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第四章
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◆◆◆◆◆
「ヴェルンハルト殿下!?」
「問題ない、傷は浅い・・ぐっ」
そう答えたヴェルンハルト殿下の顔色が、徐々に青ざめていく。呼吸が少しずつ困難になっているようで、殿下が喉をかきむしる。
「毒物!?」
「ふふふ、そうよ。小刀に毒をたっぷり塗ってあるの。ああ、シュテフェン殿下が仰った通りになった。マテウス様を狙えば、必ずヴェルンハルト殿下が庇うとあの方は断言したのよ。私の愛しい・・王弟殿下」
床に伏せていた側室、イグナーツ = ファッハ。彼はいつの間にか立ち上がっていた。その手には小刀が握られていて、俺と殿下を見下ろしていた。だが、すぐにヴォルフラムによって床に押さえ込まれる。そして、所持していた小刀を彼に取り上げられた。
「ヴォルフラム様、その小刀を私に見せてください!毒物の種類が分かれば、解毒が可能かもしれません。私に見せて、その小刀を!」
「マテウス卿、毒物が塗り込まれています。危険物を渡すことはできません。ですが、どうですか?これで、見えますか?」
ヴォルフラムはイグナーツを押さえ込んだまま、小刀を俺に見せてくれた。だが、小刀は血で濡れていて、毒が僅かに緑色を帯びている事位しか判別出来なかった。
「何の毒なの、イグナーツ!」
「そんな事はしらない。だって、シュテフェン殿下がくださったものだもの。ほんの少し肌を傷つけるだけでいいって、あの人が言ったからそうしただけ。殿下は死んだ?」
「ヴォルフラム様、殿下のそばからイグナーツ様を離して。それから、この場で起こった出来事を、全てヘクトール兄上に伝えて。兄上ならきっと騒ぎをおさめて・・」
「マテウス卿?」
ヘクトール兄上は、王弟殿下と繋がっているはずだ。カール殺害犯を王弟殿下に引き渡し、王太子殿下の殺害計画に荷担させた。
「ヴォルフラム様・・」
「マテウス卿?」
でも、なぜ王弟殿下が処刑計画に荷担するの?シュテフェン殿下は、玉座は望んではいない。産みの親が側室の子が玉座に就くことを望まなかったから?王弟殿下に遺書を遺して自殺したから?いや、シュテフェン殿下ならば人を弄ぶ為だけに、計画に荷担したかもしれない。
あるいは、唯一の子であるヴォルフラム様を王太子殿下の殺害犯にしない為に動いた?
「・・ヘクトール兄上ならば、きっと騒ぎをうまく納めてくれます。ヴォルフラム様は、ファビアン殿下とヘロルド殿下を連れて、玉座の広間に向かって下さい。そして、第一王子が無事に王位に就けるように、兄上と共に動いて下さい」
「マテウス卿、貴方も一緒に玉座の広間に行きましょう。ヘクトール卿が心配されます」
「私はこの場に残ります。ヴェルンハルト殿下を見守らなくては。私を庇って負傷なさったのですから。ヴォルフラム様はもう私の騎士ではありません!ファビアン殿下の騎士です!殿下を守りなさい、ヴォルフラム = ディートリッヒ!」
「っ!」
「行って下さい」
「マテウス卿・・では、行きます」
「はい、ヴォルフラム様」
ヴォルフラムはイグナーツを拘束したまま立ち上がると、ファビアン殿下の元に向かった。
ファビアン殿下は、アルトゥールに抱きかかえられていた。殿下は俺の名を呼びながら、涙を流していた。こんな状態なのに、父親の名を呼ばないことに胸が痛んだ。全ては、周りの大人の責任だ。俺も含めて。
ヴォルフラムとアルトゥールは、二人の王子とイグナーツを連れて、玉座の広間に向かった。床に伏せていた妃候補や側室も置いていかれまいと、ヴォルフラムの後を追った。
そして、俺とヴェルンハルト殿下のみが回廊に残った。血に濡れた回廊。だけど、花籠から周囲に散ったゴールドチェーンの花房が、香りの結界を作りあげ、血の匂いを寄せ付けない。
あるいは、もう血の匂いに慣れてしまったのかもしれない。俺は返り血を浴びた殿下を、苦労しながらも膝枕した。
「ヴェルンハルト殿下、なぜ私を庇ったりするのですか。これで、私は殿下を忘れることができなくなります。私を守ってくれた大切な人として、心の中に住まわせなければならないではないですか。私の心には、もう・・いっぱい大切な人達がいるのですよ?殿下の入る隙間なんてありませんよ、ヴェルンハルト殿下」
「・・・っ」
「殿下!」
「・・マテ、ウス?」
「殿下はまだ喋れるのですね?なら、答えてくださいよ、殿下!どうして、私を庇ったりしたのですか。何時もは苛めてばかりなのに。なぜ最後に私の命をまもるのですか。私は殿下だけのお気に入りの、苛めやすい、小動物なのでしょ?『小動物の命は俺だけが奪える権利を持っている』なんて、考えたんじゃないでしょうね?マテウスは、性悪ですから別の解釈をしますよ?殿下は本当は私の事が好きだったのでしょ?そう、解釈しちゃいますよ、殿下?反論しなくてよいのですか?聞こえますか、殿下?」
「・・ぐっ」
「運命が・・ヴェルンハルト殿下を奪ってしまう。私を庇って、殿下の命が奪われる!」
「・・・・」
「殿下、殿下、目覚めて、お願い・・」
「・・・・」
「・・殿下?」
◇◇◇◇
「マテウス」
「っ!」
「マテウス。ヘクトール様の指示で迎えに来た。俺が分かるか、マテウス?」
「アルミン」
「そうだ、アルミンだ。玉座の広間は大騒ぎだ。ここにも、沢山人が押し寄せる。これ以上は、ヘクトール様でもここに人を寄せ付けぬようにするのは無理と判断された」
「全てはヘクトール兄上の計画なの?」
「ただ一つの誤算をのぞいて」
「誤算?」
「王弟殿下の裏切りだ」
「裏切り?」
「イグナーツは殿下を刺す筈だった。肌を少し傷つけるだけで、かまわなかった。だが、イグナーツは王弟殿下の入れ知恵で、マテウスを狙った。俺は庭園で見ていて、心臓が止まるかと思った」
「でも、ヴェルンハルト殿下が庇ってくれた。だから、私は生きていて・・」
「殿下のあの行動はよくわからん。だが、感謝しかない。危うく、マテウスが命を落とすところだったからな。まじで、危なかった」
「ヘクトール兄上が、王弟殿下を計画に引き入れたのでしょ?」
「王弟殿下は、ヴェルンハルト殿下を嫌っていた。その腹いせに、側室のイグナーツを寝取った。だが、相手に執着されて縁を切りたがっていた。去勢しているのに『孕み子』をどう寝取ったのかは気になるが・・まあ、ヘクトール様の誘いにあっさりと乗ってきた。だが、王弟殿下の性格をヘクトール様は読みきれなかった。今頃は打ちのめされながら、ファビアン殿下を王位に就けるべく活動中だ」
「ヘクトール兄上が読み負けた?」
「まあ、ヘクトール様も負ける時はあるだろ。さあ、もう限界だ。マテウス、抱き上げるぞ。お姫様抱っこで、馬車に向かうからな」
「でも、ヴェルンハルト殿下が!」
「もう、亡くなっている」
「違うよ!さっき、私をマテウスって呼んだよ?まだ、殿下は生きてる。だから、看取ってあげないと一人は寂しいよ!」
「マテウスは時間の感覚を失っている。殿下は、お前の膝枕で亡くなっている。ちゃんと、マテウスは殿下を看取った」
「本当に?」
「本当だ。まじ、もう限界だ。殿下の頭を床におろすから、マテウスは動かない。俺がそばにいるから大丈夫だろ?そんなに泣くな、マテウス。シュナーベルの邸に戻ろう。そして、シュナーベルの領地に帰って馬で駆けよう、マテウス」
「うん、アルミン」
「じゃ、お姫様抱っこするぞ」
「おんぶして、アルミン」
「いや、え、おんぶはヤバイかな」
「おんぶして。何も見ないから。アルミンの背中で顔をばふってするから」
「まずいな、マテウスが幼児化してる。とにかく、邸に戻ってベッドに入って、ルドルフの診察を受けような。ほら、おんぶしてやる」
「ありがとう、アルミン」
「どういたしまして、マテウス」
◆◆◆◆◆
「ヴェルンハルト殿下!?」
「問題ない、傷は浅い・・ぐっ」
そう答えたヴェルンハルト殿下の顔色が、徐々に青ざめていく。呼吸が少しずつ困難になっているようで、殿下が喉をかきむしる。
「毒物!?」
「ふふふ、そうよ。小刀に毒をたっぷり塗ってあるの。ああ、シュテフェン殿下が仰った通りになった。マテウス様を狙えば、必ずヴェルンハルト殿下が庇うとあの方は断言したのよ。私の愛しい・・王弟殿下」
床に伏せていた側室、イグナーツ = ファッハ。彼はいつの間にか立ち上がっていた。その手には小刀が握られていて、俺と殿下を見下ろしていた。だが、すぐにヴォルフラムによって床に押さえ込まれる。そして、所持していた小刀を彼に取り上げられた。
「ヴォルフラム様、その小刀を私に見せてください!毒物の種類が分かれば、解毒が可能かもしれません。私に見せて、その小刀を!」
「マテウス卿、毒物が塗り込まれています。危険物を渡すことはできません。ですが、どうですか?これで、見えますか?」
ヴォルフラムはイグナーツを押さえ込んだまま、小刀を俺に見せてくれた。だが、小刀は血で濡れていて、毒が僅かに緑色を帯びている事位しか判別出来なかった。
「何の毒なの、イグナーツ!」
「そんな事はしらない。だって、シュテフェン殿下がくださったものだもの。ほんの少し肌を傷つけるだけでいいって、あの人が言ったからそうしただけ。殿下は死んだ?」
「ヴォルフラム様、殿下のそばからイグナーツ様を離して。それから、この場で起こった出来事を、全てヘクトール兄上に伝えて。兄上ならきっと騒ぎをおさめて・・」
「マテウス卿?」
ヘクトール兄上は、王弟殿下と繋がっているはずだ。カール殺害犯を王弟殿下に引き渡し、王太子殿下の殺害計画に荷担させた。
「ヴォルフラム様・・」
「マテウス卿?」
でも、なぜ王弟殿下が処刑計画に荷担するの?シュテフェン殿下は、玉座は望んではいない。産みの親が側室の子が玉座に就くことを望まなかったから?王弟殿下に遺書を遺して自殺したから?いや、シュテフェン殿下ならば人を弄ぶ為だけに、計画に荷担したかもしれない。
あるいは、唯一の子であるヴォルフラム様を王太子殿下の殺害犯にしない為に動いた?
「・・ヘクトール兄上ならば、きっと騒ぎをうまく納めてくれます。ヴォルフラム様は、ファビアン殿下とヘロルド殿下を連れて、玉座の広間に向かって下さい。そして、第一王子が無事に王位に就けるように、兄上と共に動いて下さい」
「マテウス卿、貴方も一緒に玉座の広間に行きましょう。ヘクトール卿が心配されます」
「私はこの場に残ります。ヴェルンハルト殿下を見守らなくては。私を庇って負傷なさったのですから。ヴォルフラム様はもう私の騎士ではありません!ファビアン殿下の騎士です!殿下を守りなさい、ヴォルフラム = ディートリッヒ!」
「っ!」
「行って下さい」
「マテウス卿・・では、行きます」
「はい、ヴォルフラム様」
ヴォルフラムはイグナーツを拘束したまま立ち上がると、ファビアン殿下の元に向かった。
ファビアン殿下は、アルトゥールに抱きかかえられていた。殿下は俺の名を呼びながら、涙を流していた。こんな状態なのに、父親の名を呼ばないことに胸が痛んだ。全ては、周りの大人の責任だ。俺も含めて。
ヴォルフラムとアルトゥールは、二人の王子とイグナーツを連れて、玉座の広間に向かった。床に伏せていた妃候補や側室も置いていかれまいと、ヴォルフラムの後を追った。
そして、俺とヴェルンハルト殿下のみが回廊に残った。血に濡れた回廊。だけど、花籠から周囲に散ったゴールドチェーンの花房が、香りの結界を作りあげ、血の匂いを寄せ付けない。
あるいは、もう血の匂いに慣れてしまったのかもしれない。俺は返り血を浴びた殿下を、苦労しながらも膝枕した。
「ヴェルンハルト殿下、なぜ私を庇ったりするのですか。これで、私は殿下を忘れることができなくなります。私を守ってくれた大切な人として、心の中に住まわせなければならないではないですか。私の心には、もう・・いっぱい大切な人達がいるのですよ?殿下の入る隙間なんてありませんよ、ヴェルンハルト殿下」
「・・・っ」
「殿下!」
「・・マテ、ウス?」
「殿下はまだ喋れるのですね?なら、答えてくださいよ、殿下!どうして、私を庇ったりしたのですか。何時もは苛めてばかりなのに。なぜ最後に私の命をまもるのですか。私は殿下だけのお気に入りの、苛めやすい、小動物なのでしょ?『小動物の命は俺だけが奪える権利を持っている』なんて、考えたんじゃないでしょうね?マテウスは、性悪ですから別の解釈をしますよ?殿下は本当は私の事が好きだったのでしょ?そう、解釈しちゃいますよ、殿下?反論しなくてよいのですか?聞こえますか、殿下?」
「・・ぐっ」
「運命が・・ヴェルンハルト殿下を奪ってしまう。私を庇って、殿下の命が奪われる!」
「・・・・」
「殿下、殿下、目覚めて、お願い・・」
「・・・・」
「・・殿下?」
◇◇◇◇
「マテウス」
「っ!」
「マテウス。ヘクトール様の指示で迎えに来た。俺が分かるか、マテウス?」
「アルミン」
「そうだ、アルミンだ。玉座の広間は大騒ぎだ。ここにも、沢山人が押し寄せる。これ以上は、ヘクトール様でもここに人を寄せ付けぬようにするのは無理と判断された」
「全てはヘクトール兄上の計画なの?」
「ただ一つの誤算をのぞいて」
「誤算?」
「王弟殿下の裏切りだ」
「裏切り?」
「イグナーツは殿下を刺す筈だった。肌を少し傷つけるだけで、かまわなかった。だが、イグナーツは王弟殿下の入れ知恵で、マテウスを狙った。俺は庭園で見ていて、心臓が止まるかと思った」
「でも、ヴェルンハルト殿下が庇ってくれた。だから、私は生きていて・・」
「殿下のあの行動はよくわからん。だが、感謝しかない。危うく、マテウスが命を落とすところだったからな。まじで、危なかった」
「ヘクトール兄上が、王弟殿下を計画に引き入れたのでしょ?」
「王弟殿下は、ヴェルンハルト殿下を嫌っていた。その腹いせに、側室のイグナーツを寝取った。だが、相手に執着されて縁を切りたがっていた。去勢しているのに『孕み子』をどう寝取ったのかは気になるが・・まあ、ヘクトール様の誘いにあっさりと乗ってきた。だが、王弟殿下の性格をヘクトール様は読みきれなかった。今頃は打ちのめされながら、ファビアン殿下を王位に就けるべく活動中だ」
「ヘクトール兄上が読み負けた?」
「まあ、ヘクトール様も負ける時はあるだろ。さあ、もう限界だ。マテウス、抱き上げるぞ。お姫様抱っこで、馬車に向かうからな」
「でも、ヴェルンハルト殿下が!」
「もう、亡くなっている」
「違うよ!さっき、私をマテウスって呼んだよ?まだ、殿下は生きてる。だから、看取ってあげないと一人は寂しいよ!」
「マテウスは時間の感覚を失っている。殿下は、お前の膝枕で亡くなっている。ちゃんと、マテウスは殿下を看取った」
「本当に?」
「本当だ。まじ、もう限界だ。殿下の頭を床におろすから、マテウスは動かない。俺がそばにいるから大丈夫だろ?そんなに泣くな、マテウス。シュナーベルの邸に戻ろう。そして、シュナーベルの領地に帰って馬で駆けよう、マテウス」
「うん、アルミン」
「じゃ、お姫様抱っこするぞ」
「おんぶして、アルミン」
「いや、え、おんぶはヤバイかな」
「おんぶして。何も見ないから。アルミンの背中で顔をばふってするから」
「まずいな、マテウスが幼児化してる。とにかく、邸に戻ってベッドに入って、ルドルフの診察を受けような。ほら、おんぶしてやる」
「ありがとう、アルミン」
「どういたしまして、マテウス」
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