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第三章
3-23 『初恋の相手』
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◆◆◆◆◆◆
「私が貴方の『初恋の相手』というのは本当ですか、マテウス卿?」
ヴォルフラムが真面目な口調で尋ねてきた。思わず彼を見つめ返しながら返事をする。
「あれ、言っていませんでしたか?」
「マテウス卿は、私のことを『恩人』や『特別な人』と表現することが多いです。でも、『初恋の相手』と言ったのは今回が初めてです」
「そう言われると、そうかもしれません。でも、今は過ぎ去った初恋の話をするよりも、ヴェルンハルト殿下の件について話し合いたいです。その方が、ヴォルフラム様にとっても有意義な時間の使い方でしょう?」
「いいえ。今の私にとっては、殿下の件を話し合うよりも、マテウス卿のお気持ちを知ることの方が重要です。長年の心の引っ掛かりを解消する機会を逃したくないのです」
ヴォルフラム様は殿下の件を話し合うのも嫌らしい。まあ、ヴェルンハルト殿下があの性格だと嫌気もさすよね。
ヴェルンハルト殿下は、小説の筋書き通りに殺されるかもしれない。
でも、ヴォルフラムが真面目過ぎる点も問題だよね。ヴェルンハルト殿下が国王に相応しくないなら、傀儡の王として操るくらいの気概をヴォルフラムには見せてほしい。
それなら、ヴォルフラムも殿下を殺害しなくて済むし罪にも問われない。ヴォルフラムには危ない橋を渡ってほしくない。
それに、ヴェルンハルト殿下は今でもカールのことを大切に思っている。カールを大切に思っている人を殺すことは‥‥カールを二度殺すようで嫌だな。
「マテウス卿?」
「あ、ごめんなさい。えっと…」
気持ち悪くない程度にもじもじしつつ俯いた。そして、ヴォルフラムの言葉に応じる。
「ヴォルフラム様、過去の恋心を‥‥実らなかった初恋を語るのは恥ずかしいです。でも、ヴォルフラム様は私の恩人。ですから、断ることはしません。私に何を語らせたいのか教えてください」
ヴォルフラムは苦悩の表情で言葉を発した。
「私はマテウス卿に『恩人』と呼ばれる度に、心に重い石がのしかかるように感じていました。マテウス卿にとって、私は今だに『遅れてやって来た騎士』なのでしょうか?」
『遅れてやって来た騎士』とは何のことだろう?
よく分からないので、ヴォルフラムに話の続きを促すことにした。
「話を続けてください、ヴォルフラム様」
俺がそう言うと、ヴォルフラムは躊躇いながらも話を進める。
「マテウス卿、貴方は学園時代に無礼な態度を取った下位貴族に対し‥‥体罰を加えていましたね。」
「‥‥っ!」
「貴方が罰した下位貴族の中に、私の従者も含まれていました。」
今世の俺は悪役令息で、下位貴族を虐めてた過去がある。
気鬱の状態で学園生活を送っていた俺は、無礼な態度を取った下位貴族を木の枝を鞭代わりにして叩いて鬱憤を晴らしてた。
その中にヴォルフラムの従者がいたなんて‥‥。
俺はヴェルンハルト殿下と似ている。弱い立場の人間を苛めて鬱憤を晴らしていたのだから。
しかも、上位貴族や友好的な人物には一度も木の枝を振るったことはない。
俺は姑息な悪役令息だった。
でも‥‥。
「今は反省しています」
「今の私ならば当時のマテウス卿の精神状態が理解できます。学園時代の貴方は気鬱に罹り、激しい感情の波に晒されていた。そうですよね?」
「‥‥そうです、ヴォルフラム様」
「でも、当時の私は貴方の置かれた境遇も考えず‥‥軽蔑していました」
ヴォルフラムの発した『軽蔑』の言葉に、俺は激しく動揺した。それでも、なんとか言葉を探し返事をする。
「‥‥‥っ、軽蔑‥‥。そう思われて当然です。間違いなく‥‥私は軽蔑に値する行為をしていました。」
俺がそう応じると、ヴォルフラムは真っ直ぐに視線を向けて口を開いた。
「マテウス卿が学園で暴漢に襲われた時に、私はタイミングよく現れて貴方を助けました。そのことを不審に思ったことはありませんか?」
俺は目を見開いて尋ね返す。
「ヘクトール兄上は、当初ヴォルフラム様が首謀者ではないかと疑っていました。まさか、兄上の疑いが正しかったのですか?」
ヴォルフラムは僅かに首を振り否定した。その反応に、俺は深い安堵の息を吐き出す。
「首謀者ではありません。でも、私の従者はヘンドリク=マーシャルから、事件の当日に共にマテウス卿を襲わないかと誘われていました。」
「えっ!?」
「従者はその誘いを断り、私にヘンドリクの件を報告しました。私はその情報を得て‥‥正直なところ面倒な事になったと思いました。」
「‥‥面倒な事ですか?」
「申し訳ない、マテウス卿」
「いえ‥‥どうぞ話の続きを」
俺が話の続きを促すと、ヴォルフラムは頷き口を開く。
「‥‥ディートリッヒ家は侯爵位ではありますが、領地運営がうまくいかず貧しい時期がありました。その折には下位貴族から借入もしており、その中にはヘンドリク=マーシャルの生家も含まれていました。」
ディートリッヒ家は名誉ある家柄だけど、その領地は肥沃ではない。でも、借入までしていたとは‥‥。
「ヴォルフラム様、貴方はそれでも助けに来てくれました。そして、私は救われたのです。やはり貴方は私の恩人です」
俺がそう伝えると、ヴォルフラムは苦しそうに首を左右に振った。俺はその様子を見て首を傾げて、ヴォルフラムに声を掛ける。
「ヴォルフラム様?」
「マテウス卿は私を信頼し過ぎです。その時の私は‥‥貴方が少しぐらい殴られても自業自得だと思っていました。」
「‥‥‥っ」
「私が校舎に向かったのは、集団で人を襲う行為を罰したいと思ったからです。マテウス卿を救うことは、事のついでと考えていました」
「そうですか」
なんだか泣きたくなってきた。
でも、泣いてしまってはヴォルフラムは心の内を全て吐き出せなくなる。
俺はきつく唇を噛みしめた。
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「私が貴方の『初恋の相手』というのは本当ですか、マテウス卿?」
ヴォルフラムが真面目な口調で尋ねてきた。思わず彼を見つめ返しながら返事をする。
「あれ、言っていませんでしたか?」
「マテウス卿は、私のことを『恩人』や『特別な人』と表現することが多いです。でも、『初恋の相手』と言ったのは今回が初めてです」
「そう言われると、そうかもしれません。でも、今は過ぎ去った初恋の話をするよりも、ヴェルンハルト殿下の件について話し合いたいです。その方が、ヴォルフラム様にとっても有意義な時間の使い方でしょう?」
「いいえ。今の私にとっては、殿下の件を話し合うよりも、マテウス卿のお気持ちを知ることの方が重要です。長年の心の引っ掛かりを解消する機会を逃したくないのです」
ヴォルフラム様は殿下の件を話し合うのも嫌らしい。まあ、ヴェルンハルト殿下があの性格だと嫌気もさすよね。
ヴェルンハルト殿下は、小説の筋書き通りに殺されるかもしれない。
でも、ヴォルフラムが真面目過ぎる点も問題だよね。ヴェルンハルト殿下が国王に相応しくないなら、傀儡の王として操るくらいの気概をヴォルフラムには見せてほしい。
それなら、ヴォルフラムも殿下を殺害しなくて済むし罪にも問われない。ヴォルフラムには危ない橋を渡ってほしくない。
それに、ヴェルンハルト殿下は今でもカールのことを大切に思っている。カールを大切に思っている人を殺すことは‥‥カールを二度殺すようで嫌だな。
「マテウス卿?」
「あ、ごめんなさい。えっと…」
気持ち悪くない程度にもじもじしつつ俯いた。そして、ヴォルフラムの言葉に応じる。
「ヴォルフラム様、過去の恋心を‥‥実らなかった初恋を語るのは恥ずかしいです。でも、ヴォルフラム様は私の恩人。ですから、断ることはしません。私に何を語らせたいのか教えてください」
ヴォルフラムは苦悩の表情で言葉を発した。
「私はマテウス卿に『恩人』と呼ばれる度に、心に重い石がのしかかるように感じていました。マテウス卿にとって、私は今だに『遅れてやって来た騎士』なのでしょうか?」
『遅れてやって来た騎士』とは何のことだろう?
よく分からないので、ヴォルフラムに話の続きを促すことにした。
「話を続けてください、ヴォルフラム様」
俺がそう言うと、ヴォルフラムは躊躇いながらも話を進める。
「マテウス卿、貴方は学園時代に無礼な態度を取った下位貴族に対し‥‥体罰を加えていましたね。」
「‥‥っ!」
「貴方が罰した下位貴族の中に、私の従者も含まれていました。」
今世の俺は悪役令息で、下位貴族を虐めてた過去がある。
気鬱の状態で学園生活を送っていた俺は、無礼な態度を取った下位貴族を木の枝を鞭代わりにして叩いて鬱憤を晴らしてた。
その中にヴォルフラムの従者がいたなんて‥‥。
俺はヴェルンハルト殿下と似ている。弱い立場の人間を苛めて鬱憤を晴らしていたのだから。
しかも、上位貴族や友好的な人物には一度も木の枝を振るったことはない。
俺は姑息な悪役令息だった。
でも‥‥。
「今は反省しています」
「今の私ならば当時のマテウス卿の精神状態が理解できます。学園時代の貴方は気鬱に罹り、激しい感情の波に晒されていた。そうですよね?」
「‥‥そうです、ヴォルフラム様」
「でも、当時の私は貴方の置かれた境遇も考えず‥‥軽蔑していました」
ヴォルフラムの発した『軽蔑』の言葉に、俺は激しく動揺した。それでも、なんとか言葉を探し返事をする。
「‥‥‥っ、軽蔑‥‥。そう思われて当然です。間違いなく‥‥私は軽蔑に値する行為をしていました。」
俺がそう応じると、ヴォルフラムは真っ直ぐに視線を向けて口を開いた。
「マテウス卿が学園で暴漢に襲われた時に、私はタイミングよく現れて貴方を助けました。そのことを不審に思ったことはありませんか?」
俺は目を見開いて尋ね返す。
「ヘクトール兄上は、当初ヴォルフラム様が首謀者ではないかと疑っていました。まさか、兄上の疑いが正しかったのですか?」
ヴォルフラムは僅かに首を振り否定した。その反応に、俺は深い安堵の息を吐き出す。
「首謀者ではありません。でも、私の従者はヘンドリク=マーシャルから、事件の当日に共にマテウス卿を襲わないかと誘われていました。」
「えっ!?」
「従者はその誘いを断り、私にヘンドリクの件を報告しました。私はその情報を得て‥‥正直なところ面倒な事になったと思いました。」
「‥‥面倒な事ですか?」
「申し訳ない、マテウス卿」
「いえ‥‥どうぞ話の続きを」
俺が話の続きを促すと、ヴォルフラムは頷き口を開く。
「‥‥ディートリッヒ家は侯爵位ではありますが、領地運営がうまくいかず貧しい時期がありました。その折には下位貴族から借入もしており、その中にはヘンドリク=マーシャルの生家も含まれていました。」
ディートリッヒ家は名誉ある家柄だけど、その領地は肥沃ではない。でも、借入までしていたとは‥‥。
「ヴォルフラム様、貴方はそれでも助けに来てくれました。そして、私は救われたのです。やはり貴方は私の恩人です」
俺がそう伝えると、ヴォルフラムは苦しそうに首を左右に振った。俺はその様子を見て首を傾げて、ヴォルフラムに声を掛ける。
「ヴォルフラム様?」
「マテウス卿は私を信頼し過ぎです。その時の私は‥‥貴方が少しぐらい殴られても自業自得だと思っていました。」
「‥‥‥っ」
「私が校舎に向かったのは、集団で人を襲う行為を罰したいと思ったからです。マテウス卿を救うことは、事のついでと考えていました」
「そうですか」
なんだか泣きたくなってきた。
でも、泣いてしまってはヴォルフラムは心の内を全て吐き出せなくなる。
俺はきつく唇を噛みしめた。
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