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第四章
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◆◆◆◆◆
既に死んだ男たちを、ヴェルンハルト殿下は執拗に剣で突き刺していた。黒い軍服が返り血でどす黒く染まっていく。
何度も何度も、剣で貫き、腸を抉り、顔を切り裂いていく。カールが受けた拷問を再現するように、あらゆる箇所を貫き斬りつけ抉る。それを、倒れた男たち全員に同様に繰り返す。
ヴェルンハルト殿下は無言だった。
回廊は血の海となっている。誰もが王太子殿下の行動に、怯えていた。妃候補や側室の多くは、回廊の床に座り込んで目を逸らしていた。その内の誰かが呟いた。
「王太子殿下は・・乱心された」
小さな呟きだったのに、その言葉は残酷なほど回廊に響きわたった。言葉を発した本人は口を塞ぎ、回廊の床に顔を押し付け激しく震える。
俺は視線をふらつかせながら、再び前方に目を向けた。すると、殿下が動きを止めて、こちらをぼんやりと見詰めていた。
ヴェルンハルト殿下の位置から、先ほどの呟きが聞こえたとは思えない。だが、人は鋭敏になると、小さな呟きさえも捉えてしまうのかもしれない。
「ヴェルンハルト殿下」
俺は殿下に声を掛けていた。震えながら声を掛けた。王太子殿下の視線が揺れながらも、俺を捉える。
「・・マテウス」
王太子殿下は遺体に剣を突き刺したまま、こちらに向かいふらふらと歩き出した。何時の間にか、近衛騎士に扮していた植民地奴隷が姿を消していた。
近衛騎士の姿をした遺体。血に濡れた王太子殿下。そして、回廊の柱に背を預ける王弟殿下。
王弟殿下と目が合うと、彼はにやりと笑った。そして、何かしら合図を送った。誰に合図を送ったのかは分からない。だが、シュテフェン殿下は、軽い足取りで回廊から姿を消した。庭園に続く階段を降りたのだろう。そのまま、庭園の草花に姿が埋もれて見えなくなった。
王弟殿下は玉座を狙ってはいないのか?王太子殿下を殺害するつもりもなかった?
でも、王弟殿下とヘクトール兄上は確実に繋がっている筈だ。カール殺害の実行犯は、兄上の監視下にあったはず。
実行犯の半数は、ディートリッヒ家に脅しを掛けて逆に殺された。だが、まだ幾人かは生きていると兄上自身から聞いた。その話も随分前に聞いたものだが・・
「マテウス、カールの仇をとったぞ」
ヴェルンハルト殿下が、そう呟きながら俺に近付く。ヴォルフラムは警戒を露にして、俺の前にたつ。左手には剣が握られていた。でも、王太子殿下は、もう剣を持ってはいない。
危険はもうないはずだ。それとも、やはり・・ヴォルフラム様が王太子殿下を殺すの?
「ヴォルフラム様、王太子殿下には私がつきます。私は、殿下の『親友』ですから」
王太子殿下を殺害すれば、大罪になる。そして、今のヴォルフラムならやりかねない。
「マテウス卿のお側を離れる訳には参りません。今の王太子殿下は、明らかに危険です」
「ヴォルフラム様はもう『マテウス卿の騎士』はやめたのでしょ?ファビアン殿下に一生を捧げるのでしょ?どうか、ファビアン殿下のそばで見守り支えてあげて下さい」
「マテウス卿、私は貴方のことが・・」
「ヴォルフラム様は、運命から外れたのです。右半身を失った代わりに、貴方はファビアン殿下に仕える未来を得ました。そして、ヴェルンハルト殿下との縁は切れました。これは、私の予言です。どうぞ、従って下さい」
「その未来に、マテウス卿はいますか?」
「もちろんです」
「・・信じて宜しいのですね?」
「信じて下さい、ヴォルフラム様」
「分かりました」
決断したヴォルフラムは、剣を鞘に納めた。そして、血に染まった王太子殿下に一礼して、その場を後にする。ヴォルフラムは確実に運命から外れた。
「マテウス、カールの仇をとったぞ」
ヴェルンハルト殿下が、同じ言葉を繰り返した。そして、目の前に立つとゆっくりと俺を抱きしめた。
「殿下」
「カールの仇はとった」
「はい、殿下」
「俺は、カールの死を望んだ」
「はい」
「だが、あの様な死は望んではいなかった」
「はい、私もです」
「カールは美しかった」
「カールは綺麗でした」
「カールの死も美しく在って欲しかった」
「私もそう望みました」
「そうか、マテウスもそう望んでいたのか」
「だって、カールは美しかったから」
「ああ、あいつは美しかった」
ヴェルンハルト殿下からは、血の匂いがした。俺は殿下の背中に腕を回しながら、運命に尋ねる。王太子殿下を殺害するのは、誰ですか?
殿下に接近する者はいない。ヴェルンハルト殿下のそばにいるのは俺だけ。背後では、第二王子の産みの親が床に伏している。あまりの出来事に、気を失ったのかもしれない。
やはり、俺が殿下を殺害するのだろうか?
でも、どうやって?
武器もないのに、どうやって?
運命は本当に、俺を選んだのか?
それとも、ヘクトール兄上の処刑計画は失敗に終わったのかな?そうなのかな?
なら、もう諦めるしかないかな。
「マテウス!!」
「え?」
ヴェルンハルト殿下が俺を抱き込み、身を反転させた。直後に殿下がうめき声をあげた。そして、俺を抱きしめたまま王太子殿下が床に崩れ落ちた。
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既に死んだ男たちを、ヴェルンハルト殿下は執拗に剣で突き刺していた。黒い軍服が返り血でどす黒く染まっていく。
何度も何度も、剣で貫き、腸を抉り、顔を切り裂いていく。カールが受けた拷問を再現するように、あらゆる箇所を貫き斬りつけ抉る。それを、倒れた男たち全員に同様に繰り返す。
ヴェルンハルト殿下は無言だった。
回廊は血の海となっている。誰もが王太子殿下の行動に、怯えていた。妃候補や側室の多くは、回廊の床に座り込んで目を逸らしていた。その内の誰かが呟いた。
「王太子殿下は・・乱心された」
小さな呟きだったのに、その言葉は残酷なほど回廊に響きわたった。言葉を発した本人は口を塞ぎ、回廊の床に顔を押し付け激しく震える。
俺は視線をふらつかせながら、再び前方に目を向けた。すると、殿下が動きを止めて、こちらをぼんやりと見詰めていた。
ヴェルンハルト殿下の位置から、先ほどの呟きが聞こえたとは思えない。だが、人は鋭敏になると、小さな呟きさえも捉えてしまうのかもしれない。
「ヴェルンハルト殿下」
俺は殿下に声を掛けていた。震えながら声を掛けた。王太子殿下の視線が揺れながらも、俺を捉える。
「・・マテウス」
王太子殿下は遺体に剣を突き刺したまま、こちらに向かいふらふらと歩き出した。何時の間にか、近衛騎士に扮していた植民地奴隷が姿を消していた。
近衛騎士の姿をした遺体。血に濡れた王太子殿下。そして、回廊の柱に背を預ける王弟殿下。
王弟殿下と目が合うと、彼はにやりと笑った。そして、何かしら合図を送った。誰に合図を送ったのかは分からない。だが、シュテフェン殿下は、軽い足取りで回廊から姿を消した。庭園に続く階段を降りたのだろう。そのまま、庭園の草花に姿が埋もれて見えなくなった。
王弟殿下は玉座を狙ってはいないのか?王太子殿下を殺害するつもりもなかった?
でも、王弟殿下とヘクトール兄上は確実に繋がっている筈だ。カール殺害の実行犯は、兄上の監視下にあったはず。
実行犯の半数は、ディートリッヒ家に脅しを掛けて逆に殺された。だが、まだ幾人かは生きていると兄上自身から聞いた。その話も随分前に聞いたものだが・・
「マテウス、カールの仇をとったぞ」
ヴェルンハルト殿下が、そう呟きながら俺に近付く。ヴォルフラムは警戒を露にして、俺の前にたつ。左手には剣が握られていた。でも、王太子殿下は、もう剣を持ってはいない。
危険はもうないはずだ。それとも、やはり・・ヴォルフラム様が王太子殿下を殺すの?
「ヴォルフラム様、王太子殿下には私がつきます。私は、殿下の『親友』ですから」
王太子殿下を殺害すれば、大罪になる。そして、今のヴォルフラムならやりかねない。
「マテウス卿のお側を離れる訳には参りません。今の王太子殿下は、明らかに危険です」
「ヴォルフラム様はもう『マテウス卿の騎士』はやめたのでしょ?ファビアン殿下に一生を捧げるのでしょ?どうか、ファビアン殿下のそばで見守り支えてあげて下さい」
「マテウス卿、私は貴方のことが・・」
「ヴォルフラム様は、運命から外れたのです。右半身を失った代わりに、貴方はファビアン殿下に仕える未来を得ました。そして、ヴェルンハルト殿下との縁は切れました。これは、私の予言です。どうぞ、従って下さい」
「その未来に、マテウス卿はいますか?」
「もちろんです」
「・・信じて宜しいのですね?」
「信じて下さい、ヴォルフラム様」
「分かりました」
決断したヴォルフラムは、剣を鞘に納めた。そして、血に染まった王太子殿下に一礼して、その場を後にする。ヴォルフラムは確実に運命から外れた。
「マテウス、カールの仇をとったぞ」
ヴェルンハルト殿下が、同じ言葉を繰り返した。そして、目の前に立つとゆっくりと俺を抱きしめた。
「殿下」
「カールの仇はとった」
「はい、殿下」
「俺は、カールの死を望んだ」
「はい」
「だが、あの様な死は望んではいなかった」
「はい、私もです」
「カールは美しかった」
「カールは綺麗でした」
「カールの死も美しく在って欲しかった」
「私もそう望みました」
「そうか、マテウスもそう望んでいたのか」
「だって、カールは美しかったから」
「ああ、あいつは美しかった」
ヴェルンハルト殿下からは、血の匂いがした。俺は殿下の背中に腕を回しながら、運命に尋ねる。王太子殿下を殺害するのは、誰ですか?
殿下に接近する者はいない。ヴェルンハルト殿下のそばにいるのは俺だけ。背後では、第二王子の産みの親が床に伏している。あまりの出来事に、気を失ったのかもしれない。
やはり、俺が殿下を殺害するのだろうか?
でも、どうやって?
武器もないのに、どうやって?
運命は本当に、俺を選んだのか?
それとも、ヘクトール兄上の処刑計画は失敗に終わったのかな?そうなのかな?
なら、もう諦めるしかないかな。
「マテウス!!」
「え?」
ヴェルンハルト殿下が俺を抱き込み、身を反転させた。直後に殿下がうめき声をあげた。そして、俺を抱きしめたまま王太子殿下が床に崩れ落ちた。
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