上 下
195 / 239
第四章

230

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆


アルミンはマテウスを抱き上げたまま、慎重に階段を上っていた。マテウスの顔を覗くと、頬は涙で濡れ痛々しい姿のまま眠りについていた。アルミンは胸に痛みを感じながら、ルドルフに話しかけていた。

「ルドルフ」
「何だ、アルミン?」

「マテウスは出産に耐えられるのか?眠らせる前のマテウスの様子は明らかにおかしかった。混乱して、妄想を語っていた。奇跡なんて起こりはしない事は、マテウスが一番分かっているだろうに。だが、さっきのマテウスは本気で奇跡が起こる事を信じている様子だった。このまま、出産させて大丈夫なのか?マテウスの心が壊れたらどうするつもりだ。なあ、ルドルフ・・眠らせたまま出産させることはできないのか?」

「それは、帝王切開術の事を言っているのか?準備が整えば可能だが、完全に安全な手術とは言えない。それに、一度子宮にメスを入れたなら・・次の妊娠は望めない。メスを入れた『孕み子』の子宮は、お産を迎える前に裂けてしまう。もしも、マテウス様のお腹の子が生きていたなら・・その選択肢も取るかもしれない。だが、亡くなった子を取り出すために、子宮にメスを入れる事は望ましくない」

「だが、マテウスは子を産む事を望んでいない!」

「アルミン。私は王立病院の産院で、沢山の出産に立ち会ってきた。その中で、お腹で亡くなった子を産む『孕み子』にも出会ってきた。その誰もが、心を乱し混乱のまま出産に挑んでいた。マテウス様だけが特別なわけではない。私は、マテウス様がきっと立ち直って下さると信じている。アルミンも、そう信じて主を支えろ」

アルミンはルドルフの言葉に反発して視線を向けたが、その視線はファビアン殿下とかち合った。ファビアン殿下はルドルフと手を繋ぎながら、心配そうな表情でマテウスの様子を伺っていた。その殿下が、泣きそうな声で言葉を発した。

「後宮でマテウスは言ってた。亡くなった子を、抱きしめるって言ってた。僕も抱いて言いかって聞いたら、いっぱい抱きしめてって言ってた。あの時のマテウスは、無理をしていたのかな?でも、僕は全然気が付かなくて・・頑張ってねって言っちゃった。僕はカールが消えた事に満足して・・マテウスが元気になったのが嬉しくて、ないも分かってなかった。ルドルフ、アルミン・・僕は、マテウスになんて言葉を掛けたらいいの?」

ルドルフは握った小さな手が酷く震えている事に気が付き、優しく握り返した。そして、言葉を紡ぐ。

「ファビアン殿下・・私も同じです。マテウス様はカール殿と人格を一つにし、『強い心』を得たと思い込んでおりました。ですが、元はマテウス様もカール殿も同じ人格。それが、なにかの切っ掛けで二つに別れただけです。そのお二人がようやく人格を一つになった訳です。ですが、それによって、何事にも動じない心を得た訳ではないという事です。それでも、カール殿は、このお産を乗り切るには、人格を一つにする事が必要だと考えた。それ程に、元のマテウス様の心は不安定であったという事でしょう。ファビアン殿下、私たちは傍で見守りマテウス様の為に全力を尽くすのみです。それが、マテウス様の心を慰め勇気づける行いだと信じて、行動するしかないのです」

「ルドルフの言葉は、全部は理解できない。でも、僕はマテウスのお産に立ちあいたい。そして・・もしも、マテウスが、産んだ子を抱く事を嫌がったら・・僕に抱かせて。もしかすると、後でマテウスは子を抱かなかった事を後悔するかもしれないでしょ?だから、僕が抱きしめる。いっぱい抱きしめる。駄目かな、ルドルフ?」

「ファビアン殿下はまだ幼いですから・・お産の立ち合いは遠慮して頂けますか?そうですね・・出産後、赤子を産湯で綺麗にして衣で包んだ状態ならば、抱きしめても大丈夫ですよ。アルミンも立ち合いは遠慮してくれ。マテウス様の同意を得ていない以上、入室は遠慮してもらう」

「確かに、許可を得ずに立ち合いは不味いか。分かった、ルドルフ。で、ここが最上階だな。随分と豪勢な廊下だな。部屋はこの廊下の突き当りにだと、ムキムキの側近たちが話しているのを盗み聞きした。部屋に向かうぞ」

赤い絨毯が敷かれた廊下を、マテウスを抱き上げたアルミンが歩き出す。だが、ルドルフは少し顔を顰めて立ち止まった。その動きにつられて、アルミンも立ち止まる。

「どうした、ルドルフ?」

「王太子殿下が、最上階の部屋をお産部屋にした理由が分かった」

「?」

「この廊下の突き当りの部屋は、陛下の『妃候補』がお子を出産なさった場所だ。その結果は知っていてだろ、アルミン?お子は死産となり、『妃候補』も命を落とされた」

「つまり、ヴェルンハルト殿下の嫌がらせ行為って事か。マテウスに対する?」

「陛下はその部屋を不吉だとして、閉鎖されたと聞いていたが・・王太子殿下は、わざわざ、マテウス様の心を揺さぶる為に、この部屋を用意したのだろう。きっちりと清掃されていると良いのだが・・」

「マテウスが眠っていて良かった。目覚めるのは朝方と考えていいか、ルドルフ?」

「朝方には陣痛が起こる。その時にマテウス様は目を覚ますだろうが、多めに薬を盛ったので・・ぼんやりとした状態のまま出産に臨まれる事になるはずだ。但し、出産の際に、いきんでもらう必要があるので、完全に意識を手放す状態にはならないだろうが・・」

「ルドルフ、待った。殿下だ」
「・・・っ」
「父上」

廊下の突き当りの部屋の前で、ヴェルンハルト殿下が不機嫌な表情を浮かべて待ち受けていた。そして、アルミンの顔を見ると顔を顰めて口を開いた。



◆◆◆◆◆◆


しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。