嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第三章

3-10 カールを返して下さい

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◆◆◆◆◆◆


ヴェルンハルト殿下は深いため息をついて、俺に軽蔑の眼差しを向ける。その眼差しに晒され俺はびくりと震えた。

「残酷なのはマテウスの方だ。お前は弟のカールが去勢されていた事に、全く気がつかなかった様だな?それでよくカールの兄を名乗れるものだ。腹立たしい!」

「‥‥‥去勢?」

俺は目を見開いてヴェルンハルト殿下を見た。殿下は苛立ちを隠すことなく、言葉を吐き出す。

「カールの体型を孕み子に近づけるために、お前の父親は成長期前のカールを去勢した!そんなカールに子供が作れる筈がないだろ。」

「父上が‥‥そんな‥‥。」

「あの不自然なカールの体型を目にしながら、マテウスは何も思う事はなかったのか?お前はカールの何を見ていた?」

殿下に問われても答えが見つからない。カールが去勢されていたなんて思いもしなくて‥‥。

「私は‥‥‥、」

「『私は気が付かなかった』とでも言うつもりか、マテウス?成長期になっても男らしくならないカールを見てもお前は何も感じなかった訳だ。まあ、虐げられたカールの状況に気が付かずのうのうと生きてきたお前なら‥‥カールの去勢に気が付かなくても当然か。」

「‥‥‥カール」  

カールは成長期を迎えると、立ち姿がすらりとした美しい男性に成長した。確かに筋肉が目立たない体型をしていたが、俺はカールの姿を不自然に思った事はない。 

美しくも愛らしいカールの容姿が、俺には羨ましく嫉妬もしていた。なのにその体は去勢されて作られたと言うの?

「去勢されなければ、カールは体格の良い男に成長した筈だ。俺の好みの男に成長したあいつを、俺は恋人にしていたかもしれない。まあ、全てが幻だ。」

「カールが去勢されていたなんて」

「理解したか、マテウス?この子はカールの子種じゃない。カールはシュナーベル家により、子供など作れぬ体にされていた!」

心に棘が刺さって胸が痛む。殿下が抱く子供はカールの子供ではない。そう頭では分かっているのに、別の可能性を探ってしまう。

もう少しだけ悪あがきをさせて。この胸の痛みが収まるまで。

「わかりました、殿下」
「ようやく理解したか、マテウス」

俺は殿下と彼が抱く赤茶色の髪の子を見つめながら言葉を発する。

「カールの子供でないのならば、その子はカール本人の可能性があります!」

俺の言葉にヴェルンハルト殿下は眉をひそめた。でも、俺は構わず話を続ける。

「シュナーベル家は『死と再生を司る神』の末裔です。カールは多くの血液を流して亡くなったと兄に聞きました。でも、奇跡が起こった!カールの流した神の血脈は弟に新しい命を与えたのです!」

ヴェルンハルト殿下が俺を蔑む様に見つめる。でも、俺は溢れ出る言葉を止めることができなかった。

「ヴェルンハルト殿下はカールが襲われた場所で、その子を見つけたのではありませんか?私は兄上に止められその場所には行っていません。本来ならば私が甦ったカールを迎えに行くべきでした。それは殿下の役目ではなく、私の役目ですから。」

「マテウス、発言を慎め。お前は異端審問に掛けられたいのか?」

殿下の発した『異端審問』の言葉が、俺をさらに煽った。俺は語気を強めて言い放つ。

「私を異端審問に掛けたいならそうしてください、殿下。ですが、カールはシュナーベル家に連れ帰ります。今度こそカールを幸せにします。ヴェルンハルト殿下、カールを渡して下さい。私の弟を返して下さい!」

ヴェルンハルト殿下は不愉快な表情を浮かべると言葉を吐き出した。

「これだから孕み子は面倒なんだ!すぐに感情的になって混乱をきたす。よく見ろ、マテウス!この子はカールじゃない!」

「‥‥っ!」

「マテウス‥‥カールが亡くなった事実を無かった事にするのはやめろ!カールへの冒涜だと何故分からない。カールは死んだ!甦りなどありはしない、マテウス!」

強い言葉だ。
確かに殿下は正しい。

カールを殺した俺が‥‥弟の死を否定してどうする。『死と再生を司る神』に人を生き返らせる力が無いことは分かっているのに‥‥。

「私はカールに会いたいだけです」

涙が溢れて止まらない。殿下は僅かに首をふった後、ヴォルフラムに命令を下した。

「ヴォルフラム、マテウスを殴れ」

「ヴェルンハルト殿下!」
「マテウスを正気に戻す為だ。」

「‥‥殿下、マテウス卿を外に連れ出します。庭園を散策すればマテウス卿も平常心に戻られる筈です」

「ヴォルフラム、俺の命令に背くのか?お前は孕み子に甘すぎる。俺は違う!俺は孕み子が憎い!マテウスを見ていると産みの親のペーアを思い出す。自意識過剰で愚かな性格はマテウスそっくりだ!」

「私は望んで孕み子になった訳ではありません。私は‥‥。」

「黙れ、マテウス!」
「っ!」

ヴェルンハルト殿下の怒りを感じて、俺は身を強張らせた。その俺をヴォルフラムが抱き寄せる。

「ヴェルンハルト殿下、マテウス卿を執務室から連れ出します。失礼します。」

ヴォルフラムは俺を抱き締めたまま歩き出すように促す。でも、殿下の怒号が執務室に響き俺たちの足は止まった。

「俺の許可なく執務室からマテウスを出すことは許さない!ヴォルフラムが命令を拒否するなら、俺が殴るまでだ!」

殿下は子供を抱いたまま近づくと、俺の顔を殴ろうとした。だが、殿下の拳は俺をかばったヴォルフラムの腕に当り弾かれる。

その衝撃は殿下の腕に抱かれた子供にも伝わった。ヴェルンハルト殿下に抱かれた子供は、不安定な状態で殿下の腕から転げ落ちる。

床に吸い寄せられるように、赤茶色の髪の子が落下していく。

俺はヴォルフラムの囲いから抜け出し子供を抱き止める。バランスを崩して床に叩き付けられたが子供は守った。

俺は安堵して子供を強く抱き締める。赤茶色の髪の子は、大きく目を見開いて俺を見つめていた。

「違う‥‥‥。」

子供を抱き締めたまま俺は呟いていた。瞳の色が青い‥‥カールも俺も瞳の色は茶色で青色じゃない。髪色も違う。赤茶色に見えた髪は、金髪を赤茶色に染めたものだった。

「‥‥‥違った。」

「ようやく分かったか、マテウス?さあ、俺の子供を返せ!」

ヴェルンハルト殿下は床に転がったままの俺から子供を奪い取る。俺は床に伏せて泣き出していた。自分の愚かさに胸をかきむしりたい。


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