62 / 239
第三章
3-36 ヘクトールとルドルフ
しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆
ヘクトール兄上に手を繋いでもらった俺は、微熱と鼻血と疲れから気を失うようにベッドで眠りについた。
◇◇◇◇◇
「ルドルフ」
「はい、ヘクトール様」
マテウスの手を握りしめたまま、ヘクトールは背後のルドルフに声を掛けた。
「マテウスは何を予言した?」
「マテウス様は混乱されている様子で、話の内容も要領を得ないものでした。あれが予言と呼べるものなのか、私は疑問を感じます」
「ルドルフ…俺の質問に答えろ」
ヘクトールが静かに苛立ちを募らせる。それを察したルドルフは慎重に言葉を紡いだ。
「承知しました、ヘクトール様。マテウス様は、王太子殿下と枢機卿の関係について深く案じておられます。殿下と枢機卿が禁断の恋に落ちると、そう予言めいたことを口にされました。また、殿下がカール様の件で自身を謀ったことに対し、強い怒りを抱いておられるご様子です。そして、殿下の貞操の危機については助ける意思がないとはっきり述べられました。ただ、殿下の死に関してはどうするべきか迷われているようでした。これがマテウス様の予言らしき言葉のすべてです」
「殿下の貞操の危機など知ったことか!殿下の死すらどうでもいい。だが、マテウスが先見や予言をする度に、体調を崩し衰弱していくならば…何か手を打たねばならない」
「医者の立場からは、予見や予言の類いは否定したいですね。妄言を語る精神病患者は、沢山存在します」
「マテウスが妄言を吐く精神病患者だと考えているのか、ルドルフ?」
「…判断しかねます」
「使えない医者は、シュナーベル家には必要ない。ルドルフ、マテウスの主治医を望むなら、有益な存在だと俺に示せ」
ヘクトールの語気は強く鋭かった。ルドルフは、ヘクトールからベッドに眠るマテウスに視線を移し口を開く。
「ヘクトール様…予言や先見の類いは、医者の領分ではありません。医師として、診察の結果をお話します。まず、マテウス様に伝染病の兆候はありませんでした。マテウス様の肩と背中に打撲傷がありますので、微熱の原因は打撲傷だと思われます」
「突然の鼻からの出血も医学的に説明は可能か、ルドルフ?」
「鼻からの出血ですが、肩や背を打撲された時に、本人も気がつかずに鼻を軽く打った可能性があります。鼻腔には微細な血管があります。傷付いていた血管が、興奮や刺激により充血し、鼻から出血する症例はよく見られます」
「では、打撲傷が全ての原因ということか?」
「断言はしませんが、恐らくはそうでしょう。打撲部分に、かなり痛みがあるようです。ですが、骨や内蔵には異常はありません。打撲傷の部分を冷やせば、微熱が引くのは早まります。ですが、マテウス様は心身ともに疲れが見られます。体を冷やすよりも、体を暖めて心身の疲れを取ることを勧めます。打撲傷には、痛みを和らげる湿布を張ります」
「マテウスは、気を失うように眠った。だが、マテウスは再び目を覚ます。そう誓えるか、ルドルフ=シュナーベル?」
「明日の朝には、マテウス様もお目覚めになると思いますよ、ヘクトール様。お腹を空かせて目を覚ます患者もいらっしゃいます。マテウス様が眠っている間に、痛み止めの湿布を張ります。血で汚れた衣服も着替えさせないといけませんね。マテウス様の身の回りを世話する、使用人が必要です」
ヘクトールは、深い安堵の息を吐き出した。そして、上着の隠しから封筒を取り出すと、ルドルフに手渡した。
「分かった。マテウスが目覚める前に、全てを済ませて仕舞うとしよう。打撲傷の原因については、ヴォルフラム = ディートリッヒから、詳細な報告書が届いている。ルドルフも読んで、マテウスの治療に役立てろ」
「ヴォルフラム= ディートリッヒ?」
「ディートリッヒ家の人間だが、マテウスの件に関してだけは、ヴォルフラムは信用して構わない。あいつは今でも、マテウスに惚れているからな。孕み子を妻に迎える事も出来ぬ身でありながら…哀れな奴だ」
ヘクトールの言葉に、ルドルフは苦い表情を浮かべる。ルドルフが放つ苛立ちに気付きながらも、ヘクトールはマテウスから視線を移さなかった。
◆◆◆◆◆
ヘクトール兄上に手を繋いでもらった俺は、微熱と鼻血と疲れから気を失うようにベッドで眠りについた。
◇◇◇◇◇
「ルドルフ」
「はい、ヘクトール様」
マテウスの手を握りしめたまま、ヘクトールは背後のルドルフに声を掛けた。
「マテウスは何を予言した?」
「マテウス様は混乱されている様子で、話の内容も要領を得ないものでした。あれが予言と呼べるものなのか、私は疑問を感じます」
「ルドルフ…俺の質問に答えろ」
ヘクトールが静かに苛立ちを募らせる。それを察したルドルフは慎重に言葉を紡いだ。
「承知しました、ヘクトール様。マテウス様は、王太子殿下と枢機卿の関係について深く案じておられます。殿下と枢機卿が禁断の恋に落ちると、そう予言めいたことを口にされました。また、殿下がカール様の件で自身を謀ったことに対し、強い怒りを抱いておられるご様子です。そして、殿下の貞操の危機については助ける意思がないとはっきり述べられました。ただ、殿下の死に関してはどうするべきか迷われているようでした。これがマテウス様の予言らしき言葉のすべてです」
「殿下の貞操の危機など知ったことか!殿下の死すらどうでもいい。だが、マテウスが先見や予言をする度に、体調を崩し衰弱していくならば…何か手を打たねばならない」
「医者の立場からは、予見や予言の類いは否定したいですね。妄言を語る精神病患者は、沢山存在します」
「マテウスが妄言を吐く精神病患者だと考えているのか、ルドルフ?」
「…判断しかねます」
「使えない医者は、シュナーベル家には必要ない。ルドルフ、マテウスの主治医を望むなら、有益な存在だと俺に示せ」
ヘクトールの語気は強く鋭かった。ルドルフは、ヘクトールからベッドに眠るマテウスに視線を移し口を開く。
「ヘクトール様…予言や先見の類いは、医者の領分ではありません。医師として、診察の結果をお話します。まず、マテウス様に伝染病の兆候はありませんでした。マテウス様の肩と背中に打撲傷がありますので、微熱の原因は打撲傷だと思われます」
「突然の鼻からの出血も医学的に説明は可能か、ルドルフ?」
「鼻からの出血ですが、肩や背を打撲された時に、本人も気がつかずに鼻を軽く打った可能性があります。鼻腔には微細な血管があります。傷付いていた血管が、興奮や刺激により充血し、鼻から出血する症例はよく見られます」
「では、打撲傷が全ての原因ということか?」
「断言はしませんが、恐らくはそうでしょう。打撲部分に、かなり痛みがあるようです。ですが、骨や内蔵には異常はありません。打撲傷の部分を冷やせば、微熱が引くのは早まります。ですが、マテウス様は心身ともに疲れが見られます。体を冷やすよりも、体を暖めて心身の疲れを取ることを勧めます。打撲傷には、痛みを和らげる湿布を張ります」
「マテウスは、気を失うように眠った。だが、マテウスは再び目を覚ます。そう誓えるか、ルドルフ=シュナーベル?」
「明日の朝には、マテウス様もお目覚めになると思いますよ、ヘクトール様。お腹を空かせて目を覚ます患者もいらっしゃいます。マテウス様が眠っている間に、痛み止めの湿布を張ります。血で汚れた衣服も着替えさせないといけませんね。マテウス様の身の回りを世話する、使用人が必要です」
ヘクトールは、深い安堵の息を吐き出した。そして、上着の隠しから封筒を取り出すと、ルドルフに手渡した。
「分かった。マテウスが目覚める前に、全てを済ませて仕舞うとしよう。打撲傷の原因については、ヴォルフラム = ディートリッヒから、詳細な報告書が届いている。ルドルフも読んで、マテウスの治療に役立てろ」
「ヴォルフラム= ディートリッヒ?」
「ディートリッヒ家の人間だが、マテウスの件に関してだけは、ヴォルフラムは信用して構わない。あいつは今でも、マテウスに惚れているからな。孕み子を妻に迎える事も出来ぬ身でありながら…哀れな奴だ」
ヘクトールの言葉に、ルドルフは苦い表情を浮かべる。ルドルフが放つ苛立ちに気付きながらも、ヘクトールはマテウスから視線を移さなかった。
◆◆◆◆◆
10
お気に入りに追加
4,575
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
嵌められた悪役令息の行く末は、
珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】
公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。
一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。
「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。
帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。
【タンザナイト王国編】完結
【アレクサンドライト帝国編】完結
【精霊使い編】連載中
※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼毎週、月・水・金に投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。