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第三章
3-24 『遅れてやってきた騎士』
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◆◆◆◆◆◆
なんだか‥‥泣きたくなってきた。
でも、泣いてしまったらヴォルフラムは心の内を全て吐き出せない。俺はきつく唇を噛みしめて、ヴォルフラムの次の言葉を待った。
「孕み子が男達からどのような扱いを受けるのかを、私は少しも考慮していなかった。」
「‥‥っ」
「貴方の救出に全力を注ぐべきだったのに、私は誤った選択をしてしまった‥‥。」
ヴォルフラムは表情を曇らせてそう口にした。俺は慌てて返事をする。
「あの様な目にあったのも、私が原因を作ったからです。ヴォルフラム様が気になさる事はありません」
俺の言葉にヴォルフラムは語気を強めて言葉を発する。
「それは違います、マテウス卿!貴方は泣き叫んでおられた。それなのに……ヘンドリク=マーシャルは、貴方に覆い被さり卑劣な行為をしていた。私は貴方が仰った通り『遅れてやって来た騎士』です」
「‥‥ヴォルフラム様」
「マテウス卿は突然現れた私を見て酷く怯えておられた。半裸のまま教室から出ようとする貴方を、私は抱き締め教室に留めることしか出来なかった。」
ヘンドリクとその仲間に襲われた時の記憶は曖昧だ。でも、怖いという感情だけが胸に残ってる。
「泣き叫ぶマテウス卿に、私は味方であることを説明しました。徐々に落ち着きを取り戻した貴方は私に向かって言った‥‥『貴方は私を救えなかった。遅れてやって来た騎士には何の価値もない』と。」
「‥‥え?」
「そして、こうも仰った。『それでも私は貴方を恩人と呼び、特別な人と呼ぶでしょう。その度に思い出しなさい。貴方は遅れてやって来た無能な騎士だということを』」
「……え、えっ!?」
‥‥‥‥え?
なに、その傲慢な態度??
悪役令息に相応しい傲慢かつむかつく言葉だけど、俺には全く記憶にない!
でも、ヴォルフラムが嘘を付く理由はないよね?俺は自分に都合よく無意識に記憶を改ざんしたってこと?
『遅れてやって来た騎士には何の価値もない』
『それでも私は貴方を恩人と呼び、特別な人と呼ぶでしょう。その度に思い出しなさい。貴方は遅れてやって来た無能な騎士だということを』
最悪だ!こんな言葉を助けてくれたヴォルフラムに言ったなんて!
俺にはヴォルフラムの胸に抱かれ、泣きじゃくっていた記憶しかない。
でも、気鬱に陥った俺なら優しいヴォルフラムに八つ当たりした可能性はある。記憶にないけど俺は悪役令息だから‥‥確実にやってると思う。
とにかく、ヴォルフラムに謝らないと!!
「ヴォルフラム様、私は……」
「お待ち下さい、マテウス卿」
「え?」
俺の言葉を制したのはヴォルフラムだった。彼は俺を見つめて話を続ける。
「私はマテウス卿の言葉に強い衝撃を受けました。私はそれ以来、貴方のことばかり考えるようになりました。『遅れてやって来た騎士』は、マテウス卿に必要とされる『本物の騎士』になりたかったのです。」
「あの、その‥‥。」
「ですが、マテウス卿は学園を退学され、シュナーベル家の領地に帰ってしまわれた。それでも、私は諦めきれなかった。貴方に向けて何通も手紙を送りました。もうそれは、恋文に近いものでした。」
「恋文!?」
「はい、恋文です。ですが返信は一度もなく、音信不通の状態に不安が募り‥‥絶望した貴方が死を選ぶ不吉な夢まで見ました。繰り返す悪夢に矢も盾もたまらず、私は貴方の現状を知るために、馬に乗りシュナーベル家の領地に向かったのです。」
俺はヴォルフラムの言葉に驚いて応じる。
「シュナーベル家の領地にお越し下さったのですか?」
ヴォルフラムは頷き言葉を続ける。
「行きました。シュナーベル家の領地は美しい森と穏やかな川が流れとても美しかった。そのシュナーベル家の領地で、私は貴方をすぐに見つけました。ですが、声は掛けられなかった。」
「なぜですか?」
「馬に乗ったマテウス卿がシュナーベルの領地を駆けていらっしゃったからです。その姿こそ貴方の真実の姿だと分かりました。マテウス卿の姿はシュナーベルの自然に溶け込みとても美しかった。私は貴方のその姿に心を奪われたのです。」
「ヴォルフラム様」
「‥‥そして、私は確信しました。私はマテウス卿に恋心を抱いていると。そして、誰かに奪われる前に貴方を妻とせねば、私は一生涯後悔すると思ったのです。」
「え、ええ!?」
「私はその日の内に、ヘクトール様に会い『マテウス卿を正妻として迎えたい』と申し出ました。そして、斬られました」
「はい?」
「ヘクトール様に斬られて失意のまま王都に戻りました。傷が深く治療が必要でしたので‥‥。」
「あ、兄上に斬られ‥‥‥えぇ!?」
ヴォルフラムからの手紙は、ヘクトール兄上により握り潰されていたのか‥‥。
しかも、ディートリッヒ家のヴォルフラムを斬るなんて‥‥ヘクトール兄上は何て無茶をしてるんだ!?
「ですが、それで良かったのです」
「え?」
ヴォルフラムは俯き言葉を漏らす。
「私は学園を卒業して、王城勤めを始めました。そして、私の出自が王弟殿下の子種だと明らかになり‥‥陛下は私が孕み子と交わることを禁じました。」
「あっ‥‥。」
「もしも、孕み子のマテウス卿を正妻に迎えていたなら、貴方に辛い想いをされたはずです。貴方を妻に迎えなくて良かった‥‥本当に。」
「……ヴォルフラム様」
ヴォルフラムは柔らかく微笑む。
なんて真っ直ぐな瞳なのだろう。多くの悩みを抱えながらも、ヴォルフラムは歪みなく真っ直ぐだ。
「一度芽生えた恋心と決別することは難しいものですね、マテウス卿。今の私には孕み子の貴方を正妻に求める資格はありません。それでも、私は貴方にとって価値ある者でありたいのです。」
「価値ある者‥‥。」
「王城で再会を果たした貴方に、『恩人』で『特別な人』だと何度も呼ばれ‥‥その度に私の心は軋みました。ですが、今日初めて‥‥貴方は私のことを『初恋の相手』と言った。」
「……っ」
「マテウス卿、お聞きしても宜しいですか?今の私は『遅れてやって来た騎士』から、卒業できましたか?マテウス卿、私は貴方にとって『無能な騎士』から『価値ある騎士』になれましたか?」
「ヴォルフラム様、私は……」
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なんだか‥‥泣きたくなってきた。
でも、泣いてしまったらヴォルフラムは心の内を全て吐き出せない。俺はきつく唇を噛みしめて、ヴォルフラムの次の言葉を待った。
「孕み子が男達からどのような扱いを受けるのかを、私は少しも考慮していなかった。」
「‥‥っ」
「貴方の救出に全力を注ぐべきだったのに、私は誤った選択をしてしまった‥‥。」
ヴォルフラムは表情を曇らせてそう口にした。俺は慌てて返事をする。
「あの様な目にあったのも、私が原因を作ったからです。ヴォルフラム様が気になさる事はありません」
俺の言葉にヴォルフラムは語気を強めて言葉を発する。
「それは違います、マテウス卿!貴方は泣き叫んでおられた。それなのに……ヘンドリク=マーシャルは、貴方に覆い被さり卑劣な行為をしていた。私は貴方が仰った通り『遅れてやって来た騎士』です」
「‥‥ヴォルフラム様」
「マテウス卿は突然現れた私を見て酷く怯えておられた。半裸のまま教室から出ようとする貴方を、私は抱き締め教室に留めることしか出来なかった。」
ヘンドリクとその仲間に襲われた時の記憶は曖昧だ。でも、怖いという感情だけが胸に残ってる。
「泣き叫ぶマテウス卿に、私は味方であることを説明しました。徐々に落ち着きを取り戻した貴方は私に向かって言った‥‥『貴方は私を救えなかった。遅れてやって来た騎士には何の価値もない』と。」
「‥‥え?」
「そして、こうも仰った。『それでも私は貴方を恩人と呼び、特別な人と呼ぶでしょう。その度に思い出しなさい。貴方は遅れてやって来た無能な騎士だということを』」
「……え、えっ!?」
‥‥‥‥え?
なに、その傲慢な態度??
悪役令息に相応しい傲慢かつむかつく言葉だけど、俺には全く記憶にない!
でも、ヴォルフラムが嘘を付く理由はないよね?俺は自分に都合よく無意識に記憶を改ざんしたってこと?
『遅れてやって来た騎士には何の価値もない』
『それでも私は貴方を恩人と呼び、特別な人と呼ぶでしょう。その度に思い出しなさい。貴方は遅れてやって来た無能な騎士だということを』
最悪だ!こんな言葉を助けてくれたヴォルフラムに言ったなんて!
俺にはヴォルフラムの胸に抱かれ、泣きじゃくっていた記憶しかない。
でも、気鬱に陥った俺なら優しいヴォルフラムに八つ当たりした可能性はある。記憶にないけど俺は悪役令息だから‥‥確実にやってると思う。
とにかく、ヴォルフラムに謝らないと!!
「ヴォルフラム様、私は……」
「お待ち下さい、マテウス卿」
「え?」
俺の言葉を制したのはヴォルフラムだった。彼は俺を見つめて話を続ける。
「私はマテウス卿の言葉に強い衝撃を受けました。私はそれ以来、貴方のことばかり考えるようになりました。『遅れてやって来た騎士』は、マテウス卿に必要とされる『本物の騎士』になりたかったのです。」
「あの、その‥‥。」
「ですが、マテウス卿は学園を退学され、シュナーベル家の領地に帰ってしまわれた。それでも、私は諦めきれなかった。貴方に向けて何通も手紙を送りました。もうそれは、恋文に近いものでした。」
「恋文!?」
「はい、恋文です。ですが返信は一度もなく、音信不通の状態に不安が募り‥‥絶望した貴方が死を選ぶ不吉な夢まで見ました。繰り返す悪夢に矢も盾もたまらず、私は貴方の現状を知るために、馬に乗りシュナーベル家の領地に向かったのです。」
俺はヴォルフラムの言葉に驚いて応じる。
「シュナーベル家の領地にお越し下さったのですか?」
ヴォルフラムは頷き言葉を続ける。
「行きました。シュナーベル家の領地は美しい森と穏やかな川が流れとても美しかった。そのシュナーベル家の領地で、私は貴方をすぐに見つけました。ですが、声は掛けられなかった。」
「なぜですか?」
「馬に乗ったマテウス卿がシュナーベルの領地を駆けていらっしゃったからです。その姿こそ貴方の真実の姿だと分かりました。マテウス卿の姿はシュナーベルの自然に溶け込みとても美しかった。私は貴方のその姿に心を奪われたのです。」
「ヴォルフラム様」
「‥‥そして、私は確信しました。私はマテウス卿に恋心を抱いていると。そして、誰かに奪われる前に貴方を妻とせねば、私は一生涯後悔すると思ったのです。」
「え、ええ!?」
「私はその日の内に、ヘクトール様に会い『マテウス卿を正妻として迎えたい』と申し出ました。そして、斬られました」
「はい?」
「ヘクトール様に斬られて失意のまま王都に戻りました。傷が深く治療が必要でしたので‥‥。」
「あ、兄上に斬られ‥‥‥えぇ!?」
ヴォルフラムからの手紙は、ヘクトール兄上により握り潰されていたのか‥‥。
しかも、ディートリッヒ家のヴォルフラムを斬るなんて‥‥ヘクトール兄上は何て無茶をしてるんだ!?
「ですが、それで良かったのです」
「え?」
ヴォルフラムは俯き言葉を漏らす。
「私は学園を卒業して、王城勤めを始めました。そして、私の出自が王弟殿下の子種だと明らかになり‥‥陛下は私が孕み子と交わることを禁じました。」
「あっ‥‥。」
「もしも、孕み子のマテウス卿を正妻に迎えていたなら、貴方に辛い想いをされたはずです。貴方を妻に迎えなくて良かった‥‥本当に。」
「……ヴォルフラム様」
ヴォルフラムは柔らかく微笑む。
なんて真っ直ぐな瞳なのだろう。多くの悩みを抱えながらも、ヴォルフラムは歪みなく真っ直ぐだ。
「一度芽生えた恋心と決別することは難しいものですね、マテウス卿。今の私には孕み子の貴方を正妻に求める資格はありません。それでも、私は貴方にとって価値ある者でありたいのです。」
「価値ある者‥‥。」
「王城で再会を果たした貴方に、『恩人』で『特別な人』だと何度も呼ばれ‥‥その度に私の心は軋みました。ですが、今日初めて‥‥貴方は私のことを『初恋の相手』と言った。」
「……っ」
「マテウス卿、お聞きしても宜しいですか?今の私は『遅れてやって来た騎士』から、卒業できましたか?マテウス卿、私は貴方にとって『無能な騎士』から『価値ある騎士』になれましたか?」
「ヴォルフラム様、私は……」
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