227 / 239
第四章
262
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
黄色い花房が入った花籠を胸に抱き、俺は回廊を静かに歩いていた。
先頭を歩くヴェルンハルト殿下は、時折背後に視線を向ける。何かを警戒している訳でもなく、どこか物思いに耽っているように見えた。
フォルカー病の兆しがなければ、戴冠式はもっと華やかなものになっただろう。回廊には美しく着飾った近衛騎士たちが並び、王位を継ぐ王太子殿下を祝福したはずだ。
王太子殿下にとっては、長く待ち望んだ玉座。幾度も危機に陥りながらも、殿下は乗り越えてきた。きっと、望んだ戴冠式の形とは違っただろうが、それでも国王となれることに喜びは大きいだろう。
だけど、運命は王太子殿下の命を刈り取る。
小説『愛の為に』は、ヴェルンハルト殿下の死を持って終焉となる。おそらく、殿下はその運命から逃れる事はできないだろう。
弟のカールを友として心から愛してくれたヴェルンハルト殿下。そんな殿下の死を、俺とヘクトール兄上は望んでいる。
玉座の広間まであと少し。
「ヴェルンハルト殿下」
後方にいた護衛のヴォルフラムが、殿下の名を呼ぶ。回廊の床に響く足音が、前方に近付いてくる。王太子殿下が、ゆっくりと立ち止まる。俺も殿下に習い立ち止まった。花籠をぎゅっと抱きしめて、ヴォルフラムが近づくのを待つ。
「何事だ?」
ヴェルンハルト殿下が背後を振り返る。すぐそばまで、ヴォルフラムが近づいていた。
ヴォルフラムは右側に帯刀した剣の柄に手を宛がっていた。振り返った王太子殿下も、左側に帯刀した剣の柄に手を宛がっている。
「っ!」
俺は自然と息を止めていた。二人の動きを視界におさめながらも、何も出来ずに立ち尽くしていた。ヴォルフラムは殿下の横を通り抜け、前方に視線を向けながら言葉を紡ぐ。
「殿下、そのままお待ち下さい。前方に立つ彼等は、近衛騎士ではないかもしれません」
回廊の曲がり角。そこを、近衛騎士が今までと変わりなく配置されていた。いや、今までより配置人数が多いかもしれない。でも、角を曲がりしばらく歩けば、もう玉座の広間だ。近衛騎士が多く配置されていても、おかしくはない。
「ヴォルフラムは妙な事を言う。彼等は近衛騎士に与えられる衣服と剣を帯刀しているぞ?」
ヴェルンハルト殿下は不審げに、ヴォルフラムに視線を向ける。
「彼等からは異国人の匂いがします。ヴェルンハルト殿下、抜刀の許可をいただけますか?」
「許可はしない」
「殿下!」
王太子殿下は、即座にヴォルフラムの要望を拒否した。二人の間に不穏な空気が流れる。
俺は緊張から手が震えた。その震えは花籠に伝わり、黄色い花房が幾つか床に落ちた。床に落ちたゴールドチェーンから、甘い香りが立ちこめる。
王太子殿下が、不意に言葉を発した。
「確かに、この甘い香りに馴染まぬ異国人の匂いがする。いや、これは、植民地奴隷の匂いだ。父上に差し出した『植民地の孕み子』も、同様の匂いを放っていた!」
「抜刀の許可を、殿下」
「抜刀しろ。俺も加勢する」
ヴェルンハルト殿下とヴォルフラムが、ほぼ同時に抜刀した。
妃候補や側室が動揺して、悲鳴を上げて列が乱れる。俺は声さえあげられず、前方を見つめていた。そして、俺はある人物を見つけた。自然とその名を口にしていた。
「王弟殿下、シュテフェン = フォーゲル」
庭園と回廊を繋ぐ階段から、王弟殿下がゆっくりと現れた。金髪から覗く瞳は、右虹彩がブルー、左虹彩がブラウン。輝くシュテフェン殿下の瞳が、王太子殿下とヴォルフラムの姿を捉える。
「叔父上!?」
「・・シュテフェン殿下!」
シュテフェン殿下が、楽しそうな笑みを浮かべながら回廊に現れた。王弟殿下が合図をすると、近衛騎士たちが一斉に帽子を脱ぎ捨てると抜刀した。
「やあ、ヴェルンハルト。ようやく、玉座に近づいたね。君の苦労に報いるために、贈り物を用意したよ。ぜひとも、堪能して欲しいね」
「叔父上、無駄な事はやめた方がいい。俺は叔父上に、玉座を渡すつもりはない!」
「まあねぇ。正直なところ、私も玉座に興味はない。だが、私の産みの親が『側室』の生んだ子が王位を継ぐのは許せないと、遺書を遺して死んでしまってね。フォルカー教では自死は禁じられているのに、産みの親が自殺をするとは思いもしなかったよ。それでまぁ、産みの親の望みを叶えようかと思ってね?」
何時もと変わらぬシュテフェン殿下の態度に、俺は不気味さを感じた。
「叔父上が産みの親の遺書に影響され、このような暴挙に出るとは意外ですね?もしも、本気で玉座を狙っているなら諦めた方がいい。俺から玉座を奪っても、臣下は貴方の命令には従いませんよ?叔父上に従っても、臣下には旨味がありませんから」
「私には旨味がないかな?」
「ありませんね。叔父上は、既に去勢して子を作れない身です。子のない王に先はない。次の国王を巡り、臣下たちが王位継承者を奪い合うだけだ。そして、国は乱れ、叔父上は王国民から『愚王』と呼ばれるだけです。それでも国王になりたいですか、叔父上?」
シュテフェン殿下は少し嗤い、ヴォルフラムを指さした。
「私には既に息子がいる。その事を忘れてはいないかい?ヴォルフラム、君は私の息子だ。もちろん、私の味方になってくれるだろうね?」
「っ!」
ヴェルンハルト殿下は、ヴォルフラムに剣の切っ先を向けた。
◆◆◆◆◆
黄色い花房が入った花籠を胸に抱き、俺は回廊を静かに歩いていた。
先頭を歩くヴェルンハルト殿下は、時折背後に視線を向ける。何かを警戒している訳でもなく、どこか物思いに耽っているように見えた。
フォルカー病の兆しがなければ、戴冠式はもっと華やかなものになっただろう。回廊には美しく着飾った近衛騎士たちが並び、王位を継ぐ王太子殿下を祝福したはずだ。
王太子殿下にとっては、長く待ち望んだ玉座。幾度も危機に陥りながらも、殿下は乗り越えてきた。きっと、望んだ戴冠式の形とは違っただろうが、それでも国王となれることに喜びは大きいだろう。
だけど、運命は王太子殿下の命を刈り取る。
小説『愛の為に』は、ヴェルンハルト殿下の死を持って終焉となる。おそらく、殿下はその運命から逃れる事はできないだろう。
弟のカールを友として心から愛してくれたヴェルンハルト殿下。そんな殿下の死を、俺とヘクトール兄上は望んでいる。
玉座の広間まであと少し。
「ヴェルンハルト殿下」
後方にいた護衛のヴォルフラムが、殿下の名を呼ぶ。回廊の床に響く足音が、前方に近付いてくる。王太子殿下が、ゆっくりと立ち止まる。俺も殿下に習い立ち止まった。花籠をぎゅっと抱きしめて、ヴォルフラムが近づくのを待つ。
「何事だ?」
ヴェルンハルト殿下が背後を振り返る。すぐそばまで、ヴォルフラムが近づいていた。
ヴォルフラムは右側に帯刀した剣の柄に手を宛がっていた。振り返った王太子殿下も、左側に帯刀した剣の柄に手を宛がっている。
「っ!」
俺は自然と息を止めていた。二人の動きを視界におさめながらも、何も出来ずに立ち尽くしていた。ヴォルフラムは殿下の横を通り抜け、前方に視線を向けながら言葉を紡ぐ。
「殿下、そのままお待ち下さい。前方に立つ彼等は、近衛騎士ではないかもしれません」
回廊の曲がり角。そこを、近衛騎士が今までと変わりなく配置されていた。いや、今までより配置人数が多いかもしれない。でも、角を曲がりしばらく歩けば、もう玉座の広間だ。近衛騎士が多く配置されていても、おかしくはない。
「ヴォルフラムは妙な事を言う。彼等は近衛騎士に与えられる衣服と剣を帯刀しているぞ?」
ヴェルンハルト殿下は不審げに、ヴォルフラムに視線を向ける。
「彼等からは異国人の匂いがします。ヴェルンハルト殿下、抜刀の許可をいただけますか?」
「許可はしない」
「殿下!」
王太子殿下は、即座にヴォルフラムの要望を拒否した。二人の間に不穏な空気が流れる。
俺は緊張から手が震えた。その震えは花籠に伝わり、黄色い花房が幾つか床に落ちた。床に落ちたゴールドチェーンから、甘い香りが立ちこめる。
王太子殿下が、不意に言葉を発した。
「確かに、この甘い香りに馴染まぬ異国人の匂いがする。いや、これは、植民地奴隷の匂いだ。父上に差し出した『植民地の孕み子』も、同様の匂いを放っていた!」
「抜刀の許可を、殿下」
「抜刀しろ。俺も加勢する」
ヴェルンハルト殿下とヴォルフラムが、ほぼ同時に抜刀した。
妃候補や側室が動揺して、悲鳴を上げて列が乱れる。俺は声さえあげられず、前方を見つめていた。そして、俺はある人物を見つけた。自然とその名を口にしていた。
「王弟殿下、シュテフェン = フォーゲル」
庭園と回廊を繋ぐ階段から、王弟殿下がゆっくりと現れた。金髪から覗く瞳は、右虹彩がブルー、左虹彩がブラウン。輝くシュテフェン殿下の瞳が、王太子殿下とヴォルフラムの姿を捉える。
「叔父上!?」
「・・シュテフェン殿下!」
シュテフェン殿下が、楽しそうな笑みを浮かべながら回廊に現れた。王弟殿下が合図をすると、近衛騎士たちが一斉に帽子を脱ぎ捨てると抜刀した。
「やあ、ヴェルンハルト。ようやく、玉座に近づいたね。君の苦労に報いるために、贈り物を用意したよ。ぜひとも、堪能して欲しいね」
「叔父上、無駄な事はやめた方がいい。俺は叔父上に、玉座を渡すつもりはない!」
「まあねぇ。正直なところ、私も玉座に興味はない。だが、私の産みの親が『側室』の生んだ子が王位を継ぐのは許せないと、遺書を遺して死んでしまってね。フォルカー教では自死は禁じられているのに、産みの親が自殺をするとは思いもしなかったよ。それでまぁ、産みの親の望みを叶えようかと思ってね?」
何時もと変わらぬシュテフェン殿下の態度に、俺は不気味さを感じた。
「叔父上が産みの親の遺書に影響され、このような暴挙に出るとは意外ですね?もしも、本気で玉座を狙っているなら諦めた方がいい。俺から玉座を奪っても、臣下は貴方の命令には従いませんよ?叔父上に従っても、臣下には旨味がありませんから」
「私には旨味がないかな?」
「ありませんね。叔父上は、既に去勢して子を作れない身です。子のない王に先はない。次の国王を巡り、臣下たちが王位継承者を奪い合うだけだ。そして、国は乱れ、叔父上は王国民から『愚王』と呼ばれるだけです。それでも国王になりたいですか、叔父上?」
シュテフェン殿下は少し嗤い、ヴォルフラムを指さした。
「私には既に息子がいる。その事を忘れてはいないかい?ヴォルフラム、君は私の息子だ。もちろん、私の味方になってくれるだろうね?」
「っ!」
ヴェルンハルト殿下は、ヴォルフラムに剣の切っ先を向けた。
◆◆◆◆◆
21
お気に入りに追加
4,584
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です
記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される
マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。
そこで木の影で眠る幼女を見つけた。
自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。
実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。
・初のファンタジー物です
・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います
・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯
どうか温かく見守ってください♪
☆感謝☆
HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯
そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。
本当にありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。