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第四章
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◆◆◆◆◆◆
アネモネの花が一面に広がる大地。俺は花に埋もれるように寝転がり、灰色の空を見上げていた。
『ああ、灰色の世界だ』
『そうだよ、マテウス』
カールが俺の隣に座り、俺を覗き込んできた。俺はカールに微笑み掛けていた。
『カール、ようやく見つけた』
『それは僕の言葉だよ、マテウス』
カールは微笑みながら、大地から無造作に花を摘み取った。でも、摘まれた花はアネモネではなかった。いつの間にか、大地には様々な色彩の花達が咲き誇っていた。カールが摘んだ花は、青い色彩の花だった。
『勿忘草だね』
『カールは物知りだね。花言葉は確か、』
『勿忘草の花言葉は、「誠の愛」「真実の友情」そして、「私を忘れないで」だよ』
『そうだったね、カール』
カールは自ら摘んだ青い花を見つめながら、しばらく物思いに耽っていた。俺はその姿を黙って見つめ時を過ごす。やがて、カールは俺に勿忘草を渡すと、静かに語りだした。
『マテウス。僕の存在が、君を不安定にさせていると思った事はないかい?』
『え?』
『マテウスが、僕を生み出したのは子供時代だ。だけど、もう君は大人になった。マテウスの周りには、君を支える多くの人がいる。それは、マテウスが懸命に生きてきた証だよね?』
俺はカールの言葉に不安になり、上半身を起こした。そして、カールの腕を掴んでいた。
『何を言っているの、カール?』
『一つの体に、二つの人格。バラバラの心で、これ以上の困難を乗り越える事は無理だよ、マテウス。マテウスはこれから、とても辛い体験をする。心が壊れるほどの体験だ』
『カール、やだ。やめて!』
俺はカールに抱きついていた。カールは俺を抱き締め返してくれたけど、言葉を紡ぐ事をやめなかった。
『ねえ、マテウス?亡くなったカールが、君に花束をくれたのは確かだけれど、アネモネの花ばかりに目を奪われないで。花束は様々な花で彩られ、沢山の愛の言葉であふれていたよね?』
カールが俺を抱き締めたまま、俺をゆっくりと地面に押し倒した。カールはそっと微笑みながら、ゆっくりと話しかける。
『本物のカールが、あの花束にどんな気持ちを込めたのかは分からない。だけど、僕の気持ちは・・マテウスに渡した、勿忘草の花言葉そのものかな』
『カール、待って!』
『もっと早くに、僕はこの選択をすべきだった。己の為に、マテウスの心に潜むことは、僕の存在意義をなくしている。だって、僕は・・マテウスを守る為に、生まれた存在なのだから』
『カール!』
花に包まれたカールが、優しく微笑む。
『今のマテウスの心では、亡くなった子を産むことは無理だ。心が壊れる。だから、人格の統合が必要なんだよ。マテウス、これはお別れじゃないよ?ただ、元に戻るだけ。一つの体に一つの人格。一人の体に一つの心。マテウス、僕を生み出してくれてありがとう・・君に本来の強さが戻りますように』
『っ!』
カールが俺の唇を奪った。あまりに優しく温かい触れ合いに、涙が溢れだしていた。カールの背に腕を回したが、カールの体が透き通り始めた。俺は思わずカールをきつく抱き締めていた。でも、自分の心の中でも、永遠は存在しなかった。カールが優しく微笑みながら、俺の腕のなかで消えていった。
『カール・・』
それは、あまりにもあっけない別れだった。
グンナーを亡くし、言葉を失い、カールと過ごした蜜月の時。その時に俺が生み出した、心の中のもう一人の自分。
俺を支える為に生まれ、そして、俺を支える為に消えていった。カール・・俺の別人格。
『勿忘草が、貴方の気持ち』
「誠の愛」「真実の友情」「私を忘れないで」
『弟のカールは、私にどんな気持ちを込めてあの花束をくれたのかな?でも、カールに拘り生きていくことは・・もうやめるね。私の周りの大切な人達の為に、これからは生きていく。私に強い心を渡す為に消えた、貴方の気持ちに応えたいよ。力強く、地に足をつけ・・生きていきたい。ねえ、私に出来ると思う、カール?』
さあ、目覚めよう。
私には、やるべきことがある。
我が子を出産しよう。そして、生まれた子を抱き締めよう。産声をあげることのできない我が子の代わりに、私が少し泣いても皆は許してくれるよね。
◇◇◇◇◇
「マテウス様、お目覚めですか?」
「ルドルフ様」
「ご気分はいかがですか?」
窓の外が明るい。夜は明けた。部屋にはルドルフだけがいて、俺を見守ってくれていた。
「体が少し怠いかな。ルドルフ様、心配をかけてごめんなさい。もう、夜は明けたようですね。ルドルフ様、アルミンはどうなりましたか?殿下の配下に、捕まっていないと良いのですが・・」
ルドルフはにっこり笑って、俺の髪を優しく撫でてくれた。
「マテウス様。アルミンはどうやら、蝶の様に羽ばたいて後宮の壁を越えた様です。シュナーベルの邸に逃れたのならば、王太子殿下も手出しはしないでしょうから大丈夫です」
俺は安堵の息を付いた。虫の領域に達したアルミンなら、蝶にだってなれるだろう。でも、蝶よりバッタさんの方が似合ってるかも。
他にも気になっていることがあり、ルドルフに訪ねていた。
「宦官となって以来、ルドルフ様は度々体調を崩されていたのですね。私の為に後宮に来て下さったのに、何も気がつかずにご免なさい」
「私は元よりプライドが高い人間です。医者でありながら、万全の状態を維持できない体に、苛立ちを感じておりました。しかし、マテウス様に気遣われては、素直に自身の不調を認めるしかありませんね。これからは、己の体調にも気を配ります」
「そうしてください、ルドルフ様。私はこれから、ヘクトール兄上と私の子を出産しなくてはなりません。その為には、ルドルフ様の手助けが不可欠ですから・・頼りにしております」
「マテウス様・・」
「ルドルフ様、どの様にお腹の赤ちゃんを生むのか、事前に方法を教えていただけますか?心の準備が必要ですから。それと、亡くなった子を、一度は抱かせて下さい。殿下の意志が強く、王家のお墓に埋葬されるとしても・・ヘクトール兄上にも、我が子を抱いていただきたいです。私と兄上のこれからの関係の為にも。あの・・ルドルフ様、どうされましたか?」
ルドルフが目を細めて俺を見つめていたので、戸惑ってしまった。ルドルフは、僅かに躊躇いながらも、思いを口にした。
「貴方は、どちらの人格ですか?マテウス様ですか?それとも、カール殿でしょうか?」
俺は思わず目を見開き、ルドルフを見つめた。それから、少し考えた後に答えを導きだした。
「新しい、マテウスです」
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アネモネの花が一面に広がる大地。俺は花に埋もれるように寝転がり、灰色の空を見上げていた。
『ああ、灰色の世界だ』
『そうだよ、マテウス』
カールが俺の隣に座り、俺を覗き込んできた。俺はカールに微笑み掛けていた。
『カール、ようやく見つけた』
『それは僕の言葉だよ、マテウス』
カールは微笑みながら、大地から無造作に花を摘み取った。でも、摘まれた花はアネモネではなかった。いつの間にか、大地には様々な色彩の花達が咲き誇っていた。カールが摘んだ花は、青い色彩の花だった。
『勿忘草だね』
『カールは物知りだね。花言葉は確か、』
『勿忘草の花言葉は、「誠の愛」「真実の友情」そして、「私を忘れないで」だよ』
『そうだったね、カール』
カールは自ら摘んだ青い花を見つめながら、しばらく物思いに耽っていた。俺はその姿を黙って見つめ時を過ごす。やがて、カールは俺に勿忘草を渡すと、静かに語りだした。
『マテウス。僕の存在が、君を不安定にさせていると思った事はないかい?』
『え?』
『マテウスが、僕を生み出したのは子供時代だ。だけど、もう君は大人になった。マテウスの周りには、君を支える多くの人がいる。それは、マテウスが懸命に生きてきた証だよね?』
俺はカールの言葉に不安になり、上半身を起こした。そして、カールの腕を掴んでいた。
『何を言っているの、カール?』
『一つの体に、二つの人格。バラバラの心で、これ以上の困難を乗り越える事は無理だよ、マテウス。マテウスはこれから、とても辛い体験をする。心が壊れるほどの体験だ』
『カール、やだ。やめて!』
俺はカールに抱きついていた。カールは俺を抱き締め返してくれたけど、言葉を紡ぐ事をやめなかった。
『ねえ、マテウス?亡くなったカールが、君に花束をくれたのは確かだけれど、アネモネの花ばかりに目を奪われないで。花束は様々な花で彩られ、沢山の愛の言葉であふれていたよね?』
カールが俺を抱き締めたまま、俺をゆっくりと地面に押し倒した。カールはそっと微笑みながら、ゆっくりと話しかける。
『本物のカールが、あの花束にどんな気持ちを込めたのかは分からない。だけど、僕の気持ちは・・マテウスに渡した、勿忘草の花言葉そのものかな』
『カール、待って!』
『もっと早くに、僕はこの選択をすべきだった。己の為に、マテウスの心に潜むことは、僕の存在意義をなくしている。だって、僕は・・マテウスを守る為に、生まれた存在なのだから』
『カール!』
花に包まれたカールが、優しく微笑む。
『今のマテウスの心では、亡くなった子を産むことは無理だ。心が壊れる。だから、人格の統合が必要なんだよ。マテウス、これはお別れじゃないよ?ただ、元に戻るだけ。一つの体に一つの人格。一人の体に一つの心。マテウス、僕を生み出してくれてありがとう・・君に本来の強さが戻りますように』
『っ!』
カールが俺の唇を奪った。あまりに優しく温かい触れ合いに、涙が溢れだしていた。カールの背に腕を回したが、カールの体が透き通り始めた。俺は思わずカールをきつく抱き締めていた。でも、自分の心の中でも、永遠は存在しなかった。カールが優しく微笑みながら、俺の腕のなかで消えていった。
『カール・・』
それは、あまりにもあっけない別れだった。
グンナーを亡くし、言葉を失い、カールと過ごした蜜月の時。その時に俺が生み出した、心の中のもう一人の自分。
俺を支える為に生まれ、そして、俺を支える為に消えていった。カール・・俺の別人格。
『勿忘草が、貴方の気持ち』
「誠の愛」「真実の友情」「私を忘れないで」
『弟のカールは、私にどんな気持ちを込めてあの花束をくれたのかな?でも、カールに拘り生きていくことは・・もうやめるね。私の周りの大切な人達の為に、これからは生きていく。私に強い心を渡す為に消えた、貴方の気持ちに応えたいよ。力強く、地に足をつけ・・生きていきたい。ねえ、私に出来ると思う、カール?』
さあ、目覚めよう。
私には、やるべきことがある。
我が子を出産しよう。そして、生まれた子を抱き締めよう。産声をあげることのできない我が子の代わりに、私が少し泣いても皆は許してくれるよね。
◇◇◇◇◇
「マテウス様、お目覚めですか?」
「ルドルフ様」
「ご気分はいかがですか?」
窓の外が明るい。夜は明けた。部屋にはルドルフだけがいて、俺を見守ってくれていた。
「体が少し怠いかな。ルドルフ様、心配をかけてごめんなさい。もう、夜は明けたようですね。ルドルフ様、アルミンはどうなりましたか?殿下の配下に、捕まっていないと良いのですが・・」
ルドルフはにっこり笑って、俺の髪を優しく撫でてくれた。
「マテウス様。アルミンはどうやら、蝶の様に羽ばたいて後宮の壁を越えた様です。シュナーベルの邸に逃れたのならば、王太子殿下も手出しはしないでしょうから大丈夫です」
俺は安堵の息を付いた。虫の領域に達したアルミンなら、蝶にだってなれるだろう。でも、蝶よりバッタさんの方が似合ってるかも。
他にも気になっていることがあり、ルドルフに訪ねていた。
「宦官となって以来、ルドルフ様は度々体調を崩されていたのですね。私の為に後宮に来て下さったのに、何も気がつかずにご免なさい」
「私は元よりプライドが高い人間です。医者でありながら、万全の状態を維持できない体に、苛立ちを感じておりました。しかし、マテウス様に気遣われては、素直に自身の不調を認めるしかありませんね。これからは、己の体調にも気を配ります」
「そうしてください、ルドルフ様。私はこれから、ヘクトール兄上と私の子を出産しなくてはなりません。その為には、ルドルフ様の手助けが不可欠ですから・・頼りにしております」
「マテウス様・・」
「ルドルフ様、どの様にお腹の赤ちゃんを生むのか、事前に方法を教えていただけますか?心の準備が必要ですから。それと、亡くなった子を、一度は抱かせて下さい。殿下の意志が強く、王家のお墓に埋葬されるとしても・・ヘクトール兄上にも、我が子を抱いていただきたいです。私と兄上のこれからの関係の為にも。あの・・ルドルフ様、どうされましたか?」
ルドルフが目を細めて俺を見つめていたので、戸惑ってしまった。ルドルフは、僅かに躊躇いながらも、思いを口にした。
「貴方は、どちらの人格ですか?マテウス様ですか?それとも、カール殿でしょうか?」
俺は思わず目を見開き、ルドルフを見つめた。それから、少し考えた後に答えを導きだした。
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