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第三章
3-12 孕み子は信用できない
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◆◆◆◆◆
ヴェルンハルト殿下とヴォルフラムの対立は激しく、俺は狼狽え立ち尽くしていた。
でも、ヴェルンハルト殿下に抱かれたファビアン殿下を見て、ようやく冷静さを取り戻す。
俺はカールの幻を通してファビアン殿下を見ていた。
それはとても失礼な事で‥‥もしも許されるなら、本当のファビアン殿下と目を合わせて挨拶したい。
「‥‥‥‥?」
ファビアン殿下を見つめていて、ある違和感に気がついた。大人の怒鳴り合いが長く続いているのに、幼いファビアン殿下は泣かずに口を閉ざしている。
「もしかして‥‥‥、」
ファビアン殿下は自分自身が怒鳴られていると感じて、萎縮しているのかもしれない。とにかく、ファビアン殿下をこの状況下に長く晒すのはまずい。
冷静さを取り戻した俺は、ヴェルンハルト殿下とヴォルフラムの会話に割り込む機会を伺うことにした。
◇◇◇◇
「まったく‥‥兄弟揃って使えない。お前の弟のアルトゥールはマテウスより性悪の上に、閨でもまるで可愛げがない。あれに比べれば、マテウスとの閨の方がずっと良かった。」
ヴェルンハルト殿下の会話に俺の名前がでた。殿下との閨の事は忘れたいが、会話に加わる良い機会かもしれない。
「生家のディートリッヒ家に配慮して、アルトゥールには他の妃候補より閨の機会を多く与えている。だが、アレは全く孕む気配がない‥‥。アルトゥールには不具合があるのではないのか?無能な妃候補を押し付けるとは、俺も舐められたものだ。」
「‥‥‥‥っ、」
ヴェルンハルト殿下の酷い言い種にヴォルフラムが言葉を失う。落ちた沈黙を拾うように、俺は慎重に殿下に話し掛けた。
「ヴェルンハルト殿下、少しよろしいでしょう?」
「‥‥なんだ、マテウス?」
俺はゆっくりと息を吐き出すと、殿下と目を合わせて言葉を紡ぐ。
「アルトゥール様は気鬱の病に罹っておられる可能性があり、子を急かす言動は気鬱に拍車をかけます。妃候補の前では、先程の様な発言は控えて頂けますでしょうか?」
俺の発言に殿下は怒る事なく、じろじろと顔を見てきた。そして、ニヤリと笑って言葉を発する。
「冷静な指摘をするお前には苛立つが嫌いではない。むしろ好ましい。」
「えっ?」
「親友としてだ。勘違いするな。」
「はぃ‥‥。」
殿下が俺の事を『好ましい』と言った事が意外で、生返事になってしまった。ヴェルンハルト殿下はそれを気にする事なく話を続ける。
「だが、やはり孕み子は信用できない。ファビアンの産みの親がよい例だ。アルトゥールに虐められたからといって、自分の子を虐待したアレに同情はできない。」
「ファビアン殿下が産みの親に‥‥。」
「ファビアンの金髪を妙な薬で毛染めしたのも、産みの親のフベルトゥスだ。フォルカー教では髪を染める行為は罪に問われる。その事は知っているな、マテウス?」
「はい、承知しております。」
「フベルトゥスは我が子が異端審問に掛けられ兼ねない行いをした。狂っているとしか思えない。」
俺は思わずファビアン殿下を見た。
「ファビアン殿下は辛い経験をされたのですね。殿下はお住まいを後宮から王城に移動されるのですか?」
ヴェルンハルト殿下が俺を見て目を細める。そして、にやりと意地の悪い笑みを見せた。
「ようやくまともになってきたな、マテウス。混乱中の発言は覚えているか?『死者は甦る』とお前が口にした時には、狂ってしまったのかと思ったぞ。」
「申し訳ございません、殿下」
「だが、お前は他の孕み子とは少し異なるようだ。お前は孕み子特有の混乱を起こしても、冷静さを取り戻す努力を己に課している。その点については評価している。」
「‥‥‥恐れ入ります。」
子供を抱いたまま人を殴ろうとした殿下の方が、よほど混乱しているように思えたが‥‥皮肉は控えよう。
ヴォルフラムは俺と殿下のやり取りを静かに見守ってくれている。
◆◆◆◆◆
ヴェルンハルト殿下とヴォルフラムの対立は激しく、俺は狼狽え立ち尽くしていた。
でも、ヴェルンハルト殿下に抱かれたファビアン殿下を見て、ようやく冷静さを取り戻す。
俺はカールの幻を通してファビアン殿下を見ていた。
それはとても失礼な事で‥‥もしも許されるなら、本当のファビアン殿下と目を合わせて挨拶したい。
「‥‥‥‥?」
ファビアン殿下を見つめていて、ある違和感に気がついた。大人の怒鳴り合いが長く続いているのに、幼いファビアン殿下は泣かずに口を閉ざしている。
「もしかして‥‥‥、」
ファビアン殿下は自分自身が怒鳴られていると感じて、萎縮しているのかもしれない。とにかく、ファビアン殿下をこの状況下に長く晒すのはまずい。
冷静さを取り戻した俺は、ヴェルンハルト殿下とヴォルフラムの会話に割り込む機会を伺うことにした。
◇◇◇◇
「まったく‥‥兄弟揃って使えない。お前の弟のアルトゥールはマテウスより性悪の上に、閨でもまるで可愛げがない。あれに比べれば、マテウスとの閨の方がずっと良かった。」
ヴェルンハルト殿下の会話に俺の名前がでた。殿下との閨の事は忘れたいが、会話に加わる良い機会かもしれない。
「生家のディートリッヒ家に配慮して、アルトゥールには他の妃候補より閨の機会を多く与えている。だが、アレは全く孕む気配がない‥‥。アルトゥールには不具合があるのではないのか?無能な妃候補を押し付けるとは、俺も舐められたものだ。」
「‥‥‥‥っ、」
ヴェルンハルト殿下の酷い言い種にヴォルフラムが言葉を失う。落ちた沈黙を拾うように、俺は慎重に殿下に話し掛けた。
「ヴェルンハルト殿下、少しよろしいでしょう?」
「‥‥なんだ、マテウス?」
俺はゆっくりと息を吐き出すと、殿下と目を合わせて言葉を紡ぐ。
「アルトゥール様は気鬱の病に罹っておられる可能性があり、子を急かす言動は気鬱に拍車をかけます。妃候補の前では、先程の様な発言は控えて頂けますでしょうか?」
俺の発言に殿下は怒る事なく、じろじろと顔を見てきた。そして、ニヤリと笑って言葉を発する。
「冷静な指摘をするお前には苛立つが嫌いではない。むしろ好ましい。」
「えっ?」
「親友としてだ。勘違いするな。」
「はぃ‥‥。」
殿下が俺の事を『好ましい』と言った事が意外で、生返事になってしまった。ヴェルンハルト殿下はそれを気にする事なく話を続ける。
「だが、やはり孕み子は信用できない。ファビアンの産みの親がよい例だ。アルトゥールに虐められたからといって、自分の子を虐待したアレに同情はできない。」
「ファビアン殿下が産みの親に‥‥。」
「ファビアンの金髪を妙な薬で毛染めしたのも、産みの親のフベルトゥスだ。フォルカー教では髪を染める行為は罪に問われる。その事は知っているな、マテウス?」
「はい、承知しております。」
「フベルトゥスは我が子が異端審問に掛けられ兼ねない行いをした。狂っているとしか思えない。」
俺は思わずファビアン殿下を見た。
「ファビアン殿下は辛い経験をされたのですね。殿下はお住まいを後宮から王城に移動されるのですか?」
ヴェルンハルト殿下が俺を見て目を細める。そして、にやりと意地の悪い笑みを見せた。
「ようやくまともになってきたな、マテウス。混乱中の発言は覚えているか?『死者は甦る』とお前が口にした時には、狂ってしまったのかと思ったぞ。」
「申し訳ございません、殿下」
「だが、お前は他の孕み子とは少し異なるようだ。お前は孕み子特有の混乱を起こしても、冷静さを取り戻す努力を己に課している。その点については評価している。」
「‥‥‥恐れ入ります。」
子供を抱いたまま人を殴ろうとした殿下の方が、よほど混乱しているように思えたが‥‥皮肉は控えよう。
ヴォルフラムは俺と殿下のやり取りを静かに見守ってくれている。
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