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第四章
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◆◆◆◆◆
「ルドルフ、マテウスは大丈夫なのか!?突然、意識が途切れた様に見えたが?まさか、マテウスまで、出産で命を落とすような事は」
ヘクトールは思わず、不安な気持ちをそのまま口走っていた。ヘクトールの言葉に、ファビアン殿下がびくりと体を震わせる。ヘクトールは殿下の反応を視界の端に捉え、自らの迂闊な発言を悔いて唇を噛み締めた。
「ルドルフ、マテウスの状態を説明してくれ」
腕に赤子を抱いたまま、ヘクトールがマテウスに近づく。そして、マテウスの顔を覗き込んだ。ヘクトールの表情は冴えず、疲労の色が見えたが、ルドルフはその事には触れない事にした。ルドルフはゆっくりとした口調で、マテウスの状態を説明した。
「ヘクトール様、出産はとても体力を消耗します。マテウス様は、疲労から眠りにつかれたようです。確かに、気を失うように、眠りにつかれた様に私も感じました。ですが、今のところ、マテウス様に、命に関わる様な症状はありません」
「ルドルフ」
「はい、ヘクトール様」
ヘクトールは声を抑え、ルドルフにのみ聞こえる小声で質問した。
「マテウスを今すぐに、王都のシュナーベル邸に移動させたい。移動は可能か、ルドルフ?」
「・・出産直後の移動は、医師として賛成できません。王太子殿下に、移動途中に妨害される可能性もあります」
「陛下より、『マテウスが産んだ赤子は、シュナーベル家現当主の子である』と認めて頂いた。マテウスと赤子を、シュナーベル家に連れ帰る許可も同時に頂いた」
「そうなのですか?王太子殿下に関わる問題になると、陛下に進言をしても門前払いにされると耳にしております。ヘクトール様は、どの様な手法をとられたのですか?」
「ルドルフは情報通だな?マテウスが後宮に閉じ込められて以降、陛下に何度も進言を繰り返した。だが、王太子殿下と顔を会わせる事を避けたい陛下は、まったく動いてくださる気配がなかった。それどころか、『孕み子』に現を抜かす暇があるなら、処刑業務に従事せよとお叱りを受けたよ。植民地の『孕み子』に現を抜かす陛下が、あのような言葉をよく吐けるものだと暗澹たる思いがしたよ。まったく、親子揃って・・やっかいだ」
「ヘクトール様、愚痴はシュナーベル邸で聞きます。しかし、その陛下から、よく許可が降りましたね?」
「枢機卿のクリスティアン = バイラントと、フリートヘルム = ディートリッヒに、協力を仰いだ。そして、二人から陛下に対して、同時に進言してもらった。その結果、ようやく陛下より許可が降りた。だが、全てが後手に周り、余りに時間を掛けすぎた。マテウスには、長く辛い思いをさせてしまった。己がこれ程、無能で無力だったとは、知りたくもなかった。だが、過去を振り返る暇はない。ルドルフ、マテウスをシュナーベル邸に移動させる」
「しかし、王太子殿下に妨害される可能性は、否定できません」
「アルミンに、マテウスを後宮に迎えにいくよう命じた。その際に、手段を問わず、ヴェルンハルト殿下を引き留めるようにとも命じた。俺は、アルミンの働きを信じる」
「ヘクトール様が、アルミンを後宮に向かわせた理由が分かりました。ヘクトール様がお迎えに来られず、マテウス様は少し落ち込んでおられましたよ。処刑業務が忙しいのなら、仕方がないと自分を納得させておられましたが」
「そうか・・マテウスには、済まない事をしたな。だが、大きな処刑業務を抱えていることは事実だ。公爵位ヴァインガルトナー家が、問題を起こし・・国が乱れるかもしれない」
「・・マテウス様が、ヴァインガルトナー家の件を予見されておられました。公爵家から逃げ出した植民地の奴隷や孕み子を狩られるのですか?」
「公爵家から逃げ出した奴隷が立ち寄った各村で、フォルカー病の症状を示す王国民が見つかっている。マテウスは・・フォルカー病の蔓延を予見したのか?」
「マテウス様の予見では、流行の兆しが王城でもみられるとの事でした」
「それは、深刻だな・・」
その時、部屋の扉がノックされた。小姓が扉を開くと、ヘクトールの部下が準備を整え待っていた。
「ルドルフ、準備は整った。マテウスを連れ帰る。異存はないな?」
「・・承知しました、ヘクトール様。直ぐに準備をいたしましょう」
ヘクトールの指示で、部下達が一斉に動き出す。部下の中には『孕み子』もおり、彼等が慎重にマテウスの身を布に包む。そして、部屋に持ち込んだ医療用の簡易ベッドに、マテウスを移動させる。
「ま、まて!これは何事ですか!?」
「こんな暴挙が許されるとでも!」
「王太子殿下の怒りに触れますぞ!」
今まで部屋の隅で固まっていた宮廷医師が、一斉に抗議の声を挙げる。だが、彼等の表情は青ざめていた。ヘクトールは、赤子を抱いたまま彼らを一瞥した。そして、静かに口を開いた。
「婚約者のマテウスを、シュナーベル邸に連れ帰る事については、陛下より許可を頂いている。シュナーベル家現当主の言葉が信じられないと仰るなら・・確認をしなさい」
「しかし、王太子殿下は、お産後のマテウス卿を王城に住まわせる為に、お部屋もご用意されています。勿論、この部屋ではありません。『妃候補』の部屋に次ぐ、格式高い部屋を殿下は準備されたのです。シュナーベル家は、これ程の厚遇を受けながら、王太子殿下の意思を無視されるのですか?」
宮廷医師の言葉に、ヘクトールは不快感を顕にした。怒りが殺気となり、部屋中に撒き散らされる。
「マテウスは、シュナーベル現当主である俺の婚約者だ。そのマテウスを、王城に囲おうとなさるとは、殿下は乱心なさったようですね。あなた方が宮廷医師ならば、ヴェルンハルト殿下を治療して頂きたいものだ・・」
ヘクトールの殺気が静かに収まった頃、部下から声が掛かった。
「ヘクトール様、準備できました!」
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「ルドルフ、マテウスは大丈夫なのか!?突然、意識が途切れた様に見えたが?まさか、マテウスまで、出産で命を落とすような事は」
ヘクトールは思わず、不安な気持ちをそのまま口走っていた。ヘクトールの言葉に、ファビアン殿下がびくりと体を震わせる。ヘクトールは殿下の反応を視界の端に捉え、自らの迂闊な発言を悔いて唇を噛み締めた。
「ルドルフ、マテウスの状態を説明してくれ」
腕に赤子を抱いたまま、ヘクトールがマテウスに近づく。そして、マテウスの顔を覗き込んだ。ヘクトールの表情は冴えず、疲労の色が見えたが、ルドルフはその事には触れない事にした。ルドルフはゆっくりとした口調で、マテウスの状態を説明した。
「ヘクトール様、出産はとても体力を消耗します。マテウス様は、疲労から眠りにつかれたようです。確かに、気を失うように、眠りにつかれた様に私も感じました。ですが、今のところ、マテウス様に、命に関わる様な症状はありません」
「ルドルフ」
「はい、ヘクトール様」
ヘクトールは声を抑え、ルドルフにのみ聞こえる小声で質問した。
「マテウスを今すぐに、王都のシュナーベル邸に移動させたい。移動は可能か、ルドルフ?」
「・・出産直後の移動は、医師として賛成できません。王太子殿下に、移動途中に妨害される可能性もあります」
「陛下より、『マテウスが産んだ赤子は、シュナーベル家現当主の子である』と認めて頂いた。マテウスと赤子を、シュナーベル家に連れ帰る許可も同時に頂いた」
「そうなのですか?王太子殿下に関わる問題になると、陛下に進言をしても門前払いにされると耳にしております。ヘクトール様は、どの様な手法をとられたのですか?」
「ルドルフは情報通だな?マテウスが後宮に閉じ込められて以降、陛下に何度も進言を繰り返した。だが、王太子殿下と顔を会わせる事を避けたい陛下は、まったく動いてくださる気配がなかった。それどころか、『孕み子』に現を抜かす暇があるなら、処刑業務に従事せよとお叱りを受けたよ。植民地の『孕み子』に現を抜かす陛下が、あのような言葉をよく吐けるものだと暗澹たる思いがしたよ。まったく、親子揃って・・やっかいだ」
「ヘクトール様、愚痴はシュナーベル邸で聞きます。しかし、その陛下から、よく許可が降りましたね?」
「枢機卿のクリスティアン = バイラントと、フリートヘルム = ディートリッヒに、協力を仰いだ。そして、二人から陛下に対して、同時に進言してもらった。その結果、ようやく陛下より許可が降りた。だが、全てが後手に周り、余りに時間を掛けすぎた。マテウスには、長く辛い思いをさせてしまった。己がこれ程、無能で無力だったとは、知りたくもなかった。だが、過去を振り返る暇はない。ルドルフ、マテウスをシュナーベル邸に移動させる」
「しかし、王太子殿下に妨害される可能性は、否定できません」
「アルミンに、マテウスを後宮に迎えにいくよう命じた。その際に、手段を問わず、ヴェルンハルト殿下を引き留めるようにとも命じた。俺は、アルミンの働きを信じる」
「ヘクトール様が、アルミンを後宮に向かわせた理由が分かりました。ヘクトール様がお迎えに来られず、マテウス様は少し落ち込んでおられましたよ。処刑業務が忙しいのなら、仕方がないと自分を納得させておられましたが」
「そうか・・マテウスには、済まない事をしたな。だが、大きな処刑業務を抱えていることは事実だ。公爵位ヴァインガルトナー家が、問題を起こし・・国が乱れるかもしれない」
「・・マテウス様が、ヴァインガルトナー家の件を予見されておられました。公爵家から逃げ出した植民地の奴隷や孕み子を狩られるのですか?」
「公爵家から逃げ出した奴隷が立ち寄った各村で、フォルカー病の症状を示す王国民が見つかっている。マテウスは・・フォルカー病の蔓延を予見したのか?」
「マテウス様の予見では、流行の兆しが王城でもみられるとの事でした」
「それは、深刻だな・・」
その時、部屋の扉がノックされた。小姓が扉を開くと、ヘクトールの部下が準備を整え待っていた。
「ルドルフ、準備は整った。マテウスを連れ帰る。異存はないな?」
「・・承知しました、ヘクトール様。直ぐに準備をいたしましょう」
ヘクトールの指示で、部下達が一斉に動き出す。部下の中には『孕み子』もおり、彼等が慎重にマテウスの身を布に包む。そして、部屋に持ち込んだ医療用の簡易ベッドに、マテウスを移動させる。
「ま、まて!これは何事ですか!?」
「こんな暴挙が許されるとでも!」
「王太子殿下の怒りに触れますぞ!」
今まで部屋の隅で固まっていた宮廷医師が、一斉に抗議の声を挙げる。だが、彼等の表情は青ざめていた。ヘクトールは、赤子を抱いたまま彼らを一瞥した。そして、静かに口を開いた。
「婚約者のマテウスを、シュナーベル邸に連れ帰る事については、陛下より許可を頂いている。シュナーベル家現当主の言葉が信じられないと仰るなら・・確認をしなさい」
「しかし、王太子殿下は、お産後のマテウス卿を王城に住まわせる為に、お部屋もご用意されています。勿論、この部屋ではありません。『妃候補』の部屋に次ぐ、格式高い部屋を殿下は準備されたのです。シュナーベル家は、これ程の厚遇を受けながら、王太子殿下の意思を無視されるのですか?」
宮廷医師の言葉に、ヘクトールは不快感を顕にした。怒りが殺気となり、部屋中に撒き散らされる。
「マテウスは、シュナーベル現当主である俺の婚約者だ。そのマテウスを、王城に囲おうとなさるとは、殿下は乱心なさったようですね。あなた方が宮廷医師ならば、ヴェルンハルト殿下を治療して頂きたいものだ・・」
ヘクトールの殺気が静かに収まった頃、部下から声が掛かった。
「ヘクトール様、準備できました!」
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