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第三章
106 カールは必要ない (改稿)
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◆◆◆◆◆
ヘクトール兄上は俺を抱き上げたまま、ベッドに向かう。兄上は器用に上掛けを捲り、俺をベッドに横たえた。
「ヘクトール兄上もベッドに入って下さい」
「いいのかい?」
「私の手を握ってくれるのでしょ、兄上?」
「そうだったね」
俺がベッドから手を差し出すと、兄上は優しく己の手を重ねた。そして、俺の指先にキスをする。ヘクトール兄上の優美な行為に、俺の鼓動は跳ね上がった。
「あ、兄上‥‥」
「お邪魔するよ?」
ヘクトール兄上は優雅な所作でベッドに身を横たえる。俺はドキドキしながら兄上に身を寄せて体をくっつけた。ヘクトール兄上の体温が薄衣越しにじわりと伝わる。
「悪夢は見なかったかい、マテウス?」
「夢は見ました。でも内容は覚えていません」
「そうか‥‥」
ヘクトール兄上の表情が僅かに曇ったことに気が付き、俺は慌てて言葉を足した。
「兄上、本当に悪夢は見ていません。私はもうヘクトール兄上に嘘を付いたりしません。悪夢を見た時は、兄上に素直に伝えます」
「マテウス」
ヘクトール兄上は俺の額に優しいキスを落とす。兄上の額へのキスは、俺の心の何かを刺激した。兄上の唇が額から離れると、俺は右手で額に触れる。そう‥‥誰かが何時も額に優しいキスをくれた。それは遠い記憶で‥‥。
「カールが‥‥」
「マテウス?」
俺は視線をベッドの天蓋に向けた。繊細な織物の模様を見つめていると、絡まる記憶が解かれていく。そう、俺は生みの親の死を目の当たりにして言葉を失った。それからはカールが常にそばにいて。同じ部屋で過ごすカールは、俺の言葉を取り戻す為に様々なお話をしてくれた。
ベッドで眠る時は、何時もカールが額にキスをしてくれた。優しいキスを与えてくれたのはカール‥‥俺の弟。
「‥‥兄上」
「マテウス」
「人はどうして大切な記憶を‥‥心の奥底にしまい込んでしまうのかな?カールは私に優しかった。カールは私に深い愛情を抱いてくれていた。なのに、カールは私を置いて屋敷を出ていく。私に何も告げずに‥‥カールは」
俺の言葉は震えていた。ヘクトール兄上が俺をそっと抱き寄せる。俺は泣きそうになりながら言葉を紡ぐ。
「ヘクトール兄上。私はカールに裏切られたと思ったのです。言葉を失った私を置いて、カールは父上の住む別邸に移り住んだ。それからカールと逢えたのはごくわずかで‥‥逢うたびにカールは変わっていった」
俺の全身は何時しか震えだしていた。ヘクトール兄上の体温を感じながら、それでも襲いくる感情は身を凍らせる。
「マテウス、落ち着くんだ」
「兄上、お願い。最後まで話させて」
俺は兄上の唇に自身の唇を押し当てていた。どうして兄上にキスをしたのかは自分でも分からない。ただ、身を凍らせる感情を溶かす熱が欲しかった。
キスは深まり舌を絡め合う。深い吐息と共に互いの唇は離れる。
「‥‥あにうえ」
「マテウス」
ヘクトール兄上は俺の髪を優しく撫でてくれる。その心地よさに俺は目を閉じ、さらに話をすすめた。
「腹立たしかった。そして、寂しくて辛かった。何も事情を話してくれないカールに何時しか失望して‥‥弟の愛情や優しさを、心の奥底に閉じ込めてしまった。だから!だから、あんな残酷な殺し方ができたのです。私は同腹の弟をなんの躊躇いもなく殺した!」
「マテウス、やめなさい」
「兄上‥‥」
「この話はすでに済んでいる。カールはシュナーベル家を破滅に追いやろうとした。マテウスはそれを阻もうとしただけだ。あれはもう正気ではなかった。殺してあげることこそが救いだった」
「それは違います、兄上。カールは死ななくてよかった。私がカールの優しさや愛情を思い出していたら、カールの殺害計画は別の形になっていたはずです。なのに、殺した。カールが亡くなって時が経つ程に‥‥私は弟の存在を親身に感じるようになりました。理由は分かりません。でも、本能が望むのです。カールの優しさや愛情を忘れた非道な兄なのに‥‥今はカールが恋しい」
「マテウス!!」
「っ!」
「黙りなさい」
「わたしは、っ、ん!」
今度は兄上に唇を奪われた。激しいキスだった。何かを吸い尽くす様に唇を奪われる。ようやくキスから解放されると、兄上の強い眼差しに晒された。
「あいつは‥‥己の血液をマテウスの唇に注ぎ込んだ。マテウスの中に己の血脈は宿ると世迷い言を口にした。マテウスを誰にも渡さないとも言っていたな。カールは狂ったのだと俺は判断した。だが、お前はそこにいるんだな?死を得て自由になったお前は、マテウスの中で血脈を巡らせ生きている‥‥そういうことか?だが、お前の存在はマテウスを混乱させるだけ。お前は不要だ、カール!マテウスの体から出ていけ。マテウスを守るのは俺の役目だ!俺はマテウスを誰にも渡さない!」
ヘクトール兄上の唐突な発言に俺は目を見開いていた。初めて聞く話で理解できない。
「兄上‥‥何を仰っているのですか?」
「誰にも渡さない」
「ヘクトール兄上?」
「服を脱ぎなさい、マテウス」
「え?」
「マテウスは私の婚約者だ。私以外を想うことは許さない。マテウス、情を交える」
「ヘクトール兄上!お待ち下さい!」
「抱かせてくれ、マテウス」
兄上に覆いかぶさられ、俺は初めて恐怖を感じた。震える体を強引に抱き込まれる。
「マテウスの中にカールは必要ない」
残酷な宣告の後、兄上は俺の薄衣を剥いだ。
◆◆◆◆◆
ヘクトール兄上は俺を抱き上げたまま、ベッドに向かう。兄上は器用に上掛けを捲り、俺をベッドに横たえた。
「ヘクトール兄上もベッドに入って下さい」
「いいのかい?」
「私の手を握ってくれるのでしょ、兄上?」
「そうだったね」
俺がベッドから手を差し出すと、兄上は優しく己の手を重ねた。そして、俺の指先にキスをする。ヘクトール兄上の優美な行為に、俺の鼓動は跳ね上がった。
「あ、兄上‥‥」
「お邪魔するよ?」
ヘクトール兄上は優雅な所作でベッドに身を横たえる。俺はドキドキしながら兄上に身を寄せて体をくっつけた。ヘクトール兄上の体温が薄衣越しにじわりと伝わる。
「悪夢は見なかったかい、マテウス?」
「夢は見ました。でも内容は覚えていません」
「そうか‥‥」
ヘクトール兄上の表情が僅かに曇ったことに気が付き、俺は慌てて言葉を足した。
「兄上、本当に悪夢は見ていません。私はもうヘクトール兄上に嘘を付いたりしません。悪夢を見た時は、兄上に素直に伝えます」
「マテウス」
ヘクトール兄上は俺の額に優しいキスを落とす。兄上の額へのキスは、俺の心の何かを刺激した。兄上の唇が額から離れると、俺は右手で額に触れる。そう‥‥誰かが何時も額に優しいキスをくれた。それは遠い記憶で‥‥。
「カールが‥‥」
「マテウス?」
俺は視線をベッドの天蓋に向けた。繊細な織物の模様を見つめていると、絡まる記憶が解かれていく。そう、俺は生みの親の死を目の当たりにして言葉を失った。それからはカールが常にそばにいて。同じ部屋で過ごすカールは、俺の言葉を取り戻す為に様々なお話をしてくれた。
ベッドで眠る時は、何時もカールが額にキスをしてくれた。優しいキスを与えてくれたのはカール‥‥俺の弟。
「‥‥兄上」
「マテウス」
「人はどうして大切な記憶を‥‥心の奥底にしまい込んでしまうのかな?カールは私に優しかった。カールは私に深い愛情を抱いてくれていた。なのに、カールは私を置いて屋敷を出ていく。私に何も告げずに‥‥カールは」
俺の言葉は震えていた。ヘクトール兄上が俺をそっと抱き寄せる。俺は泣きそうになりながら言葉を紡ぐ。
「ヘクトール兄上。私はカールに裏切られたと思ったのです。言葉を失った私を置いて、カールは父上の住む別邸に移り住んだ。それからカールと逢えたのはごくわずかで‥‥逢うたびにカールは変わっていった」
俺の全身は何時しか震えだしていた。ヘクトール兄上の体温を感じながら、それでも襲いくる感情は身を凍らせる。
「マテウス、落ち着くんだ」
「兄上、お願い。最後まで話させて」
俺は兄上の唇に自身の唇を押し当てていた。どうして兄上にキスをしたのかは自分でも分からない。ただ、身を凍らせる感情を溶かす熱が欲しかった。
キスは深まり舌を絡め合う。深い吐息と共に互いの唇は離れる。
「‥‥あにうえ」
「マテウス」
ヘクトール兄上は俺の髪を優しく撫でてくれる。その心地よさに俺は目を閉じ、さらに話をすすめた。
「腹立たしかった。そして、寂しくて辛かった。何も事情を話してくれないカールに何時しか失望して‥‥弟の愛情や優しさを、心の奥底に閉じ込めてしまった。だから!だから、あんな残酷な殺し方ができたのです。私は同腹の弟をなんの躊躇いもなく殺した!」
「マテウス、やめなさい」
「兄上‥‥」
「この話はすでに済んでいる。カールはシュナーベル家を破滅に追いやろうとした。マテウスはそれを阻もうとしただけだ。あれはもう正気ではなかった。殺してあげることこそが救いだった」
「それは違います、兄上。カールは死ななくてよかった。私がカールの優しさや愛情を思い出していたら、カールの殺害計画は別の形になっていたはずです。なのに、殺した。カールが亡くなって時が経つ程に‥‥私は弟の存在を親身に感じるようになりました。理由は分かりません。でも、本能が望むのです。カールの優しさや愛情を忘れた非道な兄なのに‥‥今はカールが恋しい」
「マテウス!!」
「っ!」
「黙りなさい」
「わたしは、っ、ん!」
今度は兄上に唇を奪われた。激しいキスだった。何かを吸い尽くす様に唇を奪われる。ようやくキスから解放されると、兄上の強い眼差しに晒された。
「あいつは‥‥己の血液をマテウスの唇に注ぎ込んだ。マテウスの中に己の血脈は宿ると世迷い言を口にした。マテウスを誰にも渡さないとも言っていたな。カールは狂ったのだと俺は判断した。だが、お前はそこにいるんだな?死を得て自由になったお前は、マテウスの中で血脈を巡らせ生きている‥‥そういうことか?だが、お前の存在はマテウスを混乱させるだけ。お前は不要だ、カール!マテウスの体から出ていけ。マテウスを守るのは俺の役目だ!俺はマテウスを誰にも渡さない!」
ヘクトール兄上の唐突な発言に俺は目を見開いていた。初めて聞く話で理解できない。
「兄上‥‥何を仰っているのですか?」
「誰にも渡さない」
「ヘクトール兄上?」
「服を脱ぎなさい、マテウス」
「え?」
「マテウスは私の婚約者だ。私以外を想うことは許さない。マテウス、情を交える」
「ヘクトール兄上!お待ち下さい!」
「抱かせてくれ、マテウス」
兄上に覆いかぶさられ、俺は初めて恐怖を感じた。震える体を強引に抱き込まれる。
「マテウスの中にカールは必要ない」
残酷な宣告の後、兄上は俺の薄衣を剥いだ。
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