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第四章
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◆◆◆◆◆◆
アルミンはマテウスを抱き上げたまま、慎重に階段を上っていた。マテウスの顔を覗くと、頬は涙で濡れ痛々しい姿のまま眠りについていた。アルミンは胸に痛みを感じながら、ルドルフに話しかけていた。
「ルドルフ」
「何だ、アルミン?」
「マテウスは出産に耐えられるのか?眠らせる前のマテウスの様子は明らかにおかしかった。混乱して、妄想を語っていた。奇跡なんて起こりはしない事は、マテウスが一番分かっているだろうに。だが、さっきのマテウスは本気で奇跡が起こる事を信じている様子だった。このまま、出産させて大丈夫なのか?マテウスの心が壊れたらどうするつもりだ。なあ、ルドルフ・・眠らせたまま出産させることはできないのか?」
「それは、帝王切開術の事を言っているのか?準備が整えば可能だが、完全に安全な手術とは言えない。それに、一度子宮にメスを入れたなら・・次の妊娠は望めない。メスを入れた『孕み子』の子宮は、お産を迎える前に裂けてしまう。もしも、マテウス様のお腹の子が生きていたなら・・その選択肢も取るかもしれない。だが、亡くなった子を取り出すために、子宮にメスを入れる事は望ましくない」
「だが、マテウスは子を産む事を望んでいない!」
「アルミン。私は王立病院の産院で、沢山の出産に立ち会ってきた。その中で、お腹で亡くなった子を産む『孕み子』にも出会ってきた。その誰もが、心を乱し混乱のまま出産に挑んでいた。マテウス様だけが特別なわけではない。私は、マテウス様がきっと立ち直って下さると信じている。アルミンも、そう信じて主を支えろ」
アルミンはルドルフの言葉に反発して視線を向けたが、その視線はファビアン殿下とかち合った。ファビアン殿下はルドルフと手を繋ぎながら、心配そうな表情でマテウスの様子を伺っていた。その殿下が、泣きそうな声で言葉を発した。
「後宮でマテウスは言ってた。亡くなった子を、抱きしめるって言ってた。僕も抱いて言いかって聞いたら、いっぱい抱きしめてって言ってた。あの時のマテウスは、無理をしていたのかな?でも、僕は全然気が付かなくて・・頑張ってねって言っちゃった。僕はカールが消えた事に満足して・・マテウスが元気になったのが嬉しくて、ないも分かってなかった。ルドルフ、アルミン・・僕は、マテウスになんて言葉を掛けたらいいの?」
ルドルフは握った小さな手が酷く震えている事に気が付き、優しく握り返した。そして、言葉を紡ぐ。
「ファビアン殿下・・私も同じです。マテウス様はカール殿と人格を一つにし、『強い心』を得たと思い込んでおりました。ですが、元はマテウス様もカール殿も同じ人格。それが、なにかの切っ掛けで二つに別れただけです。そのお二人がようやく人格を一つになった訳です。ですが、それによって、何事にも動じない心を得た訳ではないという事です。それでも、カール殿は、このお産を乗り切るには、人格を一つにする事が必要だと考えた。それ程に、元のマテウス様の心は不安定であったという事でしょう。ファビアン殿下、私たちは傍で見守りマテウス様の為に全力を尽くすのみです。それが、マテウス様の心を慰め勇気づける行いだと信じて、行動するしかないのです」
「ルドルフの言葉は、全部は理解できない。でも、僕はマテウスのお産に立ちあいたい。そして・・もしも、マテウスが、産んだ子を抱く事を嫌がったら・・僕に抱かせて。もしかすると、後でマテウスは子を抱かなかった事を後悔するかもしれないでしょ?だから、僕が抱きしめる。いっぱい抱きしめる。駄目かな、ルドルフ?」
「ファビアン殿下はまだ幼いですから・・お産の立ち合いは遠慮して頂けますか?そうですね・・出産後、赤子を産湯で綺麗にして衣で包んだ状態ならば、抱きしめても大丈夫ですよ。アルミンも立ち合いは遠慮してくれ。マテウス様の同意を得ていない以上、入室は遠慮してもらう」
「確かに、許可を得ずに立ち合いは不味いか。分かった、ルドルフ。で、ここが最上階だな。随分と豪勢な廊下だな。部屋はこの廊下の突き当りにだと、ムキムキの側近たちが話しているのを盗み聞きした。部屋に向かうぞ」
赤い絨毯が敷かれた廊下を、マテウスを抱き上げたアルミンが歩き出す。だが、ルドルフは少し顔を顰めて立ち止まった。その動きにつられて、アルミンも立ち止まる。
「どうした、ルドルフ?」
「王太子殿下が、最上階の部屋をお産部屋にした理由が分かった」
「?」
「この廊下の突き当りの部屋は、陛下の『妃候補』がお子を出産なさった場所だ。その結果は知っていてだろ、アルミン?お子は死産となり、『妃候補』も命を落とされた」
「つまり、ヴェルンハルト殿下の嫌がらせ行為って事か。マテウスに対する?」
「陛下はその部屋を不吉だとして、閉鎖されたと聞いていたが・・王太子殿下は、わざわざ、マテウス様の心を揺さぶる為に、この部屋を用意したのだろう。きっちりと清掃されていると良いのだが・・」
「マテウスが眠っていて良かった。目覚めるのは朝方と考えていいか、ルドルフ?」
「朝方には陣痛が起こる。その時にマテウス様は目を覚ますだろうが、多めに薬を盛ったので・・ぼんやりとした状態のまま出産に臨まれる事になるはずだ。但し、出産の際に、いきんでもらう必要があるので、完全に意識を手放す状態にはならないだろうが・・」
「ルドルフ、待った。殿下だ」
「・・・っ」
「父上」
廊下の突き当りの部屋の前で、ヴェルンハルト殿下が不機嫌な表情を浮かべて待ち受けていた。そして、アルミンの顔を見ると顔を顰めて口を開いた。
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アルミンはマテウスを抱き上げたまま、慎重に階段を上っていた。マテウスの顔を覗くと、頬は涙で濡れ痛々しい姿のまま眠りについていた。アルミンは胸に痛みを感じながら、ルドルフに話しかけていた。
「ルドルフ」
「何だ、アルミン?」
「マテウスは出産に耐えられるのか?眠らせる前のマテウスの様子は明らかにおかしかった。混乱して、妄想を語っていた。奇跡なんて起こりはしない事は、マテウスが一番分かっているだろうに。だが、さっきのマテウスは本気で奇跡が起こる事を信じている様子だった。このまま、出産させて大丈夫なのか?マテウスの心が壊れたらどうするつもりだ。なあ、ルドルフ・・眠らせたまま出産させることはできないのか?」
「それは、帝王切開術の事を言っているのか?準備が整えば可能だが、完全に安全な手術とは言えない。それに、一度子宮にメスを入れたなら・・次の妊娠は望めない。メスを入れた『孕み子』の子宮は、お産を迎える前に裂けてしまう。もしも、マテウス様のお腹の子が生きていたなら・・その選択肢も取るかもしれない。だが、亡くなった子を取り出すために、子宮にメスを入れる事は望ましくない」
「だが、マテウスは子を産む事を望んでいない!」
「アルミン。私は王立病院の産院で、沢山の出産に立ち会ってきた。その中で、お腹で亡くなった子を産む『孕み子』にも出会ってきた。その誰もが、心を乱し混乱のまま出産に挑んでいた。マテウス様だけが特別なわけではない。私は、マテウス様がきっと立ち直って下さると信じている。アルミンも、そう信じて主を支えろ」
アルミンはルドルフの言葉に反発して視線を向けたが、その視線はファビアン殿下とかち合った。ファビアン殿下はルドルフと手を繋ぎながら、心配そうな表情でマテウスの様子を伺っていた。その殿下が、泣きそうな声で言葉を発した。
「後宮でマテウスは言ってた。亡くなった子を、抱きしめるって言ってた。僕も抱いて言いかって聞いたら、いっぱい抱きしめてって言ってた。あの時のマテウスは、無理をしていたのかな?でも、僕は全然気が付かなくて・・頑張ってねって言っちゃった。僕はカールが消えた事に満足して・・マテウスが元気になったのが嬉しくて、ないも分かってなかった。ルドルフ、アルミン・・僕は、マテウスになんて言葉を掛けたらいいの?」
ルドルフは握った小さな手が酷く震えている事に気が付き、優しく握り返した。そして、言葉を紡ぐ。
「ファビアン殿下・・私も同じです。マテウス様はカール殿と人格を一つにし、『強い心』を得たと思い込んでおりました。ですが、元はマテウス様もカール殿も同じ人格。それが、なにかの切っ掛けで二つに別れただけです。そのお二人がようやく人格を一つになった訳です。ですが、それによって、何事にも動じない心を得た訳ではないという事です。それでも、カール殿は、このお産を乗り切るには、人格を一つにする事が必要だと考えた。それ程に、元のマテウス様の心は不安定であったという事でしょう。ファビアン殿下、私たちは傍で見守りマテウス様の為に全力を尽くすのみです。それが、マテウス様の心を慰め勇気づける行いだと信じて、行動するしかないのです」
「ルドルフの言葉は、全部は理解できない。でも、僕はマテウスのお産に立ちあいたい。そして・・もしも、マテウスが、産んだ子を抱く事を嫌がったら・・僕に抱かせて。もしかすると、後でマテウスは子を抱かなかった事を後悔するかもしれないでしょ?だから、僕が抱きしめる。いっぱい抱きしめる。駄目かな、ルドルフ?」
「ファビアン殿下はまだ幼いですから・・お産の立ち合いは遠慮して頂けますか?そうですね・・出産後、赤子を産湯で綺麗にして衣で包んだ状態ならば、抱きしめても大丈夫ですよ。アルミンも立ち合いは遠慮してくれ。マテウス様の同意を得ていない以上、入室は遠慮してもらう」
「確かに、許可を得ずに立ち合いは不味いか。分かった、ルドルフ。で、ここが最上階だな。随分と豪勢な廊下だな。部屋はこの廊下の突き当りにだと、ムキムキの側近たちが話しているのを盗み聞きした。部屋に向かうぞ」
赤い絨毯が敷かれた廊下を、マテウスを抱き上げたアルミンが歩き出す。だが、ルドルフは少し顔を顰めて立ち止まった。その動きにつられて、アルミンも立ち止まる。
「どうした、ルドルフ?」
「王太子殿下が、最上階の部屋をお産部屋にした理由が分かった」
「?」
「この廊下の突き当りの部屋は、陛下の『妃候補』がお子を出産なさった場所だ。その結果は知っていてだろ、アルミン?お子は死産となり、『妃候補』も命を落とされた」
「つまり、ヴェルンハルト殿下の嫌がらせ行為って事か。マテウスに対する?」
「陛下はその部屋を不吉だとして、閉鎖されたと聞いていたが・・王太子殿下は、わざわざ、マテウス様の心を揺さぶる為に、この部屋を用意したのだろう。きっちりと清掃されていると良いのだが・・」
「マテウスが眠っていて良かった。目覚めるのは朝方と考えていいか、ルドルフ?」
「朝方には陣痛が起こる。その時にマテウス様は目を覚ますだろうが、多めに薬を盛ったので・・ぼんやりとした状態のまま出産に臨まれる事になるはずだ。但し、出産の際に、いきんでもらう必要があるので、完全に意識を手放す状態にはならないだろうが・・」
「ルドルフ、待った。殿下だ」
「・・・っ」
「父上」
廊下の突き当りの部屋の前で、ヴェルンハルト殿下が不機嫌な表情を浮かべて待ち受けていた。そして、アルミンの顔を見ると顔を顰めて口を開いた。
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