嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第四章

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◆◆◆◆◆

シュナーベルの邸に戻り、一ヶ月が経過した。シュナーベル家の皆のあたたかい気持ちに触れて、俺の心身はようやく安定を取り戻しつつあった。

そんなある日、王城の仕事を終えたヘクトール兄上が、俺の自室を訪ねてくれた。そして、向かい合う形でソファーに座った兄上は、白金製のロケットペンダントを俺に差し出した。

「兄上、これは?」
「落ち着いて聞いてくれるかい?」
「はい、ヘクトール兄上」

俺がそう返事をすると、兄上は言葉を選びながら、ペンダントトップには、亡くなった赤子の髪の毛が納められている事を説明してくれた。

「・・っ、」

俺は言葉につまり、返事が出来なかった。白金のペンダントには、美しい花のデザインが刻まれ優しく輝いていた。

「マテウス、辛くなければ・・このペンダントを受け取ってくれるだろうか?俺も、同じ物を身に付けている」

ヘクトール兄上は襟元をゆるめると、胸元からロケットペンダントを取り出した。白金製のペンダントトップには、同じ花のデザインが刻まれていた。

「赤子を埋葬する際に、少しだけ髪の毛をもらい・・ペンダントトップに納めたものだ。もっと時をおき、マテウスに渡すべきかとも考えた。だが、マテウスの予見通りに、陛下の死が近づいているなら、その前に渡しておきたいと思ってね。もちろん、無理強いするつもりはない。いや・・今の俺の行為自体が、既に無理強いに当たるかもしれないな。すまない、マテウス。だが、俺はマテウスと共に、亡くした子を悼みたいと思っている」

「ヘクトール兄上、私も共に悼みたいです」
「そうか」

ヘクトール兄上は、俺の瞳を見つめながら白金のペンダントを差し出した。俺は兄上の瞳を見つめた後に、ペンダントに視線を移した。そして、それを慎重に受け取った。手は思うほどには震えなかったが、呼吸が僅かに早くなるのを感じた。

「この花のデザインは、ゼラニウムですか?」

「墓碑に記した『君ありて幸福』は、赤いゼラニウムの花言葉だったね?だから、ゼラニウムの花をペンダントにデザインした。ここを押すと、ペンダントが開く。慎重に押してごらん、マテウス」

「はい、ヘクトール兄上」

俺はヘクトール兄上の言葉に従い、慎重にロケットペンダントの蓋を開けた。ペンダントの中には、髪の毛の束が納められていた。赤茶色の髪がほんのわずか。でも、ふわりとまるで鳥の羽のように、愛らしくペンダントに収まっていた。俺は突然蓋を閉めると、それを額に押し当てた。

「産まれた貴方の産声を聞きたかった。産まれて、抱き締めて、頬を撫でて、言いたかった。『君ありて幸福』と・・」

「・・マテウス、大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です。私は、このペンダントを身に付けたいです」

俺は涙を溢しながら、ロケットペンダントを身に付けようとした。だけど、手が震えて留め金がうまく外せなかった。涙をポロポロ溢しながらも悪戦苦闘していると、ヘクトール兄上から声が掛かった。

「マテウスは相変わらず不器用だね。ペンダントを貸してごらん」

「申し訳ありません、兄上」

ヘクトール兄上は、ペンダントを受けとると、俺の背後に回った。そして、丁寧な動作で留め具に触れて、俺にペンダントを掛けてくれた。俺は胸のあたりで揺れるペンダントトップを握りしめて、ゆっくりと目を瞑った。そして、ゆっくりと目を開き、ヘクトール兄上に話し掛けていた。

「ヘクトール兄上。空想の赤子が、消えてしまいました。赤子を想像しようとしても、ペンダントの姿に置き換わってしまいます」

「そうか・・それは、その、残念だね」

「確かに、ちょっと残念です。空想の赤子は可愛らしかったですから。でも、実体がないから、触れられず寂しかった。でも、今は、私の掌の中に私たちの赤子がいます。だから、空想の赤子が消えても大丈夫です」

「そうか」

不意に、ヘクトール兄上が背後から俺を抱き締めてきた。俺が驚いて振り向こうとすると、兄上が肩口に顔を埋めた。そして、少し小さな声で呟いた。

「マテウスの心が壊れる悪夢を何度も見た。嫌な汗をかいて目覚めると夜中で、ひどく心細くて・・マテウスの様子を確かめたくて、寝室を何度も覗いた。紳士的な行為ではないと、ルドルフに注意されて、最近は寝る前に苦い薬を飲まされる。お陰で、寝不足は解消しつつあるがね。俺は・・情けない話をしているな」

「ヘクトール兄上、心配かけてごめんなさい。でも、マテウスは壊れません!だって、兄上を支える為に、私は生きているのですから」

ヘクトール兄上が、俺の言葉に驚いたように顔をあげた。あまりの至近距離に、俺の顔は真っ赤に染まり慌てて俯いた。

「マテウス」
「はい」
「俺は処刑計画を止める気はない」
「はい」
「成功するとは約束出来ない」
「はい」
「失敗する可能性もある」
「はい」

「それでも、計画は進める。いや、もう止まらない。マテウスの言葉を借りるなら、運命が俺を捉えて離さない。『先に進め』と、運命に囁かれている気さえする」

「ヘクトール兄上」

「マテウス、計画を全て終えて互いが無事な時には・・俺の伴侶となって欲しい。マテウスと正式に、婚姻関係を結びたい」

「私が、ヘクトール兄上の伴侶?」
「嫌かい?」

「いいえ!違います!精一杯、ヘクトール兄上を支えます。でも、私は侯爵家の嫡男を産む自信がありません。でも、兄上が側室とイチャイチャしていたら、嫉妬します。あの、側室には別邸を与えて下さい。そこでイチャイチャしてください。その間は、王太子殿下暗殺未遂の罪で追われている、アルミンの潜伏先に遊びにいって、体臭を嗅いで慰めてもらいます!つまり、兄上は側室も愛人も愛し放題です!」

「・・何故そうなる、マテウス?俺に側室は必要ない。子を孕むのが怖いなら、無理をしなくていい。シュナーベルの血縁者から、養子を貰うのはどうだろうか?血脈の弊害を減らすことも可能だ。とにかく、アルミンの体臭など嗅ぎに行ってはいけない。その・・マテウスは、俺を愛してくれているか?自信がなくなってきたのだが・・」

「愛しています、ヘクトール兄上。どうか、無事でいてください。運命は殿下の命を欲しています。ですが、ヴェルンハルト殿下も必死に運命に抗う筈です。兄上が傷つくのは怖いです。でも、ヘクトール兄上とシュナーベル家の勝利を信じます。どうか、無事に計画をやり遂げ、私を伴侶にしてください。絶対ですよ、ヘクトール兄上?」

「・・わかった」

ヘクトール兄上は、背後からしっかりと俺を抱き締めてくれた。俺は胸で揺れる白金のペンダントを握りしめて、シュナーベル家とヘクトール兄上の勝利を願った。


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