嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

文字の大きさ
上 下
218 / 239
第四章

253

しおりを挟む
◆◆◆◆◆

殿下の執務室を後にすると、アンリが俺に向かい頭を下げた。アンリは手をプルプルと震わせながら、ハンカチを差し出し俯いている。

「アンリ、ハンカチを借りるね」

俺がハンカチを受けとると、アンリは顔を上げて口を開いた。目は充血しており、涙が滲んでみえた。俺は驚いて、アンリを観察する。

「マテウス様、申し訳ございません!僕はマテウス様の護衛でありながら、何も対処が出来ませんでした。もしも、マテウス様の顔に掛けられた紅茶が熱湯ならば、一生消えぬ傷となっておりました。僕は、護衛の任を余りに甘く考えておりました。マテウス様、僕に処分を」

「いや、えーと。大丈夫だよ、アンリ?いきなりすぎて、私もビックリしたけれど。殿下は、ああいう人だったと、思い出しました。でも、流石の殿下も、熱々の紅茶を掛けるほどには、度胸がないみたいだね」

俺がアンリを安心させようと、へらりと笑うとかえって怒られるはめになってしまった。

「マテウス様!あのような暴力を振るわれて、笑っている場合ではありません。今すぐに、ヘクトール様に報告をして、抗議の文書を殿下に叩きつけましょう!許せません!」

真面目だわ。アンリが真面目すぎて、融通が効かない。アルミンとアンリは、本当に同腹の兄弟なの?きっと、アルミンは、弟に真面目エキスを吸いとられたに違いないね!

「アンリ、ハンカチをありがとう。実害はなかったのだから、問題を大事にすることはないよ。それよりも、バラ園に行きましょう。ファビアン殿下とヴォルフラム様がいらっしゃると聞いては、逢いに行かないなんて選択肢はないもの。アンリ・・私が、バラの棘に刺さらぬ様に、エスコートしなさい。うまくエスコート出来たなら、先程の失態は忘れる。わかった、アンリ?」

アンリは俺の命令に、目を輝かせた。なんだか、アンリが忠犬に見えてきた。可愛いかも。体臭を嗅ぎたい・・

「マテウス様の広いお心に、感銘を受けました。僕はマテウス様を安全に、エスコートいたします。しかし、バラの棘は油断がなりません。万に一つでも、マテウス様の肌を傷つけては、取り返しがつきません。事前に、ナイフでいばらを切り裂き、取り除き、道を切り開いて参ります。少々お待ち下さい、マテウス様!」

「待って、アンリ!」
「行って参ります、マテウス様!」

アンリが俺を置いて、走り出してしまった。いや、アンリ。君は俺の護衛だろ。俺を一人にしないでくれ。

「お一人でお困りですか?」
「え?」

振り替えると、見知らぬ男性が立っていた。高位貴族と思われる男性は、俺に向かい手を差し出した。オールバックにした髪には僅かに白髪が混じっているが、男性の色香が漂い悪くない。メガネ姿がまた知的でよい。何より、体臭が。体臭が、体臭が。体臭がぁ!!

「エスコートをさせていただけますか?」
「お願いします、アルミン」
「・・・」
「何故沈黙するの?」
「変装がばれた理由を、必死に考えている」

アルミンはその後は黙ったまま、俺をエスコートした。俺も黙ってそれにしたがった。だが、我慢できなくなってきた。

「体臭を嗅がせて・・アルミン」

「いきなり、何を言い出す!お前は変態なのか、マテウス!?」

「私は殿下に、飲みかけの紅茶を、顔面にぶっかけられたんだよ!衝撃だよ、衝撃に!しかも、アルミンの大事な弟君のアンリは、すごく真面目で冗談が通じそうにないし。まじで、バラの剪定をしていたら、どうしよう~。と、心が不安定になってるの!」

「バラが、殲滅されていないことを祈る。なあ、マテウス。あいつは、護衛の任には慣れてないから、しばらく時間をやってくれ」

俺は弟を思うアルミンに、思わず笑みを浮かべた。でも、カールを思いだし笑みは自然と消えていった。

「アンリはアルミンが王城にいることを知っているの?二人体制で、護衛してくれるってこと?それとも、アンリは知らないのかな?」

「アンリは俺の存在を知らない。だから、張り切って、マテウスを守ってる。俺の存在は、アンリには黙っていてくれ」

「わかった」
「マテウス」
「なに?」
「体調は平気か?」
「大丈夫だよ」

王城の回廊にたどり着き、庭園を眺めたときにその樹木が目に入った。今まで、気にも止めていなかった。金の花房が揺れている。でも、香りはまだ回廊に届かない。

「ゴールドチェーンだ」
「・・・」
「アルミン?」
「いや、何でもない」
「なんだよー。秘密はやめて欲しいな」

変装したアルミンは、本当に苦労を重ねて白髪が増えたような、そんな紳士の雰囲気を醸し出す。そして、不意に視線が俺を捉えた。

「これは、ヘクトール様の意思とは反する行為だ。だが、この先・・どんな危険が待っているとも知れない。だから、マテウスは知っておくべきだと思う。亡くなった赤子の埋葬場所を」

「・・ヘクトール兄上は、殿下に知られることを恐れていた。私も危険は犯せない」

「王太子殿下は、心に病を抱えている。マテウスが側にいる限り・・他に興味は示さない。死産した子に、殿下はもう興味を示していない」

「そんな悲しいことってあるのかな?自らの子だと主張して、私を後宮に閉じ込めて。死産したら、その子を王家の墓に葬るといっていたのに。もう、何の興味も示さないなんて」

「殿下は関係ない、マテウス。お前の気持ちを知りたい。運命は、すぐそこまで迫ってきているのだろ?」

俺は胸元から、白金のロケットペンダントを取り出した。そして、留め金をあける。ふわふわした赤茶色の髪を見つめ、直ぐに蓋を閉じた。そして、アルミンを見つめて呟いていた。

「教えて、アルミン」

アルミンは頷いて、静かに語った。

「シュナーベルの領地の墓地の近くに、ゴールドチェーンの樹木がある。そのすぐ近くに『死と再生を司る神』を祀る祠がある。そこに、マテウスの赤子を埋葬した。ヘクトール様と俺の二人で、埋葬した」

俺は額に、白金のロケットペンダントを押し付けていた。涙が頬をぽろりと零れ落ちた。

アルミンに、夢の中でその場所に行ったことを話したかった。お墓を探す少年に出会い、シュナーベルの領地を駆けた事を話したかった。ゴールドチェーンの樹木の下で、共に眠りに付いたことを話したかった。

「教えてくれてありがとう、アルミン」

でも、夢の内容を話せば、全てが消えてしまいそうで。怖くて。だから、夢の話はしなかった。

ただ、心からアルミンに感謝の言葉を伝えた。私の赤子は、『死と再生を司る神』が守って下さっている。それだけ知れたなら、もう大丈夫。


◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。