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第四章
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◆◆◆◆◆
ヘクトール兄上は、ヴェルンハルト殿下がシュナーベルの血縁者である事を認めないつもりなのかな?まあ、ややこしくなるしね。あるいは、ヘクトール兄上は心理的に、王太子殿下を血族と認めたくないのかもしれない。
「クリスティアン、どうだ?シュナーベル現当主の婚約者が、俺の産みの親とペーア=シュナーベルは別人だと証明した。お前は、俺の言葉より、マテウスの言葉に重きを置くだろ?とにかく、教会を説得して枢機卿を派遣してくれ」
「教会を説得するのは構いませんが、恐らくフォルカー教国からは、枢機卿は派遣されませんよ。王国で疫病の流行の兆しがみられる以上、枢機卿は派遣されません。恐らく、フォーゲル王国の教会で、最も身分の高い者が戴冠式の儀式を取り仕切る事になるでしょうね。つまり、私ですね」
「お前かよ!?」
「私は、枢機卿ですから」
「くそ、俺の戴冠式のイメージがどんどん崩れていく。華やかに厳かに行うつもりが、フォルカー病の流行の為に縮小され、時期も未定。腹立たしい限りだ。ようやく、王となる日を目前にして足踏みなど・・」
不意に、王太子殿下が、俺に視線を向けた。そして、嫌な笑みを浮かべて口を開いた。
「マテウス、お前は『親友』にして『予言者』だ。お前も親友として、戴冠式には参列する。いつ頃、戴冠式がおこなわれるか予言しろ、マテウス」
俺は思わず嫌な顔をしてしまった。
「王太子殿下は、フォルカー教信者です。枢機卿の前で、予言を信じているような発言は、為さるべきではありません」
「マテウス卿、構いはしません。私は様々な土地を巡り、その土地の宗教に接して参りました。私の旅は、布教が目的ではありません。むしろ、他の宗教に興味があります。どうか、マテウス卿の『予言者』としての力を見せて頂きたい」
うおー、枢機卿から、プレッシャー掛けられた。しかし、いくらクリスティアンが、「孕み子狩り」と呼ばれているとはいえ、宗教の布教に貢献していないことをさらけ出してもいいのか?
まあ、クリスティアンも、複雑な生い立ちだからなあ。だからこそ、殿下と枢機卿の間には、強い絆が生まれる筈だったのにな。その結末が、大きなすれ違いに終わったとしても・・その絆自体が生まれなかった事は、幸運なのか、不運なのか・・俺には分からない。
「マテウス、早くしろ!」
突然、殿下は、手にしたカップの紅茶を俺の顔面にかけた。頬を滴る雫はぬるく、痛みもない。だが、あまりの衝撃に、俺は言葉を失った。手は震えて、喉がきゅっと締まる感覚に陥った。
「マテウス様!」
アンリが慌てて俺に駆け寄る。だが、その前に、殿下の手が目の前に迫っていた。俺は、目を見開き震え上がっていた。
「いい加減になさい、ヴェルンハルト殿下。貴方のその様な行為の数々が、人々の不興を買い、王位への道を遠ざけていると、何故理解しないのですか?マテウス卿を虐めて、何の意味があります?」
目の前に迫った殿下の腕を掴んだのは、クリスティアンだった。枢機卿は冷ややかな表情で、王太子殿下を見つめていた。
「口出しをするな、クリスティアン。教皇が教儀に背き、お前が連れ帰る『孕み子』を抱いて玩具とするのと何も代わりはしない。出逢った瞬間から、マテウスは俺の玩具だった。誰の物でもない。マテウスは、俺のものだ。意味など何もない。俺の会話に集中しない玩具の頭を冷やしてやっただけだ。腕を離せ、クリスティアン。俺は王位を継ぐものだ。それとも、教会は、嘘を吐く王弟殿下に尻尾を振るのか?」
「今は、その話は関係ない」
「いや、あるね。大いにある!」
「マテウス卿、私はまだ殿下と話し合いがあります。申し訳ないのですが、部屋を出てもらってもよろしいですか?アンリ殿、マテウス卿を頼みます」
「はい!マテウス様、執務室を出ましょう」
「でも、私は・・」
「まて、マテウス!部屋を出たくば、予言をしていけ!お前は目的を持って、俺の『親友』として王城に出仕している筈だ。俺は、それが自身の不利益になろうとも、お前を受け入れた。マテウスも、覚悟を持って俺に接しろ!」
俺はアンリに促されて、ソファーから立ち上がった。そのまま退出しようとして、なにかが俺を突き動かした。俺は殿下の視線を捉えると、口を開いていた。
「ヴェルンハルト殿下は、甘い薫りのする花を覚えていらっしゃいますか?シュナーベルの領地の墓地の少し先に、その花を咲かす樹木があります。ゴールドチェーンとよばれる、黄色い花房が連なる樹木です。殿下はその木の下で、弟のカールとお逢いになっています。ですから、殿下はその花の甘い薫りを、覚えていらっしゃるはずです。王城の庭園にも、同様の樹木が植えられています。甘い薫りが回廊を風と共に通り抜ける頃に、戴冠式は執り行われます」
ヴェルンハルト殿下は、遠くの存在を見るように瞳を揺らした。やがて、静かに口を開いた。
「マテウスの予言を信じよう。執務室を出たければ出ていけ。予言の見返りだ。ファビアンとヴォルフラムは、バラ園にいる。二人はお前を喜んで迎えるだろう・・俺と違ってな」
王太子殿下と枢機卿に一礼して、俺は執務室を後にした。
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ヘクトール兄上は、ヴェルンハルト殿下がシュナーベルの血縁者である事を認めないつもりなのかな?まあ、ややこしくなるしね。あるいは、ヘクトール兄上は心理的に、王太子殿下を血族と認めたくないのかもしれない。
「クリスティアン、どうだ?シュナーベル現当主の婚約者が、俺の産みの親とペーア=シュナーベルは別人だと証明した。お前は、俺の言葉より、マテウスの言葉に重きを置くだろ?とにかく、教会を説得して枢機卿を派遣してくれ」
「教会を説得するのは構いませんが、恐らくフォルカー教国からは、枢機卿は派遣されませんよ。王国で疫病の流行の兆しがみられる以上、枢機卿は派遣されません。恐らく、フォーゲル王国の教会で、最も身分の高い者が戴冠式の儀式を取り仕切る事になるでしょうね。つまり、私ですね」
「お前かよ!?」
「私は、枢機卿ですから」
「くそ、俺の戴冠式のイメージがどんどん崩れていく。華やかに厳かに行うつもりが、フォルカー病の流行の為に縮小され、時期も未定。腹立たしい限りだ。ようやく、王となる日を目前にして足踏みなど・・」
不意に、王太子殿下が、俺に視線を向けた。そして、嫌な笑みを浮かべて口を開いた。
「マテウス、お前は『親友』にして『予言者』だ。お前も親友として、戴冠式には参列する。いつ頃、戴冠式がおこなわれるか予言しろ、マテウス」
俺は思わず嫌な顔をしてしまった。
「王太子殿下は、フォルカー教信者です。枢機卿の前で、予言を信じているような発言は、為さるべきではありません」
「マテウス卿、構いはしません。私は様々な土地を巡り、その土地の宗教に接して参りました。私の旅は、布教が目的ではありません。むしろ、他の宗教に興味があります。どうか、マテウス卿の『予言者』としての力を見せて頂きたい」
うおー、枢機卿から、プレッシャー掛けられた。しかし、いくらクリスティアンが、「孕み子狩り」と呼ばれているとはいえ、宗教の布教に貢献していないことをさらけ出してもいいのか?
まあ、クリスティアンも、複雑な生い立ちだからなあ。だからこそ、殿下と枢機卿の間には、強い絆が生まれる筈だったのにな。その結末が、大きなすれ違いに終わったとしても・・その絆自体が生まれなかった事は、幸運なのか、不運なのか・・俺には分からない。
「マテウス、早くしろ!」
突然、殿下は、手にしたカップの紅茶を俺の顔面にかけた。頬を滴る雫はぬるく、痛みもない。だが、あまりの衝撃に、俺は言葉を失った。手は震えて、喉がきゅっと締まる感覚に陥った。
「マテウス様!」
アンリが慌てて俺に駆け寄る。だが、その前に、殿下の手が目の前に迫っていた。俺は、目を見開き震え上がっていた。
「いい加減になさい、ヴェルンハルト殿下。貴方のその様な行為の数々が、人々の不興を買い、王位への道を遠ざけていると、何故理解しないのですか?マテウス卿を虐めて、何の意味があります?」
目の前に迫った殿下の腕を掴んだのは、クリスティアンだった。枢機卿は冷ややかな表情で、王太子殿下を見つめていた。
「口出しをするな、クリスティアン。教皇が教儀に背き、お前が連れ帰る『孕み子』を抱いて玩具とするのと何も代わりはしない。出逢った瞬間から、マテウスは俺の玩具だった。誰の物でもない。マテウスは、俺のものだ。意味など何もない。俺の会話に集中しない玩具の頭を冷やしてやっただけだ。腕を離せ、クリスティアン。俺は王位を継ぐものだ。それとも、教会は、嘘を吐く王弟殿下に尻尾を振るのか?」
「今は、その話は関係ない」
「いや、あるね。大いにある!」
「マテウス卿、私はまだ殿下と話し合いがあります。申し訳ないのですが、部屋を出てもらってもよろしいですか?アンリ殿、マテウス卿を頼みます」
「はい!マテウス様、執務室を出ましょう」
「でも、私は・・」
「まて、マテウス!部屋を出たくば、予言をしていけ!お前は目的を持って、俺の『親友』として王城に出仕している筈だ。俺は、それが自身の不利益になろうとも、お前を受け入れた。マテウスも、覚悟を持って俺に接しろ!」
俺はアンリに促されて、ソファーから立ち上がった。そのまま退出しようとして、なにかが俺を突き動かした。俺は殿下の視線を捉えると、口を開いていた。
「ヴェルンハルト殿下は、甘い薫りのする花を覚えていらっしゃいますか?シュナーベルの領地の墓地の少し先に、その花を咲かす樹木があります。ゴールドチェーンとよばれる、黄色い花房が連なる樹木です。殿下はその木の下で、弟のカールとお逢いになっています。ですから、殿下はその花の甘い薫りを、覚えていらっしゃるはずです。王城の庭園にも、同様の樹木が植えられています。甘い薫りが回廊を風と共に通り抜ける頃に、戴冠式は執り行われます」
ヴェルンハルト殿下は、遠くの存在を見るように瞳を揺らした。やがて、静かに口を開いた。
「マテウスの予言を信じよう。執務室を出たければ出ていけ。予言の見返りだ。ファビアンとヴォルフラムは、バラ園にいる。二人はお前を喜んで迎えるだろう・・俺と違ってな」
王太子殿下と枢機卿に一礼して、俺は執務室を後にした。
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