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第三章
3-18 カールとの蜜月の日々
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◆◆◆◆◆◆
ファビアン殿下の姿にカールの幻が重なり、俺はゆっくりと目を閉じた。
◇◇◇◇
ファビアン殿下の様に、俺には言葉が出なくなった時期がある。産みの親のグンナーが亡くなる姿を目の当たりにして、俺は言葉を失った。
俺とカールの産みの親のグンナーは、三人目の子を孕んでいた。でも、子宮がその負担に耐えられず裂けて大量出血を起こす。
グンナーが倒れた時、俺とカールしかその場にいなかった。苦しむグンナーを前にして、俺は何も出来ずに狼狽するだけ。そんな俺に代わって、カールは一人部屋を出て大人を呼びに行った。
部屋に一人残った俺は、グンナーの死に衝撃を受けて話せなくなった。
その後、シュナーベル家の人達に支えられて、俺は言葉は取り戻す。特にカールは熱心に俺を支えてくれた。
カールは俺を残して部屋を出たことを酷く後悔して、それ以後は俺を一人にしない様に気を配ってくれた。
ヘクトール兄上の配慮で、俺とカールは生まれて初めて同室で過ごす事になる。その日の事はよく覚えていて、俺はカールと手を繋ぎベッドで眠った。
言葉の出ない苛立ちに、俺は何度も癇癪を起こし泣き喚いていた。その度にカールは俺を優しく抱き締めて、拙い会話に付き合ってくれる。
カールに流れる血脈と俺に流れる血脈が鼓動となり交ざり合う‥‥そんな不思議な感覚を何度も覚えた。
額を合わせて目を瞑り毎夜眠りにつく日々。俺とカールは生涯で最も蜜月と呼ぶに相応しい時を過ごした。
でも、カールは別れも告げずにある日突然消えてしまう。
ヘクトール兄上が「カールは父上のいる別邸に移った」と言ったので、俺はカールの元に行きたいと泣きながら兄上に訴えた。だけど、ヘクトール兄上は俺の望みを叶えてくれない。
『カールと一緒にいたい』そう言いたいのに言葉が出てこない。言葉を理解してくれない事に苛立ち、ヘクトール兄上の胸を叩いて責め立てた。
『どうして言葉がわからないの?』『カールなら分かってくれる』
『カールがいい』
『別邸に行きたい』
何度も何度も伝えようとしたけど、やっぱり言葉にならなくて俺は泣いた。声が枯れるまで泣いて、それでもカールがいない世界を受け入れられなくて‥‥食欲もなくなり、ぼんやりして。
ぼんやりして‥‥それから。
誰かの声が聞こえて。
カールの声だと思った。
小さな、小さな、カールの声。
その声に耳を傾ける内に、声を発する必要を感じない‥‥そんな世界があったような‥‥?
記憶が曖昧だ。
でも、必死に呼びかけるヘクトール兄上の声は覚えてる。
「マテウス」
ヘクトール兄上は何度も名を呼び俺を抱き上げると、花が咲き誇る庭園に連れ出してくれた。今でもあの庭園の花々の美しさは目に焼き付いている。
◇◇◇◇
「マテウ、ス、だっ、だ、こ」
ファビアン殿下の姿に、カールの幻を重ねたりはしない。
そう自分に誓いながら恐る恐る目を開く。ファビアン殿下が俺に笑い掛けていた。カールじゃない。俺は安堵しつつ、慌てて殿下に応じた。
「だ、こ?‥‥‥抱っこですね、ファビアン殿下!私に殿下を抱っこさせて下さい。マテウスが力持ちである事を殿下にお示しします。マテウスは『高い、高い』もできますよ!」
俺は意気込んで、ヴォルフラムに両手を広げて殿下を抱かせてと要求した。だが、そんな俺をヴォルフラムは制する。何気にショックだ。
「ヴォルフラム様?」
「ファビアン殿下、マテウス卿は少し疲れておいでです。マテウス卿の体に負担が掛からぬよう、私の抱っこでお許しください、殿下。」
「だー、やー、マ、テウス、い、」
「私は平気です、ヴォルフラム様」
「マテウス卿、申し訳ないのですが‥‥今の貴方に殿下を託すのは‥‥」
「ヴォルフラム様。殿下を独り占めするのはずるいです!」
俺が抱っこを更に要求すると、ヴォルフラムが困った表情を浮かべる。不服に思ってつい頬を膨らませると、アルミンが不意に笑って俺の顔を覗き込んできた。
「なによ、アルミン?」
俺が首を傾げると、アルミンが意地悪な笑みを浮かべて言葉を発する。
「マテウス様はご自分の状態が全然分かっていないようですね?万全でないマテウス様に殿下を抱かせて、ファビアン殿下を地面に落っことしたとします。」
「え!?」
「そうなれば、この場の全員が罰せられます。俺は罰せられるのは絶対に御免です!故に、マテウス様は抱っこ禁止。俺がマテウスを抱っこしたいくらいだ!」
「なぜアルミンが私を抱っこするのよ!私は殿下を抱っこしたいの!」
アルミンの言葉に反論するが、彼はあっさり俺を無視してファビアン殿下に話しかける。
「ファビアン殿下、マテウス様は疲れておいでです。なので、俺が彼を抱っこします。抱っこされたマテウス様と共に庭園を散策しましょう、殿下。きっと楽しいですよ!」
「は?」
「だこ、たーの、マテウ、ス。いーしょー」
「殿下の命に従います!」
「ひゃあ!」
アルミンがいきなり俺を抱き上げた。俺は驚いてアルミンに抱きつき、悲鳴まで上げてしまう。
「ちょっと、ひゃあ!」
恥ずかしい!足が地面に着かないので、アルミンに抱きつくしかない。ヴォルフラム様にこんな姿を晒すなんて‥‥最悪だ。
アルミンのバカ!
「んっ‥‥んっ‥‥スン」
アルミンはバカだけど、彼の首筋から香る癒しの薫りは好き。これはアルミンの体臭だろうけど、我慢できずに彼のの肩口に顔を埋めた。
「マテウス、眠いのか?」
「アルミンに癒されてるの」
「そうかよ。じゃ、このまま散策するぞ?」
「お願いします、アルミン」
アルミンが俺を抱き直して、ヴォルフラムに抱かれたファビアン殿下と視線が合うようにしてくれた。
「マ、テウス、いーしよー」
「ファビアン殿下、一緒に散策しましょう。抱っこされるのも悪くないですね。とても樂しいです!」
「マテウ、ス、だー、こ、すき!」
「ファビアン殿下。私が元気になったら、殿下を抱っこさせて下さい。勿論、ヴォルフラム様から許可がおりたらですけど?」
俺がヴォルフラムに視線を向けると、彼は苦笑いを浮かべながら頷く。
「分かりました、マテウス卿」
「ヴォルフラム様、ありがとうございます!」
「マテウ‥‥ス、だーこ、いっしよ」
「一緒に散策!一緒に抱っこ!」
「だーこ、いっし、マテ、ウス!」
俺とファビアン殿下は抱き上げられた状態で会話を楽しむ。庭園の小路を歩いていくと、洋風の東屋であるガゼボがあった。
可愛らしい装飾のガゼボに、俺はテンションが上がってしまった。
◆◆◆◆◆◆
ファビアン殿下の姿にカールの幻が重なり、俺はゆっくりと目を閉じた。
◇◇◇◇
ファビアン殿下の様に、俺には言葉が出なくなった時期がある。産みの親のグンナーが亡くなる姿を目の当たりにして、俺は言葉を失った。
俺とカールの産みの親のグンナーは、三人目の子を孕んでいた。でも、子宮がその負担に耐えられず裂けて大量出血を起こす。
グンナーが倒れた時、俺とカールしかその場にいなかった。苦しむグンナーを前にして、俺は何も出来ずに狼狽するだけ。そんな俺に代わって、カールは一人部屋を出て大人を呼びに行った。
部屋に一人残った俺は、グンナーの死に衝撃を受けて話せなくなった。
その後、シュナーベル家の人達に支えられて、俺は言葉は取り戻す。特にカールは熱心に俺を支えてくれた。
カールは俺を残して部屋を出たことを酷く後悔して、それ以後は俺を一人にしない様に気を配ってくれた。
ヘクトール兄上の配慮で、俺とカールは生まれて初めて同室で過ごす事になる。その日の事はよく覚えていて、俺はカールと手を繋ぎベッドで眠った。
言葉の出ない苛立ちに、俺は何度も癇癪を起こし泣き喚いていた。その度にカールは俺を優しく抱き締めて、拙い会話に付き合ってくれる。
カールに流れる血脈と俺に流れる血脈が鼓動となり交ざり合う‥‥そんな不思議な感覚を何度も覚えた。
額を合わせて目を瞑り毎夜眠りにつく日々。俺とカールは生涯で最も蜜月と呼ぶに相応しい時を過ごした。
でも、カールは別れも告げずにある日突然消えてしまう。
ヘクトール兄上が「カールは父上のいる別邸に移った」と言ったので、俺はカールの元に行きたいと泣きながら兄上に訴えた。だけど、ヘクトール兄上は俺の望みを叶えてくれない。
『カールと一緒にいたい』そう言いたいのに言葉が出てこない。言葉を理解してくれない事に苛立ち、ヘクトール兄上の胸を叩いて責め立てた。
『どうして言葉がわからないの?』『カールなら分かってくれる』
『カールがいい』
『別邸に行きたい』
何度も何度も伝えようとしたけど、やっぱり言葉にならなくて俺は泣いた。声が枯れるまで泣いて、それでもカールがいない世界を受け入れられなくて‥‥食欲もなくなり、ぼんやりして。
ぼんやりして‥‥それから。
誰かの声が聞こえて。
カールの声だと思った。
小さな、小さな、カールの声。
その声に耳を傾ける内に、声を発する必要を感じない‥‥そんな世界があったような‥‥?
記憶が曖昧だ。
でも、必死に呼びかけるヘクトール兄上の声は覚えてる。
「マテウス」
ヘクトール兄上は何度も名を呼び俺を抱き上げると、花が咲き誇る庭園に連れ出してくれた。今でもあの庭園の花々の美しさは目に焼き付いている。
◇◇◇◇
「マテウ、ス、だっ、だ、こ」
ファビアン殿下の姿に、カールの幻を重ねたりはしない。
そう自分に誓いながら恐る恐る目を開く。ファビアン殿下が俺に笑い掛けていた。カールじゃない。俺は安堵しつつ、慌てて殿下に応じた。
「だ、こ?‥‥‥抱っこですね、ファビアン殿下!私に殿下を抱っこさせて下さい。マテウスが力持ちである事を殿下にお示しします。マテウスは『高い、高い』もできますよ!」
俺は意気込んで、ヴォルフラムに両手を広げて殿下を抱かせてと要求した。だが、そんな俺をヴォルフラムは制する。何気にショックだ。
「ヴォルフラム様?」
「ファビアン殿下、マテウス卿は少し疲れておいでです。マテウス卿の体に負担が掛からぬよう、私の抱っこでお許しください、殿下。」
「だー、やー、マ、テウス、い、」
「私は平気です、ヴォルフラム様」
「マテウス卿、申し訳ないのですが‥‥今の貴方に殿下を託すのは‥‥」
「ヴォルフラム様。殿下を独り占めするのはずるいです!」
俺が抱っこを更に要求すると、ヴォルフラムが困った表情を浮かべる。不服に思ってつい頬を膨らませると、アルミンが不意に笑って俺の顔を覗き込んできた。
「なによ、アルミン?」
俺が首を傾げると、アルミンが意地悪な笑みを浮かべて言葉を発する。
「マテウス様はご自分の状態が全然分かっていないようですね?万全でないマテウス様に殿下を抱かせて、ファビアン殿下を地面に落っことしたとします。」
「え!?」
「そうなれば、この場の全員が罰せられます。俺は罰せられるのは絶対に御免です!故に、マテウス様は抱っこ禁止。俺がマテウスを抱っこしたいくらいだ!」
「なぜアルミンが私を抱っこするのよ!私は殿下を抱っこしたいの!」
アルミンの言葉に反論するが、彼はあっさり俺を無視してファビアン殿下に話しかける。
「ファビアン殿下、マテウス様は疲れておいでです。なので、俺が彼を抱っこします。抱っこされたマテウス様と共に庭園を散策しましょう、殿下。きっと楽しいですよ!」
「は?」
「だこ、たーの、マテウ、ス。いーしょー」
「殿下の命に従います!」
「ひゃあ!」
アルミンがいきなり俺を抱き上げた。俺は驚いてアルミンに抱きつき、悲鳴まで上げてしまう。
「ちょっと、ひゃあ!」
恥ずかしい!足が地面に着かないので、アルミンに抱きつくしかない。ヴォルフラム様にこんな姿を晒すなんて‥‥最悪だ。
アルミンのバカ!
「んっ‥‥んっ‥‥スン」
アルミンはバカだけど、彼の首筋から香る癒しの薫りは好き。これはアルミンの体臭だろうけど、我慢できずに彼のの肩口に顔を埋めた。
「マテウス、眠いのか?」
「アルミンに癒されてるの」
「そうかよ。じゃ、このまま散策するぞ?」
「お願いします、アルミン」
アルミンが俺を抱き直して、ヴォルフラムに抱かれたファビアン殿下と視線が合うようにしてくれた。
「マ、テウス、いーしよー」
「ファビアン殿下、一緒に散策しましょう。抱っこされるのも悪くないですね。とても樂しいです!」
「マテウ、ス、だー、こ、すき!」
「ファビアン殿下。私が元気になったら、殿下を抱っこさせて下さい。勿論、ヴォルフラム様から許可がおりたらですけど?」
俺がヴォルフラムに視線を向けると、彼は苦笑いを浮かべながら頷く。
「分かりました、マテウス卿」
「ヴォルフラム様、ありがとうございます!」
「マテウ‥‥ス、だーこ、いっしよ」
「一緒に散策!一緒に抱っこ!」
「だーこ、いっし、マテ、ウス!」
俺とファビアン殿下は抱き上げられた状態で会話を楽しむ。庭園の小路を歩いていくと、洋風の東屋であるガゼボがあった。
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