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第三章
3-11 王太子殿下の過去
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◆◆◆◆◆◆◆
「マテウス卿‥‥。」
床から抱き起こしてくれたのは、ヴォルフラムだった。体がガタガタと震えて止まらず、俺は彼に縋り付く。
「無様だな、マテウス。お前をファビアンの話し相手にするつもりだった。だが、やめた。やはり孕み子は信頼に値しない」
「殿下‥‥。」
「執務室を出ていけ。目障りだ!」
俺が殿下に怯えて後退りすると、ヴォルフラムが背に庇ってくれた。その行為に殿下がヴォルフラムを睨み付ける。でも、ヴォルフラムは語気強く話し出した。
「お待ち下さい、ヴェルンハルト殿下。マテウス卿が孕み子という理由だけで、信頼に値しないと判断されるのは早計です。」
「‥‥なぜそう言い切れてる?」
殿下が不機嫌に応じると、ヴォルフラムは間髪入れず答える。
「マテウス卿は床に落下するファビアン殿下を身を呈して守りました。ファビアン殿下が落下した瞬間、マテウス卿が誰よりも状況判断に優れていた事を示しています。」
「ヴォルフラムは随分とマテウスの肩を持つな?もしや‥‥禁を破って孕み子のマテウスと寝たのか、ヴォルフラム?」
ヴェルンハルト殿下はそう言ってヴォルフラムを誂う。彼はその言葉にも真面目に応じた。
「その様な事実はございません、殿下。マテウス卿にも失礼にあたります。ヴェルンハルト殿下、私は殿下の側近として進言します。」
「進言だと?」
「殿下の行動には多くの問題がありました。特にファビアン殿下を抱いたまま孕み子のマテウス卿を殴ろうとなさるなど、王太子殿下のなさることではありません!」
「‥‥黙れ。」
「黙りません。臣下に対して『愛』を持って接すると力説されたヴェルンハルト殿下は、もう何処かに行ってしまったのですか?」
「黙れ、ヴォルフラム!」
ヴェルンハルト殿下は怒りを顕にして怒鳴り声を上げた。俺はビクリとしてヴォルフラムの影に隠れる。
「髪が赤茶色に染まったファビアン殿下の姿をご覧になり、ヴェルンハルト殿下は明らかに動揺されておられました。その後、ファビアン殿下の事をマテウス卿には伏せて彼を執務室に連れてくる様に仰られた。」
「‥‥それがどうした?」
「私は殿下の指示に疑問を感じましたが、理由を問うことはしませんでした。ですが、今ようやく理由が分かりました、ヴェルンハルト殿下」
「ヴォルフラム、勿体ぶらずに言いたいことがあるなら言え。聞いてやる!」
ヴェルンハルト殿下はヴォルフラムを睨みつけそう叫んだ。ヴォルフラムは怯むことなく言葉を発する。
「私が王弟殿下の側近であった頃、王弟殿下よりヴェルンハルト殿下の子供時代の話をよく聞かされました。殿下の産みの親ペーア様の口癖も聞いております。」
「黙れ、ヴォルフラム!」
「『側室の子が王太子殿下であり続けるには、誰よりも優秀で冷静でなくてはなりません。それが出来なければ、貴方は殺されます』‥‥これがペーア様の口癖ですね?」
「貴様!」
「ですが、ヴェルンハルト殿下は繊細な性格ゆえに、常に冷静さを保つ事が難しく‥‥。殿下が冷静さを失う度に、ペーア様から酷い暴力を振るわれていた。その様に王弟殿下から聞いております。」
「もう黙れ、ヴォルフラム!」
ヴェルンハルト殿下は僅かに震えながら声を漏らした。だが、ヴォルフラムは言葉を発し続ける。
「赤茶色の髪色をしたファビアン殿下は、年齢は違えどカール卿に雰囲気が似ておられます。それ故に殿下はファビアン殿下をご覧になり、動揺してしまった。殿下は冷静さを一瞬でも失なった自分自身に、失望したのではありませんか?」
「‥‥‥やめろ。」
ヴェルンハルト殿下の震える声に、彼の心の痛みが伝わってくる。
『親友』として殿下に仕える俺は、ヴォルフラムを制するべきなのに。でも、それができない。
「或いは、冷静さを失う度にペーア様に振るわれた暴力を思い出し、苦しんでおられるのではないですか、ヴェルンハルト殿下?」
「っ!」
「王弟殿下は子供の頃の貴方をよく観察しておられました。ヴェルンハルト殿下はペーア様に暴力を振るわれた後に‥‥小動物を殺しては埋めていたそうすね?大人になった殿下は小動物を殺さなくなりましたが‥‥代わりに攻撃の対象が変わった。」
ヴェルンハルト殿下は唇を噛みしてヴォルフラムを睨む。
「ヴェルンハルト殿下は暴力を振るったとしても、貴方を許してしまう優しい人を攻撃対象に選んだ。それが孕み子であるマテウス卿です」
「黙れっ!!」
「いいえ、黙りません!ファビアン殿下をご覧になったマテウス卿が、動揺し冷静さを失う事が殿下には分かっていた筈です。その姿をご覧になり、殿下は安堵された筈だ。孕み子が泣いて混乱する姿を見て、殿下は束の間の優越感に浸っておられたのではありませんか?」
ヴォルフラムの言葉が鋭いナイフとなって、ヴェルンハルト殿下の心を抉る。
「殿下にとってマテウス卿の心の傷を抉る行為は、小動物を殺す行為と同等の意味を持っている‥‥違いますか、ヴェルンハルト殿下?」
「まだ黙らないつもりか、貴様!」
「‥‥他人の心の傷を抉っても、己の心の傷が癒えることはありません。この様な事は繰り返していては、王太子殿下の周囲から味方が次々といなくなります。孤独な王になられるおつもりですか、ヴェルンハルト殿下?」
ヴォルフラムはわざと鋭い言葉で殿下の心の傷を抉っているのかもしれない。その行為が、他人と己を同時に傷つける事だと伝えるために。
でも、その想いは殿下に伝わるの?
「無能なヴォルフラムが、俺の事を偉そうに語るな!俺は一度たりとも、お前を側近だと思った事はない!王弟殿下の忌み子であるお前をわざわざ拾ってやったのは、お前がディートリッヒ家のお気に入りだからだ!」
「‥‥‥っ、」
「お前は王家に監視されるただの厄介者に過ぎない。側近面をして体面を保っているお前には、王となる俺に進言する資格などない!」
ヴェルンハルト殿下の言葉にヴォルフラムは苦しげに黙り込む。それに気を良くしたのか、殿下は畳み掛けるように言葉を発した。
「反論もできないか、ヴォルフラム?まあ、真実だからな。王家の監視付きのお前が出来る仕事といえば、護衛とディートリッヒ兄弟の機嫌取りくらいだろ?」
「っ、」
「‥‥せめて性欲の捌け口にでもなればと思っていたが、臣下のくせに俺の誘いを頑なに拒絶し続ける。お前には全く使い道がない。後ろ楯にディートリッヒ家がなければ、お前などとっくに捨てている!」
「‥‥‥殿下」
「しかも、今回の件はヴォルフラムにも責任があるだろ?お前の弟のアルトゥールは後宮の側室達を虐げた。その事が原因でファビアンの産みの親は心を病んだ‥‥違うか?」
今回の件に妃候補のアルトゥールが関わっているの?
俺が疑問に思っていると、ヴォルフラムが不意に頭を下げて謝罪した。
「弟のアルトゥールの行為に関しては、ディートリッヒ家の一員として恥じ入っております。申し訳ございません、ヴェルンハルト殿下」
◆◆◆◆◆◆
「マテウス卿‥‥。」
床から抱き起こしてくれたのは、ヴォルフラムだった。体がガタガタと震えて止まらず、俺は彼に縋り付く。
「無様だな、マテウス。お前をファビアンの話し相手にするつもりだった。だが、やめた。やはり孕み子は信頼に値しない」
「殿下‥‥。」
「執務室を出ていけ。目障りだ!」
俺が殿下に怯えて後退りすると、ヴォルフラムが背に庇ってくれた。その行為に殿下がヴォルフラムを睨み付ける。でも、ヴォルフラムは語気強く話し出した。
「お待ち下さい、ヴェルンハルト殿下。マテウス卿が孕み子という理由だけで、信頼に値しないと判断されるのは早計です。」
「‥‥なぜそう言い切れてる?」
殿下が不機嫌に応じると、ヴォルフラムは間髪入れず答える。
「マテウス卿は床に落下するファビアン殿下を身を呈して守りました。ファビアン殿下が落下した瞬間、マテウス卿が誰よりも状況判断に優れていた事を示しています。」
「ヴォルフラムは随分とマテウスの肩を持つな?もしや‥‥禁を破って孕み子のマテウスと寝たのか、ヴォルフラム?」
ヴェルンハルト殿下はそう言ってヴォルフラムを誂う。彼はその言葉にも真面目に応じた。
「その様な事実はございません、殿下。マテウス卿にも失礼にあたります。ヴェルンハルト殿下、私は殿下の側近として進言します。」
「進言だと?」
「殿下の行動には多くの問題がありました。特にファビアン殿下を抱いたまま孕み子のマテウス卿を殴ろうとなさるなど、王太子殿下のなさることではありません!」
「‥‥黙れ。」
「黙りません。臣下に対して『愛』を持って接すると力説されたヴェルンハルト殿下は、もう何処かに行ってしまったのですか?」
「黙れ、ヴォルフラム!」
ヴェルンハルト殿下は怒りを顕にして怒鳴り声を上げた。俺はビクリとしてヴォルフラムの影に隠れる。
「髪が赤茶色に染まったファビアン殿下の姿をご覧になり、ヴェルンハルト殿下は明らかに動揺されておられました。その後、ファビアン殿下の事をマテウス卿には伏せて彼を執務室に連れてくる様に仰られた。」
「‥‥それがどうした?」
「私は殿下の指示に疑問を感じましたが、理由を問うことはしませんでした。ですが、今ようやく理由が分かりました、ヴェルンハルト殿下」
「ヴォルフラム、勿体ぶらずに言いたいことがあるなら言え。聞いてやる!」
ヴェルンハルト殿下はヴォルフラムを睨みつけそう叫んだ。ヴォルフラムは怯むことなく言葉を発する。
「私が王弟殿下の側近であった頃、王弟殿下よりヴェルンハルト殿下の子供時代の話をよく聞かされました。殿下の産みの親ペーア様の口癖も聞いております。」
「黙れ、ヴォルフラム!」
「『側室の子が王太子殿下であり続けるには、誰よりも優秀で冷静でなくてはなりません。それが出来なければ、貴方は殺されます』‥‥これがペーア様の口癖ですね?」
「貴様!」
「ですが、ヴェルンハルト殿下は繊細な性格ゆえに、常に冷静さを保つ事が難しく‥‥。殿下が冷静さを失う度に、ペーア様から酷い暴力を振るわれていた。その様に王弟殿下から聞いております。」
「もう黙れ、ヴォルフラム!」
ヴェルンハルト殿下は僅かに震えながら声を漏らした。だが、ヴォルフラムは言葉を発し続ける。
「赤茶色の髪色をしたファビアン殿下は、年齢は違えどカール卿に雰囲気が似ておられます。それ故に殿下はファビアン殿下をご覧になり、動揺してしまった。殿下は冷静さを一瞬でも失なった自分自身に、失望したのではありませんか?」
「‥‥‥やめろ。」
ヴェルンハルト殿下の震える声に、彼の心の痛みが伝わってくる。
『親友』として殿下に仕える俺は、ヴォルフラムを制するべきなのに。でも、それができない。
「或いは、冷静さを失う度にペーア様に振るわれた暴力を思い出し、苦しんでおられるのではないですか、ヴェルンハルト殿下?」
「っ!」
「王弟殿下は子供の頃の貴方をよく観察しておられました。ヴェルンハルト殿下はペーア様に暴力を振るわれた後に‥‥小動物を殺しては埋めていたそうすね?大人になった殿下は小動物を殺さなくなりましたが‥‥代わりに攻撃の対象が変わった。」
ヴェルンハルト殿下は唇を噛みしてヴォルフラムを睨む。
「ヴェルンハルト殿下は暴力を振るったとしても、貴方を許してしまう優しい人を攻撃対象に選んだ。それが孕み子であるマテウス卿です」
「黙れっ!!」
「いいえ、黙りません!ファビアン殿下をご覧になったマテウス卿が、動揺し冷静さを失う事が殿下には分かっていた筈です。その姿をご覧になり、殿下は安堵された筈だ。孕み子が泣いて混乱する姿を見て、殿下は束の間の優越感に浸っておられたのではありませんか?」
ヴォルフラムの言葉が鋭いナイフとなって、ヴェルンハルト殿下の心を抉る。
「殿下にとってマテウス卿の心の傷を抉る行為は、小動物を殺す行為と同等の意味を持っている‥‥違いますか、ヴェルンハルト殿下?」
「まだ黙らないつもりか、貴様!」
「‥‥他人の心の傷を抉っても、己の心の傷が癒えることはありません。この様な事は繰り返していては、王太子殿下の周囲から味方が次々といなくなります。孤独な王になられるおつもりですか、ヴェルンハルト殿下?」
ヴォルフラムはわざと鋭い言葉で殿下の心の傷を抉っているのかもしれない。その行為が、他人と己を同時に傷つける事だと伝えるために。
でも、その想いは殿下に伝わるの?
「無能なヴォルフラムが、俺の事を偉そうに語るな!俺は一度たりとも、お前を側近だと思った事はない!王弟殿下の忌み子であるお前をわざわざ拾ってやったのは、お前がディートリッヒ家のお気に入りだからだ!」
「‥‥‥っ、」
「お前は王家に監視されるただの厄介者に過ぎない。側近面をして体面を保っているお前には、王となる俺に進言する資格などない!」
ヴェルンハルト殿下の言葉にヴォルフラムは苦しげに黙り込む。それに気を良くしたのか、殿下は畳み掛けるように言葉を発した。
「反論もできないか、ヴォルフラム?まあ、真実だからな。王家の監視付きのお前が出来る仕事といえば、護衛とディートリッヒ兄弟の機嫌取りくらいだろ?」
「っ、」
「‥‥せめて性欲の捌け口にでもなればと思っていたが、臣下のくせに俺の誘いを頑なに拒絶し続ける。お前には全く使い道がない。後ろ楯にディートリッヒ家がなければ、お前などとっくに捨てている!」
「‥‥‥殿下」
「しかも、今回の件はヴォルフラムにも責任があるだろ?お前の弟のアルトゥールは後宮の側室達を虐げた。その事が原因でファビアンの産みの親は心を病んだ‥‥違うか?」
今回の件に妃候補のアルトゥールが関わっているの?
俺が疑問に思っていると、ヴォルフラムが不意に頭を下げて謝罪した。
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