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第四章

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黄色い花房が入った花籠を胸に抱き、俺は回廊を静かに歩いていた。

先頭を歩くヴェルンハルト殿下は、時折背後に視線を向ける。何かを警戒している訳でもなく、どこか物思いに耽っているように見えた。

フォルカー病の兆しがなければ、戴冠式はもっと華やかなものになっただろう。回廊には美しく着飾った近衛騎士たちが並び、王位を継ぐ王太子殿下を祝福したはずだ。

王太子殿下にとっては、長く待ち望んだ玉座。幾度も危機に陥りながらも、殿下は乗り越えてきた。きっと、望んだ戴冠式の形とは違っただろうが、それでも国王となれることに喜びは大きいだろう。

だけど、運命は王太子殿下の命を刈り取る。

小説『愛の為に』は、ヴェルンハルト殿下の死を持って終焉となる。おそらく、殿下はその運命から逃れる事はできないだろう。

弟のカールを友として心から愛してくれたヴェルンハルト殿下。そんな殿下の死を、俺とヘクトール兄上は望んでいる。

玉座の広間まであと少し。

「ヴェルンハルト殿下」

後方にいた護衛のヴォルフラムが、殿下の名を呼ぶ。回廊の床に響く足音が、前方に近付いてくる。王太子殿下が、ゆっくりと立ち止まる。俺も殿下に習い立ち止まった。花籠をぎゅっと抱きしめて、ヴォルフラムが近づくのを待つ。

「何事だ?」

ヴェルンハルト殿下が背後を振り返る。すぐそばまで、ヴォルフラムが近づいていた。

ヴォルフラムは右側に帯刀した剣の柄に手を宛がっていた。振り返った王太子殿下も、左側に帯刀した剣の柄に手を宛がっている。

「っ!」

俺は自然と息を止めていた。二人の動きを視界におさめながらも、何も出来ずに立ち尽くしていた。ヴォルフラムは殿下の横を通り抜け、前方に視線を向けながら言葉を紡ぐ。

「殿下、そのままお待ち下さい。前方に立つ彼等は、近衛騎士ではないかもしれません」

回廊の曲がり角。そこを、近衛騎士が今までと変わりなく配置されていた。いや、今までより配置人数が多いかもしれない。でも、角を曲がりしばらく歩けば、もう玉座の広間だ。近衛騎士が多く配置されていても、おかしくはない。

「ヴォルフラムは妙な事を言う。彼等は近衛騎士に与えられる衣服と剣を帯刀しているぞ?」

ヴェルンハルト殿下は不審げに、ヴォルフラムに視線を向ける。

「彼等からは異国人の匂いがします。ヴェルンハルト殿下、抜刀の許可をいただけますか?」

「許可はしない」
「殿下!」

王太子殿下は、即座にヴォルフラムの要望を拒否した。二人の間に不穏な空気が流れる。

俺は緊張から手が震えた。その震えは花籠に伝わり、黄色い花房が幾つか床に落ちた。床に落ちたゴールドチェーンから、甘い香りが立ちこめる。

王太子殿下が、不意に言葉を発した。

「確かに、この甘い香りに馴染まぬ異国人の匂いがする。いや、これは、植民地奴隷の匂いだ。父上に差し出した『植民地の孕み子』も、同様の匂いを放っていた!」

「抜刀の許可を、殿下」
「抜刀しろ。俺も加勢する」

ヴェルンハルト殿下とヴォルフラムが、ほぼ同時に抜刀した。

妃候補や側室が動揺して、悲鳴を上げて列が乱れる。俺は声さえあげられず、前方を見つめていた。そして、俺はある人物を見つけた。自然とその名を口にしていた。

「王弟殿下、シュテフェン = フォーゲル」

庭園と回廊を繋ぐ階段から、王弟殿下がゆっくりと現れた。金髪から覗く瞳は、右虹彩がブルー、左虹彩がブラウン。輝くシュテフェン殿下の瞳が、王太子殿下とヴォルフラムの姿を捉える。

「叔父上!?」
「・・シュテフェン殿下!」

シュテフェン殿下が、楽しそうな笑みを浮かべながら回廊に現れた。王弟殿下が合図をすると、近衛騎士たちが一斉に帽子を脱ぎ捨てると抜刀した。

「やあ、ヴェルンハルト。ようやく、玉座に近づいたね。君の苦労に報いるために、贈り物を用意したよ。ぜひとも、堪能して欲しいね」

「叔父上、無駄な事はやめた方がいい。俺は叔父上に、玉座を渡すつもりはない!」

「まあねぇ。正直なところ、私も玉座に興味はない。だが、私の産みの親が『側室』の生んだ子が王位を継ぐのは許せないと、遺書を遺して死んでしまってね。フォルカー教では自死は禁じられているのに、産みの親が自殺をするとは思いもしなかったよ。それでまぁ、産みの親の望みを叶えようかと思ってね?」

何時もと変わらぬシュテフェン殿下の態度に、俺は不気味さを感じた。

「叔父上が産みの親の遺書に影響され、このような暴挙に出るとは意外ですね?もしも、本気で玉座を狙っているなら諦めた方がいい。俺から玉座を奪っても、臣下は貴方の命令には従いませんよ?叔父上に従っても、臣下には旨味がありませんから」

「私には旨味がないかな?」

「ありませんね。叔父上は、既に去勢して子を作れない身です。子のない王に先はない。次の国王を巡り、臣下たちが王位継承者を奪い合うだけだ。そして、国は乱れ、叔父上は王国民から『愚王』と呼ばれるだけです。それでも国王になりたいですか、叔父上?」

シュテフェン殿下は少し嗤い、ヴォルフラムを指さした。

「私には既に息子がいる。その事を忘れてはいないかい?ヴォルフラム、君は私の息子だ。もちろん、私の味方になってくれるだろうね?」

「っ!」

ヴェルンハルト殿下は、ヴォルフラムに剣の切っ先を向けた。




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