嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第四章

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◆◆◆◆◆

「マテウス、お腹は痛くない?苦しくなったらすぐに言ってね。こんな時に・・散歩に誘ってごめんね、マテウス」

ファビアン殿下のよどみない言葉運びに、俺は思わず笑みを浮かべていた。

「ファビアン殿下が散歩に誘って下さって、マテウスはとても嬉しいです。後宮の庭園を散策したいと、ずっと願っていましたから」

俺は大きなお腹によたつきながら、後宮内の石畳を歩く。ファビアン殿下は、俺の歩幅に合わせて歩いてくれている。

「でも、『二人で散策をしたい』との殿下の申し出に、マテウスはデートの誘いかとドキドキしてしまいました」

「マテウス!あ、あの・・デートの誘いではないけれど、デートの誘いと、その、受け取ってもかまわない」

「ふふっ」

俺はちらりと背後を振り返り、ルドルフの姿を視界にいれる。ルドルフが程よい距離を保ち、俺達の散策を見守ってくれている。

「マテウス」
「はい、ファビアン殿下」
「その・・聞いてもよいか?」
「何でも聞いてください、殿下」

ファビアン殿下は少し俯き、自らの足先を見ながら呟くように聞いてきた。

「腹の子は亡くなっていると聞いた。それなのに、出産しなければならないの?時が経てば、お腹の中の子は消えるかもしれない。出産は危険だよ、マテウス!後宮にも、出産で亡くなった孕み子がいる。僕は、心配で怖い・・」

俺は立ち止まり、ファビアン殿下の顔を覗き込んだ。そして、ちょっと笑って話しかけた。

「ファビアン殿下。腹の子は亡くなっても、私の体内で消えてなくなる事はありません。何故なら、孕んだ子は私自身ではないからです。体内で別の命として育った子は、外の世界に出してあげないといけないのです。お互いの為に」

「マテウス・・」

「殿下、私も出産は初めてで怖いです。でも、産みたい。亡くなっていても・・我が子を、この腕に抱きたいのです」

ファビアン殿下が俺の顔をじっと見つめた。

「僕にも、赤子を抱かせてくれる?」
「産声をあげぬ赤子ですよ?」
「マテウスが嫌なら・・抱かない」
「いえ、是非。抱いてあげて下さい、殿下」
「うん!」

ファビアン殿下が再び歩きだそうとしたので、俺は殿下を呼び止めた。途端に、殿下は不安な表情を浮かべて、俺に駆け寄る。

「だ、大丈夫!?」

「平気ですよ。ただ、薬を飲む時間ですので、少しお待ち頂けますか?」

「マテウス様」

いつの間にか、ルドルフが距離を詰めていた。

「ルドルフ様、薬の時間だよね?後、何回飲むと・・陣痛が始まるのかな?」

ルドルフが、薬と水を俺に手渡す。俺は薬を一つ飲む。後宮の邸の庭園で見つけたシルフィウムの亜種。ヘクトール兄上に、薬効の研究と栽培法の開発を依頼していた事が、効を奏した。

「薬効の弱い薬から、徐々に薬効の強い薬に移行しています。時間をおきながら、残り三錠を今日中に飲んでいただきます。夜明けに陣痛がはじまり、明日の昼には子が産まれる予定です。弱毒性の薬草から作られてはいますが、人に使用するのは初めての薬です。異常はございませんか、マテウス様?」

フォルカー教国では、植民地の孕み子が堕胎の為に毒性の高い薬草を使用し、親子共に命を落とす事例が増えていると聞く。他国の政策に口出しはできないが、植民地の孕み子が安全に堕胎できればと思い研究を進めてもらっていた。

「ヘクトール兄上は、私がシルフィウムの亜種で作った薬剤を使用する事に、随分と反対したそうね、ルドルフ様?」

「当然です。マテウス様が発見されたシルフィウムの亜種は、確かに確実な効能と安全性を示しました。ですが、それはマウスでの実験での結果であり、まだ人では証明されておりません」

「だから、私が試すのよ。シュナーベル家は、『死と再生を司る神の末裔』。処刑人として蔑まれる現実を変えられないなら、医療の発展に貢献して・・世の人々に、シュナーベル家は滅ぼしてはいけない一族だと、認識させる必要があるもの。殿下が、じわじわとシュナーベル家を殺そうとしても、私たちは滅びはしない。そうでしょ、ルドルフ様?」

ルドルフはその場に膝つき、俺に一礼した。

「ヘクトール様がマテウス様の為に作られた衣装には、シルフィウムの刺繍が施されていました。そして、マテウス様は、この後宮で滅びたシルフィウムの亜種を発見された。全てが、運命のように私には感じられます。マテウス様のお子が亡くなられた事も・・運命であったと、今は感じております」

「そうね、ルドルフ様。運命だと思い、先に進むしかない。私は強くなったかな?でも、皆の助けが私には必要。泣きたくなったら、その胸を貸してね、ルドルフおじさま?」

「勿論です」
「僕の胸を貸す!」

ファビアン殿下が、大きな声を出しルドルフの声に被せてきた。俺とルドルフは思わず顔を見合せた。

「僕は、マテウスに大切な話がある。ル、ルドルフは下がるように。こ、これは命令だよ、ルドルフ。いい?僕たちの会話が聞こえない所に移動して。周囲にも聞かれたくないから、警戒を、お、怠らないで」

「承知しました、ファビアン殿下」

ルドルフは立ち上がると、ファビアン殿下に一礼して去っていった。そして、俺達と一定の距離を取ると、周囲に殺気を飛ばしはじめた。

どうやら、殿下の暗部組織が散策に着いてきていたみたい。ただの散策なのになぁ。それにしても、本当にファビアン殿下は成長した。ルドルフの教育の賜物かな。

だけど、何だか・・父親のヴェルンハルト殿下より、ルドルフに似てきたような。今も、周辺に殺気を放っているし。

「ファビアン殿下、大切な話とは何ですか?」

まさか、恋の告白ではないよね?でも、この年齢の子は年上に憧れを持ってもおかしくない。しかも、今の私はマタニティー版『怠惰の衣装』を着ているから、少しは可愛く見えているかも。

「マテウス」
「はい、殿下」

「僕は、父上は王には相応しくないと思う。父上は、王国民は飼い殺しの小動物だと言った。マテウスも・・死ぬまで手元に置き、飼い殺すって嗤ってた。だけど、マテウスは、小動物じゃない。父上は、間違っている」

「ファビアン殿下・・」
「僕は、父上を殺害する」
「!?」
「父上が王となることは間違っているから」
「殿下!」

俺は目を見開き、ファビアン殿下を見つめた。殿下は、自分の意思から父親の殺害を決めたのだろうか?それとも、誰かに操られての発言だろうか。分からない。ファビアン殿下の瞳が真っ直ぐ過ぎて、分からない。

「僕が信用できる人は、マテウスと、ルドルフと、ヴォルフラムだけ。だから、ルドルフとヴォルフラムには、僕の気持ちを伝えた。『父上を排して王となりたい』と伝えた」

「ファビアン殿下、それは本当に貴方の意思ですか?誰かに操られてはいないですか?」

「僕を信じて、マテウス」
「・・殿下」

「ルドルフは、シュナーベル家の協力を得なくては、父上の殺害は無理だと答えた。だから、僕はヘクトールに会い、父上の殺害を依頼した。ヘクトールは、マテウスの言葉に従うと返事した。僕は王都に挨拶に来たヴォルフラムにも、父上の殺害を依頼した。ヴォルフラムは、マテウスが『騎士』を必要だと判断したのならば実行すると約束してくれた」

俺は目を瞑った。小説『愛の為に』のラストを思い浮かべて、深い息を吐き出した。

これが、当初からの運命かは分からない。だけど、私がファビアン殿下に関わり、王太子殿下殺害の動機を幼い殿下に植え付けたのは確かだろう。

「マテウス、答えを聞かせて」

私には、ヴェルンハルト殿下が、王となる姿は思い描けない。ならば、答えは一つだけ。

「ファビアン殿下、マテウスは貴方が王となられる事を支持します」



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