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第三章

3-36 ヘクトールとルドルフ

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◆◆◆◆◆◆


ヘクトール兄上に手を繋いでもらった俺は、微熱と鼻血と疲れから気を失うようにベッドで眠りについた。



◇◇◇◇◇


「ルドルフ」
「はい、ヘクトール様」

マテウスの手を握りしめたまま、ヘクトールは背後のルドルフに声を掛けた。

「マテウスは何を予言した?」

「マテウス様は混乱されている様子で、話の内容も要領を得ないものでした。あれが予言と呼べるものなのか、私は疑問を感じます」

「ルドルフ…俺の質問に答えろ」

ヘクトールが静かに苛立ちを募らせる。それを察したルドルフは慎重に言葉を紡いだ。

「承知しました、ヘクトール様。マテウス様は、王太子殿下と枢機卿の関係について深く案じておられます。殿下と枢機卿が禁断の恋に落ちると、そう予言めいたことを口にされました。また、殿下がカール様の件で自身を謀ったことに対し、強い怒りを抱いておられるご様子です。そして、殿下の貞操の危機については助ける意思がないとはっきり述べられました。ただ、殿下の死に関してはどうするべきか迷われているようでした。これがマテウス様の予言らしき言葉のすべてです」

「殿下の貞操の危機など知ったことか!殿下の死すらどうでもいい。だが、マテウスが先見や予言をする度に、体調を崩し衰弱していくならば…何か手を打たねばならない」

「医者の立場からは、予見や予言の類いは否定したいですね。妄言を語る精神病患者は、沢山存在します」

「マテウスが妄言を吐く精神病患者だと考えているのか、ルドルフ?」

「…判断しかねます」

「使えない医者は、シュナーベル家には必要ない。ルドルフ、マテウスの主治医を望むなら、有益な存在だと俺に示せ」

ヘクトールの語気は強く鋭かった。ルドルフは、ヘクトールからベッドに眠るマテウスに視線を移し口を開く。

「ヘクトール様…予言や先見の類いは、医者の領分ではありません。医師として、診察の結果をお話します。まず、マテウス様に伝染病の兆候はありませんでした。マテウス様の肩と背中に打撲傷がありますので、微熱の原因は打撲傷だと思われます」

「突然の鼻からの出血も医学的に説明は可能か、ルドルフ?」

「鼻からの出血ですが、肩や背を打撲された時に、本人も気がつかずに鼻を軽く打った可能性があります。鼻腔には微細な血管があります。傷付いていた血管が、興奮や刺激により充血し、鼻から出血する症例はよく見られます」

「では、打撲傷が全ての原因ということか?」

「断言はしませんが、恐らくはそうでしょう。打撲部分に、かなり痛みがあるようです。ですが、骨や内蔵には異常はありません。打撲傷の部分を冷やせば、微熱が引くのは早まります。ですが、マテウス様は心身ともに疲れが見られます。体を冷やすよりも、体を暖めて心身の疲れを取ることを勧めます。打撲傷には、痛みを和らげる湿布を張ります」

「マテウスは、気を失うように眠った。だが、マテウスは再び目を覚ます。そう誓えるか、ルドルフ=シュナーベル?」

「明日の朝には、マテウス様もお目覚めになると思いますよ、ヘクトール様。お腹を空かせて目を覚ます患者もいらっしゃいます。マテウス様が眠っている間に、痛み止めの湿布を張ります。血で汚れた衣服も着替えさせないといけませんね。マテウス様の身の回りを世話する、使用人が必要です」

ヘクトールは、深い安堵の息を吐き出した。そして、上着の隠しから封筒を取り出すと、ルドルフに手渡した。

「分かった。マテウスが目覚める前に、全てを済ませて仕舞うとしよう。打撲傷の原因については、ヴォルフラム = ディートリッヒから、詳細な報告書が届いている。ルドルフも読んで、マテウスの治療に役立てろ」

「ヴォルフラム= ディートリッヒ?」

「ディートリッヒ家の人間だが、マテウスの件に関してだけは、ヴォルフラムは信用して構わない。あいつは今でも、マテウスに惚れているからな。孕み子を妻に迎える事も出来ぬ身でありながら…哀れな奴だ」

ヘクトールの言葉に、ルドルフは苦い表情を浮かべる。ルドルフが放つ苛立ちに気付きながらも、ヘクトールはマテウスから視線を移さなかった。



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