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第四章

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◆◆◆◆◆

殿下の執務室を後にすると、アンリが俺に向かい頭を下げた。アンリは手をプルプルと震わせながら、ハンカチを差し出し俯いている。

「アンリ、ハンカチを借りるね」

俺がハンカチを受けとると、アンリは顔を上げて口を開いた。目は充血しており、涙が滲んでみえた。俺は驚いて、アンリを観察する。

「マテウス様、申し訳ございません!僕はマテウス様の護衛でありながら、何も対処が出来ませんでした。もしも、マテウス様の顔に掛けられた紅茶が熱湯ならば、一生消えぬ傷となっておりました。僕は、護衛の任を余りに甘く考えておりました。マテウス様、僕に処分を」

「いや、えーと。大丈夫だよ、アンリ?いきなりすぎて、私もビックリしたけれど。殿下は、ああいう人だったと、思い出しました。でも、流石の殿下も、熱々の紅茶を掛けるほどには、度胸がないみたいだね」

俺がアンリを安心させようと、へらりと笑うとかえって怒られるはめになってしまった。

「マテウス様!あのような暴力を振るわれて、笑っている場合ではありません。今すぐに、ヘクトール様に報告をして、抗議の文書を殿下に叩きつけましょう!許せません!」

真面目だわ。アンリが真面目すぎて、融通が効かない。アルミンとアンリは、本当に同腹の兄弟なの?きっと、アルミンは、弟に真面目エキスを吸いとられたに違いないね!

「アンリ、ハンカチをありがとう。実害はなかったのだから、問題を大事にすることはないよ。それよりも、バラ園に行きましょう。ファビアン殿下とヴォルフラム様がいらっしゃると聞いては、逢いに行かないなんて選択肢はないもの。アンリ・・私が、バラの棘に刺さらぬ様に、エスコートしなさい。うまくエスコート出来たなら、先程の失態は忘れる。わかった、アンリ?」

アンリは俺の命令に、目を輝かせた。なんだか、アンリが忠犬に見えてきた。可愛いかも。体臭を嗅ぎたい・・

「マテウス様の広いお心に、感銘を受けました。僕はマテウス様を安全に、エスコートいたします。しかし、バラの棘は油断がなりません。万に一つでも、マテウス様の肌を傷つけては、取り返しがつきません。事前に、ナイフでいばらを切り裂き、取り除き、道を切り開いて参ります。少々お待ち下さい、マテウス様!」

「待って、アンリ!」
「行って参ります、マテウス様!」

アンリが俺を置いて、走り出してしまった。いや、アンリ。君は俺の護衛だろ。俺を一人にしないでくれ。

「お一人でお困りですか?」
「え?」

振り替えると、見知らぬ男性が立っていた。高位貴族と思われる男性は、俺に向かい手を差し出した。オールバックにした髪には僅かに白髪が混じっているが、男性の色香が漂い悪くない。メガネ姿がまた知的でよい。何より、体臭が。体臭が、体臭が。体臭がぁ!!

「エスコートをさせていただけますか?」
「お願いします、アルミン」
「・・・」
「何故沈黙するの?」
「変装がばれた理由を、必死に考えている」

アルミンはその後は黙ったまま、俺をエスコートした。俺も黙ってそれにしたがった。だが、我慢できなくなってきた。

「体臭を嗅がせて・・アルミン」

「いきなり、何を言い出す!お前は変態なのか、マテウス!?」

「私は殿下に、飲みかけの紅茶を、顔面にぶっかけられたんだよ!衝撃だよ、衝撃に!しかも、アルミンの大事な弟君のアンリは、すごく真面目で冗談が通じそうにないし。まじで、バラの剪定をしていたら、どうしよう~。と、心が不安定になってるの!」

「バラが、殲滅されていないことを祈る。なあ、マテウス。あいつは、護衛の任には慣れてないから、しばらく時間をやってくれ」

俺は弟を思うアルミンに、思わず笑みを浮かべた。でも、カールを思いだし笑みは自然と消えていった。

「アンリはアルミンが王城にいることを知っているの?二人体制で、護衛してくれるってこと?それとも、アンリは知らないのかな?」

「アンリは俺の存在を知らない。だから、張り切って、マテウスを守ってる。俺の存在は、アンリには黙っていてくれ」

「わかった」
「マテウス」
「なに?」
「体調は平気か?」
「大丈夫だよ」

王城の回廊にたどり着き、庭園を眺めたときにその樹木が目に入った。今まで、気にも止めていなかった。金の花房が揺れている。でも、香りはまだ回廊に届かない。

「ゴールドチェーンだ」
「・・・」
「アルミン?」
「いや、何でもない」
「なんだよー。秘密はやめて欲しいな」

変装したアルミンは、本当に苦労を重ねて白髪が増えたような、そんな紳士の雰囲気を醸し出す。そして、不意に視線が俺を捉えた。

「これは、ヘクトール様の意思とは反する行為だ。だが、この先・・どんな危険が待っているとも知れない。だから、マテウスは知っておくべきだと思う。亡くなった赤子の埋葬場所を」

「・・ヘクトール兄上は、殿下に知られることを恐れていた。私も危険は犯せない」

「王太子殿下は、心に病を抱えている。マテウスが側にいる限り・・他に興味は示さない。死産した子に、殿下はもう興味を示していない」

「そんな悲しいことってあるのかな?自らの子だと主張して、私を後宮に閉じ込めて。死産したら、その子を王家の墓に葬るといっていたのに。もう、何の興味も示さないなんて」

「殿下は関係ない、マテウス。お前の気持ちを知りたい。運命は、すぐそこまで迫ってきているのだろ?」

俺は胸元から、白金のロケットペンダントを取り出した。そして、留め金をあける。ふわふわした赤茶色の髪を見つめ、直ぐに蓋を閉じた。そして、アルミンを見つめて呟いていた。

「教えて、アルミン」

アルミンは頷いて、静かに語った。

「シュナーベルの領地の墓地の近くに、ゴールドチェーンの樹木がある。そのすぐ近くに『死と再生を司る神』を祀る祠がある。そこに、マテウスの赤子を埋葬した。ヘクトール様と俺の二人で、埋葬した」

俺は額に、白金のロケットペンダントを押し付けていた。涙が頬をぽろりと零れ落ちた。

アルミンに、夢の中でその場所に行ったことを話したかった。お墓を探す少年に出会い、シュナーベルの領地を駆けた事を話したかった。ゴールドチェーンの樹木の下で、共に眠りに付いたことを話したかった。

「教えてくれてありがとう、アルミン」

でも、夢の内容を話せば、全てが消えてしまいそうで。怖くて。だから、夢の話はしなかった。

ただ、心からアルミンに感謝の言葉を伝えた。私の赤子は、『死と再生を司る神』が守って下さっている。それだけ知れたなら、もう大丈夫。


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