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第四章
260 戴冠式
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◆◆◆◆◆
戴冠式当日。
王城に出仕した俺は、ゴールドチェーンの甘い香りが回廊を風に乗り流れている事に気がついた。その香りに触れると、俺は急にゴールドチェーンの樹木を見たくなった。
護衛のアンリに無理を言って、俺は庭園を巡り樹木を探した。そして、そう時間を掛けずに、黄色い花房が満開に咲くゴールドチェーンを見つけた。その樹木に身を寄せて、俺は目を閉じた。
俺は様々な記憶を手繰りよせた。その中から、輝く記憶が瞼の裏で弾けた。
それは、シュナーベルの領地で見た、ヴェルンハルト殿下とカールの逢瀬の記憶。長く封印されていた記憶が鮮やかに蘇り、俺の心を揺さぶった。俺は、一呼吸おいて目を開いた。
空は晴天。
黄色い花房の間から、木漏れ日が零れる。目を細目ながらそれを見詰めた後、俺は王城の庭園を後にした。次に、アンリを伴い王太子殿下の執務室にむかった。だが、執務室にヴェルンハルト殿下はおらず、ムキムキ側近が部屋で待機していた。
ヴェルンハルト殿下と共に戴冠式に参列する者たちは、すでに控え室に集まっていると側近に説明を受ける。そして、ムキムキ側近に急かされて、皆が集まる控え室に向かった。控え室に、護衛のアンリは入れなかった。俺は一人になり、緊張しながら控え室に入室した。
「遅いぞ、マテウス!」
控え室に入った直後、俺は王太子殿下に叱られてしまった。戴冠式を前に落ち着かないのか、殿下は部屋の中をうろうろと歩き回っている。
「申し訳ございません、王太子殿下」
俺は一礼しながら、周囲を観察した。殿下が立っているために、誰もソファーに座れずにいるようだ。妃候補や側室、王子たちが壁際で控えている。ヴォルフラム様がこの場にいないことが、少し不安。
「まあいい、許してやる。顔を上げろ」
「ありがとうございます、殿下」
俺はゆっくりと身を起こし、ヴェルンハルト殿下に意識を戻した。殿下は、儀式用の黒い軍服を身に纏っていた。その姿は凛々しく、まるで小説内に描かれたヴェルンハルト殿下の様に思えた。
何時もこの格好をしてくれていたら、性格が悪くても少しは好感度は上がったかも。
「・・殿下」
「なんだ?」
「黒い軍服がとてもよくお似合いです」
「ふん、当たり前だ。俺に着こなせない衣装など存在しないからな。それに比べて、お前の衣装はなんだ?何時もと同じ衣装ではないか。俺の戴冠式を華やかに彩る気遣いはないのか!」
前言撤回。ヴェルンハルト殿下は素敵な衣装を着ても、好感度が上がる要素がないようだ。しかも、殿下に気遣い云々を言われたくない。
「殿下の戴冠式を華やかに彩りたいと、私もその様に思っております。ですが、残念顔の私に『可愛い』ミラクルを起こしてくれるのは、この衣装だけがなのです、ヴェルンハルト殿下!」
「う、うーむ。確かに。マテウスの残念顔が、それなりに見えるのは、その衣装だけだからな。しかし、妃候補や側室と比べると、やはり華やかさが足りないな・・」
ヴェルンハルト殿下の『親友』枠で、俺は戴冠式の儀式に参加する。『親友』にはドレスコードがなかった為、髪色に合わせた『怠惰の衣装』を新調した。白色の刺繍を普段より増やし衣装を華やかにしてみたが、妃候補や側室と比べないで欲しい。
「これが、私の限界です」
「いや、駄目だ。マテウスは俺の真後ろを歩かせる。その人物が地味では、俺の戴冠式のイメージからますますかけ離れていく」
「え、あの、王太子殿下?」
「なんだ?」
ヴェルンハルト殿下が、俺の呼び掛けに素直に応じてくれた。良かった。今日は機嫌がよいようだ。
「王家の慣例では、列に並ぶ順番は決められていますよね?『親友』枠の私は最後尾と認識していたのですが、変更があったのですか?」
「ああ、俺が今変更を決めた」
「どうして突然変更をなさるのですか?」
「マテウスの顔を見て危険な気配を感じた」
「え?」
「目がギラギラしているぞ、マテウス。不穏な事を、考えているのではないのか?」
ヴェルンハルト殿下が、嗤いを浮かべて俺を見つめる。俺は緊張しつつも、反論した。
「その様な疑いを掛けられる事は、『親友』として残念に思います。ですが、親友として殿下に進言します。不穏と感じる人物を殿下の真後ろに配置する事は危険ではありませんか?」
「そうだな。マテウス、この場で裸になれ」
「はい?」
「下着姿で許してやる。お前が武器を所持していないかを確認する。早く脱げ!」
「お待ち下さい、殿下!これは、妃候補の皆様にも、要求された事でしょうか?それとも、私だけですか、ヴェルンハルト殿下?」
俺の問いに、殿下は笑うだけで応じない。その時、ファビアン殿下が俺の元に駆け寄って来てくれた。そして、王太子殿下の前に立ち塞がる。
「父上。なぜマテウスにだけ、このような仕打ちをするのですか?妃候補や側室は、別室で武器所持の有無を確認しました。『孕み子』のマテウスに、この場で裸になれなどあまりにひどいです、父上!」
ヴェルンハルト殿下は、ファビアン殿下の言葉を鼻で嗤った。だが、それだけではおさまらなかった。王太子殿下は、己の子を蹴り飛ばし怒鳴り付けた。
「マテウスの飼い主は俺だ!ファビアン、お前も弱い小動物を飼いたいなら、他を当たれ。マテウスは全て俺のモノだ・・生も死も全て」
俺は唇を噛み締めて、皆の前で下着姿になった。ファビアン殿下は、俯き俺から視線を外した。殿下が、涙目になってるのが分かる。
でも、王太子殿下が、我が子に暴力を振るう姿を見たくなかった。そして何より、ファビアン殿下が父親に暴力を振るわれる事が、耐えられなかった。
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戴冠式当日。
王城に出仕した俺は、ゴールドチェーンの甘い香りが回廊を風に乗り流れている事に気がついた。その香りに触れると、俺は急にゴールドチェーンの樹木を見たくなった。
護衛のアンリに無理を言って、俺は庭園を巡り樹木を探した。そして、そう時間を掛けずに、黄色い花房が満開に咲くゴールドチェーンを見つけた。その樹木に身を寄せて、俺は目を閉じた。
俺は様々な記憶を手繰りよせた。その中から、輝く記憶が瞼の裏で弾けた。
それは、シュナーベルの領地で見た、ヴェルンハルト殿下とカールの逢瀬の記憶。長く封印されていた記憶が鮮やかに蘇り、俺の心を揺さぶった。俺は、一呼吸おいて目を開いた。
空は晴天。
黄色い花房の間から、木漏れ日が零れる。目を細目ながらそれを見詰めた後、俺は王城の庭園を後にした。次に、アンリを伴い王太子殿下の執務室にむかった。だが、執務室にヴェルンハルト殿下はおらず、ムキムキ側近が部屋で待機していた。
ヴェルンハルト殿下と共に戴冠式に参列する者たちは、すでに控え室に集まっていると側近に説明を受ける。そして、ムキムキ側近に急かされて、皆が集まる控え室に向かった。控え室に、護衛のアンリは入れなかった。俺は一人になり、緊張しながら控え室に入室した。
「遅いぞ、マテウス!」
控え室に入った直後、俺は王太子殿下に叱られてしまった。戴冠式を前に落ち着かないのか、殿下は部屋の中をうろうろと歩き回っている。
「申し訳ございません、王太子殿下」
俺は一礼しながら、周囲を観察した。殿下が立っているために、誰もソファーに座れずにいるようだ。妃候補や側室、王子たちが壁際で控えている。ヴォルフラム様がこの場にいないことが、少し不安。
「まあいい、許してやる。顔を上げろ」
「ありがとうございます、殿下」
俺はゆっくりと身を起こし、ヴェルンハルト殿下に意識を戻した。殿下は、儀式用の黒い軍服を身に纏っていた。その姿は凛々しく、まるで小説内に描かれたヴェルンハルト殿下の様に思えた。
何時もこの格好をしてくれていたら、性格が悪くても少しは好感度は上がったかも。
「・・殿下」
「なんだ?」
「黒い軍服がとてもよくお似合いです」
「ふん、当たり前だ。俺に着こなせない衣装など存在しないからな。それに比べて、お前の衣装はなんだ?何時もと同じ衣装ではないか。俺の戴冠式を華やかに彩る気遣いはないのか!」
前言撤回。ヴェルンハルト殿下は素敵な衣装を着ても、好感度が上がる要素がないようだ。しかも、殿下に気遣い云々を言われたくない。
「殿下の戴冠式を華やかに彩りたいと、私もその様に思っております。ですが、残念顔の私に『可愛い』ミラクルを起こしてくれるのは、この衣装だけがなのです、ヴェルンハルト殿下!」
「う、うーむ。確かに。マテウスの残念顔が、それなりに見えるのは、その衣装だけだからな。しかし、妃候補や側室と比べると、やはり華やかさが足りないな・・」
ヴェルンハルト殿下の『親友』枠で、俺は戴冠式の儀式に参加する。『親友』にはドレスコードがなかった為、髪色に合わせた『怠惰の衣装』を新調した。白色の刺繍を普段より増やし衣装を華やかにしてみたが、妃候補や側室と比べないで欲しい。
「これが、私の限界です」
「いや、駄目だ。マテウスは俺の真後ろを歩かせる。その人物が地味では、俺の戴冠式のイメージからますますかけ離れていく」
「え、あの、王太子殿下?」
「なんだ?」
ヴェルンハルト殿下が、俺の呼び掛けに素直に応じてくれた。良かった。今日は機嫌がよいようだ。
「王家の慣例では、列に並ぶ順番は決められていますよね?『親友』枠の私は最後尾と認識していたのですが、変更があったのですか?」
「ああ、俺が今変更を決めた」
「どうして突然変更をなさるのですか?」
「マテウスの顔を見て危険な気配を感じた」
「え?」
「目がギラギラしているぞ、マテウス。不穏な事を、考えているのではないのか?」
ヴェルンハルト殿下が、嗤いを浮かべて俺を見つめる。俺は緊張しつつも、反論した。
「その様な疑いを掛けられる事は、『親友』として残念に思います。ですが、親友として殿下に進言します。不穏と感じる人物を殿下の真後ろに配置する事は危険ではありませんか?」
「そうだな。マテウス、この場で裸になれ」
「はい?」
「下着姿で許してやる。お前が武器を所持していないかを確認する。早く脱げ!」
「お待ち下さい、殿下!これは、妃候補の皆様にも、要求された事でしょうか?それとも、私だけですか、ヴェルンハルト殿下?」
俺の問いに、殿下は笑うだけで応じない。その時、ファビアン殿下が俺の元に駆け寄って来てくれた。そして、王太子殿下の前に立ち塞がる。
「父上。なぜマテウスにだけ、このような仕打ちをするのですか?妃候補や側室は、別室で武器所持の有無を確認しました。『孕み子』のマテウスに、この場で裸になれなどあまりにひどいです、父上!」
ヴェルンハルト殿下は、ファビアン殿下の言葉を鼻で嗤った。だが、それだけではおさまらなかった。王太子殿下は、己の子を蹴り飛ばし怒鳴り付けた。
「マテウスの飼い主は俺だ!ファビアン、お前も弱い小動物を飼いたいなら、他を当たれ。マテウスは全て俺のモノだ・・生も死も全て」
俺は唇を噛み締めて、皆の前で下着姿になった。ファビアン殿下は、俯き俺から視線を外した。殿下が、涙目になってるのが分かる。
でも、王太子殿下が、我が子に暴力を振るう姿を見たくなかった。そして何より、ファビアン殿下が父親に暴力を振るわれる事が、耐えられなかった。
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