上 下
58 / 239
第三章

3-32 ルドルフの診察

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆


「ヘクトール様。マテウス様のお体に負担がかかります。過度な接触はお控えいただきたく存じます」

ルドルフのヒヤリとした声に、俺は慌ててヘクトール兄上から身を離す。ルドルフの目の前で兄上にキスをおねだりしてしまった。

恥ずかしい!

「ルドルフ様、兄上に触れ合いを強請ったのは私の方なのです‥‥ごめんなさい」

俺が慌てて謝ると、ヘクトール兄上がそれを制して口を開いた。

「謝る必要はない、マテウス。ルドルフ、俺達は婚約している。キスぐらい許されるはずだ。鋭い声で制する事でもないと思うが‥‥何を懸念している、ルドルフ?」

ヘクトール兄上はそう問うと、鋭い眼差しをルドルフに向ける。

なにこれ‥‥?

甘い空気が一気に不穏になってしまった。俺は黙って二人の様子を伺う事にする。

ルドルフはヘクトール兄上を見つめて、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「もしもマテウス様が流行り病に罹患している場合、過度の接触でヘクトール様にも病が移る可能性があります。ヘクトール様はシュナーベル家の次期当主です。行動には細心の注意を払って然るべきかと存じます」

ルドルフの尤もな説明に、ヘクトール兄上は皮肉な笑みで応じた。

「俺の身を気遣っての言葉だと?」
「そうです」

「そろそろ正直に語ってはどうだ、ルドルフ?シュナーベル家と縁を切った筈のお前が、俺やマテウスの元にやって来た理由を」

「すでに申し上げた筈です。『町医者の収入だけでは心許なく、マテウス様の主治医として働かせて欲しい』と‥‥」

ヘクトール兄上はルドルフの言葉を鼻で笑うと、鋭い言葉を放った。

「そう言ってお前は俺に頭を下げた。プライドの高いルドルフが実につまらない嘘を付くものだと、俺は不愉快になったぞ」

「嘘など付いておりません」

ルドルフの言葉にヘクトールは眉を跳ね上げる。

「ルドルフは優秀な処刑人であり医者だ。お前を雇うことはシュナーベル家にとっても利となる。だが、ルドルフがマテウスに近づく真の理由を語らねば、安心してマテウスを預けられない。」

ヘクトール兄上の言葉にルドルフは一礼すると、はっきりとした口調で語り始める。

「では、正直に申し上げます。私がマテウス様の主治医になることを望んだのは、グンナー様と同様の死を迎えさせない為です。そして、ヘクトール様を見張る為でもあります」

「‥‥俺を見張る為だと?」

「不愉快でしょうが‥‥ヘクトール様はアルノー様のお子でいらっしゃいます。マテウス様を守る為には貴方を見張る必要があります」

「ルドルフおじさま、なんて酷いことを!兄上に謝って下さい!」

父上の名を出したルドルフに、俺は思わず大きな声をあげていた。

「マテウス、やめなさい」
「でも、兄上!」
「マテウス」
「‥‥っ」

俺の抗議の声を制したのは兄上だった。ヘクトール兄上はルドルフを見つめると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ルドルフ、正直に話してくれた事に感謝する。喧嘩を仕掛ける様な真似をして悪かった。マテウスの診察に専念してくれ」

「承知しました」

「マテウス、叱ってすまない。疲れてはいないかい?すぐに部屋を出るから、ルドルフの診察を受けてくれ。では、また後で‥‥マテウス」

ヘクトール兄上が優しく微笑み頬を撫でたので、俺は兄上の手に触れて返事をした。

「はい、兄上」

ヘクトール兄上は軽く頷くと部屋を後にした。ルドルフは俺に気遣いの言葉を掛けてから診察を始める。


◇◇◇


ルドルフは幾つかの問診の後に、聴診器を取り出した。そして、診察の為に俺に服を脱ぐように指示する。俺は服のボタンに手を掛けたままもじもじと躊躇う。

「マテウス様?」
「あの、その‥‥恥ずかしくて」

医者とはいえ、ルドルフに肌を見せるのは恥ずかしい。何故なら、ルドルフはイケオジだから!

「私は医者だよ、マテウス様?それに、ヘクトール様のような美丈夫でもない。私のような冴えない中年男でも、恥ずかしいのかい?」

「ルドルフおじさまは、間違っています。おじさまはイケてる男性です!冴えない男とはマテウスの事を言います!」

「ん、マテウス様が冴えない男?どうもマテウス様は、自己評価が低いみたいだね。マテウス様はとても可愛いよ?」

俺はルドルフの言葉に衝撃を受けて、思わず心の声が漏れ出す。

「なんてこと!シュナーベル家の八割以上に美的感覚の欠損がみられるなんて!性格に難のあるヴェルンハルト殿下とアルミンだけが、正常な美的感覚を持ってるとか‥‥悲惨過ぎる!」

俺の嘆きの声はルドルフの心には響かなかったようで、わずかに首を傾げるのみだった。

「ふむ、全く診察が進まないな。ヘクトール様を長くお待たせするのも気の毒だから、私がマテウス様の服を脱がせるね。いいかな?」

「は、はい、おじさま!」

俺の返事を待った後、ルドルフは服を手際よく脱がしていった。俺は思わず変な声を出してしまう。

「えっ、え、うひぁ!」
「静かに、マテウス様」
「あぅ、あうっ‥‥」

俺は着せ替え人形の様に、ルドルフに服を剥ぎ取られた。ルドルフの動きは無駄がなく、医者の目で露になる肌を観察する。

「ん?」
「え?」

「マテウス様、背中と肩に打撲傷らしき痣ができていますね?少し肌に触りますよ」

「ルドルフ様‥‥痛いのはやだ。優しくしてね」

「‥‥優しくします」

ルドルフが背中に触れると、全身に痛みが走った。優しくするって言ったのに!嘘つき!



◆◆◆◆◆◆

しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?

「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。 王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り 更新頻度=適当

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。