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第三章
108 許しません (改稿)
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◆◆◆◆◆◆
目覚めた俺の体は清潔に保たれていた。ベットに情事の痕跡はない。シーツも上掛けも新しいモノに取り替えられ、太陽の香りがした。
一瞬、すべてが幻かと思えた。でも、隣に横たわるヘクトール兄上の陰鬱な表情を見て、あの交わりが幻でないことを知る。
「ヘクトール兄上‥‥」
俺の声は掠れていた。その声にびくりと身を震わせる兄上。あらゆる恐れを含んだその瞳がゆっくりと閉じられ、やがて意を決した様に押し開く。
「‥‥兄上」
俺はもう一度呼びかける。今気がついたが、俺の左の手のひらは兄上の右の手のひらとしっかり結びついていた。
「マテウス、すまない」
ヘクトール兄上は身を動かし体の向きを変えた。そして、俺を視界に捉えると真っ直ぐに見つめたまま言葉を紡ぐ。その瞳はどこまでも真摯で、そして‥‥脆く儚く思えた。
「‥‥謝っても許しません」
「マテウス‥‥」
ヘクトール兄上の瞳が揺らぎ、まるでこの世の終わりのような悲壮な表情になる。俺だけに見せてくれる姿‥‥こんな姿を見せられては、何時までも怒りは続かない。それに、怒りを抱いていたのかもよく分からない。
ただ、悲しかっただけ。
「次にこんな抱き方をしたら、絶交です」
「っ!」
「私は兄上との初めての情交の方が断然好きです。童貞を捨てたばかりの、不器用で全く冴えないヘクトール兄上。だけど、誰よりも優しく、甘く、私を抱いてくれました」
「俺はそんな男は嫌だ」
「では、無理やり孕み子を抱きたいのですか?」
「それは、もっと嫌だ!アルノー様の‥‥父上の同類になどなりたくない。だが、それをマテウスに強いてしまった。俺は‥‥」
俺はため息を付いた後にヘクトール兄上に抱きついた。兄上は目を大きく見開き俺を見つめる。
「どうしてだ?」
「どうしてとは?」
「どうして‥‥俺を許す、マテウス?」
「許していませんよ?もしも、次に私を無理矢理に抱いたなら、本気で婚約を破棄します。マテウスは決して許してはいません」
俺の言葉を聞きヘクトール兄上は深く息を吐く。そして、恐る恐る俺の体を抱きしめた。その体は何故か冷えていて、俺は思わず兄上の背中を撫でていた。
「‥‥そうか、許してはいないのだな」
「そうです、兄上」
「すまない、マテウス」
「謝りの言葉より、私に誓って下さい」
「なんと誓えばいい?」
「生涯かけて、ずっとずっと愛すると誓って下さい。マテウスを甘やかして、毎日可愛いと言って下さい。なにがあろうと、私を手放さないでください。誓えますか?」
兄上にキスされた。あまりにも初心でおずおずとしたキスに痺れを切らせて舌を挿し込みそうになる。その気持ちを抑え込み小鳥の様に唇をついばんだ。
「マテウス、俺は誓う。生涯かけてマテウスを愛する。毎日マテウスを甘やかし、可愛いと一日に五十回は言う。傍にいられない時は手紙に愛している、可愛いと書く。マテウスを手放すことなど考えられないが、奪われないように処刑術を磨き、邪魔者は即座に排除して‥‥それから‥‥」
「ヘクトール兄上、やり過ぎです」
「え?」
「『え?』じゃありません。まさか、本気で言っているわけではないですよね?」
「何を言っている!全て本気だ!まずはアルミンの排除が必要な気がしてきた」
俺はびっくりしてヘクトール兄上を見た。
「何を言い出すのですか、兄上!」
「アルミンとルドルフが、扉の前で仲良く盗み聞きの最中だ。アルミンは俺に向かい殺気を放ち、今にも部屋に飛び込もうとしている」
「え?そうなのですか?」
「アルミンの殺気が不快でたまらない」
「えー?」
俺は思わず身を起こして扉に視線を送った。気配は全く感じられないが、ヘクトール兄上がそういうのならそうなのだろう。そう思ってから、自身が『怠惰の衣装』を身にまとっていることに気がついた。
兄弟での初セックスの後に、ヘクトール兄上が俺に贈ってくれたものだ。俺の為だけにデザインされた衣装。俺が最高に可愛らしく見える衣装。これを身にまとうだけで、ヘクトール兄上にどれだけ愛されているか伝わってくる。
「兄上、もう湯浴みは済んでいるのですよね?」
ヘクトール兄上は俺を見つめたまま身を起こす。そして、少し気まずそうに口籠りながらも言葉をもらす。
「マテウスが気を失っている間に、俺が湯浴みをさせた。その‥‥すまない。すごく、愛らしかった。まだ、愛の言葉が足りないな。すごく可愛らしく‥‥愛おしく‥‥」
ヘクトール兄上は自ら誓った五十回の愛情表現を、実行に移すつもりらしい。だが、これは恥ずかしい。居たたまれない。
「兄上!愛情表現は一日に一回で十分です!」
「え?しかし、それでは誠実さを示せない」
「兄上~」
俺はヘクトール兄上の頬に唇を寄せていた。そして、軽くキスをする。
「これで十分です」
「頬にキス?」
「そうです。ヘクトール兄上も私の頬にキスをしてください」
「わかった」
ヘクトール兄上が俺を抱きしめ頬にキスをくれた。これで、仲直り。その言葉を俺は笑って伝えた。
「これで仲直りです、兄上」
「ありがとう、マテウス」
ヘクトール兄上の言葉に笑って返事をする。そして、俺は新たな提案をした。
「ヘクトール兄上、もうお昼過ぎです。王城出仕は取り止めにして、共に過ごしませんか?」
「そうだね。今日は出仕を取り止めて、マテウスと一日過ごすことにするか」
兄上の返事に俺が笑みを浮かべると、ヘクトール兄上は目を細めて俺の髪を撫でた。
「少しお腹が空いたな。俺もマテウスと共に久しぶりに芋粥を食べようかな」
「ふふ、芋粥は子供の食べ物だと言っていませんでしたか?」
「まあそうだが・・実は、薬草粥が苦手でね。芋粥の方が断然好みだ」
「そうなのですか、兄上!では、次期当主の権力で薬草粥を撲滅させてください」
俺が勢い込んで迫ると、ヘクトール兄上は苦笑いを浮かべて応じた。
「シュナーベル家の長い伝統食をマテウスの為に撲滅させる事はできないよ」
「えー、兄上の意地悪!」
「体に良いのは確かだからね」
「まあそうですが・・でも、昔のシュナーベル家のレシピと比べて、高価な薬草を沢山入れすぎだと思います。それが苦味の原因となり食べにくいのです。原点回帰です」
ヘクトール兄上がニヤリと笑って、俺の頬を柔く摘まんだ。俺が抗議する前に、兄上は結論を出して摘まんだ俺の頬を解放した。
「原点回帰なら提案しやすいな。厨房係に過去のレシピ本を渡して、苦味を軽減してもらうとするか。だが、今日は芋粥だ」
「はい、兄上!」
俺は元気よく返事していた
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目覚めた俺の体は清潔に保たれていた。ベットに情事の痕跡はない。シーツも上掛けも新しいモノに取り替えられ、太陽の香りがした。
一瞬、すべてが幻かと思えた。でも、隣に横たわるヘクトール兄上の陰鬱な表情を見て、あの交わりが幻でないことを知る。
「ヘクトール兄上‥‥」
俺の声は掠れていた。その声にびくりと身を震わせる兄上。あらゆる恐れを含んだその瞳がゆっくりと閉じられ、やがて意を決した様に押し開く。
「‥‥兄上」
俺はもう一度呼びかける。今気がついたが、俺の左の手のひらは兄上の右の手のひらとしっかり結びついていた。
「マテウス、すまない」
ヘクトール兄上は身を動かし体の向きを変えた。そして、俺を視界に捉えると真っ直ぐに見つめたまま言葉を紡ぐ。その瞳はどこまでも真摯で、そして‥‥脆く儚く思えた。
「‥‥謝っても許しません」
「マテウス‥‥」
ヘクトール兄上の瞳が揺らぎ、まるでこの世の終わりのような悲壮な表情になる。俺だけに見せてくれる姿‥‥こんな姿を見せられては、何時までも怒りは続かない。それに、怒りを抱いていたのかもよく分からない。
ただ、悲しかっただけ。
「次にこんな抱き方をしたら、絶交です」
「っ!」
「私は兄上との初めての情交の方が断然好きです。童貞を捨てたばかりの、不器用で全く冴えないヘクトール兄上。だけど、誰よりも優しく、甘く、私を抱いてくれました」
「俺はそんな男は嫌だ」
「では、無理やり孕み子を抱きたいのですか?」
「それは、もっと嫌だ!アルノー様の‥‥父上の同類になどなりたくない。だが、それをマテウスに強いてしまった。俺は‥‥」
俺はため息を付いた後にヘクトール兄上に抱きついた。兄上は目を大きく見開き俺を見つめる。
「どうしてだ?」
「どうしてとは?」
「どうして‥‥俺を許す、マテウス?」
「許していませんよ?もしも、次に私を無理矢理に抱いたなら、本気で婚約を破棄します。マテウスは決して許してはいません」
俺の言葉を聞きヘクトール兄上は深く息を吐く。そして、恐る恐る俺の体を抱きしめた。その体は何故か冷えていて、俺は思わず兄上の背中を撫でていた。
「‥‥そうか、許してはいないのだな」
「そうです、兄上」
「すまない、マテウス」
「謝りの言葉より、私に誓って下さい」
「なんと誓えばいい?」
「生涯かけて、ずっとずっと愛すると誓って下さい。マテウスを甘やかして、毎日可愛いと言って下さい。なにがあろうと、私を手放さないでください。誓えますか?」
兄上にキスされた。あまりにも初心でおずおずとしたキスに痺れを切らせて舌を挿し込みそうになる。その気持ちを抑え込み小鳥の様に唇をついばんだ。
「マテウス、俺は誓う。生涯かけてマテウスを愛する。毎日マテウスを甘やかし、可愛いと一日に五十回は言う。傍にいられない時は手紙に愛している、可愛いと書く。マテウスを手放すことなど考えられないが、奪われないように処刑術を磨き、邪魔者は即座に排除して‥‥それから‥‥」
「ヘクトール兄上、やり過ぎです」
「え?」
「『え?』じゃありません。まさか、本気で言っているわけではないですよね?」
「何を言っている!全て本気だ!まずはアルミンの排除が必要な気がしてきた」
俺はびっくりしてヘクトール兄上を見た。
「何を言い出すのですか、兄上!」
「アルミンとルドルフが、扉の前で仲良く盗み聞きの最中だ。アルミンは俺に向かい殺気を放ち、今にも部屋に飛び込もうとしている」
「え?そうなのですか?」
「アルミンの殺気が不快でたまらない」
「えー?」
俺は思わず身を起こして扉に視線を送った。気配は全く感じられないが、ヘクトール兄上がそういうのならそうなのだろう。そう思ってから、自身が『怠惰の衣装』を身にまとっていることに気がついた。
兄弟での初セックスの後に、ヘクトール兄上が俺に贈ってくれたものだ。俺の為だけにデザインされた衣装。俺が最高に可愛らしく見える衣装。これを身にまとうだけで、ヘクトール兄上にどれだけ愛されているか伝わってくる。
「兄上、もう湯浴みは済んでいるのですよね?」
ヘクトール兄上は俺を見つめたまま身を起こす。そして、少し気まずそうに口籠りながらも言葉をもらす。
「マテウスが気を失っている間に、俺が湯浴みをさせた。その‥‥すまない。すごく、愛らしかった。まだ、愛の言葉が足りないな。すごく可愛らしく‥‥愛おしく‥‥」
ヘクトール兄上は自ら誓った五十回の愛情表現を、実行に移すつもりらしい。だが、これは恥ずかしい。居たたまれない。
「兄上!愛情表現は一日に一回で十分です!」
「え?しかし、それでは誠実さを示せない」
「兄上~」
俺はヘクトール兄上の頬に唇を寄せていた。そして、軽くキスをする。
「これで十分です」
「頬にキス?」
「そうです。ヘクトール兄上も私の頬にキスをしてください」
「わかった」
ヘクトール兄上が俺を抱きしめ頬にキスをくれた。これで、仲直り。その言葉を俺は笑って伝えた。
「これで仲直りです、兄上」
「ありがとう、マテウス」
ヘクトール兄上の言葉に笑って返事をする。そして、俺は新たな提案をした。
「ヘクトール兄上、もうお昼過ぎです。王城出仕は取り止めにして、共に過ごしませんか?」
「そうだね。今日は出仕を取り止めて、マテウスと一日過ごすことにするか」
兄上の返事に俺が笑みを浮かべると、ヘクトール兄上は目を細めて俺の髪を撫でた。
「少しお腹が空いたな。俺もマテウスと共に久しぶりに芋粥を食べようかな」
「ふふ、芋粥は子供の食べ物だと言っていませんでしたか?」
「まあそうだが・・実は、薬草粥が苦手でね。芋粥の方が断然好みだ」
「そうなのですか、兄上!では、次期当主の権力で薬草粥を撲滅させてください」
俺が勢い込んで迫ると、ヘクトール兄上は苦笑いを浮かべて応じた。
「シュナーベル家の長い伝統食をマテウスの為に撲滅させる事はできないよ」
「えー、兄上の意地悪!」
「体に良いのは確かだからね」
「まあそうですが・・でも、昔のシュナーベル家のレシピと比べて、高価な薬草を沢山入れすぎだと思います。それが苦味の原因となり食べにくいのです。原点回帰です」
ヘクトール兄上がニヤリと笑って、俺の頬を柔く摘まんだ。俺が抗議する前に、兄上は結論を出して摘まんだ俺の頬を解放した。
「原点回帰なら提案しやすいな。厨房係に過去のレシピ本を渡して、苦味を軽減してもらうとするか。だが、今日は芋粥だ」
「はい、兄上!」
俺は元気よく返事していた
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