は奴を生かしている。奴を生かすなら、利用しない手はないだろ?」
ルドルフはわずかに眉をひそめ、軽い皮肉を込めた声で答えた。
「厄介者を利用するのは危険な行為です。愚かな味方は身を滅ぼす原因となりますよ、ヘクトール様」
「ルドルフ……顔付きが処刑人のものになっているぞ? 処刑人の顔でマテウスを診察するなよ、ルドルフ?」
ルドルフは肩をすくめ、苦笑しながら応じた。
「ヘクトール様と接していると、医師としての良心が削られるようです。ですが、マテウス様のような『可愛い性悪男』には、このような顔は見せません」
「マテウスはまた自分のことを『性悪男』と言ったようだな。マテウスがそう思い込んでいる理由が、いまだに理解できない。だが、『性悪男』として振る舞うマテウスは、確かに『可愛い性悪男』と言えるな。おい、ルドルフ。処刑人の顔で笑うな……流石に怖いぞ」
「失礼しました。話を続けてください」
「王太子殿下の執務室には、ディートリッヒ家の暗部が周囲を固めて、アルミンでさえ近付けない状態だ。今や、殿下はディートリッヒ家の支配下にあるからな。そこで、ヴォルフラムを利用することにした。執務室での日々の出来事を、ヴォルフラムから俺に報告をあげるように契約を交わした」
「一方的な契約ですね、ヘクトール様」
「相手が了承すれば、問題ない」
「確かに……」
「ディートリッヒ家の支配下に置かれたのも、元々は殿下の判断ミスだ。王太子殿下の立場で、中途半端な優しさは必要ない。部下を危機に晒そうとも、殿下は自分が集めた能力主義の部下たちを手放すべきではなかった」
「陛下のお子の死産の時ですね。ですが、その事は誰も予想がつかなかった。臨月まで何も問題なく育ったお子と妃候補が、共に亡くなるなど、誰も考えてはいなかった」
「マテウス以外は」
「そうですね」
「陛下の妃候補が臨月を迎えたと知ると、殿下は早々に側近や部下たちに解散を命じた。身分に関係なく、能力主義で周囲を固める殿下のやり方に、高位貴族は不満を抱えていた。自身が牢獄に繋がれたとしても、後ろ楯のない部下たちを巻き込みたくはなかったのだろう。その結果、身近に残った者は、ディートリッヒ家のヴォルフラムだけだった。まあ、王家の監視付きのヴォルフラムの身では行き場がなく、惰性で殿下の側に居ただけだろうがな」
「ヘクトール様は、ヴォルフラムに対する評価が厳しいですね」
「互いに利用はしているが、俺の方が奴から迷惑を被っている自信がある。ヴォルフラムの話は止めよう……不快になるからな。話を戻すか。ルドルフ、俺の話に疑問がある顔付きしているぞ。質問があるなら許す、ルドルフ」
ルドルフは考え込むように一瞬黙った後、口を開いた。
「まず、ヘクトール様が話し相手に私を選ばれた理由が気になります。このような話は、ただの医者である私では手に余ります。ヘクトール様の陰謀に巻き込まれるのも御免だ」
ヘクトールは、ふっと笑った。
「ふん、処刑人のお前が医者のふりをしても、醸し出す殺気は隠せていないぞ? お前を話し相手に選んだのは、マテウスの主治医だからだ。マテウスの主治医になった時点で、騒動に巻き込まれることは覚悟すべきだろ。他に質問はないか、ルドルフ?」
「そうですね……陛下のお子が死産となった時点で、王太子の地位は守られた。殿下が声を掛ければ、手放した部下たちも戻ってきたはずです。彼らにとっては、出世の機会が再び巡ってきたわけですから。何故、殿下は彼らを呼び戻さなかったのですか?」
「その原因は、マテウスの存在だ。マテウスは、陛下のお子の死産を予言した上で、その死産した陛下のお子が取り替えられることまで予言した」
ルドルフは記憶をたどるように視線を泳がせた。
「私はその場におりました。マテウス様は、フリートヘルム=ディートリッヒに、宮廷医師を監視するように命じておられた。ヘクトール様、マテウス様の予言は的中したのですか?」
ヘクトールが微かにうなずく。
「ルドルフも、マテウスの不思議な力を信じ始めたようだな? そうだ、マテウスの予言は的中した。大罪を犯そうとした宮廷医師を捕まえたのは、フリートヘルムだった。あいつは、マテウスの予言によって大きな手柄を得た」
「予言の類いを信じた訳ではありません。ですが、マテウス様は確かに不思議な力をお持ちのようです。フリートヘルムに宮廷医師の監視を命じたマテウス様には、人に反論を許さない力強さがありました」
「可愛いマテウスが、フリートヘルムに命令を下す様をこの目で見てみたかった」
ルドルフは一瞬言葉に詰まり、沈黙が流れる。
「話し相手が黙り込むな、ルドルフ」
「申し訳ございません」
「まあいい、黙って聞くだけでも構わない。俺にとって予想外であったのは、フリートヘルムが思いの外、交渉上手であったことだ」
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「ヴォルフラムは、マテウス様のことを心から愛しておいでなのですね」
「ヴォルフラムは、父親の王弟殿下と同じ程度には狂っている。マテウスの害となるものは、計画もなく殺そうとする。尻拭いをする俺の身にもなってもらいたい」
ルドルフは眉を少し上げ、穏やかな調子で言葉を返した。
「ヘクトール様が、あの穏やかに見えるヴォルフラムに手を焼かされているとは意外です」
「――あいつが穏やかなものか! 見た目で皆が騙される。ヴォルフラムは厄介者でしかない。今すぐにでも殺したい。だが、どれほど自然死に見えるように工作しても、ヴォルフラムが死ねば……マテウスは俺を疑うはずだ。そして、マテウスは苦しみ泣き続ける。それが辛い。だから今は奴を生かしている。奴を生かすなら、利用しない手はないだろ?」
ルドルフはわずかに眉をひそめ、軽い皮肉を込めた声で答えた。
「厄介者を利用するのは危険な行為です。愚かな味方は身を滅ぼす原因となりますよ、ヘクトール様」
「ルドルフ……顔付きが処刑人のものになっているぞ? 処刑人の顔でマテウスを診察するなよ、ルドルフ?」
ルドルフは肩をすくめ、苦笑しながら応じた。
「ヘクトール様と接していると、医師としての良心が削られるようです。ですが、マテウス様のような『可愛い性悪男』には、このような顔は見せません」
「マテウスはまた自分のことを『性悪男』と言ったようだな。マテウスがそう思い込んでいる理由が、いまだに理解できない。だが、『性悪男』として振る舞うマテウスは、確かに『可愛い性悪男』と言えるな。おい、ルドルフ。処刑人の顔で笑うな……流石に怖いぞ」
「失礼しました。話を続けてください」
「王太子殿下の執務室には、ディートリッヒ家の暗部が周囲を固めて、アルミンでさえ近付けない状態だ。今や、殿下はディートリッヒ家の支配下にあるからな。そこで、ヴォルフラムを利用することにした。執務室での日々の出来事を、ヴォルフラムから俺に報告をあげるように契約を交わした」
「一方的な契約ですね、ヘクトール様」
「相手が了承すれば、問題ない」
「確かに……」
「ディートリッヒ家の支配下に置かれたのも、元々は殿下の判断ミスだ。王太子殿下の立場で、中途半端な優しさは必要ない。部下を危機に晒そうとも、殿下は自分が集めた能力主義の部下たちを手放すべきではなかった」
「陛下のお子の死産の時ですね。ですが、その事は誰も予想がつかなかった。臨月まで何も問題なく育ったお子と妃候補が、共に亡くなるなど、誰も考えてはいなかった」
「マテウス以外は」
「そうですね」
「陛下の妃候補が臨月を迎えたと知ると、殿下は早々に側近や部下たちに解散を命じた。身分に関係なく、能力主義で周囲を固める殿下のやり方に、高位貴族は不満を抱えていた。自身が牢獄に繋がれたとしても、後ろ楯のない部下たちを巻き込みたくはなかったのだろう。その結果、身近に残った者は、ディートリッヒ家のヴォルフラムだけだった。まあ、王家の監視付きのヴォルフラムの身では行き場がなく、惰性で殿下の側に居ただけだろうがな」
「ヘクトール様は、ヴォルフラムに対する評価が厳しいですね」
「互いに利用はしているが、俺の方が奴から迷惑を被っている自信がある。ヴォルフラムの話は止めよう……不快になるからな。話を戻すか。ルドルフ、俺の話に疑問がある顔付きしているぞ。質問があるなら許す、ルドルフ」
ルドルフは考え込むように一瞬黙った後、口を開いた。
「まず、ヘクトール様が話し相手に私を選ばれた理由が気になります。このような話は、ただの医者である私では手に余ります。ヘクトール様の陰謀に巻き込まれるのも御免だ」
ヘクトールは、ふっと笑った。
「ふん、処刑人のお前が医者のふりをしても、醸し出す殺気は隠せていないぞ? お前を話し相手に選んだのは、マテウスの主治医だからだ。マテウスの主治医になった時点で、騒動に巻き込まれることは覚悟すべきだろ。他に質問はないか、ルドルフ?」
「そうですね……陛下のお子が死産となった時点で、王太子の地位は守られた。殿下が声を掛ければ、手放した部下たちも戻ってきたはずです。彼らにとっては、出世の機会が再び巡ってきたわけですから。何故、殿下は彼らを呼び戻さなかったのですか?」
「その原因は、マテウスの存在だ。マテウスは、陛下のお子の死産を予言した上で、その死産した陛下のお子が取り替えられることまで予言した」
ルドルフは記憶をたどるように視線を泳がせた。
「私はその場におりました。マテウス様は、フリートヘルム=ディートリッヒに、宮廷医師を監視するように命じておられた。ヘクトール様、マテウス様の予言は的中したのですか?」
ヘクトールが微かにうなずく。
「ルドルフも、マテウスの不思議な力を信じ始めたようだな? そうだ、マテウスの予言は的中した。大罪を犯そうとした宮廷医師を捕まえたのは、フリートヘルムだった。あいつは、マテウスの予言によって大きな手柄を得た」
「予言の類いを信じた訳ではありません。ですが、マテウス様は確かに不思議な力をお持ちのようです。フリートヘルムに宮廷医師の監視を命じたマテウス様には、人に反論を許さない力強さがありました」
「可愛いマテウスが、フリートヘルムに命令を下す様をこの目で見てみたかった」
ルドルフは一瞬言葉に詰まり、沈黙が流れる。
「話し相手が黙り込むな、ルドルフ」
「申し訳ございません」
「まあいい、黙って聞くだけでも構わない。俺にとって予想外であったのは、フリートヘルムが思いの外、交渉上手であったことだ」
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