嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第四章

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ゴールドチェーンの花房が満開となり、回廊が花の甘い香りで満ちた。

その時を待っていたように、ヴェルンハルト殿下は、疫病の流行を心配する臣下たちを黙らせ、戴冠式を執り行う事を国内外に宣言した。

小説『愛の為に』に記された通りに、戴冠式は甘く香る花の季節に執り行われる事となった。

戴冠式の準備は、慌ただしく進められた。フォルカー病の流行の兆しが、戴冠式にも影を落とした。本来ならば華やかで厳かな儀式が、規模を縮小して執り行われる事になった。

王太子殿下はその事に不満を抱いていた。だが、いち早く国王の座に就くために、殿下は戴冠式の規模の縮小に応じた。ヴェルンハルト殿下が、国王となれば、まずは疫病の封じ込めに成功するかどうかで、王国民の評価が別れるだろう。

だが、俺とヘクトール兄上は、ヴェルンハルト殿下が国王の座に就くことを望んでいない。戴冠式を数日後に控えて、俺たちは改めてその事を確かめあっていた。

「マテウス、夜に自室を訪ねて悪いね。戴冠式の準備で疲れてはいないかい?もしも、体調が優れないなら言って欲しい。話は後日にする」

すっかり日が暮れて、窓の外は真っ暗だ。俺の自室を訪れた兄上は、少し居心地が悪そうにソファーに座り直す。

「ヘクトール兄上こそ、疲れていませんか?戴冠式の準備と平行して、ヴァインガルトナー家の取り調べも行っていると聞きました?公爵家から逃げ出した、植民地奴隷の行方も探しているのですよね?」

俺がヘクトール兄上を気遣うと、兄上は深い溜め息をついてソファーに身を沈める。

「厄介なことだよ、マテウス。ヴァインガルトナー家は、公爵家の上に王弟殿下の産みの親の生家だ。上位貴族を取り調べる事は、気遣いが必要で・・疲れる」

「ヘクトール兄上」
「すまない。愚痴を聞かせているな」

「私は婚約者ですよ?兄上の愚痴ならば、いくらでも聞きます。ヘクトール兄上は、もっと私に頼ってください」

俺の言葉に、ヘクトール兄上は笑みを見せた。そして、身を乗り出して俺の頬を優しく撫でた。でも、兄上の指先は、頬からすぐに離れていった。その事が切なく、寂しく感じた。

「取り調べから、植民地奴隷を密かに隣国から購入したのは、王弟殿下の産みの親であることが判明した」

「王弟殿下の産みの親が・・?」

人間を購入すると表現することには、抵抗を覚えた。だが、この異世界では、彼等には人権が与えられてはいない。植民地奴隷が捕まれば、疫病に罹患しているかに関わらず、処刑されるだろう。

「マテウス、大丈夫か?」

「いえ、少し考え事を。それで、王弟殿下の産みの親は、植民地奴隷を集めて・・何を行うつもりだったのですか?」

「王弟殿下の産みの親は、『呪われた瞳』のシュテフェン殿下を生んで以来、心を病んでしまったようだ。本来は、穏やかな人物だったらしい。だが、側室の子供であるヴェルンハルト殿下が国王となることが、どうしても許せなかったようだ。『妃候補』としてのプライドが、どうしても捨てられなかったようだ」

「つまり、我が子である王弟殿下に玉座を与えるために、植民地奴隷を使い反乱を企てていたということですか?」

「まあ、簡単に説明するとそうなる。王弟殿下自身は玉座に興味はないのに、産みの親は息子を国王にしたかったわけだ」

「王弟殿下は、本当に玉座に興味はないのですか?ヴェルンハルト殿下が国王となる事に、反対していましたが?」

「嫌がらせだろう」

「嫌がらせ。すごく、シュテフェン殿下らしい理由で納得です。でも・・」

小説内では、王弟殿下の唯一の子である、ヴォルフラム様がヴェルンハルト殿下を害している。シュテフェン殿下とヴォルフラム様が結託して、王位を欲したとしてもおかしくはない。

ヴォルフラム様は、ファビアン殿下に生涯を捧げると誓ってくれた。だけど、彼は運命に逆らう事ができるのだろうか?小説内に、ヴォルフラムの動機が書かれてはいなかった。それだけに不安が残る。彼は俺の大切な恩人なのに、疑っている自分が嫌になる。

「マテウス」
「はい、兄上」

「王太子殿下の処刑計画の内容を、本当に知らないままで良いのか?俺は知っていて欲しい。マテウスを、危険に晒す内容なんだよ?俺は、知るべきだと思う。計画を聞いた上で、マテウスが計画から外れても俺は構わない」

「ヘクトール兄上。私はすぐに、余計な事を口にしてしまうのです。だから、何も知らない方がよいのです。玉座の広間に向かう回廊で、計画が実行される。それだけを知っていれば十分です、ヘクトール兄上」

「しかし、マテウス。俺はその時は、回廊にはいない。お前を危険に晒しながら、俺は玉座の広間で計画の行方を待つだけだ。そんな計画を立てた俺を、卑怯だとは思わないのか?マテウスがそう指摘くれたなら、計画の変更をするつもりだ」

俺はちょっと笑って、ヘクトール兄上を見つめた。そして、ゆっくりと口を開く。

「ヘクトール兄上。私の存在は、既に運命に記されています。ヴェルンハルト殿下の『親友』として、殿下が害される回廊に存在するのです。ですが、兄上の存在は、運命には記されていなかった。運命に記された内容そのままに、事が運ぶとは私も思っていません。特に、殿下を害するはずだったヴォルフラム様は、右半身の機能を奪われ、左手で剣を扱う護衛騎士となりました。そして、今はファビアン殿下に誓いをたてています。私は、兄上が運命を味方につけたと信じています」

俺はヘクトール兄上に向かい、はっきりと言い切っていた。



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