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第四章
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◆◆◆◆◆
突然語気を強めた殿下に、俺は驚いた。ファビアン殿下は、強張った表情で口を開く。
「・・マテウスの別人格を、どうしても僕は好きになれなかった。でも、僕が何を言っても、産みの親のように、叩いたりしなかった。だからね、平気で色々悪口を言っちゃった。『消えろ』って何度も言った。何回も、何回も!」
「・・殿下」
別人格のカールの話に突然話題が飛び、俺は戸惑った。同時に、胸に痛みが走った。心に傷がまだ存在する事を知り、安堵と辛さに深い息を吐き出す。
「僕にいっぱい悪口を言われて、別人格のカールは疲れちゃったのかな?だから、カールはマテウスと入れ替わったのかな?だけど、マテウスと入れ替わった直後に・・マテウスの子が流れた。きっと、別人格は、ずっとずっと、マテウスの子を守っていたんだ。なのに、僕は悪口を言ってカールを傷付けて・・マテウスの別人格も、マテウスの赤子も殺した」
ファビアン殿下がそっと身を預けてきたので、俺は殿下の肩に手を回した。殿下は、左目からポロポロと涙を流していた。右目は眼帯に隠れて様子がわからない。なんだか、胸が締め付けられて、俺まで泣きそうになった。
殿下がこれ程、罪悪感を抱いているとは思わなかった。
「ファビアン殿下、気に病むことはありません。現実から逃げ出した私を、ファビアン殿下は目覚めさせてくれたのです。別人格のカールは、私が目覚めることを望んでいました。私の子が流れたのは、誰の責任でもありません。まして、ファビアン殿下の責任である筈がありません」
子が流れたのは私の責任で、ファビアン殿下が気に病む事ではない。
「じゃあ、マテウスは僕を恨んでないの?」
「私がファビアン殿下を、恨む理由がありません。子を喪い気弱になった私を、殿下は王城で支えてくれました。私の出産に関わった為に、宮廷医師の怨みをかい、右目の視力を喪ったというのに・・どうして、私を責めないのですか、殿下?」
「僕がどうしてマテウスを責めるの?マテウスが、僕をここまで解放してくれたのに。ねえ、僕はしっかりと話せているでしょ?」
「はい、ファビアン殿下」
「右目に傷がつき、僕の瞳は白く濁ってしまった。すると、回りの人間はみんな目を背けるんだ。穢れたものをみるように。辛くて、一度はまた、言葉がうまくでなくなった。でもね、ヴォルフラムが、僕に眼帯をくれたんだよ。これ、ヴォルフラムとお揃いなんだよ!」
「とてもよく似合っておられます」
「そうでしょ?まるで、親子みたいって思えて、ヴォルフラムにそう伝えたんだ。そしたら、困った顔したヴォルフラムに否定された」
「え!?」
「どうしてって、僕はヴォルフラムに聞いたんだ。そしたら、ヴォルフラムは真面目な顔で怖いことを言うからビックリしたよ」
「ヴォルフラム様は、何と返事されてのですか?」
ファビアン殿下は少し笑みを浮かべて、ヴォルフラムの言葉を正確に再現した。
「『私はマテウス卿に、生涯を捧げるつもりでした。しかし、右半身を喪っては、もはやマテウス卿は守れない。『マテウス卿の騎士』となることは諦めるしかありません。ですが、私はあの方のお役にたちたい。ファビアン殿下は、国王になるとマテウス卿に誓ったのでしょ?ならば、私は殿下の臣下として、不完全な身ですがファビアン殿下に生涯を捧げます。ファビアン殿下が、マテウス卿が望まれる国王である限り、私は殿下を裏切りません。ですが、殿下がマテウス卿の望まぬ国王となった際には、その命を奪わせてもらいます』」
うおぉ、ヴォルフラム様がかなりヤバイ発言をしている。しかも、まだ子供相手に脅しまくってる。ヘクトール兄上より、怖い発言をしているよ。
「僕ね・・そのヴォルフラムの言葉を聞いて、すらすら言葉が出てきたんだ。『わかった。僕はヴォルフラムを臣下として、生涯そばにおくことにする。僕はマテウスが望む国王であり続ける。ヴォルフラムが、僕のそばを離れる理由を与えるつもりはない。もしも、理由なく僕から離れたなら、その命を奪う。約束を違えるな、ヴォルフラム = ディートリッヒ!』そう言いきったんだ。ねえ、僕、格好いい?」
「あの、えっと・・格好いいです、殿下。それで、ファビアン殿下とヴォルフラム様の関係は、今は・・拗れてしまったのでしょうか?ならば、私が仲立ちをします。どうか、お二人には、仲良くして欲しいです。お二人は、マテウスの癒しなのです。仲違いされると、私の心がギシギシします~」
俺は情けなくも、殿下に泣き言をいっていた。その言葉に、ファビアン殿下は涙で滲んだ左目を指で拭いながら、笑みを見せた。
「何を言っているの、マテウス。僕とヴォルフラムはすごく仲良しだよ!だって、仲良しじゃないと、マテウスが泣いちゃうかもしれないだろ?それは、僕もヴォルフラムも嫌だもの!」
「よ、良かったです~」
「マテウス」
「はい、殿下」
「王城に戻ってきてくれてありがとう。嬉しい。すごく嬉しい!」
「私も、ファビアン殿下に再会できたことが、何よりも嬉しいです」
俺とファビアン殿下は、身を寄せて再会を喜びあった。その時、甘い香りが風に乗り俺の髪を靡かせた。王城のどこかで、ゴールドチェーンの花房が風に揺れ、甘い香りを放ちはじめたようだ。
運命が動き出す。
その前触れ。
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突然語気を強めた殿下に、俺は驚いた。ファビアン殿下は、強張った表情で口を開く。
「・・マテウスの別人格を、どうしても僕は好きになれなかった。でも、僕が何を言っても、産みの親のように、叩いたりしなかった。だからね、平気で色々悪口を言っちゃった。『消えろ』って何度も言った。何回も、何回も!」
「・・殿下」
別人格のカールの話に突然話題が飛び、俺は戸惑った。同時に、胸に痛みが走った。心に傷がまだ存在する事を知り、安堵と辛さに深い息を吐き出す。
「僕にいっぱい悪口を言われて、別人格のカールは疲れちゃったのかな?だから、カールはマテウスと入れ替わったのかな?だけど、マテウスと入れ替わった直後に・・マテウスの子が流れた。きっと、別人格は、ずっとずっと、マテウスの子を守っていたんだ。なのに、僕は悪口を言ってカールを傷付けて・・マテウスの別人格も、マテウスの赤子も殺した」
ファビアン殿下がそっと身を預けてきたので、俺は殿下の肩に手を回した。殿下は、左目からポロポロと涙を流していた。右目は眼帯に隠れて様子がわからない。なんだか、胸が締め付けられて、俺まで泣きそうになった。
殿下がこれ程、罪悪感を抱いているとは思わなかった。
「ファビアン殿下、気に病むことはありません。現実から逃げ出した私を、ファビアン殿下は目覚めさせてくれたのです。別人格のカールは、私が目覚めることを望んでいました。私の子が流れたのは、誰の責任でもありません。まして、ファビアン殿下の責任である筈がありません」
子が流れたのは私の責任で、ファビアン殿下が気に病む事ではない。
「じゃあ、マテウスは僕を恨んでないの?」
「私がファビアン殿下を、恨む理由がありません。子を喪い気弱になった私を、殿下は王城で支えてくれました。私の出産に関わった為に、宮廷医師の怨みをかい、右目の視力を喪ったというのに・・どうして、私を責めないのですか、殿下?」
「僕がどうしてマテウスを責めるの?マテウスが、僕をここまで解放してくれたのに。ねえ、僕はしっかりと話せているでしょ?」
「はい、ファビアン殿下」
「右目に傷がつき、僕の瞳は白く濁ってしまった。すると、回りの人間はみんな目を背けるんだ。穢れたものをみるように。辛くて、一度はまた、言葉がうまくでなくなった。でもね、ヴォルフラムが、僕に眼帯をくれたんだよ。これ、ヴォルフラムとお揃いなんだよ!」
「とてもよく似合っておられます」
「そうでしょ?まるで、親子みたいって思えて、ヴォルフラムにそう伝えたんだ。そしたら、困った顔したヴォルフラムに否定された」
「え!?」
「どうしてって、僕はヴォルフラムに聞いたんだ。そしたら、ヴォルフラムは真面目な顔で怖いことを言うからビックリしたよ」
「ヴォルフラム様は、何と返事されてのですか?」
ファビアン殿下は少し笑みを浮かべて、ヴォルフラムの言葉を正確に再現した。
「『私はマテウス卿に、生涯を捧げるつもりでした。しかし、右半身を喪っては、もはやマテウス卿は守れない。『マテウス卿の騎士』となることは諦めるしかありません。ですが、私はあの方のお役にたちたい。ファビアン殿下は、国王になるとマテウス卿に誓ったのでしょ?ならば、私は殿下の臣下として、不完全な身ですがファビアン殿下に生涯を捧げます。ファビアン殿下が、マテウス卿が望まれる国王である限り、私は殿下を裏切りません。ですが、殿下がマテウス卿の望まぬ国王となった際には、その命を奪わせてもらいます』」
うおぉ、ヴォルフラム様がかなりヤバイ発言をしている。しかも、まだ子供相手に脅しまくってる。ヘクトール兄上より、怖い発言をしているよ。
「僕ね・・そのヴォルフラムの言葉を聞いて、すらすら言葉が出てきたんだ。『わかった。僕はヴォルフラムを臣下として、生涯そばにおくことにする。僕はマテウスが望む国王であり続ける。ヴォルフラムが、僕のそばを離れる理由を与えるつもりはない。もしも、理由なく僕から離れたなら、その命を奪う。約束を違えるな、ヴォルフラム = ディートリッヒ!』そう言いきったんだ。ねえ、僕、格好いい?」
「あの、えっと・・格好いいです、殿下。それで、ファビアン殿下とヴォルフラム様の関係は、今は・・拗れてしまったのでしょうか?ならば、私が仲立ちをします。どうか、お二人には、仲良くして欲しいです。お二人は、マテウスの癒しなのです。仲違いされると、私の心がギシギシします~」
俺は情けなくも、殿下に泣き言をいっていた。その言葉に、ファビアン殿下は涙で滲んだ左目を指で拭いながら、笑みを見せた。
「何を言っているの、マテウス。僕とヴォルフラムはすごく仲良しだよ!だって、仲良しじゃないと、マテウスが泣いちゃうかもしれないだろ?それは、僕もヴォルフラムも嫌だもの!」
「よ、良かったです~」
「マテウス」
「はい、殿下」
「王城に戻ってきてくれてありがとう。嬉しい。すごく嬉しい!」
「私も、ファビアン殿下に再会できたことが、何よりも嬉しいです」
俺とファビアン殿下は、身を寄せて再会を喜びあった。その時、甘い香りが風に乗り俺の髪を靡かせた。王城のどこかで、ゴールドチェーンの花房が風に揺れ、甘い香りを放ちはじめたようだ。
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その前触れ。
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