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1巻

1-1

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   プロローグ


 ペニスを最奥に捩じ込まれて、激しい抽挿を繰り返される。王太子殿下からの愛は感じない。それでも、体内の良いところを突かれると、快楽の波に逆らえなかった。
 俺は耐えきれなくなって、甘い声でヴェルンハルト殿下に懇願こんがんする。

「はぁ……はぁ、ああっ……殿下……もっと奥にきて……」
「くっ……黙っていろ、マテウス……本来ならば……俺はカールを『妃』に迎えるはずだった……」
「はぁ、殿下……ぁあんっはぁはぁ、やぁん……んぁあ‼」
「弟のカールが死に、お前は『妃候補』になれた。くっ……弟の死が嬉しいか、マテウス?」
「殿下、はぁ、もう……無理っ……殿下、中に、ください……子種を……はぁ、はぁ」
「……出すぞ!」

 激しい一突きの後、体内にヴェルンハルト殿下の精液が一気に流れ込む。
 俺は快感に包まれベッドに沈んだ。セックスの余韻にひたっている俺の体内から、殿下はすぐにペニスを抜く。

「んぁっ、ああ……殿下」
「ご苦労だった、マテウス。もう下がって良い」
「……もう少しおそばにいては駄目ですか、殿下?」
「俺に取り入ろうとしても無駄だ。それよりも早く処置をして、我が子をはらむように努めよ」
「……承知しました」

 セックスの後は精液が体内から漏れ出ぬように、処置係の小姓がアナルにディルドを挿入する。だが、不慣れな処置係だったのか、ディルドの挿入に失敗した。アナルから精液が流れ出し、俺の太ももを濡らす。
 頭に血が上った俺は、処置係の小姓にせいを浴びせた。

「お前は殿下よりいただいた大切な子種を不注意により流した! その罪は身をもってつぐなえ。誰か、この小姓にむちを打って罰せよ! 私が許すまでむちを打ち続けよ‼」
「ひぃいいー、お許しください、マテウス様!」
「やめよ、マテウス」
何故なぜ、お止めになるのですか、殿下! 王太子殿下の子種を流した者に罰を与えるのは、当然のことでしょう? あやまちを犯した者を罰しなければ、秩序が保たれません!」

 ヴェルンハルト殿下は、俺を冷たい眼差まなざしで見つめる。そして、はっきりと言った。

「お前の亡き弟カール・シュナーベルならば、小姓をとうしたりはしなかったはずだ。まして、むちで打つよう命じることはなかっただろう。マテウス、お前はざわりだ……早々に下がれ」
「ヴェルンハルト殿下‼」
「カールが生きていたならば、お前のような性悪男を抱く必要はなかった。お前の存在自体に、嫌悪を感じる。俺の前から早く消えろ、マテウス・シュナーベル!」
「……マテウス・シュナーベル?」

 自分の名を呼ばれたはずなのに、俺は何故なぜか違和感を覚える。
 その違和感は大きくなる一方で、激しい頭痛と共に眩暈めまいが俺を襲う。
 だが、王太子殿下の言葉に逆らえるはずなく、俺は自室に戻るべくベッドから下りた。衣装係の小姓が慌てて駆け寄り、恐る恐る衣装を差し出す。
 それを受け取ろうとして手を動かした瞬間、俺は糸の切れた操り人形のように床に倒れ込む。そのまま気を失い、次に目覚めた時には前世の記憶を全て思い出していた。



   第一章


 王城の自室のベッドで目覚めた俺は、前世と今世こんせの記憶が融合した新たな自分に生まれ変わっていた。
 けれど、今世こんせの耐え難い記憶の欠片かけらが激しく胸をえぐり、融合したばかりの記憶の一部を砕く。続いて、砕け散った記憶の欠片かけらが再び融合を始めると、恐ろしい記憶に再度さらされ、俺は大きな叫び声を上げていた。

「ああぁああーぁっ、はぁはぁ、はぁ。お、俺は……私は、悪くない! 私は、絶対に悪くない‼ カールが殺されたのは、当然の……っ!」

『当然のむくいだ』と叫びそうになり、慌てて口を両手でふさぐ。そして、ベッドの中に急いで潜り込み、大きく息を吐き出して深呼吸を繰り返した。
 やがて、俺の心はゆっくりと冷静さを取り戻す。
 その時、誰かがベッドに近づく気配がして体が震えた。
 おそらく、部屋付きの小姓だろう。俺はベッドの中からわずかに顔を覗かせて確認する。思った通り、部屋付きの小姓の一人だ。

「マテウス様、どうされましたか?」
「悪夢を見て……叫び声を上げてしまった。このことは他言しないでほしい。漏らせば罰するよ」

 小姓が顔をらせながらもうなずく。俺はそれを確認した後、すぐにベッドの中に潜り込んだ。
 ベッドの中はかなり快適で、砕けた前世と今世こんせの記憶を再び融合させるのに最適の場所だった。
 ベッドの中で小さくつぶやきながら、自身の記憶を探っていく。
 ――前世の俺の名は、まつゆう。会社で突然倒れて、救急車が来る前に死んだ。だけど、今の俺――私は、小説『愛の為に』の登場人物、マテウス・シュナーベルとして生きている。
 つまり……転生?
 前世の俺は、人畜無害の社畜であった。唯一の趣味は読書で、ストレスで荒む俺の心を愛読書が幾度もなぐさめてくれたものだ。どんよくなほどの読書愛は、多くの睡眠時間を俺から奪った。
 だが、そのはあった。
 何故なぜなら、BL小説『愛の為に』と、運命的な出逢いを果たしたからである。『つきうた』先生著のBL小説『愛の為に』は、ファンタジックな中世ヨーロッパを舞台に、男性同士の耽美的な恋愛模様をサスペンス風に描いた作品である。男の俺でも楽しめる作風で、BL小説としては初めて俺の愛読書となった記念すべき一冊だった。
『月歌』先生、朗報です! なんと貴方の小説が、異世界に存在していました! そして俺は、BL小説『愛の為に』の異世界に転生しました!

「愛読書の世界に転生するとは……神に感謝!」

 読書好きなので、学問の神様である菅原道真すがわらのみちざね公に感謝してみた。
 いや、前世の俺は睡眠時間を極限まで削り、突然死を招いたのだ。両親は一人息子の死に触れ、悲しみに暮れたに違いない。
 お父さん、お母さん、ごめんね。でも、親不孝なことだけど、生まれ変わった今世こんせが、愛読書の世界であるのが素直に嬉しいよ。悪役令息のマテウスに転生したことに不満はあるが、小説『愛の為に』の世界観を満喫できるなら問題ない。
 いや、実際には大きな問題が発生しているのだが……

「まずい、前世の記憶になごんでいる場合ではない。前世の記憶に欠けはなさそうだな。そうなると、砕け散った記憶は、今世こんせの記憶ってことになる。とにかく、今世こんせの記憶を再構築しないとね」

 BL小説の内容と今世こんせの出来事が、完全に一致しているかは不明だ。少なくとも、実弟のカールが殺害された事実は一致している。なのに、何かがおかしい。
 小説上の俺――マテウスは、完全な脇役として描写されていた。一方、今世こんせの『この記憶』が事実なら、俺は脇役ではなく重要な役どころをになっている。

「記憶が確かなら……弟のカールを殺したのは、私ということになるけど……まじか⁇」

 今世こんせでもBL小説の内容と同じく、王太子殿下の初恋相手は俺の弟のカールだ。そして、ヴェルンハルト王太子殿下はカールを伴侶に望んだ。
 だが、処刑人一族のシュナーベル家は、世間からうとまれさげすまれている存在。シュナーベル家出自のカールを伴侶にするのは、王太子殿下にとって障害が多く困難なことだった。常識的に考えるなら、己の地位を盤石にすべき王太子殿下は、カールを伴侶とするのを諦めるべきだ。
 それなのに、BL小説の主人公ヴェルンハルト・フォーゲルと同じく、今世こんせの王太子殿下もカールを伴侶にすることを諦めなかった。

「陛下にずっとうとまれて育ったヴェルンハルト殿下ならば、強力な後ろ盾となる妃が必要だと分かっていたはず。それでも、カールを伴侶に求めた。殿下には、初恋の甘い想い出を胸の奥に沈めて封印してほしかった。そうすれば、私がカールを処刑する必要はなかったのに……」

 ヴェルンハルト殿下はカールを伴侶にするためなら、強引な手法を取ることもいとわなかった。王家の慣習である『妃候補制度』にのっとらず、カールを妃の位に就けようとしたのだ。
 制度にのっとるならば、カールはまず妃候補として殿下に仕える必要がある。そして、二人の間に子が産まれるとカールは妃となれる。だが、どれほど二人が愛しあっても子ができない場合には妃にはなれない。また、妃候補には期限が定められており、期限が過ぎた妃候補は、殿下の愛人として王城に残るか、生家に戻るかを選択しなければならない。

「王家の慣習である『妃候補制度』を、王太子殿下自らが破るのはまずいよね。ヴェルンハルト殿下は、カールへの愛におぼれて王族の一員であるのを忘れてしまったのかな?」

 王太子殿下はカールへの愛をつらぬくために、臣下のかんげんを完全に退しりぞけた。『カールを妃として召し上げる』と記した直筆の手紙をシュナーベル家に送り付けたのだ。
 シュナーベル家は殿下の求めに応じて、カールを妃として王城に送り出すことを決定した。だが、妃として王城に出仕する直前に、弟は何者かの手でさらわれる。王太子殿下は即座に捜索隊を編成して、自らカールの捜索に乗り出した。しかし、王都に隣接する森の中で、変わり果てた姿で発見される。
 ヴェルンハルト殿下は、こうして愛する人をうしなった。

「私は確かに弟のカールを殺した……だけど理由はある」

 小説内のヴェルンハルト殿下は、カールを妃に求めたことが死を招いたと確信していた。そのため、殿下は生涯カールの死を背負って生きる。
 今世こんせの殿下も、おそらくカールの死に関して同様の結論に達するだろう。
 小説の主人公の想い人を殺害した俺は、これからどうなるのだろう?
 徐々に不安がつのってきて、俺はベッドの中で震える。その夜は、眠りにつくことができなかった。


 翌日から、体調不良を理由に、俺はしばらく自室にこもることにした。ベッドの中に潜り込み、必死に小説の内容を思い出す。
 前世の俺は、愛読書を何度も読み返すタイプだった。小説内の重要な場面を忘れているとは思えない。

「つまりこれは……原作者の『月歌』先生が、小説内に書かなかった裏設定?」

 カールを殺害した犯人が判明していたなら、小説内に必ず記載があったはずだ。だが、小説のラストまで、カールの殺害犯は不明のままだった。それに、カールの殺害犯が兄のマテウスであると匂わせる記述も一切なかった。

「私が弟を殺したことは、小説内に書かれてはいなかった。それに、小説内で私が断罪されるシーンもなかった。つまり、私の罪が暴かれることは……この先もないってこと?」

 シュナーベル家は殺されたカールに代わり、俺を王太子殿下の妃候補として王城に送り込んでいる。
 それについては小説内にも記載があった。
 ――シュナーベル家は亡くなったカールに代わり、兄のマテウスを妃候補として王城に送り込んだ。だが、マテウスは王太子殿下の妃にも愛人にもなれなかった。その後、マテウスは王太子殿下の『親友』となり王城に出仕した。
 そう記されていた。

「王太子殿下の愛人になれなかったということは、小説内のマテウスも殿下に愛されなかったってことだよな? 今世こんせの俺も、ヴェルンハルト殿下には……全く愛されていないからなぁ~」

 王城に出仕した俺は、妃候補として王太子殿下に抱かれてはいる。だけど、愛されていると感じたことは一度もない。
 弟のカールは産みの親に似て、人の心をきつける美しさと愛らしさを持っていた。それに比べ、俺は『残念顔』の冴えない男だ。しかも、すぐにカッとなり、人をとうするような性悪男でもある。自分でも泣けるほど、ヴェルンハルト殿下に好まれる要素がない。

「小説の内容を信じるなら、私はヴェルンハルト殿下の妃になることはない。つまり、殿下の子ははらめないということだよね?」

 カールを殺した俺が、殿下の妃になる展開は絶対に避けたい。悲喜劇の出演者になるのは御免だ。
 でも小説内では、俺は殿下の親友になったと書かれていた。もしかすると、作者の『月歌』先生は、意地悪な性格だったのか?
 そうでなければ、カールを殺した俺と、カールを愛した王太子殿下を、親友にしようとは思わないだろう。とにかく、ヴェルンハルト殿下と親友になるのは心理的に無理だ。

「王太子殿下に親友になるように求められたら、自分の身を守るためにふりをする必要があるかな? でも、嫌われているのに、親友にと求められるだろうか? 謎すぎる」

 小説の主人公ヴェルンハルト殿下は、普段は優しく繊細な性格だが、危機におちいると凛々りりしく男らしい姿を見せる。そのギャップに、前世の俺はやられた。
 カールをうしなった悲しみを胸に抱え、誰にでも優しく接する殿下の姿に、前世の俺は何度も泣いた。
 だが、今世こんせの殿下からは全く優しさを感じられない。心の傷がえていないせいだろうが、今世こんせの殿下は制御できない様々な感情を、カールの兄である俺にぶつけているように思える。小説内の王太子殿下ならば、人に八つ当たりをするなどしなかったはずだ。
 小説内の殿下の印象が素敵すぎて、今世こんせの殿下の評価が底辺に近い。とにかく、二人の殿下の性格があまりにも違いすぎて戸惑とまどってしまう。

「前世の俺の最推しは王太子殿下だったけど……今世こんせの殿下は好きになれそうにないな」

 加えて、俺がカール殺害の犯人だと判明すれば、小説内の殿下も今世こんせの殿下も、俺の処刑を命じるに違いない。そして俺は、血縁者である『シュナーベルの刃』の処刑人に首をねられるわけだ。おさな馴染なじみのアルミンに、首をねられる可能性だってある。アルミンなら、上手にねてくれるだろう。だが、断る! 絶対に嫌だ!

「処刑だけはなんとしても避けないと……カールには悪いが、私は死にたくない」

 カールを殺した今世こんせの記憶が、俺の胸をえぐったのは確かだ。記憶の一部が砕けて飛び散ってしまうほど、ひどつらい記憶だった。
 だけど、今世こんせの記憶の欠片かけらをパズルのピースのように埋めていくに従い、罪の意識は遠のく。どうも、今世こんせの俺は……弟のカールに対する怒りを、彼が死んだ後も胸にくすぶらせているようだ。

「カール、どうして自分を『はら』だといつわったの? それほど、殿下の妃になりたかったの? 殿下の愛人では駄目だったの? 地位よりも、愛を取るべきではなかったの、カール?」

 王太子殿下とカールのめは明らかにされていないものの、殿下の初恋の相手はカールで間違いない。だからこそ、殿下はカールを妃にと望んだ。
 だが、王太子殿下の妃となれる者は、女性に類似した生殖機能をそなえた『はら』だけ。そして、カールは『はら』ではなかった。
 殿下の愛人にならば、『はら』でなくてもなれる。カールは王太子殿下の一番になりたかったのだろう。その望みを叶えるために、殿下に対して『自分ははらだ』と嘘をついた。そして、カールに恋をする殿下は、その言葉を鵜呑うのみにして精査しなかった。

「王太子殿下に嘘をついた。これは、大罪だよ……カール」

はら』ではないのに、『カールを妃として召したい』と殿下直筆の手紙をもらい、大いにあせったのはシュナーベル家だ。本来ならば、現当主であるアルノー・シュナーベルが息子のカールと共に王太子殿下に真実を明かし、謝罪して共に罰を受けるべきだった。だが、病的なまでにカールを溺愛していた父は、愛息子まなむすこがついた嘘を真実にしようと画策した。

「父上は昔からそうだ。カールの望みならなんだって叶えてきた。でも、今回は拒否してほしかったな。どうして、カールの行動を止めてくれなかったの……父上」

 父はカールに望まれるままに医者に大金を積み、偽造書類を作らせる。医者が作った偽造書類は、『カール・シュナーベルは、女性に類似した生殖機能がそなわった「はら」である』と記しただけの稚拙ちせつなものだ。
 だが、どれほど巧妙な偽造書類でも王家をだませはしない。妃として召されたなら、王城の医師による直腸の内診がある。おおやけの場で、カールが『はら』でないと明らかになれば、現当主の父上が偽造書類を作成したことも同時に判明する。シュナーベル家の現当主が王家をたばかったとなり、一族が処罰の対象となるのは明らかだ。

「時間がなかった。カールが王城に召された後では……どんな言い訳も通用しない」

 危機感をつのらせた俺は、次期当主である長兄のヘクトール・シュナーベルにカールの件を相談する。この時点で、俺は弟カールの処刑計画を立案していた。
 俺は正直に、カールの死を望んでいると兄上に伝える。ヘクトール兄上もそれに同意し、カールの処刑を許可した。
 シュナーベル家は代々、処刑人を生業なりわいとする一族である。だけど、その時の俺は、まだ処刑を行ったことがなかった。俺の初めての処刑対象は、弟のカールとなってしまったのだ。
 処刑方法は、次期当主のヘクトール兄上には伝えなかった。もしも、俺の罪が暴かれた時に、シュナーベル家にまで罪が及ぶとまずい。

「私の行動は正しかった……シュナーベル家を守るために選んだ道なのだから」

 処刑計画は残忍なものとなる。名を伏せて悪辣あくらつな連中に接触し、カールの殺害を依頼した。
 依頼内容は、二つ。
 一つ目は、カールをさらった後、『はら』であるかどうか判別不能になるまで下半身を潰して殺害すること。二つ目は、発見されやすい場所に遺体を放置すること。
 こうして、カールの処刑計画は実行された。
 でも、俺の立てた処刑計画は完璧ではなく、カールの死後に実行犯の扱いに困る。結局、最後にはヘクトール兄上を頼った。
 兄上は迷いもなく、実行犯の処理を請け負う。ただし、詳しい説明はしてくれなかった。
 でも、それでいい。カールの処刑は遂行され、成功したのだから。


「――まだベッドから出られないのか、マテウス?」
「はい?」

 不意に声を掛けられた。
 ベッドに潜り込んでいた俺が顔を出すと、王太子殿下が枕元に立って俺を見下ろしている。
 俺は思わず顔をらせた。枕元に立つのはやめてほしい。前世では、枕元は幽霊が立つ場所だと決まっている。だから、まじでやめて。

「……ヴェルンハルト殿下?」

 王太子殿下が部屋を訪れるならば、先触れがあってしかるべきだ。それに、ベッドのそばに殿下が来るまで、部屋にいる者は誰も俺に知らせなかった。
 これって、俺に対する嫌がらせなのかな? ベッドの中から殿下に挨拶あいさつをするとは、最悪の印象を与えていそう……うう。

「お前の見舞いに来た。気鬱きうつたぐいならば、共に庭園を歩くのも良いと思ってな。前回のねやでは、マテウスにきつく当たりすぎた。それが原因で寝込んでいるのならば、謝ってもいい」
「殿下のおっしゃとおり、おそらくは気鬱きうつたぐいだと思われます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。前回の寝所での私の振る舞いは、あまりにひどいものでした。言葉を荒らげ小姓をとうするなど、カールならば決してしなかったでしょう。殿下にも、殿下にお仕えする皆様にも、不快な思いをさせました。申し訳ございません、ヴェルンハルト殿下」

 とりあえず、ベッドの中から謝ろう。
 それというのも、現在の俺は全裸のため、起き上がっての謝罪が不可能なのである。
 あまりにもベッドがふかふかで、シーツも上質で肌に馴染なじみ、つい裸になってしまった。勿論もちろん、パンツも穿いていない。パンツを穿く必要を感じないほど、質の良いシーツのほうに問題があると思う。

「カールの急死で妃を輩出できなくなったシュナーベル家は、王侯貴族に大金をばらき妃候補として兄のマテウスを強引に王家に送り込んだ。俺はそれに対して腹を立てていた」
「殿下がお怒りになるのは当然のことです」
「だが、マテウスはシュナーベル家の命に従い、やってきただけだ。環境が突然変われば、気鬱きうつになっても仕方ない。お前への気遣いが足りなかった、マテウス」

 俺を妃候補として王家に突っ込むために、シュナーベル家はかなりの大金を放出した。初恋のカールをうしなったばかりだというのに、カールと全く似ていない冴えない兄を押し付けられて殿下は迷惑したことだろう。
 とにかく殿下に謝られた以上は、ベッドに寝た状態で返事するのはまずいよな。ベッドカバーが乙女なレースすぎて、冴えない男の俺には似合わないことこの上ない。
 だが、俺が裸体であるのを殿下に悟られてはならなかった。乙女レースのベッドカバーで裸体をおおかくし、上半身を起こす。そして、傲慢ごうまんに見えないように、うつむきがちに言葉を発した。

「弟のカールは、王太子殿下の初恋のお相手だと聞き及んでおります。大変に光栄なことだと、シュナーベル家は喜びに沸き立っておりました。フォーゲル王国建国以来、王家にとつぐ者を一人も出していない我が家にとって、カールの存在は希望でもありました。しかし、妃にと望まれたカールを残忍な形で奪われ、シュナーベル家から光が消えてしまいました。光を失ったシュナーベル家の我儘わがままを許し、私を妃候補として受け入れてくださった殿下に感謝しております」
「マテウスは弟の死を悲しむ時間すら与えられぬまま、妃候補として王家に送られたのだろう? 今はゆっくりと休み、気鬱きうつを治すと良い。では、また来る」
「はい、ヴェルンハルト殿下」

 王太子殿下はあっさりと俺に背中を向けて部屋を後にした。
 今世こんせの王太子殿下は苦手だが、殿下の初恋相手を奪ったことに罪悪感を覚える。
 俺は少しつらい気分になり、ベッドの中に潜り込む。この気分をまぎらわせるために、今世こんせの考察を再開した。


   ◇◇◇◇◇


 BL小説『愛の為に』の世界には、男性だけではなく女性も存在する。
 だが、女性の数は極めて少なく、妊娠もしにくいとされていた。そんな世界で人口のバランスが保たれているのは、子をはらめる男性が存在するからである。
 小説内では、そのような男性を『はら』と呼んでいた。小説内での説明では、女性に類似した生殖機能を持った男性である『はら』ははらまない男性とアナルセックスを行った場合にのみ子をはらむことがあるとされている。

「アナルセックスで妊娠するとか、BL小説らしい設定だな。だが、生々しすぎる。『はら』の私としては、魔法で子を授かりたかった。でも、今世こんせには魔法が存在しないからなあ~」

 小説と同じく、今世こんせにも『はら』は存在する。俺も『はら』である。
はら』を外見で判断するのは難しい。『はら』とはらまない男性とでは、外見上は大差がないのだ。一般的な認識では、『はら』は小柄で情緒不安定な者が多いとされているが、統計を取ったわけでもなく例外が多い。また、家系により特徴が異なる場合もある。

「シュナーベル家系譜の『はら』は、小柄で美しい者が多いのに……私は完全に例外だな」

 弟のカールは身長は高めではあったが、産みの親譲りの美しくも愛らしい容姿から『はら』だと勘違いされることが多かった。
 反対に、小柄ではあるが見た目があまりよろしくない俺は、『はら』と認識されることは少ない。
 もしも、外見上はっきりと『はら』と判別できる特徴があったならば、王太子殿下もカールを『はら』と勘違いすることなく、こんな騒動にはならなかっただろう。
 作者の『月歌』先生は、あえて『はら』の設定を曖昧あいまいにしていた可能性が高い。そうすることで、殿下にミスリードさせる必要があったのだ。

「小説のストーリー展開上、『月歌』先生は『はら』の設定を曖昧あいまいにする必要があった。それは分かるけど、シュナーベル家に試練を科しすぎじゃない? 『月歌』先生、いじめですか……これ?」

 シュナーベル家は古い家柄で、フォーゲル王国建国以前のローランド帝国時代から存続している名家である。ローランド帝国時代は『死と再生をつかさどる神の末裔まつえい』として、うやまいとおそれをもって人々に受け入れられていた。
 だが、ローランド帝国は無能な皇帝により内政の混乱を招き、各地で起こる反乱を抑え込めず崩壊する。帝国崩壊後は、国内の内乱をいち早く制したフォーゲル家が王国を建国した。それが、フォーゲル王国の始まりである。
 フォーゲル王国は建国に当たり、フォルカー教国発祥の宗教であるフォルカー教を国教と定めた。同時期に、シュナーベル家は王国より処刑人の職務を与えられる。フォルカー教が国教と定められたことと、処刑業務を命じられたことにより、シュナーベル家の状況は激変したのだ。
 フォーゲル王国は、フォルカー教を国教に定めて以降、その唯一神信仰を手厚く保護してきた。ただし、王国民に強要はせず、信仰の自由は保証する。その一方で、フォルカー教信者でない者が様々な不利益をこうむる社会環境を構築した。例えば、フォルカー教信者でなければ、商売人は税制面の優遇を受けられず、王城に出仕する貴族には出世の機会が巡ってこない。また、領主が領地内に学校を建設する際には、教会を併設し学校で神学を学ばせるという法律が制定された。この政策により、庶民にも広くフォルカー教の教義は浸透していく。『神学を学ぶ機会を与えられながら、その知識を持たぬ者は真の愚か者だ』との、訳の分からない格言が生まれる頃には、貴族も庶民も身分に関係なく、国内はフォルカー教信者が大半を占めるようになっていた。こうして、フォーゲル王国は、フォルカー教に入信するのが当たり前の世を作り上げたのだ。

「フォーゲル王国の初代の王は、国を治める手段の一つとして他国の宗教を利用したのかな?」

 フォーゲル王国がフォルカー教を国教と定めて以来、フォルカー教発祥の地であるフォルカー教国から多くの布教師がフォーゲル王国を訪れ、定住していった。布教師は王都に教会を建てると、本国の教皇より『フォルカー教教会』との名称を与えられ、一大勢力となる。
 フォーゲル王国とフォルカー教教会は、互いの利益のために繋がりを深め、唯一神信仰の布教に務めた。
 もっとも、フォーゲル王家はあくまでも王国民に宗教の自由を認め続けている。それが、フォルカー教教会の不満を招いていた。その不満は王家には向かわず、何故なぜかシュナーベル家に向けられている。
 フォルカー教教会は、唯一神の教義に反すると『死と再生をつかさどる神』の存在を否定したのだ。そして、シュナーベル家に改宗を迫っている。
 勿論もちろん、シュナーベル家は改宗を拒み続けた。改宗しないシュナーベル家とフォルカー教教会の確執は、時が経つにつれて深刻さが増す。フォルカー教教会はシュナーベル家が処刑人の職務にあることに目を付けると、処刑人はけがれた存在であると世間に流布るふして回った。そして、フォルカー教の教義が王国中に浸透した現在、シュナーベル家は『不名誉なけがれた血脈』の一族だと、王国民に嫌悪されあなどられる存在となっている。

「シュナーベル家の人間に転生したら、作者の『月歌』先生になんだか腹が立ってきたぞ。『月歌』先生、シュナーベル家に対する扱いがひどくないですか? 何か恨みでもあるのですか?」

 侯爵位のシュナーベル家は高位貴族であり、多くの領地を所有している。だが、王国民にきらわれ差別的な扱いを受けていた。それでも、フォーゲル王国より与えられた処刑業務を返上することはできない。王家が認めなかったのだ。シュナーベル家は処刑人であり続けるしかなかった。
『不名誉なけがれた血脈』と揶揄やゆされるシュナーベル家と縁を結びたいと望む貴族は皆無かいむとなり、近親婚や血族婚を繰り返すことで、シュナーベル家は血脈を存続させる。
 その血族婚や近親婚さえも、フォルカー教の教義から反していると世間の目は厳しい。

「カールが『はら』で、王太子殿下の妃となっていたなら……シュナーベル家への偏見も少しは払拭ふっしょくできたかもしれないのに。私ではなく、カールが『はら』だったなら良かった。でも、運命は変えられない。そして、カールは死んだ……気持ちを入れ替えないと駄目だ」

 BL小説『愛の為に』は、カールが亡くなった後の話がメインストーリーとなる。
 想い人のカールをうしなったヴェルンハルト殿下の喪失感と苦悩をたっぷりと描きながら、美しい男性達との恋愛関係が色っぽく展開されていく。つまりは、冴えない男である俺の出る幕はない。ここは大人しく妃候補としての役割を全うしよう。
 俺が殿下に愛されることはない。
 それで構わない。ヴェルンハルト殿下が好きで、妃候補となったわけではないのだから。
 小説内の俺は妃にはなれなかった。つまり、殿下との間に子ができなかったということだ。今世こんせでも、殿下の子ができず、俺は生家のシュナーベル家に帰されるに違いない。
 殿下の親友になるという小説の内容については流れに任せるしかない。俺から積極的に殿下に接近する必要はないだろう。
 小説の筋書き通りなら、俺の罪がばれることはない。とにかく、血族の者に首をねられることだけは、避けないといけない。それだけを、念頭に置こう。


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【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

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ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

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R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

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