嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第四章

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◆◆◆◆◆


「分かった、部屋を出るぞ。ルドルフ、マテウスの様子を常に見ていてくれ」

「分かりました、ヘクトール様」

だが、頷くルドルフとヘクトールの前に、ファビアン殿下が立ちふさがった。不安な表情を隠せず、その足はガタガタと震えていた。

「待って!ぼ、僕は?僕はどうなるの?マ、マテウスと一緒に、ぼ、ぼくも、シュナーベル邸に行く。いき、行きたい。僕は、僕は!」

ファビアン殿下は、言葉が乱れ始め涙を浮かべていた。ルドルフはその姿に胸を痛めたが、それでも己がマテウスを選ぶ事を知っていた。

「ルドルフ、赤子を頼む」
「ヘクトール様?」

ヘクトールはルドルフに赤子を慎重に手渡すと、ファビアン殿下の前に進み出た。殿下はびくりと体を震わせる。ヘクトールは、ファビアン殿下の前で片膝をつき視線を合わせた。そして、ファビアン殿下に囁く。

「ファビアン殿下には、王城に留まって頂きます。殿下は既に、計画の中心にいらっしゃいます。それとも、ファビアン殿下の決意は、揺らいでしまったのですか?」

「ゆ、揺らいでなど・・いない。僕はマテウスを、産みの親に・・したかった。だ、だから、後宮に閉じ込めた。でも、い、今は、後悔している。マテウスは、自由がないと生きられない。僕は、マテウスに自由をあげる。そ、その気持ちに変わりはない」

ヘクトールはジャケットの隠しから、手紙を取り出した。その手紙を、ファビアン殿下に手渡す。

「ディートリッヒ家次期当主のフリートヘルム卿に、ファビアン殿下の境遇を相談しました。殿下に同情を示した彼は、『妃候補』のアルトゥール様に、ファビアン殿下の後ろ楯になるよう説得してくれました。アルトゥール様は、殿下の弟のヘロルド殿下の後ろ楯になるおつもりでしたが、産みの親と折り合いが悪く関係は悪化し、今は関係を絶っておられます。ファビアン殿下、アルトゥール様の心を掴み・・味方に引き込む自信はおありですか?」

「そ、それも、計画に、必要なら・・努力する。僕は、アルトゥールの元に行き、こ、この手紙を手渡せばよいのか?」

「そうです、ファビアン殿下。アルトゥール様は、不承不承での承諾のため、殿下への風当たりが強いかもしれません。それでも、行って下さいますか、ファビアン殿下?」

「ヘクトール、や、約束をしろ。マテウスを必ず、幸せにしろ。そ、その為に、計画に乗るのだから、お前がマテウスを幸せにできないなら、マ、マテウスは貰うからな!」

ヘクトールは、ファビアン殿下の言葉に思わず微笑んでしまった。そして、殿下の手をそっと握った。

「ファビアン殿下。マテウスを支えて下さった殿下に、シュナーベル家を代表して、感謝申し上げます。後宮においては、ファビアン殿下の存在がマテウスの励みとなっていた筈です。そして、何より・・亡くなった赤子の姿を、マテウスに代わり見てくださり、ありがとうございました。おそらく、今のマテウスには、亡くなった赤子の顔を見ることは無理だと思われます。王太子殿下に赤子を奪われぬ為にも、シュナーベルの領地に早々に赤子を埋葬するつもりです。その埋葬にも、マテウスの今の体調では、共には行けません。いつか、機会がありましたら、マテウスと共に・・亡くなった赤子の墓に参って下さいますか?その時に、マテウスが望めば、生まれた時の赤子の様子を、ファビアン殿下より伝えてあげてください」

ファビアン殿下は、ヘクトールの言葉に耳を傾けた後に、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「ヘクトール」
「はい、ファビアン殿下」
「マテウスを、心から愛しているか?」

「・・愛しております。マテウスを心から愛しております。愛しすぎて、己に迷う程に」

「ヘクトールでも、迷うのか。なら、僕が迷っても当然だな?僕は、まだ子供だ。その僕を、計画の中心に置くなんて・・ヘクトールは悪い大人だ」

「はい、ファビアン殿下。ヘクトールは悪い大人です。悪い大人に捕まってしまいましたね、ファビアン殿下?」

「いいよ。僕はヘクトールより、もっと悪くて賢い大人になる予定だから。だって、マテウスは、悪くて賢い大人が好きみたいだからね」

ファビアン殿下は、不意に自らの手を握るヘクトールの手を振り切った。そして、表情を引き締めるとヘクトールに命じた。

「ヘクトール=シュナーベル。マテウスを連れ、シュナーベルの邸に帰る事を許可する」

「ありがとうございます、ファビアン殿下」

この言葉を機に、場が一気に動き出す。簡易ベッドにのせられ、マテウスが出産部屋を後にする。誰もがマテウスの様子に注視する中、ルドルフはファビアン殿下が気になり部屋を振り返った。

「マテウス・・」

そう呟いたファビアン殿下は、幼子の様に涙をポロポロと溢していた。ルドルフは殿下の子供らしい本来の姿を目にして、ファビアン殿下に対して、己が親愛の情を抱いていた事に気がついた。去勢したルドルフが、子を持つことは二度とない。ルドルフは、去勢したことに後悔はしていなかったが、子を持てぬ事に不意に寂しさを覚えていた。



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