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第二章

2-8 前世と今世を繋ぐもの②

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◆◆◆◆◆


目覚めたら『愛の為に』の登場人物マテウス=シュナーベルになっていた。何かの拍子で前世の俺の記憶が蘇ってしまったようだ。

マテウスの記憶は処々途切れて曖昧な部分があるけど、日常生活で困る程ではない。

あまりにも突飛な話だけど、愛読書の世界に転生できたのなら文句はない。

いや、ある!

マテウスが実弟のカールを殺していたなんて小説には書いてなかった。でも、確かにマテウスはカールの処刑計画を立てて実行している。

弟のカールに非はあった。

生家のシュナーベル家を破滅させようとしたから、マテウスは弟を処刑している。

でも、悲しみが少ないのはなぜ?
同腹の弟のカールを殺したのに。

家族を殺したのに後悔しないなんて、俺には理解できない。マテウスとカールはどんな関係だったんだ?

カールは『愛の為に』の主人公ヴェルンハルト殿下が愛した人だ。もし、マテウスがカールを殺したことがバレると、俺は殿下に殺される。

両親は一人息子を喪って悲しんでいると思うと胸が痛む。でも、今はこの世界に馴染むのに精一杯だ。俺はこの世界で生きていかないと。

生きたいと願ったのは俺だから。


◇◇◇


『愛の為に』に書かれていたように、俺はヴェルンハルト殿下の妃候補を降りることになった。でも、殿下にカールの殺害犯を探し出す手伝いをしろと命じられてしまった。

殿下の『親友』として王城に仕えることになってしまって、困り事が発生している。マテウス‥‥つまり俺のことだが、孕み子の為に婚約者がいないと王城で襲われる可能性があるらしい。

それは嫌過ぎる。

でも、マテウスは残念ながら美人ではない。残念顔だから婚約者に名乗りを上げる勇者はいない。

そんな時に、ヘクトール兄上が俺に婚約を申し込んでくれた。色々と迷ったけど、俺は兄上と婚約する事にした。ヘクトール兄上の優しさを無駄にしたくないから‥‥。


◇◇◇


ヴェルンハルト殿下の『親友』として王城出仕をして、すぐにその騒動は起こった。

殿下の父王の『妃候補』が子を孕んで、出産間近だという。

もしも男子が産まれたら、王太子の地位はその子に移る。『側室』の子であるヴェルンハルト殿下は王太子の地位を奪われ、その生命さえ危機に晒される事になる。

この騒動は小説に書かれている事で、ちゃんと殿下は危機を脱せられる。

小説の中のヴェルンハルト殿下は、己の地位が揺らいでも冷静に事態を見守っていた。

なのに、この世界の殿下ときたら、イライラして人に当たり散らかして俺にも暴力を振るった。

おかしい。

愛読書『愛の為に』のヴェルンハルト殿下はとても素敵だったのに、この世界の殿下は全く素敵じゃない。作者が描いた小説の世界と、この世界では人の心が違う。


◇◇◇


ヴェルンハルト殿下に暴力を振るわれた。でも、そんな事は重要じゃない。殿下の話が信じられない。

カールが父上に犯されていた?
無理矢理に体を蹂躙された?

マテウスの記憶にそんな事実はない。カールと父上は別邸で過ごしていたけど、それはカールが父上のお気に入りだったから。綺麗で優秀なカールは楽しそうに父上と過ごしていたじゃないか!

そのはずだ‥‥。

でも、マテウスの記憶が曖昧でカールの笑顔を思い出せない。父上と暮らしていた時のカールの事をよく思い出せない。

殿下の言葉が本当なら、カールが父上やシュナーベル家を恨むのは当然だよ。シュナーベル家の近親婚が原因で、父上が狂って近しい血脈を求めて‥‥‥カールの身と心を壊した。

それが真実なのか?

カールと父上の秘密も殿下の血脈の秘密も、小説には書かれてはいなかった。登場人物の心は嘘ばっかり書かれているのに、小説のストーリーは現実と同期して進んでいってる。

殿下の危機は去った。
でも、本当の危機は去っていない。



◇◇◇


ヴェルンハルト殿下を殺す人。

その人に出逢ってマテウスの過去の記憶がありありと蘇る。ヴォルフラム様は過去にマテウスの危機を救った人で初恋の相手だ。

王太子殿下の側近である貴方がどうして殿下を殺すの?

小説ではヴォルフラム様が殿下を殺した動機は書かれず、殿下の死をもって『愛の為に』は終焉する。


ヴォルフラム様には殿下を殺さざるを得ない動機があるのだろうか?



◇◇◇


アルミンが毒を飲んだ。

俺を守るために体を張って毒見をした。それはヘクトール兄上の命令である事も分かっている。アルミンが苦しむ姿は見たくない。幼い頃からマテウスの隣にいてくれた人。

大切な人の命を危険に晒すヘクトール兄上の心が見えない。

ヘクトール兄上に尋ねたいことが沢山ある。カールのこと父上の事。アルミンの事も。全部全部、聞き出したい。


◇◇◇


ヘクトール兄上と肌をあわせた。

カールを処刑したマテウスが嫌いだ。どうしてもっとカールを見ていなかったの?

マテウスはカールの本当の姿を何も見ていなかった。カールは孕み子の俺を守るために、父上に差し出されたのに‥‥。

父上に穢され踏みにじられても、カールは美しいままで‥‥その姿にマテウスは嫉妬していた。

父上と暮らしだした後も、マテウスはカールと会っている。何時もは会話もしないカールが、マテウスに花束を渡して走り去った事があった。

突然の優しさに戸惑いながら、マテウスはカールの後を追って駆け出すことはなかった。

過ぎ去る背中を見送るだけのマテウス。やがて、二人は顔を会わせても会話もしなくなった。

カール。
憎かった?
憎かったよね?

なのに、何も知らずにマテウスは‥‥俺はカールを処刑してしまった。


辛くて悲しくて、それでも生きていくために、俺はヘクトール兄上に縋った。抱きしめて欲しいと泣き、その続きを求めた。

選びたかった。

ヘクトール兄上と生きていくことを選ぶために情交を求めた。そして、ヘクトール兄上と肌をあわせる。

互いの体を巡る血脈に感情を翻弄されて、子供のように、大人のように、俺達は交わり続けた。

夜明けに見たヘクトール兄上の涙を俺は忘れない。深く眠る兄上の頬に流れた一筋の涙。深く傷ついているのはヘクトール兄上だ。

父上に対峙してマテウスとカールを守り、そしてカールを切り捨てた。その選択が深く兄上の心を今も傷つけている。

兄上と共に生きたいと思った。どんな形になるかはわからない。それでも、互いに支え合って共に過ごしたい。

心惹かれ合うのは近親婚を繰り返したシュナーベル家の血脈が原因かもしれない。

それでも、兄上のそばにいたい。


◇◇◇


ヘクトール兄上を支えるためには、俺はまだ力不足だ。自分の足で立って兄上と共に歩くために、俺は心を鍛える必要がある。

だから、ヘクトール兄上に王城出仕を再開したいと伝えた。反対されると思っていたけど、ヘクトール兄上は俺の意思を尊重してくれて。その事がすごく嬉しかった。

ヴェルンハルト殿下の『親友』として、俺は王城出仕する。

王太子殿下はカールの本当の姿を知った上で、唯一親友となってくれた人だ。殿下にシュナーベルの血脈が流れている事を知り、カールは殿下を拒絶してしまったけれど。

カールの親友だった殿下から、俺はもっと弟の話をもっと聞きたいって思ってる。きっと、殿下は俺の‥‥マテウスの知らない沢山のカールを知っているはずだ。

でも、ヴェルンハルト殿下は、小説『愛の為に』のラストで命を落とす。

カールの想い出を抱えたまま殿下は死んでしまう。それはカールを二度殺す事になるようで辛い。

俺に小説のストーリーを書き換えられるかはわからない。でも、ストーリーを知る俺になら、運命を変えられるかもしれない。

過去は変えられない。

でも、小説に書かれた未来なら変えられるかもしれない。でも、皆が笑って過ごせる未来を作り出したい。

そのために、前に進む。
前に進むんだ。




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