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第三章

3-13 失声症

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ヴェルンハルト殿下は抱いた我が子に視線を移すと、吐き捨てる様に言葉を放った。

「後宮から連れ出し王城に住まわせる事にしたのは、虐待する産みの親から引き離す為だ。ファビアンは虐待の影響で幼子の様な片言しか話せなくなってしまった。おそらく失声症だろう。」

「そうでしたか‥‥。」

執務室で怒号が飛び交っても、ファビアン殿下は黙っていた。床に落ちた時でさえ殿下は悲鳴をあげていない。

「それに後宮内の医者に失声症の治療をさせれば、ファビアンの弱味が後宮内に広まる可能性が高いしな」

後宮内の事情に疎い俺はただ頷くだけに留める。後宮内にはファビアン殿下の弱みを掴み、その地位を揺るがしたい人間がいるってことか‥‥。

「シュナーベル家次期当主のヘクトールは、精神医療にも精通しているらしいな?ファビアンの話し相手としてマテウスを遇すれば、ヘクトールの協力が得られると期待した面もある。」

「確かに兄は精神医療にも精通しております。」

ヴェルンハルト殿下は頷くと、目を細めて俺を見つめた。そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「マテウスは鬱陶しいくらいにお喋りだから、ファビアンへのよい刺激になると思ったのだがな。」

ヴェルンハルト殿下の言葉に胸が苦しくなる。

「殿下はすでに‥‥ファビアン殿下の話し相手の候補から私を除外されたのですね?」

「赤茶色に髪を染めたファビアンを見て、俺は確かに動揺した。昔のカールを彷彿とさせたからだ。だが、お前はファビアンの姿にカールの幻を見た。お前は心を病んでいる。」

「‥‥そうかもしれません。」

「我が子の話し相手にはファビアン自身を見て欲しい。そう望む事は親として当然だとは思わないか、マテウス?」

「私もそう思います。殿下の判断は正しいです。私を候補から外して下さい、ヴェルンハルト殿下」

俺はヴェルンハルト殿下からファビアン殿下に視線を移した。口を閉ざしたファビアン殿下を見て心がギュッと痛む。

産みの親のグンナーを目の前で亡くし、俺は失声症になった。だから、声を出せない苦しさが分かる。


三人目の子を孕んでいたグンナーが腹部の痛みを訴えた時、その場にいたのは俺とカールのみ。

グンナーが大人を呼ぶように叫ぶと、声に反応したカールが部屋を飛び出して行く。

でも、俺は恐ろしくて何も出来なかった。床に座り込んだ俺は、グンナーの生命が消えるのをただぼんやりと見ていただけ‥‥。

そして、気が付くと俺は言葉が出なくなっていた。ファビアン殿下は大人しいけど、俺は癇癪ばかり起こしていたっけ。癇癪を起こせばすぐに駆けつけてくれる人がいたから‥‥。

ファビアン殿下は癇癪を起こしても駆けつけてくれる人がいなかったのかもしれない。

もしもそうなら、言葉を失った俺に寄り添ってくれたカールや兄上の様に‥‥俺もファビアン殿下に寄り添いたい。

それに、ファビアン殿下の産みの親を虐めたアルトゥールの事も気になる。

『「永遠の妃候補」のアルトゥールは心を病み、ファビアン殿下に危害を加える』

小説にはそう記述されていた。たぶんこの世界でも起こると思う。

でも、時期がはっきりとしない。

アルトゥールはまだ誰からも『永遠の妃候補』と呼ばれてはいない。ファビアン殿下に危害が加えられるのは、アルトゥールが『永遠の妃候補』と呼ばれて以降の筈だ。

とはいえ、アルトゥールが既に気鬱に罹っている以上、いつファビアン殿下に危害を加えてもおかしくない。

なのに‥‥俺は自らの弱い心の為に、ファビアン殿下と関わる機会を失ってしまった。



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